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第二章 幽霊少女ミリィ
第四十話 新技、マジックブラスト
しおりを挟むあれほど昼間は晴れていたのに、夕方になるにつれて、空はどんよりと曇り出してきた。そして夜になると、星が全く見えない真っ暗となる。
状況が状況なだけに、どうにも不吉な予感が拭えない。それでもミナヅキたちは当初の予定を決行するのだった。
モーゼスの宣言どおり、プレゼント用のペンダントは無事に完成した。
あとはこれを、ミナヅキとアヤメが二人で、屋敷で待つミリィにプレゼントすればミッションコンプリートとなる。
ゴールは目の前まで来ている。ゼラから忠告を受けたミナヅキたちだったが、もはや彼らの目に一切の迷いはなかった。
「にしても……なーんか生暖かくて嫌な風だな」
原っぱが広がるあぜ道を歩きながら、ミナヅキが真っ暗な空を見上げる。その隣を歩くアヤメは、前を向いたままため息交じりに頷いた。
「確かにねぇ。それよりも前見て」
「前?」
アヤメに促されるがままにミナヅキが前を向くと、その先には三人の冒険者たちが武器を持って待ち構えていた。
「俺たちの味方……にはちょっと見えないな」
「恐らく、ヴィンフリートに雇われたのでしょう。そうでなければ、こんな何もない場所に来る理由が思い浮かびません」
「ですよねー」
モーゼスの冷静な推測に、ミナヅキは歩きながら項垂れる。そして改めて、立ちはだかる冒険者たちを観察した。
「相手は男三人か。見たところ剣士と闘士と短剣使い……明らかに力で直接勝負するって感じのヤツらだな」
「えぇ、分かりやすくてありがたいわ」
アヤメがスッと短剣を抜く。その瞬間、相手の剣士がニヤッと笑みを浮かべ、ミナヅキたちの道を塞ぐように腕を組みながら仁王立ちする。
「止まれ。ミナヅキとアヤメ、そしてモーゼスだな?」
「あぁ。それが何か?」
そっけなく答えるミナヅキの隣から、連れてきたファイアーウルフとスライムの二匹が躍り出る。
「グルルルル――!」
「ピィッ!」
勇ましく立ち向かおうとしている二匹の魔物に、三人の冒険者たちは面白いと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「ハッ、魔物如きがいっちょ前に、俺たちに歯向かおうってのか?」
「ファイアーウルフとスライムを連れている。やっぱりコイツらで間違いはなさそうですぜ?」
闘士が拳をバキバキと鳴らし、ミナヅキたちに向けて大きめの声を上げる。
「覚悟してもらいますぜ? アンタたちを捕らえれば、ギルドからがっぽり賞金がもらえるんスよ!」
「これで俺たちは大金持ちッスねぇ、アニキ!」
「あぁ、そのとおりだ」
はしゃぎ出す短剣使いの前で、剣士はフッと決めポーズの如く笑う。それを聞いたアヤメは、この状況を察して表情を引きつらせた。
「もしかして私たち、ギルドから賞金首扱いされてるんじゃ?」
「ほぅ、よく分かったな」
剣士が感心そうな声を上げる。
「お前たちには高額な賞金がかけられている。ついさっき、ギルドマスターが直々に発足されたんだ。したがって俺たちは、正義の名を貫くために、お前たちを捕らえようとしているって寸法さ!」
誇らしげに剣士言ったその瞬間、闘士と短剣使いも、あからさまに調子に乗った様子で語り出す。
「その高額な賞金がたまんなかったんスよね。アニキなんて真っ先に目が眩んじまったんですから」
「賞金を手に入れたら、今夜は綺麗なお目当てのお姉ちゃんを指名して、美味い酒をお酌してもらうのが真の目的って――」
――しゃきぃんっ!
