上 下
45 / 50

45 聖女~ユメ、カナウトキ

しおりを挟む


 暴走して力を失った聖女は、しばらくして目を覚ました。
 勇者と違って昏睡状態となっただけであり、体の不具合は見られず、すぐに起きて歩けるようになる。
 それを聞いた皇帝は、すぐに聖女を連れてくるよう呼び出しをかけた。
 聖女もまた、意気揚々と謁見の間に姿を現した。

「ミッシェルよ――これまでの活動、本当にご苦労であったな」

 彼女が跪いた瞬間、皇帝から放たれた言葉であった。

「聖女としての役割も終えた今、もう王宮や大聖堂にいる必要もあるまい。お前には辺境の地で、隠居する権利を与えるとしよう」

 穏やかに言ってはいるが、要するに『お前がいると都合が悪いから、遠くの地で大人しく暮らしておけ』ということである。
 これには大臣も満足しているらしく、嬉しそうにうんうんと頷いていた。
 しかし――

「でしたら皇帝陛下、その場所についてお願いがございます!」

 ミッシェルは突如として顔を上げ、そう言い放つ。その瞬間、大臣の表情は苦々しいものへと切り替わった。

「こら! お前は陛下のお決めになられたことに――」
「良い」
「し、しかし陛下……」

 大臣は慌てて視線を向けるも、皇帝の厳しい表情に圧倒されてしまい、引き下がる以外の選択肢はなかった。
 静かになったのを確認したところで、皇帝はミッシェルに視線を戻す。

「ミッシェル、お前の願いとやらを聞こう」
「はい。わたしの隠居先を、故郷である山奥の村にしていただきたいのです」

 最初から決めていたと言わんばかりに、彼女は迷いなくそう言い切った。しかしその言葉は、周りを大いに戸惑わせることとなった。

「お、おい……いきなり何を言い出すのだ?」

 流石に理解ができず、大臣は口を挟まずにはいられなかった。

「あそこはもう、何も……」
「大臣」
「はっ、も、申し訳ございません」

 またしても皇帝に止められ、大臣は引き下がる。そして皇帝はミッシェルに視線を戻しつつ、重々しい口調で問いかけた。

「本当に良いのだな?」
「はい。それさえ叶えていただければ十分です!」

 ミッシェルは即答した。満面の笑みは途轍もなく輝いており、それがなんとも言えない微妙な雰囲気を作り出している。
 しかし彼女からしてみれば、周りの雰囲気など知ったことではなかった。
 早く自分のために良い言葉を投げかけてほしい――そんな期待を込めた眼差しを受ける皇帝の表情は、どこまでも変わらないままであった。

「ならば今すぐ転移魔法で、お前を直接その場所に送ってやる。そこから先は、我々も一切関与しないぞ?」
「構いません」
「餞別だ。その聖女の服装は、そのまま着用していくことを許してやろう」
「ありがとうございます」

 どこまでもしっかりとした口調、そして嬉しそうな笑顔。御託はいいからさっさとしてくれという勢いすら感じられていた。
 実際、それは正しいと言えていた。

(やったーっ♪ これでようやく故郷へ帰れるわ)

 跪いて頭を下げている状態であるため、ニヤリと笑っているミッシェルの表情は皇帝たちに見えていない。

(どうやって切り出そうか迷っていたけれど、まさか皇帝から言ってくれるとは思わなかったわ。流石はわたし! 持つべきものを持っているとはこのことね♪)

 実際、彼女は目が覚めてから、ずっと故郷へ帰ることしか考えていなかった。
 戦争が終わり、聖女としての役割も完全に終了したと聞かされた瞬間、もう彼女の中に選択肢は一つしか存在していない。その際に、セオドリックとの婚約も解消する旨も放されたのだが、彼女は全く聞いていなかった。
 そもそも彼女は、もはやセオドリックに何の興味も抱いていない。
 彼が動けなくなったことさえ知らないのだ。
 仮に改めて彼の事情を聞かされても、恐らくミッシェルは大した反応を示さないことだろう。

 ――へぇー、そうなんですか。で、それがどうかしたんですか?

