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第十四話 ラジアルの真の支配者

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 オートサービスラジアルは、時代の流れに飲み込まれようとしていた――。

 事務所、カウンター内の椅子に社長と葉子さん、そして美鶴さんの三人が腰かけ、僕はカウンターに寄りかかるようにして立っていた。
 重要な会議を思わせる重苦しい雰囲気の中、社長が口を開いた。

「……これも時代だ」
「ウス……」

 そう言う社長に、しょんぼりとした美鶴さんが返事をした。

『職場における受動喫煙の防止』

 社長も喫煙者だったので今まで言われなかったが、非喫煙者の僕が入社したことでラジアルも時代の流れを無視し続けるわけにはいかなくなったらしい。
 おそらくだが陰では葉子さんの圧力が前々からあったのではないかと僕は読んでいる。奥さんである葉子さんも僕と同じ非喫煙者だったからだ。現に社長の隣に座っている葉子さんは「当然です」といった表情をしていた。

「よし、じゃあ多数決をとるぞ。休憩室をこのまま現状維持で喫煙室としたいもの、挙手」

 社長の声に合わせ、迷うことなく社長と美鶴さんが手を挙げた。美鶴さんは両手を挙げている。便宜上、喫煙派とする。

「喫煙所を屋外に移設したいもの、挙手」

 さっと葉子さんが、真っ直ぐと手を挙げた。男子小学生のような美鶴さんとは真逆の、優等生の如く洗練された仕草だった。
 こちらは非喫煙派だ。
 僕がどちらにも手を挙げていないことに気が付いた美鶴さんが聞く。

「おいチョコ、お前どっちなんだよ」

 どっちだろうか……。まず、入社したての僕が社内のルール改正に関して口を出していいのかどうかで悩んでいた。そして、現在ニ対一で喫煙派が有利である。今後のことを考えると、社長に加勢したほうが色々と都合がよいのではないだろうか……などとゲスい事を僕は考えていた。
 美鶴さんと葉子さんの両方の視線が痛い。
 そして考えあぐねた結果、出した結論。

「僕は新人なので、発言権がないと言う事で、ここは……」
「日和ったな。この根性なしが」
「日和ったわね。この意気地なしめ」

 美鶴さんと葉子さんがほぼ同時に僕を非難する。

「ん~。まぁでも大体は予想通りだけど……。困ったわね~」

 葉子さんが顎に手を当て考え込む……ふりをする。視線は隣に座る社長へと向けられていた。僕が棄権した時点ですでに採決は出ているはずなのだが、明らかに圧力をかけている。そして葉子さんの中では僕が棄権することは想定内だったらしい。

「そ、そうだな。この場合は……」

 社長が答えを言い淀んでいると、不意に駐車場に一台の商用車が入ってきた。その見慣れた車種に社長と美鶴さんが注視する。
 降りてきた人物は事務所のガラス戸を開いた。

「こんちわ~。あら珍しい。会議か何か?」

 山咲さんである。
 いつもはお昼休みにしか来ない彼女が、今日に限ってこの時間にラジアルへ顔を出したのだ。彼女の姿を見た瞬間、喫煙派にとっては天の助けのように見えたのかも知れない。
 部外者であるはずなのだが、美鶴さんが早速喫煙派に抱き込もうと声をかける。そして社長はその様子を見て止める気は無いようだった。

 一通り説明を聞いた山咲さんは、開口一番こう言った。

「現状維持で!」

 これで喫煙派三人に、非喫煙派一人である。話の流れから今まで通り休憩室が喫煙室として使われることが決定しそうになった、その時であった。

「待って。春香ちゃんは部外者でしょ」

 葉子さんの声。まったくもってその通りである。堂々と休憩室に入ってくるので、僕も感覚がおかしくなってしまっているが、この人は部外者である。

「でもハル姉しょっちゅう来てますよ? もうこれ半分従業員でしょ?」

 美鶴さんが何とか戦力として認めてもらおうとする。よく見ると社長も腕組みをしながら小刻みに「ウンウン」と頷いている。よほどタバコが吸いたいらしい。

「せっかくエアコン付きの喫煙室だったんですよ! うちの会社、喫煙所が外なんです! ここは最後に残されたオアシスなの! 絶対に失うわけにはいかないんです!」

 山咲さんが主張する。ああ、なるほど。そういう事もあって、ラジアルに頻繁に遊びに来ていたのか。

「でもここは健康に影響があるチョコ君の意見を一番尊重すべきじゃないかしら? チョコ君はどう考えてるの? 喫煙場所を外に放り出すべきよね?」

 できるだけ傍観者に徹しようと気配を殺していたつもりなのだが、僕にお鉢が回ってきてしまった。葉子さんの言葉によって、全員の視線が僕へと集中する。

「えっ……、あっ……。そ、掃除の途中だったので……」
「待てやコラ」

 逃げようとしたが逃げ道を山咲さんに塞がれてしまった。

「ええと……。げ、現状維持で……いいのではないでしょうか?」

 我ながら情けない返事ではあったが、正直僕としてはそんなに大きな問題にも感じなかったと言うのもある。健康問題等を考えると、もっと真剣に取り組むべきなのかも知れないが……。

「しょうがないわね~。チョコ君がそう言うのなら」

 一息、何かを押し殺すように間を置いてからそう言うと、こちらをジト目で見る葉子さん。他の三人はというと、まるで僕が決定的な発言をしたかのような視線を送っていた。
 あれ? これは僕の所為せいなのだろうか? 僕は社長夫人の葉子さんに盾突いてしまったと? 僕は遠の安全地帯から見守ろうとしただけなのに……。

「じゃあ、残念だけど暫くはこのままと言うことで」

 その葉子さんの言葉を聞いて、隣で社長が安堵の溜息をついていた。結果、休憩室を喫煙室と兼ねるという、現状維持の方針で決定した。
 「暫く」と言う事なので、葉子さんによっていつかまた提議されることもあるという事だろう。
 この一件で僕は気付いたのだが、この会社の本当の支配者は葉子さんではないのだろうか……。

「あと、三人ともタバコの本数を少し減らしなさい」

 お母さんに怒られ拗ねた子供ような三人の返事を聞くと、葉子さんは立ち上がり事務所を後にした。


 数日後、アッシュの小屋から少しだけ離れた場所にいつの間にか置き型の灰皿が設置されていた。確か倉庫にあった灰皿だ。
 誰が置いたのか分からないが、天気のいいお昼休みには、社長と美鶴さんが並んで話をしながらタバコを吸っているのをちょくちょく目撃するようになった。
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