転生して勇者を倒すために育てられた俺が、いつの間にか勇者の恋人になっている話

ぶんぐ

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 そんな中、カイが全てを思い出して心ここにあらずといった風で突っ立っていても、誰も気にしなかった。
 なぜなら、他の場所で、たった今勇者がカイと同じようにドラゴンを倒し、皆は周りに集まってきていたためだ。剣士学校の皆は、文武両道、容姿端麗、何でもできてその上や優しい勇者のことを既に慕っていた。

「おーい!アラン!やったな!」

 カイの横を、勇者の友人であるシーフが手を振りながら走っていく。

 アラン。それが勇者の名前だ。アランは、まさに勇者になるために生まれてきたような人物だった。はっとするような美形に、訓練された身体は男らしかった。おまけに、頭は切れるし、性格は優しくて勇敢さも兼ね備えているときた。そのイケメンさで、ゲームでも女性の1番人気だった。「スパダリイケメン!」と騒ぐ女性もいれば、謎に、「あれは絶対隠れS!強引に迫られたい!」と言う一部熱いファンもいた。

「ありがとう、ジャック。君もシーフの試験合格したんだろ?おめでとう」

 アランは、シーフの友人も元へ、その整った顔を破顔させて駆け寄ってくる。
 ジャックは、ゲームにも登場したキャラだ。勇者と同じパーティにいて、ひょうきんで明るい和ませ役のキャラだった。なるほど、この世界では、2人は元々の友人らしい。

 その時、ふとアランがこちらに目を向けて、一瞬目を見開くと、何を思ったのかこちらへ歩いてきた。

「──カイ、君も試験に合格したんだろ?おめでとう」

……ッ?

 カイは思わぬ事態に、驚いて固まってしまった。
 無理もない。アランとは3年間剣士学校の同級生だったが、アランも皆と同じようにカイに話しかけてきたことは今までなかった。…とは言え、明らかに嫌悪感を向ける者とは違って、アランは時々遠くから読み取れない表情で見てくるだけで、敵意を向けられたことはなかったのだが。
 それが、今何ともないように話しかけてくるとは。

「………」

 何も答えないカイに、アランはふっと口元を緩ませて眉を下げる。

「ごめん、急に話しかけて。…君も合格したのが嬉しかったから、つい話しかけちゃったんだ。さっきの戦い、カッコよかったよ」

 目の前の美形は、その綺麗な碧眼を細めて言う。
 待て。今なんか聞き捨てならないこと言われなかったか。
 う、嬉しかったとは。
 カイは動揺して目を見開いたが、実際には、その無表情を僅かに崩しただけだった。
 隣のジャックが、なんだか呆れたようにアランを見ている。

な、なんて言った?というか、君は俺となんか話したことないだろう。どうしたんだ?

「…うるさいな。俺はお前と話すつもりはない」

 カイは心と正反対のことを口にする自分の体にため息をつきそうになった。
 そんなことを気にする風でもなく、アランは、残念そうな顔をして頷く。

「…ごめんね。また話せたら嬉しいな。じゃあ」

 なぁ、なんでそんなこと言うんだ。…君は俺を嫌っているんじゃないのか?

 カイは心の中で戸惑ったまま、去っていくアランとジャックを見つめた。











 さて、ここでひとまずこの世界がどんなものなのか説明しよう。
 この世界には、魔族と人間がいる。そして、魔族の一部であるモンスターは、闇の魔王の力で凶暴化しており、それが世界各地で脅威となっていた。そこで、平和を取り戻そうと多くの冒険者がモンスター討伐に出て、世界を旅している状況だった。この魔王の存在は、もう何十年も世界を脅かしており、やっと20年前に勇者が生まれたことで、希望が出てきたのだ。
 冒険者になるためには、それぞれの職の学校へ入る。職には、例えば剣士、シーフ、白魔導士、黒魔道士などがある。この世界では全ての人が習得すれば魔法を使えるため、学校では魔術の授業と、それぞれの職を極める授業があるのだ。
 学校で学んだ最後は、一人前になるための試験を受ける。そして、合格したら冒険者となれるのだ。冒険者になる者は、仲間を集めてパーティを作り、魔王を倒す旅に出る。…大体が魔王まで辿り着かずに断念するのだが。
 カイは、ちょうど試験に受かった所だった。この後は、街の城で働くか、冒険者になるか、または違う職に就くかで分かれていくのだ。
  
 …だが、カイが生前プレイしたゲームには、ここまでの設定はなかった。始まりが、すでにパーティが出来ている状態だったのだ。途中で加わるヒロイン、そして勇者、シーフ、裏切り者のカイの4人は、固定メンバーだった。
 やはり、ゲームとこの世界は全く同じでは無いようだ。