 彼女の口から出るであろう言葉を挙げるなら、恐らくこんなところだろうか。
 あまりにも無関心なその姿を、周りは都合のいい方向で認識していた。彼女はもう王子に何の興味もないと。
 これは完全に、偶然に偶然が重なった結果と言える。
 ミッシェルからしてみれば、今更セオドリックのことをあれこれ言われても困るだけであり、周りは周りでセオドリックの始末に奔走している真っ最中なのだ。彼女があれこれ口を出してくるほうが困る。
 ある種のウィンウィンな展開となっていることを、ミッシェルは当然ながら知る由もないのだった。

(すぐに故郷へ帰してくれるって流れなら、もう何も言うことはないわよね)

 ミッシェルはニンマリと笑う。とにかく嬉しくて仕方がなかった。

(これでやっとみんなに会えるわ。そしてわたしはアレンと結婚して、ずっと村で末永く幸せに暮らすのよ。これは昔から決められていたこと。いわばわたしの運命そのものなんだから!)

 山奥の村はスタンピードによって滅ぼされた。しかし村人たちは生き残り、再建して帰りを待ってくれている――ミッシェルは心からそう信じていた。
 どこまでも自分に都合のいい方向で思い込む彼女は、考えを止めることはない。
 一度立ち止まって冷静に考え直す選択肢は、全く存在していない。

「――カーティス」
「はっ! すぐに転移魔法を行います!」

 皇帝の呼びかけにより、いつの間にか控えていた宮廷魔導師の彼が、スッと音もなく前に出てきた。
 久しぶりに見た元指導員の姿に、ミッシェルは表情を歪ませてしまう。
 しかしカーティスは、ミッシェルを一瞥こそしたが、声一つかけようとすらしていなかった。
 皇帝の前だからとかではなく、最初からそんな価値はないと言わんばかりに。

「この魔法具を作動させれば、対象者を転移させることができます」

 カーティスは懐から取り出した小さな魔法具を掲げ、その場にいる者たちに簡単な説明をする。

「転移先も指定できます。彼女の故郷があった村……で、よろしいのですね?」
「はい!」

 ミッシェルは大きな声で即答した。これで帰れる、ということしか考えられていない状態であった。
 故に気づいていない。
 彼女の故郷に対して過去形で言っていたことに。

「では、この魔法具を手にお持ちください」

 カーティスがミッシェルに魔法具を手渡す。それを彼女が両手でしっかり受け取ったのを見て、彼は少し距離を置き、両手を伸ばして集中し始める。

「――始めます!」

 その言葉とともに、彼の両手から魔力が湧き出る。それが魔法具を起動させ、眩い光がミッシェルの体を包み込む。

「きゃっ!」

 ミッシェルはその眩しさに、思わず目を閉じてしまった。そして光が収まったのを感じて、ゆっくりとその目を開けると――

「…………えっ?」

 王宮の謁見の間ではなく、青空の下に跪いていた。
 周りには誰もいない。手に持っている魔法具は役目を終えたと言わんばかりに、粒子化してあっという間に散ってしまった。
 呆然とした表情を浮かべながら、ミッシェルはゆっくりと立ち上がる。

「ここって……もしかして故郷の……山奥の村、なの?」

 周りを見渡しながら、ミッシェルは呟いた。
 もう殆ど炭と化したわずかな瓦礫が残っているだけのその場所は、彼女の記憶にある故郷とは、かけ離れているにも程がある姿であった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

天然と言えば何でも許されると思っていませんか

今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。 アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。 ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。 あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。 そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……

俺にべったりだった幼馴染がイケメンの先輩と多目的トイレから出てくるところを見てしまった件

わだち
恋愛
俺の幼馴染の宮下京花は俺にべったりな女子だった。だが、いつの間にか距離を取られるようになっていた。そんなときに京花がイケメンの先輩と付き合っているという噂を聞く。そんな噂はデマに決まっていると思う俺だったが、京花がそのイケメン先輩と一緒に公園の多目的トイレから出てくるのを見てしまう。京花は多目的トイレで先輩を何をしていたのか。多目的トイレを確かめると、そこには使ったばかりのコンドームが落ちていた。

母親の彼氏を寝取り続けるDCの話

ルシーアンナ
BL
母親と好みのタイプが似ているDCが、彼氏を寝取っていく話。 DC,DK,寝取り,未成年淫行,パパ活,メス堕ち,おねだり,雄膣姦,結腸姦,父子相姦,中出し,潮吹き,倫理観なし,♡喘ぎ濁音,喘ぎ淫語

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

あなたがわたしを本気で愛せない理由は知っていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。

ふまさ
恋愛
「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」  オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。 「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」  ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。 「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」 「……婚約を解消? なにを言っているの?」 「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」  オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。 「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」  ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。

処理中です...