剣士が剣を抜き、短剣使いの喉元に突きつける。
「ペラペラと喋り過ぎなんだよテメェらは……そんなに死にてぇか?」
『しゅ、しゅみましぇーんっ!』
恐怖に煽られ、短剣使いと闘士は情けない声を揃える。剣士はため息交じりに剣を下げ、それを改めてミナヅキたちに突きつけた。
「まぁとにかくだ、お前たちはここで終わりだ。潔く観念したほうが身のためだと思うぜ?」
「アンタたちの腕前は、とっくに調べはついてるんですぜ?」
「生きてりゃ問題ないって話なんで、多少の痛めつけは許されてるんスよ」
三人の冒険者たち物言いに、ミナヅキたちは顔をしかめる。穏便に済ませるつもりがないということが明らかだからだ。
「ったく面倒だなぁ。こっちは急いでるってのに――」
後ろ頭をボリボリと掻きむしりながら、苛立ちを募らせるミナヅキの隣を、アヤメが前にスッと躍り出るのが見えた。
「……アヤメ?」
ミナヅキは声をかけるが、アヤメは無言のまま前方を向いている。そして自身の魔力を放出し、それを集めて凝縮させていく。
「集約する青き魔力、今ここに解き放つ――マジックブラスト!」
叫びながら勢いよく放たれた、青色に輝く魔法。それは巨大な光線の如く、一直線に三人の冒険者たちへと向かっていった。
「へ?」
――どおおぉぉーーーんっ!!
迫りくる魔法にマヌケな声が出たその瞬間、凄まじい大爆発が巻き起こる。煙が晴れたそこには、三人の冒険者たちが白目を剥きながら、無様としか言えないような黒焦げ状態で倒れていた。
「ぃよっし♪」
嬉しそうな声とともにアヤメはガッツポーズをする。数日前から特訓していた新技が、遂に完成したのだとミナヅキは思った。
その凄まじい威力にモーゼスも、そしてファイアーウルフとスライムも、揃って呆然としてしまっていた。
「さぁ、早くいきましょう!」
「お、おう……」
振り返りながら勇ましく言うアヤメに、ミナヅキは戸惑いながら返事をした。
そして、倒れている三人の脇を通り過ぎる際――
「……なんか、スマン」
思わずそう呟いてしまったのは、ここだけの話である。
◇ ◇ ◇
「何だ、こりゃあ?」
黒コゲ状態で気絶している三人組を見下ろしながら、ティーダが戸惑いの表情を浮かべている。
「アヤメの魔法にやられたんじゃない? コイツらもきっと、ギルドで張り出されていた賞金目当てでしょうし」
「かもしれないわね。この様子だと、何もできないままやられたっぽいけど」
マヤとニコレットが呆れた表情を浮かべる。
ミナヅキたちがギルドで賞金首になったことを知った彼らは、ミナヅキたちに味方することを決め、馬車に乗って駆けつけてきたのだった。
しかし見渡してみる限り、激しい戦いが起こっている様子はない。屋敷へ通じる丘のほうからも、特に大きな声は聞こえてこない。少なくとも賞金狙いで冒険者から襲われている可能性は低そうであった。
「心配する必要なかったかな……まぁ、それに越したことはないが」
ティーダが頭をボリボリと掻きむしりながら言う。
そこに、馬車の御者台で手綱を握っているハンジが、後ろを振り向きながら焦りの表情を浮かべた。
「うわっ、ティーダさん! 他の冒険者たちがやってきたっぽいですよ!」
「んー?」
慌てるハンジの言葉に、ティーダは間延びした声を出しながら振り向く。
すると確かに、数人の冒険者が走ってきているのが見えた。
「お前たち退けぇっ!」
「この先に賞金首がいるのは分かってんだあぁーっ!」
「捕まえてガッポリ儲けてやるぜ!」
「あの美人の姉ちゃんに、あーんなことやこーんなことを……ヌフフフフッ♪」
その姿は、もはや冒険者ではなく盗賊そのものにしか見えなかった。ティーダは自然と表情が引き締まり、剣を抜きつつニヤリと笑う。
「やっぱり来て正解だったかもな」
「そうだね!」
「フフッ、腕が鳴るわ♪」
マヤとニコレットも、ティーダに並んで冒険者を迎え撃とうとする。そして未だ御者台でボーッと手綱を握っているハンジに、ティーダが気づいて声を上げる。
「ハンジ、お前も降りてこい! 援護を頼む!」
「は、はいぃっ!」
慌てて御者台から飛び降りるハンジ。それと同時に、ティーダは剣を握る手に力を込めた。
「さぁ、行くぜえぇっ!!」
ティーダは叫びながら、思いっきり地を蹴り出す。冒険者同士の戦いが、ここに幕を開けるのだった。
◇ ◇ ◇
丘を駆け上がり、ミリィが待つ屋敷に到着したミナヅキたち。しかしそこには、既にヴィンフリートと数人のフルフェイスの兵士たちが待ち構えていた。
