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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン
250 サリア~思わぬ再会
しおりを挟むシンダコトニナッテル――その言葉にサリアは思考が停止する。
言っている意味がさっぱり分からなかった。このまま話を続けられれば、更に意味が分からなくなる一方なのは明白。
ひとまずサリアは、聞き覚えのない単語を尋ねることにしたのだった。
「すみません。その『失踪届』というのは……」
「あぁ、もしかしてご存じありません? 行方不明になった人が七年くらい音信不通が続いた場合、家族の人が失踪宣告というのを申し出られるんですよ。それが認められれば、その届け出――つまり失踪届を出せるんです」
「それを出してしまえば、その人は死んだことになってしまう……ですか?」
「えぇ。お嬢ちゃんもホント可哀想にねぇ」
ため息をつく女性に対し、サリアは体を震わせる。口を開けっ放しにしていたせいだろうか、喉がカラカラに乾いていた。
「行方不明になってから七年……ということは、九年前?」
「あぁ、もうそんな昔になるのねぇ。月日が経つのは本当に早いモノだわ」
驚愕するサリアに、女性はどこまでもマイペースな笑顔を見せる。
「それからそこの夫婦は、すぐさま離婚したのよ。まぁ、そこは正直、私たちも想像はしていたけどね」
そもそも再婚できたこと自体が奇跡であったことは確かなため、周りも何も言えなかったらしい。
サリアの私物も全て処分し、実家もすぐ更地にして売却してしまった。
「完全に別れた後は、それぞれ人生をやり直してるらしいわよ。実はこないだ、偶然にもその旦那さんとバッタリお会いしましてね?」
女性がまたもや顔を近づけ、ニンマリと笑いながら手のひらをパタッと折り曲げるような仕草を見せる。
「小さな女の子を連れて幸せそうに笑っていたのよぉ。なんでも再婚して、その人との間に生まれた子供らしくて、もう可愛かったんですから♪」
こっちまで微笑ましくなると言わんばかりに、女性は笑う。対するサリアは、どんな表情をすればいいのか分からなかった。
そんなサリアの心情に気づかず、女性は小さなため息をつく。
「でもその旦那さん、今になっていなくなったお嬢ちゃんのことを、申し訳なく思うようになったんだそうよ? ちゃんとお墓も作って、毎年のように手を合わせに行っているらしくて……失踪した日を命日と定めたそうですわ」
ちゃんとしたお父さんになれなくて済まない――父親は手を合わせる度に、消えた娘に対して謝っているのだとか。
元妻である母親とも話そうと連絡を取ろうとしたのだが、行方を掴むことはできなかったらしい。祖父母に当たる彼女の両親も既に他界しており、親戚を尋ねてみたが知らないと言われるばかりだったとか。
娘が消えて全てを失い、投げ捨てたことで、ようやく大切なことを思い出した。
何故、もっと早くそのことに気づかなかったのかと、悔やんでも悔やみきれないと話していたらしい。
「後悔先に立たずとはよく言ったモノよねぇ。まぁ、ちゃんと自覚できただけ、まだマシなのかもしれませんけど」
再度大きなため息をつき、女性はスッキリしたような笑みを浮かべる。
「ゴメンなさいね、勝手に長々と喋ってしまって……そんなワケで、もうここに家はないんです。折角来ていただいたのに、残念ですけど」
「いえ、教えてくれてどうもです……」
「いいんですよ。それじゃ、私はこれから出かける用事がありますので」
そう言って女性は踵を返し、門を閉じて歩き出していった。
残されたサリアは、改めて更地と化した我が家の場所を見つめながら、呆然と立ち尽くす。
(全部……全部まやかしだったというの?)
