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またあの夢を見た。

「──カイ、お前が村を全滅させた」

 違う、俺はやってない…!

「勇者を殺そうとしたのか?残念だが、勇者は逃れたようだぞ?アイツの妹も、だが」

 俺はただあの子を助けようとしただけで…俺は──
──俺が、やったのか?

「そうだ。お前がやった」


「お前が村の人々を殺したんだ!!」




──ッ!

 カイはバッと起き上がった。汗が吹き出しており心臓はまだバクバクしている。
 勇者の故郷の村が近くにある『アイスガルド』に着いてから、あの夢を前より鮮明に見るようになった。…何かを、思い出しかけているかのようだ。

 夢の中のイーブルは、俺が村を全滅させたと言ってくる。
 俺は、覚えていない。俺はやってないはずだ…。しかし、本当に俺が村を攻撃したとしたら──?

 あの頃の記憶は所々ない。イーブルに洗脳されていた時期で、自分が何をしたか断言することができない。

 ──俺は、アランの大事な人たちを殺したのだろうか。
 
 カイは青くなって震える指先を握り込んだ。

 怖い。
 自分が何をしてきたかが分からないこと、そして、アランに全てを知られることが怖い。

 村を攻撃したのが誰であれ、俺がイーブルや魔王の仲間だったことは、変わらない事実だ。
 それを知ってアランはどう思う?
 …きっと、彼は俺を憎むだろう。

 …よくアランのことが好きだなんて思えたな。俺は彼にとって敵なのに。

 カイは項垂れた。
 
 遅かれ早かれ、俺の正体はアランにバレるだろう。勇者を殺すように育てられただけの存在。アランの冷たい怒った目を想像して、心が冷えていくのを感じた。

 アランに温かい目を向けてもらえるのは今だけだ。でも、最後だけでも良いから、アランに憎まれたくない。
 その時がきたら、俺は最後までアランを守りたい。それで死ぬことになっても…もういい。…そうしたら、今みたいに見つめてくれるだろうか。







「おはよう!」

 カイが宿から出ると、先に起きてきた仲間たちがご飯屋に集まっていた。

「カイ、体調悪い?」

 その時、アランが真っ先にカイの元に来ると、心配そうな顔をした。

「…いや…大丈夫だ」

 そんな酷い顔をしていただろうか。カイはアランと目を合わすことができずに、すっと顔を背けて席についてしまった。

 …不自然だったかな。

 想像したアランの冷たい目が頭からこびりついて離れず、カイはアランの顔をまともに見れなかったのだ。

「…カイ?」

 その後も、アランは度々声をかけようとしてくれたが、カイは避けてしまった。
 とうとう、街から出る支度を終えた時、カイはアランに物陰に引き込まれてしまった。
 アランがカイの肩をがっちり掴んで、顔を見合わせるように顎を引かれる。

 射抜くようなアランの瞳に、カイはビクリとした。しかし、想像していた目とは違い、やっぱりアランの目はどこか熱っぽく、そこには心配の色しか見えなかった。

「…どうしたの。なんか、今日元気ないね?」
「…大丈夫だ。…別に俺に構わなくていい」

 これ以上アランと親しくなると、最後が辛くなる。
 しかし、そう言われたアランは悲しそうに眉を下げて何か言いたげにしていた。

「なぁアラン」

 その時、ジャックがこちらにやって来た。

「もうすぐ、お前の故郷に着くだろ?…寄っていくか?」
「…うん。俺は寄りたい。確かめたいことがあるんだ」

 多分、アランはあの事件以来、故郷を訪れていないのだろう。

 2人が何か話し始めたので、カイはそっとそこから離れた。2人との間に大きな壁ができたように感じて、カイは俯いた。…村を襲ったかも知らない者が、彼らの会話に入ることはできなかった。







 カイは嫌な予感がしていた。
 その予感は、すぐに的中することとなる。

 『アイスガルド』を出て、北の大地らしく針葉樹や広葉樹が入り混じった綺麗な森を歩いた一行は、もうすぐアランの故郷に着くという所で夜を明かすことにした。
 それぞれのテントに入り、寝る支度をする。
 カイはあれからアランとほとんど会話しないまま、気まずい状態で来ていた。アランの方も、避けられているのを感じて悲しそうな顔はするものの、無理に話しかけてくることはない。
 
 いっそ、このまま嫌われれば…。

 カイは元々の性格である弱気な部分を感じて、嫌になった。
 
 俺はいつもそうだ。逃げてばかりで…。

「──カイ、いるガオ?」

 その時、いつの間に来たのか、ワイバーンがテントにするりと入り込んできた。

「どうしたんだ?」

 そういえば、ワイバーンが前何か言いかけていたな。…アランの故郷に近づいたら、気をつけろと──

「……カイ。ついて来てもらうガオ」

 ワイバーンは、何やら元気がなさそうな様子で、カイに言った。と、次の瞬間、ワイバーンからパッと光が放たれ、カイを包み込んだ。

ッ!これは、ワイバーンの得意魔法のテレポーション(瞬間移動魔法)だ。

「……ぅ」

 眩しい光に思わず瞑った目を恐る恐る開くと、そこはテントではなかった。
 暗い。 
 ジメジメとした、石造りの壁が目に入った。どうやら、城の中の一室のようだ。

 俺はここを知っている。

 思い出したくもない、あの男の城だ。イーブル…──

「──久しぶりだな?カイ」

 その時、後ろからゾワリとする低音が聞こえ、カイは体が強張るのを感じた。ゆっくり振り返る。
 後ろからゆっくり歩いて来たのは、まさにその男、イーブルだった。
 イーブルは、一言で言うと白い悪魔だ。長身で悪魔のような角と尻尾があるが、見た目は服も頭も白い。見た目だけだと、聖属性かと思うが、騙されてはいけない。常に笑っているがその目は非常に冷酷で、小狡く、まさに前世の世界でいう悪魔みたいなヤツだった。

 イーブルは、ゆっくり振り返ったカイを見て、笑った。

…ああ、この笑い。俺を玩具かなにかだと思っているような蔑んだ笑いだ。

 途端に、カイは手足が震えてくるのを感じる。情けなくて涙が出そうだった。前世の記憶が蘇り、イーブルの呪縛から解放されたとばかり思っていたが、全然そんなことはなかった。カイの本能は、イーブルを前に怯えて屈していた。

「相変わらず、弱いなお前は。この私が叩き直してやったというのに…まだお前は勇者を倒していないというではないか?」

 イーブルの赤い目が鋭くなった。

「…時間切れだ。もたもたしやがって。勇者の故郷で、アイツを倒せ…!分かっているな?"お前が全滅させた"あの村でだ!」

 イーブルが吠えた。それと同時に、カイの頭の中にある言葉がグルグルと飛び込んでくる。

"お前が全滅させた"

全滅させた。全滅全滅…

 突然、ふっと視界が暗くなり、カイは意識がなくなった。視界が暗くなる直前、何やらイーブルから魔法のようなものを放たれたのが見えたが、カイはそれ以上意識を保っていることができなかった──。



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