「まぁ、こうなるとは思ってた」
「同感ね」
「実に彼らしいです」
言葉のとおり、ミナヅキたち三人は本当に驚いていない様子であった。そしてヴィンフリートも笑みとともに口を開く。
「やはり賞金で冒険者どもを誑かせる程度では、お前たちを止めることはできなかったようだな」
彼も彼で最初から予想はしていたのだろう。その笑みはむしろ、ようやくここまで来たかと言わんばかりであった。
「その言い方だと、まるで冒険者たちのことなんざ、最初から期待してなかったって感じに聞こえるんだが?」
「正解だよ。ヤツらは実に捨て駒らしい動きをしてくれている」
愉快だと言わんばかりに笑うヴィンフリートに、アヤメが顔をしかめる。
「流石にその言い方はどうかと思いますけど?」
「果たしてそうかな。むしろ捨て駒という使い道があるだけ、十分過ぎるぐらいマシとも言えると、私は思っているがね」
ヴィンフリートは胸を張り、誇らしげに言う。
「……反吐が出るわ」
アヤメは忌々しそうに呟くが、ヴィンフリートは答える素振りすら見せない。まるで、これ以上相手にする価値もないと言わんばかりに。
果たしてそれは元々からか、それとも冷静さを欠いたゆえの発言なのか。
どちらにせよ、まともに話し合えるような相手ではないことは確か。そうミナヅキたちは判断するのだった。
「これ以上、私の命令を無視して、勝手なことをさせるワケにはいかない。お前たちはここまでだ」
ヴィンフリートがパチンと指を鳴らす。同時に周囲の兵士たちが、それぞれ武器を構え出した。
「やれ」
『はあああぁぁーーーっ!!』
右手を軽く挙げ、ヴィンフリートが合図した瞬間、兵士たちが声を上げながら向かってくる。
そこにアヤメが前に躍り出た。
「集約する青き魔力、今ここに解き放つ――マジックブラスト!」
解き放たれた青い光が、兵士たちを一気に吹き飛ばす。しかし攻撃を免れた何人かが、砂煙の中から飛び出してきた。
「ガアァッ!!」
そこにファイアーウルフが飛び出し、口から大きな火球を吐き出す。鎧を身に纏った兵士の腹に炎が直撃し、小さな爆発とともに吹き飛ばした。
その隙をついて、アヤメが素早く兵士たちの懐へ飛び込む。短剣による魔法剣で次々と兵士たちの意識を刈り取っていくのだった。
「――っ!」
どこからか弓矢が撃ち込まれたが、アヤメは瞬時に見切り、素早い身のこなしでそれを躱す。同時に彼女の手のひらから魔弾が放たれ、それは真っ暗な木の上に潜む弓兵に見事命中。黒い人影が落ちていき、鈍い音が響き渡った。
ファイアーウルフとスライムも黙ってはいない。
特に兵士たちはスライムに油断していた。弱い魔物が相手なら楽勝だと。
しかしそれは大きな間違いだった。軽く蹴り飛ばそうとした矢先に、スライムの凄まじい体当たりが炸裂。兵士の一人を吹き飛ばして気絶させる。
何が起こったのか分からない他の兵士たちは、即座に反応が取れず、それが致命的な隙を生み出した。
ファイアーウルフとスライムのタッグを止められる者はいない。
そして見事なまでに、誰一人の命も奪い取ってはいない。いずれも気絶させるだけに留められているのだ。
モーゼスが二匹の魔物に言い聞かせていたのだ。
命を奪う戦いをしてはいけないと。
一緒に暮らすご主人様の言うことを、二匹の魔物たちは忠実に従いながら、この戦いに挑んでいる。その姿を、モーゼスは嬉しそうな表情で見守っていた。
その一方で――
(なーんか俺、見事なまでに何もしてないな)
殆ど蚊帳の外状態のミナヅキは、頬を掻きながら観戦していた。
有り体に言ってヒマも良いところではあったが、下手に動いても邪魔になるだけだとも思っていた。
自分の専門分野は調合であって戦闘ではない。確かに戦えはするが、それはあくまで素材集めのためであり、今回のように人を相手をする戦いは不向きだった。
もっとも、ただ観戦していれば良いというワケでもない。
相手に目を付けられて狙われてしまえば、本末転倒も良いところだ。故に周囲を最大限に警戒することが大前提であり、なおかつ状況を素早く正確に把握することも忘れない。
(まー見たところ、完全にこっちが優勢だな。アヤメと魔物たちが大活躍だ。俺やモーゼスさんが巻き込まれないよう、気を配ってくれてるし)
少なくとも兵士たちに関しては大丈夫に思えた。このままいけば、問題なく場を制圧できそうに見えるが――
(ヴィンフリートが全然動いてないな……何か切り札でも温存してるのか?)
