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第十七話 花火とバイクとヘナチョコと
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朝七時半過ぎ、梅雨はまだ明けてないというのにまるで真夏のような日差しだった。この調子で本当の夏になったら一体どうなってしまうのだろうかと不安になりながらタイムカードを打刻する。
ロッカールームで着替える途中にスマホの天気予報を見ると、昨日と変わらず今日も『熱中症に注意』と表示されていた。
「季節感おかしくない?」
独り言を呟きながらロッカーから取り出した作業ツナギは、洗濯で生地が柔らかくなり初期のゴワゴワとした感触は薄らいでいた。
それと同じく僕自身もこの職場に慣れ、落ち着いてロッカールームで着替えていた。ここ数か月で、美鶴さんは大体始業十分前に飛び込んでくることが判っていたので、この時間帯であればロッカールームで服を脱いでも問題なかったからだ。
「おはようさん。どうだ、もう慣れたか?」
休憩室に入ると、事務所側のドアから社長が顔を出して僕に聞く。
「おはようございます! はい、慣れてきたと思います。まだ一人では何もできませんけど……」
「うんうん。まぁ、そんな簡単にできるようになるもんじゃないからな。できないことは気にしなくていい」
相変わらず、社長の声のトーンは優しい。
「それよりもそろそろ試採用期間が終わるから、お前自身はどうなのかと思ってな」
四月末にラジアルに就職してからもう三か月が経とうとしていた。
はじめは言われたことをこなすのが精一杯だったが、最近では余裕も出てきて作業全体の流れを意識できるようになっていた。
この仕事が続けられるかどうか一抹の不安はあったが、僕自身は続けたいと考えていた。
「技術職ってのには終わりはないからな。毎日、勉強だと思って励んでほしい」
続けたい意思を伝えると、社長は少し嬉しそうな表情を浮かべながらそう言った。
事務所へ顔を引っ込めた社長と入れ替わる形で、葉子さんが休憩室に入ってきて僕に耳打ちする。
「まぁ、チョコ君には仕事以外でも目的があるもんね?」
「はい?」
何のことかさっぱり解らなかった。いや……、解らないふりをした。何故ならそれは非常に、極めてセンシティブな事柄だったからだ。
「あたしの目をごまかそうったって無駄よ。君ぐらいの年頃の男の子は年中発情期だもんねぇ?」
「な、何のことかさっぱりワカリマセン」
「年上のお姉さんに踏まれたいんでしょ? ね、踏まれたいんでしょ?」
「……え? 踏まれるって……?」
「大丈夫、内緒にしておいてあげるわ。ウフフ」
葉子さんはニチャアと湿った音が聞こえて来そうな笑みを浮かべながら、赤い眼鏡を指で押し上げると、裏口から出て行ってしまった。
葉子さんはおそらく少し勘違いしている。僕は今の今まで踏まれたいと思ったことは一度もないのだ。
いや、確かに今「それも悪くないかも」と、少し思ってしまったけど……。
八時前、美鶴さんが出社してきて一気に騒がしくなる。
いつも通りシャッターを開け、駐車場内の掃除を済ませた僕は、事務所で美鶴さんと共に今日の作業予定を確認する。
最近思うのだが、このラジアルは社会人経験のなかった僕から見ても、仕事量が少ないように見える。田舎の、個人経営の会社だからこんなものなのかも知れないが、入社したての頃の葉子さんの言葉が思い出され少し不安になってしまう。
『人生棒に振ってるの?』
もちろん、冗談で言ったつもりなのだろうが……。
ふとカウンターの中で社長と作業の打ち合わせをしている美鶴さんの顔を斜め後ろからちらっと見てみる。
さっき言われたこと、『年中発情期』と言うのを確かに僕は否定しきれない。
ただそれ以上に、僕はこのラジアルの誰でも受け入れるような大らかな空気が好きだった。できればこのゆっくりとした時間がこのままずっと続いてほしいと思っている。
昼休み、先日降ろしたエンジンからできる範囲でパーツを取り外していく。外したパーツやネジ類は、あらかじめ用意した部品トレイに場所ごとに分けて入れておく。
「小さいワッシャーとか、裏に張り付いていないかよく確認しておけよ」
美鶴さんからの注意を聞き、部品は裏返して目視確認した後にまとめて洗浄用の台へと持っていく。
