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38 戦争開始からの急展開
しおりを挟む遂に時は訪れた――
勇者と聖女が率いる人間界の帝国が、魔界に進軍した。予感されていた戦争が、この時を以て現実と化したのだ。
魔界の戦士たちは勇敢に迎え撃つ。
黙ってやられるつもりはない。魔族の意地と誇りを見せつけてやると、皆が気合いに満ちた叫びをあげる。そしてそれは、攻撃の勢いに対する明らかな相乗効果を生み出していた。
容赦なく炸裂する魔法と、技や力を織り交ぜた物理攻撃。軍配は魔族のほうに傾きつつあった。
人間と魔族では、生まれ持つ体格や魔力が異なる。
普通ならばどうしても差は出てしまうものだ。
そう――『普通』ならば。
「所詮は人間の浅知恵。我ら魔族の力には敵いっこないってなぁ!」
「このまま一気に押し返しちまえーっ!」
そんな威勢のいい魔族たちの声は、いつまでも続くものだと、魔族側の誰もが心から思っていた。
しかしそれも数秒後には、全てがひっくり返ることを、誰も予想していない。
「――せやあぁっ!!」
一人の人間の青年が、威勢のいい掛け声を放つ。同時に青白いオーラを放つ剣を軽々と振り回し、数人の魔族戦士をあっという間に吹き飛ばしていく。
戦いが始まって数時間は経過しているが、青年の顔には一滴の汗も出ていない。
「魔族にこれ以上の好き勝手はさせん。勇者セオドリックの力を見せてやる!」
宣言すると同時に動き出す。セオドリックの剣と魔法が、鮮やかな舞とともに魔族たちを次々と薙ぎ払う。
形成は一気に逆転してしまった。
帝国の戦士たちも、勇者の大活躍に息を吹き返す。
「このチャンスを逃すなーっ!」
「俺たちも勇者様の後に続くんだあぁーっ!」
一人一人の力だけで言えば、魔族には敵わない。しかしそれが束になれば、あっという間に逆転される。
数の暴力とは、まさにこのことだ。
卑怯なんて言葉はない。生きて勝つか、負けて死ぬか、それだけの話。
だからこそ――
「……ぐわあああぁぁっ!?」
凄まじい爆発とともに急展開を迎えたとしても、誰も何も言えない。
味方が味方を攻撃する形でもなければ。
否――ある意味で、何も言えない状況にはなっているだろう。
少なくとも、相手の魔族が魔族の軍団を吹き飛ばす姿に、帝国の人間たちは皆、呆然としてしまっている状態だ。
「な、何だ? 魔族どもは一体、何をやらかしていると言うんだ?」
叫びながら吹き飛ぶ魔族たちの姿に、セオドリックは思わず動きを止め、呆然としながら呟く。
あまりの突拍子のなさに、前へ進むのをためらってしまう。
これは芝居なのか――そんな疑問を浮かべる中、この混乱状況を作り出した張本人である一人が、姿を見せた。
「テ、テメェ一体何者だ? あらかじめ侵入していた人間サマってことかよ!?」
魔族の一人が、その人物を指さしながら叫ぶ。普通に考えるならば、それが妥当と言ったところだろう。現にセオドリックもそれを考えたが、そんな指示を出した覚えはないし、報告で聞いてもいない。
どちらにせよ、現れた人物が何者なのかが分からない。
マント付きのフードを深く被り、表情の確認すらもできない状況であった。
「セオドリック様、一体……」
「いいから。ここは下がっているんだ、ミッシェル」
困惑しながら出てきた聖女を、セオドリックは強引に下がらせる。その際にミッシェルが不満そうな表情を浮かべていたが、彼はそれに全く気づいていない。
すると――
「ゴチャゴチャうるさいですねぇ。同じ魔族として恥ずかしいですよ」
「なっ! ア、アンタは……!」
フードを脱いだその人物の正体に、魔族の戦士たちは驚きを示した。
「ローマン……魔界貴族で魔王様に忠誠を誓っていたアンタが、一体何を血迷ったことをしてやがる!」
「決まっているじゃありませんか。こんな魔界、私にはもう無価値だからですよ」
薄ら笑いを浮かべるローマンの目に、輝きはなかった。威勢の良かった魔族の態度も委縮され、得体のしれない何かを見るように体を震わせる。
「僕はディアドラ様のためだけに生きてきた。ディアドラ様のいない魔界なんて、灰色の世界もいいところだ。もうそんなところで生きる価値もない。どうしようか考えていたその時、ちょうどいい『催し物』が開かれた」
「催し物って、まさか……この戦争のことかよ?」
「他に何があるって言うんですか」
ローマンは苦笑する。それすらも恐ろしく思えてならず、周りの魔族たちは緊迫していた。
人間たちとの戦争など、単なる『ごっこ遊び』に感じてしまうほどに。
「まぁ、これ以上ゴチャゴチャ語るのは不毛ですね。さっさと済ませましょう」
「な、ちょ、ちょっとま――」
最後まで言い切ることなく、魔族は吹き飛ぶ。ローマンが無詠唱で魔法を解き放ったのだ。
強大な威力と凄まじい発動速度に、周りの魔族たちは圧倒されるばかり。ようやく我に返ったその時には、宙を舞っているのが殆どであった。
むしろ認識できるだけマシかもしれない。
多くの魔族は、何が何だか分からないまま吹き飛ばされ、その凄まじい衝撃により動けなくなっていた。ローマンはそんな魔族たちを、まるで邪魔なガラクタの如く蹴飛ばし、再び魔法を解き放つ。
感情のない表情で淡々と――まるで部屋の掃除をするような印象であった。
そんなローマンの行動を、セオドリックたちは少し離れた位置で、呆然としながら見つめている。
「な、なんかよく分からないが、今のうちに立て直すぞ。ミッシェル、頼む!」
「はいっ! 聖なる魔法で皆さんを回復します」
セオドリックに促され、ミッシェルは装飾の施された大きな杖を振るう。
彼女の腕には新しい魔法具が装着されていた。やはりそのままでは、聖なる魔力を弱い状態でしか扱うことができず、サポートが必須だと結論付けられたのだ。
今回はちゃんと認可された魔法具であり、安全性も保障されている。
それ故か、ミッシェルの表情も生き生きとしており、自身に満ち溢れた態度で聖なる魔法を放とうとしていた。
「聖なる魔力よ――癒しの波動となりて、我が願いに応えたまえ!」
両手を広げながら、大きな声で言葉を発すると同時に、彼女の体から聖なる魔力のオーラが大量に湧き出る。
腕輪からも淡い光が発せられており、安定して稼働している証拠であった。
それ故に――
(ふふっ。聖女の力を『この場にいる全員』に知らしめてやるんだから!)
ミッシェルはつい、そんなことを考えてしまった。
魔法の発動中に考え事は禁物なのは、魔法を扱う上では常識中の常識である。どんなに凄腕だろうと――むしろ凄腕であればこそ守るものであり、それは聖女も決して例外ではない。
悪い癖が出てしまった。この大事な局面で、彼女はやらかしてしまう。
勝ち誇った笑みを浮かべるミッシェルの聖なる魔力が、彼女の願いどおりに動いてしまった。
「――お、おいっ! これはどういうことだっ!?」
セオドリックが叫んでいるが、彼女には聞こえておらず、気づいてもいない。
味方である帝国の人間たちだけでなく、敵であるはずの魔族たちにも、聖なる魔力が注ぎこまれていることに。
敵味方関係なく魔力を浴びた者たちが、次々と立ち上がっていることに――
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