兵士たちの負けっぷりに怒りを抱いているが、慌ててもいない――今のヴィンフリートの表情からそう読み取れた。
(そうすんなりと制圧させてくれるとは、到底思えないんだよなぁ。やっぱ何か仕掛けてきそうな予感が……)
ミナヅキがそう考えているうちに、兵士たちは皆、アヤメと魔物たちによって倒されていた。
短剣を鞘に納めながら、アヤメがご機嫌な表情で駆け寄ってくる。
「ねぇねぇミナヅキ。どう? アヤメさんの華麗なる戦いっぷりは?」
「ん? あぁ、凄いな。見直したよ」
「でっしょー♪」
サラッと返したミナヅキだったが、アヤメには十分嬉しかったらしく、満面の笑みを浮かべている。
そんな彼女に対して、少々呆れ気味にミナヅキが苦笑する中、モーゼスがゆっくりとヴィンフリートに向かって歩いていくのが見えた。
「もう残りはあなただけですよ、ヴィンフリート殿」
表情を歪ませているヴィンフリートに、モーゼスが厳しい表情で話しかける。
「これ以上の身勝手極まりない行動は、もうお止めになっていただきたい。あなたの娘様を想う気持ちは、私も重々理解しているつもりです。ですから――」
「黙れっ!!」
ヴィンフリートは一喝して言葉を遮る。もはや聞く耳を持っていなかった。
「子のいないキサマに何が分かる? 私はあの子を失いたくない。それが親として当然の気持ちなのだ!」
その瞬間、ミナヅキとアヤメの頭にハテナマークが浮かぶ。モーゼスもヴィンフリートも急に何を言い出すのか。
(娘? あのオッサンの? いきなり何の話だ?)
(ヴィンフリートさんに子供? この一件と何か関係があるのかしら?)
少し考えてみたが、二人揃って答えは出ない。そんな彼らのことなど眼中にない様子のヴィンフリートは、苛立ちを込めた口調で言った。
「あれからもう、十年も続けてきたんだ。きっとあの子も、私の気持ちを――」
「理解してるワケないでしょ」
突如どこからか、少女の冷めたような声が聞こえた。するとモーゼスとヴィンフリートの間に、五歳くらいの少女が呆れ果てた表情とともに現れる。
「ミリィ!?」
ミナヅキが目を見開きながら叫ぶ。アヤメも口元を隠す仕草で驚き、モーゼスもまさかの少女の登場に言葉を失っていた。
そして――
「バ、バカなっ!?」
ヴィンフリートは激しく狼狽えながら叫び出した。目を見開き、恐怖に等しい狼狽えっぷりなその表情は、本当に心の底から驚いているようであった。
その面でもある意味驚かされたミナヅキたちに全く気づかず、ヴィンフリートはミリィを指さしながら、更に叫ぶように言う。
「どうして屋敷の外に出られるのだ? お前は屋敷に憑りついていて、外には出られないハズではなかったのか?」
「普通に出られるよ。あなたが勝手に思い込んでただけだから」
ミリィはしれっと切り捨てるように言い放つ。
ヴィンフリートの驚きっぷりに隠れてしまっているが、実のところミナヅキとアヤメも、その事実には驚いていた。
二人もまた、ミリィがずっと屋敷の中でしか行動できないと思っていたのだ。
故にミナヅキとアヤメの驚きの表情は、そう言う意味も多分に含まれていたりするのだが、誰もそのことに気づく様子はなかった。
ミリィはミリィで、視線の先はヴィンフリートに向けられており、その表情は憎しみという名の歪みで満ちていた。
「ホント忌々しいんだよね……あなたがわたしの本当の父親だなんてさ!」
更に追加で明かされたミリィの事実。それに対してミナヅキとアヤメは、完全に言葉を失ってしまうのだった。
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