洗浄台は家庭にある流し台のような形状で、洗浄液が入ったタンクが内蔵されており、蛇口の代わりに側面にポンプの電源スイッチと洗浄液が吐き出される蛇腹状のホースノズルがついていた。ポンプによってタンク内でろ過された洗浄液を循環させながら使用する。また、洗浄台の奥側には全体を覆いかぶせられる大きさの巨大な蓋が備え付けられていた。火災発生時に閉じて火を消すためだ。
耐油グローブをはめ、年季の入った洗浄台のスイッチを入れると、ポンプの作動音とともにノズルから洗浄液が吐き出されてくるので、それに部品を浸しながらナイロンブラシで磨いていく。
使いまわされた洗浄液はやや濁っていたが、ブラシでこするとパーツにへばり付いていた黒いグリース上の油汚れは見る見る落ち、本来のアルミ合金の色を取り戻していった。
一通り洗浄が終わり、ふと洗浄台の底にあるメッシュ状の部品受けの中を見ると、あれだけ確認したにも関わらず薄いワッシャーが落ちていた。
おそらくクラッチカバーの裏面に貼り付いていた部品だろう。隣で様子を見ていた美鶴さんの顔をみると「ホレ見ろ」と言わんばかりの顔をしていた。
時計の針を見ると、午後一時を少し過ぎていた。午後から入庫する予定の車が一台あったが、どうやらお客さんはまだ来ていないようだった。
「ちょうどいい。ついでだからここら辺のオイルシールを外す練習でもしておくか」
作業台に載せられたエンジンはカバー類が外され、降ろした時よりも少し小さくなっていた。美鶴さんはエンジンを作業しやすい向きにひっくり返すと、慣れた手つきでオイルシールと呼ばれる部品を取り外す。それはエンジンから外へ出ている軸と軸穴の隙間から、エンジンオイルが漏れてこないようにするための部品だった。
見本として一つ外したところで、「お前もやってみろ」と工具を僕へ渡した。
指示された別の個所のオイルシールを、渡された工具で外そうとするが、慣れないからか外れる気配がない。
「もうちょっと、こう、てこの原理で……。お前下手か」
何度も失敗する僕を見ていた美鶴さんが我慢できなくなり、呆れたように僕から工具を取り上げ説明しながらもう一度手本を見せる。
数センチ程度の小さな部品なので、手元を見ようとするとどうしてもお互いの距離が近づいてしまう。美鶴さんは仕事を教えているだけで、全くそんなつもりは無いと言うのに、僕一人だけ頭の中で『近い!』と勝手に意識して舞い上がってしまっていた。
数日後の昼休み、美鶴さんに頼まれたマンガ雑誌をコンビニで買って休憩室に戻ると、山咲さんが来ていた。どうやら来月に行われる花火大会を話題にしているようだ。
「美鶴は今年はどこかの大会行くの?」
「別に。興味ないし」
「そうね、あんたずっと相手いないもんね」
「か、関係ねーし!」
美鶴さんには、花火に行く相手はいない。これは僕にとって重要な情報であった。……まぁ、僕も行く相手はいないのだが。
「そうだ! チョコ君、あんた一緒に行ったげなさいよ! どうせあんたも行く相手いないんでしょ!」
山咲さんが突拍子もないことを言い出す。その隣でタバコを吸っていた美鶴さんは煙で咳き込んでいた。確認もせずに何故僕に行く相手がいないと結論付けたのか、甚だ疑問だが一旦置いておこう。
これは絶好のチャンスかも知れないと一瞬考える自分がいた。だがそれは無理だろう。おそらく冷たく拒否されるのがオチだ。
『しょうがないですね。せっかくだから一緒に行きましょうか』
もし僕がイケメンならきっとこう言えたかも知れない。しかし、現実は違う。
「何でアタシがコイツと行かなきゃなんないんだよ! 行く必要ないじゃん!」
ほら。
咳き込んだせいなのか分からないが、赤い顔をした美鶴さんが言い返す。
適当に愛想笑いをしてから、僕は逃げるように作業場へ向かった。
作業場の片隅で先日とは違う細かな部品を洗浄していると、少し間を開けてから山咲さんだけやってきた。洗浄台を覗き込みながら感心した様に言う。
「へぇ~、すごいじゃないの。クランクケースまで割ったの? やっぱりこう言うことができるようになるもんなのねぇ」
その山咲さんの言い方に僕は違和感を抱いた。
「いえ、美鶴さんに手伝って貰わないとほとんど無理なんですけどね……。でも、山咲さんもこれで整備覚えたんじゃないんですか?」
「あ~、あたしは使うの専門だからね、整備はあんまり知らないのよ」
ちょっと意外ではあった。美鶴さんの友人だからてっきりこう言うことに精通しているものと思い込んでいたからだ。
「そんなことよりもチョコ君、あんた美鶴を花火に誘いなさいよ」
「え?」
さっきから何故そんなことを言うのだろうか。ひょっとすると山咲さんは僕の気持ちを察して、応援してくれると言うことなのだろうか?