記憶の中にある仲睦まじい両親の姿が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
仮に十年前、邪魔が入ることなく儀式に成功して帰れたとすれば、少なくとも失踪届が出されることはなかっただろう。
しかし、夢見る家族の姿は、いつかは絶対に破綻していた。
むしろ変に拗れた両親と接する羽目となり、こんなはずじゃなかったと、頭を抱える日々を迎えていた可能性だって十分にあり得る。
(しかも私、もう死んだことになってるって……)
失踪届が出されたのは九年前――すなわち、十年前の儀式に失敗してからすぐのことである。
あの儀式がラストチャンスだったのだ。
死んだということは、もう戸籍はとっくに失われてしまっている。そうなれば、故郷である日本で生きていくことが困難であることは確かだ。
異世界で得た知識など、日本で役に立つはずもない。霊獣と仲良くなれる能力が活かせるわけもない。
本当に、何もできないただの女――それが今の自分なのだとサリアは気づく。
「どうして……どうしてこんなことに……私が一体何を……」
膝から崩れ落ちて絶望する。自然と目から涙が零れ落ちる。その姿は途轍もなく目立っていたが、閑静な住宅地で通行人もおらず、彼女の姿を目にする者は、誰もいないように思われた。
しかし――例外が一人だけいたのだった。
「もしもし? 大丈夫ですか?」
優しい女性の声だった。サリアは涙を拭うことすらせず、生気を失った表情のまま顔を上げる。
「――えっ?」
白いブラウスに紺のスラックス。そして白衣と言ったその姿は、絵に描いたような研究員のようであった。
髪は後ろでまとめ上げられ、メガネをかけている。まさにインテリな理系女子と言わんばかりの美女が、そこに立っていた。
しかし――サリアが驚いたのはそこではなかった。
「あ、あなたは……えっ? いや、でも、そんな……そんなことって……」
信じられなかった。最後に見たのは十年前の儀式の場だった。
もうとっくの昔に忘れたと思っていたのに、その美貌に溢れる顔を見た瞬間、記憶が鮮明に蘇る。
その国では有名だった。
次期王妃として国民からも、そして他国の人々からも愛されていた。
知らない世界に飛ばされてきた自分たちに対して、頭を下げて謝罪した。そしてあの時も、何も言わず『媒体』となってくれた。
――私が罪を償えるとしたら、もうこれしか方法がないから。
悲しそうな笑みを浮かべ、魔法陣の中央に横たわるその姿もまた、絵になっていても不思議ではないほどの神秘的な雰囲気を醸し出していた。
他人の空似という言葉が頭を過ぎる。
しかしそれは違うと、理屈抜きに体中の細胞全てが訴えている気がした。
つまり、目の前にいる人は――
「こ、皇太子妃……さま?」
「えぇ、そうよ。久しぶりね、サリアさん」
紛れもない本物の、シュトル王国で次期王妃と言われていた本人であった。
目を見開くサリアに対して、ニッコリと笑みを浮かべる彼女。太陽の光に照らされたその笑顔は、まるで女神のように見えてならなかった。
◇ ◇ ◇
「私がこの日本に来てから十年経つけど、もう随分と変わったわ。十六年ぶりとなるあなたからすれば、かなりなんじゃないかしら?」
「え、えぇ……」
車の後部座席に乗せられ、サリアは皇太子妃と並んで座っている状態だ。
流れる景色はどこも見覚えがあり、懐かしいと思いきや、大きく変わってしまっている部分もあった。
小さな頃によく遊んでいた広場が高層マンションと化していたり。中学の時に新設されたコンビニがコインランドリーと化していたり。自分の生まれた総合病院が余所へ移転してしまっていたり。
極めつけは、通い始めたばかりだった高校が廃校となっていたことだろう。
桜舞い散る正門の輝かしい光景は、今でも忘れられない。
それが今では何もない――建物はおろか周囲の植木も全て削除された、だだっ広い更地と化して、今でも手付かずの広場となっていた。
(十六年なんてあっという間な感じだけど……まさかここまでとは……)
やはりショックを受けずにはいられなかった。変わっていないところは本当に変わっていないだけに、尚更だった。
浦島太郎もこのような気分を味わっていたのだろうかと、サリアは割と本気でそんなことを考えてしまう。
「ところで、皇太子妃さま……」
「キャメロンよ」
サリアが呼びかけた瞬間、それを叩き切るように彼女が言った。
「こっちでそんな肩書きに価値なんてないわ。だから名前で呼んでちょうだい」
「……分かりました、キャメロンさん」
「ありがとう」
皇太子妃ことキャメロンがニコッと笑う。相変わらず輝かしいと思いながら、サリアは改めて尋ねることにした。
「キャメロンさん、これからどこへ向かうか教えてもらえませんか? もう懐かしい場所を巡るのは十分ですので」
「えぇ、分かったわ――研究所へ戻ってちょうだい」
「承知しました」
キャメロンの声に運転手の男性が返事をする。研究所とは一体なんぞや、という疑問がサリアの中で浮かんでいたが、なんとなくここでそれを聞くような雰囲気ではないと思ってしまった。
どのみち到着すれば分かる――そう心の中で言い訳をしながら。
(てゆーか、ホントどこまで行くんだろう?)
住宅街を抜け、山を切り開いたような小道に入っていく。他に車が一切通っていない小さな道路ではあるが、普通の道路よりも整備が行き届いている。
そのまま数分ほど進んだところで、山が開けた。
先が見えないくらいの高くて頑丈そうな鉄の門を抜けると、そこは大きくて立派な建物がそびえ立っていた。
ここがキャメロンの言っていた『研究所』なのだとサリアは思う。
(よくよく考えてみたら……ここって実家のあった場所から、車でちょっとの距離でしかないじゃない!)
まさかこんな目と鼻の先に、このような施設があったとはと、サリアは驚かずにはいられなかった。
やがて駐車場に車が停められたところで、二人は後部座席から外へ出る。
「ようこそ、サリアさん。ここが私たちの活動拠点よ。そして――」
キャメロンは小さな笑みを浮かべ、サリアのほうを振り向く。
「あなたの息子が、十年間暮らしていた場所でもあるわ」
「――えっ?」
突然過ぎるカミングアウトに、サリアは思わず言葉を詰まらせるのだった。
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