 カイは、寮の自室に戻って混乱していた頭を冷やそうと、シャワーを浴びた。
 落ち着こう。まず、どうやってこれからのシナリオを変えるか考えよう。
 ふと、カイは隣の鏡を見る。
 そこに写っているのは、目の下に隈のある、地味な男の顔だった。まるで、生前社畜をしていた頃のような顔だ。
  
 ん?
 そういえば、ゲームでのカイというキャラは、ものすごい美形だったはずでは?ゲームでの人気も、勇者アランに次いで2位だった気がする。影のあるイケメンで、裏切り者という要素も多くの人の心を掴んでいたようだった。

 カイは、目の前の自分の顔をまじまじと見つめた。
 …あまりにも普通だ。地味。平凡。若干、今の方が目付きが悪く、隈があるのも相まって暗い顔をしている気がする。前世では、これに加えアラサーのおじさんだったが、この世界では少し若返っているようだ。 
 前世でも、俺は特に取り柄もない普通の男だった。気弱な方で、押し付けられた仕事を断れず、どんどん社畜になっていった。当然、恋人が出来るわけもなく、要領の悪さで陰口を言われることも多々あった。誰にも気にも留められない存在。
 なんだ。今も前世も変わらないじゃないか…。
 …俺は、カイというキャラに転生する運命だったのかもな。
 カイとしての人生の方が辛かったが、途中から感情を失ったためか、記憶が薄れていた。恐らく、こっちでの20年間は、ほぼ無感情の人形のようだっただろう。思い返してみれば辛かった、と思うだけで、その時は何も感じられなくなっていた。今一気に色んな記憶や感情が呼び起こされて、混乱している最中だ。
 カイは目の前の自分の頬をつまむ。
 どうせなら、ゲームと同じようにイケメンに転生したかった…。死んで生まれ変わったのなら、今日のアランのように、人気者になる経験をしてみたいものだ。こんな、草臥れたサラリーマンのような顔の悪役、居ていいのだろうか。

 考えても悲しくなってくるので、カイは早々にベッドへダイブした。
 いいんだ。とりあえず、俺は最悪の死を遂げないようにさえすれば。
 そのためには、まず、俺はイーブルに指示されたことを全て思い出さなければならない。

『カイ。お前はどんな手を使ってでもいいから勇者と同じパーティになれ。そして、魔王を倒す旅の間の1年の内に、勇者を殺すのだ。勇者はお前なんかでは歯が立たないほど強い。だから、お前は勇者にまず近付き、親しくなって油断させるのだ。お前は愛想がないが、手助けしてやれば仲間意識くらいは出るだろう。その隙を突いて、殺すのだ』

 イーブルは何度もそうカイに言った。

『いいか。魔王のいる北の大地、ノースランドに着くまでに殺さなかったら、お前の命はないと思え。いいな?この我を裏切ったら、どうなるか分かってるだろうな。この世の苦しみ全てを味わわせてやるから覚悟しろ』

 そうだった。イーブルは、カイを絶対服従させ、そう何度も言い聞かせたのだった。
 だが、今改めて考えると解せない。なぜ、イーブルは自分で勇者を倒そうとせず、俺を一から裏切り者にするためだけに育てるという面倒くさいことをするんだ?
 カイはそこでふと、この世界の魔王のことを思い返した。
 この世界の魔王は、見たことはないが、ゲームより悪人ではなさそうだった。というのも、昔起きた人間の戦で、利用され虐げられた魔族を魔王の元で保護していると言われているのだ。しかし、その一部が近年、なぜか凶暴化して人間を襲っている。そのため、魔王が世界を支配しようとしていると人間側が考え、冒険者たちが魔王討伐に出向いているという訳だ。

 果たして、魔王は世界征服など考えているのだろうか?

 イーブルの元で暮らしていた頃耳にした話では、魔王はそんな願望はなさそうに思えた。
 だがまぁ、そんな魔王の側近であるイーブルが、魔王の脅威である勇者を排除したいと思うのも、無理がないように思える。
 
…でも、何か裏があるような気がするが…。

 今まではイーブルの操り人形となっていたカイだが、前世の記憶と共に、やっと考える力が戻ってきた。そのため、イーブルの今までの行いに疑問が湧いてきた。

 これは、慎重になった方がいいな。

 カイは天井を見上げながら、決意する。

 でも、分かってることはある。俺は、絶対勇者を裏切らない。裏切らず、最後まで勇者を助けることを決意しよう。

 俺が生き残るために!




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