……ひょっとすると味方なのだろうか?
「さ、さ、誘えますかね?」
「大丈夫よ! 美鶴だって待ってるのよ!」
そう言ってサムズアップして見せる山咲さん。
そうか、そうなのか。なんて頼もしい。しかし、それでも不安に感じている自分がいた。
いや、大丈夫だ。山咲さんだって味方してくれている。きっと上手くいく。
「ど、どどどどうやって誘ったらいいんでしょうか?」
ついでなので美鶴さんを誘う言葉の答えを教えて貰うつもりでいた。失敗は許されないのだ。
「……」
しかし、山咲さんは無表情のまま黙ってしまった。そして山咲さんが放った次の言葉に僕は困惑する。
「……あんたみたいなヘナチョコが誘えるわけないじゃん。身の程弁えなさいよ」
ええ……。何言ってんの、この人? ほんの数秒前と真逆のこと言ってるじゃないか。声のトーンまで変わっている。誘えと言ったのは山咲さん自身だろうに。
あれか? この人は味方だと思って背中向けたらその瞬間に撃ってくるタイプか?
「そういうことは自分で考えなよ」
独り言でも呟くようにそう言うと、山咲さんは呆気に取られている僕を尻目に休憩室に戻っていった。
気を取り直して、手に持っていたバイクの部品に視線を落とす。
盆休みが近づいてきている。この調子では盆休みどころか車の免許のほうが先に取得できてしまいそうだった。
そう、肝心のバイクはまだやるべきことが沢山残っていた。今の僕はこのバイクを修理することに専念すべきなのだ。
ロッカールームで着替える途中にスマホの天気予報を見ると、昨日と変わらず今日も『熱中症に注意』と表示されていた。
「季節感おかしくない?」
独り言を呟きながらロッカーから取り出した作業ツナギは、洗濯で生地が柔らかくなり初期のゴワゴワとした感触は薄らいでいた。
それと同じく僕自身もこの職場に慣れ、落ち着いてロッカールームで着替えていた。ここ数か月で、美鶴さんは大体始業十分前に飛び込んでくることが判っていたので、この時間帯であればロッカールームで服を脱いでも問題なかったからだ。
「おはようさん。どうだ、もう慣れたか?」
休憩室に入ると、事務所側のドアから社長が顔を出して僕に聞く。
「おはようございます! はい、慣れてきたと思います。まだ一人では何もできませんけど……」
「うんうん。まぁ、そんな簡単にできるようになるもんじゃないからな。できないことは気にしなくていい」
相変わらず、社長の声のトーンは優しい。
「それよりもそろそろ試採用期間が終わるから、お前自身はどうなのかと思ってな」
四月末にラジアルに就職してからもう三か月が経とうとしていた。
はじめは言われたことをこなすのが精一杯だったが、最近では余裕も出てきて作業全体の流れを意識できるようになっていた。
この仕事が続けられるかどうか一抹の不安はあったが、僕自身は続けたいと考えていた。
「技術職ってのには終わりはないからな。毎日、勉強だと思って励んでほしい」
続けたい意思を伝えると、社長は少し嬉しそうな表情を浮かべながらそう言った。
事務所へ顔を引っ込めた社長と入れ替わる形で、葉子さんが休憩室に入ってきて僕に耳打ちする。
「まぁ、チョコ君には仕事以外でも目的があるもんね?」
「はい?」
何のことかさっぱり解らなかった。いや……、解らないふりをした。何故ならそれは非常に、極めてセンシティブな事柄だったからだ。
「あたしの目をごまかそうったって無駄よ。君ぐらいの年頃の男の子は年中発情期だもんねぇ?」
「な、何のことかさっぱりワカリマセン」
「年上のお姉さんに踏まれたいんでしょ? ね、踏まれたいんでしょ?」
「……え? 踏まれるって……?」
「大丈夫、内緒にしておいてあげるわ。ウフフ」
葉子さんはニチャアと湿った音が聞こえて来そうな笑みを浮かべながら、赤い眼鏡を指で押し上げると、裏口から出て行ってしまった。
葉子さんはおそらく少し勘違いしている。僕は今の今まで踏まれたいと思ったことは一度もないのだ。
いや、確かに今「それも悪くないかも」と、少し思ってしまったけど……。
八時前、美鶴さんが出社してきて一気に騒がしくなる。
いつも通りシャッターを開け、駐車場内の掃除を済ませた僕は、事務所で美鶴さんと共に今日の作業予定を確認する。
最近思うのだが、このラジアルは社会人経験のなかった僕から見ても、仕事量が少ないように見える。田舎の、個人経営の会社だからこんなものなのかも知れないが、入社したての頃の葉子さんの言葉が思い出され少し不安になってしまう。
『人生棒に振ってるの?』
もちろん、冗談で言ったつもりなのだろうが……。
ふとカウンターの中で社長と作業の打ち合わせをしている美鶴さんの顔を斜め後ろからちらっと見てみる。
さっき言われたこと、『年中発情期』と言うのを確かに僕は否定しきれない。
ただそれ以上に、僕はこのラジアルの誰でも受け入れるような大らかな空気が好きだった。できればこのゆっくりとした時間がこのままずっと続いてほしいと思っている。
昼休み、先日降ろしたエンジンからできる範囲でパーツを取り外していく。外したパーツやネジ類は、あらかじめ用意した部品トレイに場所ごとに分けて入れておく。
「小さいワッシャーとか、裏に張り付いていないかよく確認しておけよ」
美鶴さんからの注意を聞き、部品は裏返して目視確認した後にまとめて洗浄用の台へと持っていく。
洗浄台は家庭にある流し台のような形状で、洗浄液が入ったタンクが内蔵されており、蛇口の代わりに側面にポンプの電源スイッチと洗浄液が吐き出される蛇腹状のホースノズルがついていた。ポンプによってタンク内でろ過された洗浄液を循環させながら使用する。また、洗浄台の奥側には全体を覆いかぶせられる大きさの巨大な蓋が備え付けられていた。火災発生時に閉じて火を消すためだ。
耐油グローブをはめ、年季の入った洗浄台のスイッチを入れると、ポンプの作動音とともにノズルから洗浄液が吐き出されてくるので、それに部品を浸しながらナイロンブラシで磨いていく。
使いまわされた洗浄液はやや濁っていたが、ブラシでこするとパーツにへばり付いていた黒いグリース上の油汚れは見る見る落ち、本来のアルミ合金の色を取り戻していった。
一通り洗浄が終わり、ふと洗浄台の底にあるメッシュ状の部品受けの中を見ると、あれだけ確認したにも関わらず薄いワッシャーが落ちていた。
おそらくクラッチカバーの裏面に貼り付いていた部品だろう。隣で様子を見ていた美鶴さんの顔をみると「ホレ見ろ」と言わんばかりの顔をしていた。
時計の針を見ると、午後一時を少し過ぎていた。午後から入庫する予定の車が一台あったが、どうやらお客さんはまだ来ていないようだった。
「ちょうどいい。ついでだからここら辺のオイルシールを外す練習でもしておくか」
作業台に載せられたエンジンはカバー類が外され、降ろした時よりも少し小さくなっていた。美鶴さんはエンジンを作業しやすい向きにひっくり返すと、慣れた手つきでオイルシールと呼ばれる部品を取り外す。それはエンジンから外へ出ている軸と軸穴の隙間から、エンジンオイルが漏れてこないようにするための部品だった。
見本として一つ外したところで、「お前もやってみろ」と工具を僕へ渡した。
指示された別の個所のオイルシールを、渡された工具で外そうとするが、慣れないからか外れる気配がない。
「もうちょっと、こう、てこの原理で……。お前下手か」
何度も失敗する僕を見ていた美鶴さんが我慢できなくなり、呆れたように僕から工具を取り上げ説明しながらもう一度手本を見せる。
数センチ程度の小さな部品なので、手元を見ようとするとどうしてもお互いの距離が近づいてしまう。美鶴さんは仕事を教えているだけで、全くそんなつもりは無いと言うのに、僕一人だけ頭の中で『近い!』と勝手に意識して舞い上がってしまっていた。
数日後の昼休み、美鶴さんに頼まれたマンガ雑誌をコンビニで買って休憩室に戻ると、山咲さんが来ていた。どうやら来月に行われる花火大会を話題にしているようだ。
「美鶴は今年はどこかの大会行くの?」
「別に。興味ないし」
「そうね、あんたずっと相手いないもんね」
「か、関係ねーし!」
美鶴さんには、花火に行く相手はいない。これは僕にとって重要な情報であった。……まぁ、僕も行く相手はいないのだが。
「そうだ! チョコ君、あんた一緒に行ったげなさいよ! どうせあんたも行く相手いないんでしょ!」
山咲さんが突拍子もないことを言い出す。その隣でタバコを吸っていた美鶴さんは煙で咳き込んでいた。確認もせずに何故僕に行く相手がいないと結論付けたのか、甚だ疑問だが一旦置いておこう。
これは絶好のチャンスかも知れないと一瞬考える自分がいた。だがそれは無理だろう。おそらく冷たく拒否されるのがオチだ。
『しょうがないですね。せっかくだから一緒に行きましょうか』
もし僕がイケメンならきっとこう言えたかも知れない。しかし、現実は違う。
「何でアタシがコイツと行かなきゃなんないんだよ! 行く必要ないじゃん!」
ほら。
咳き込んだせいなのか分からないが、赤い顔をした美鶴さんが言い返す。
適当に愛想笑いをしてから、僕は逃げるように作業場へ向かった。
作業場の片隅で先日とは違う細かな部品を洗浄していると、少し間を開けてから山咲さんだけやってきた。洗浄台を覗き込みながら感心した様に言う。
「へぇ~、すごいじゃないの。クランクケースまで割ったの? やっぱりこう言うことができるようになるもんなのねぇ」
その山咲さんの言い方に僕は違和感を抱いた。
「いえ、美鶴さんに手伝って貰わないとほとんど無理なんですけどね……。でも、山咲さんもこれで整備覚えたんじゃないんですか?」
「あ~、あたしは使うの専門だからね、整備はあんまり知らないのよ」
ちょっと意外ではあった。美鶴さんの友人だからてっきりこう言うことに精通しているものと思い込んでいたからだ。
「そんなことよりもチョコ君、あんた美鶴を花火に誘いなさいよ」
「え?」
さっきから何故そんなことを言うのだろうか。ひょっとすると山咲さんは僕の気持ちを察して、応援してくれると言うことなのだろうか?
……ひょっとすると味方なのだろうか?
「さ、さ、誘えますかね?」
「大丈夫よ! 美鶴だって待ってるのよ!」
そう言ってサムズアップして見せる山咲さん。
そうか、そうなのか。なんて頼もしい。しかし、それでも不安に感じている自分がいた。
いや、大丈夫だ。山咲さんだって味方してくれている。きっと上手くいく。
「ど、どどどどうやって誘ったらいいんでしょうか?」
ついでなので美鶴さんを誘う言葉の答えを教えて貰うつもりでいた。失敗は許されないのだ。
「……」
しかし、山咲さんは無表情のまま黙ってしまった。そして山咲さんが放った次の言葉に僕は困惑する。
「……あんたみたいなヘナチョコが誘えるわけないじゃん。身の程弁えなさいよ」
ええ……。何言ってんの、この人? ほんの数秒前と真逆のこと言ってるじゃないか。声のトーンまで変わっている。誘えと言ったのは山咲さん自身だろうに。
あれか? この人は味方だと思って背中向けたらその瞬間に撃ってくるタイプか?
「そういうことは自分で考えなよ」
独り言でも呟くようにそう言うと、山咲さんは呆気に取られている僕を尻目に休憩室に戻っていった。
気を取り直して、手に持っていたバイクの部品に視線を落とす。
盆休みが近づいてきている。この調子では盆休みどころか車の免許のほうが先に取得できてしまいそうだった。
そう、肝心のバイクはまだやるべきことが沢山残っていた。今の僕はこのバイクを修理することに専念すべきなのだ。
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