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第六章 神獣カーバンクル

207 カーバンクルの宣言

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「ふーん。なるほどねぇ」

 マキトは腕を組みながら頷く。少年、カミロから粗方の話を聞き終え、信じるかどうかはともかく、ひとまず内容に納得したところであった。

「要するに、カミロはヴァルフェミオンで落ちこぼれ扱いされてるのか」
「そうなんだ。でも僕は、断じてそんなことはない! その証拠を見せるよ」

 カミロは立ち上がり、空に向かって手を伸ばす。手の先にみるみる魔力が集まっていき、やがてそれは大きな魔力の玉と化し――解き放たれる。
 ――ボウッ!
 魔力は空中で音を鳴らしながら消えた。

「おぉー!」

 マキトは思わず声を上げた。素人目から見ても、普通に発動を成功させた魔法にしか思えなかった。

「今のって、別に失敗とかじゃないよな?」
「ん。ちゃんと成功してる」
「ですよねぇ。落ちこぼれさんとは思えないくらいなのです」

 ノーラとラティが揃ってコクコクと頷く。他の魔物たちも含めて、皆が不思議そうな表情を浮かべていた。

「そこなんだよっ!」

 するとカミロが、突然声を荒げてきた。

「こんなにもスゴイ魔法が放てるというのに、僕は――」
「うるさい」

 鋭くも冷たい声が、荒ぶるカミロの声を真っ二つに切り裂く。マキトが恐る恐る視線を向けると、無表情を通り越した冷たい表情を浮かべるノーラがいた。

「いきなり大きな声を出さないで。ノーラたちを驚かせるなんて趣味が悪い」
「……すみませんでした」

 カミロはすぐさま頭を下げて『折れて』しまった。ノーラから吹き荒れるブリザード的な空気に耐えられなかったのだろう。
 こればかりは、ある意味仕方がないかもしれないと、マキトは思ってしまった。

「あー、それで? 何がどうなったんだ?」

 マキトは大きめの声を出して、カミロに問いかける。このままだとまた話が先に進まないような気がしてならなかった。
 別にカミロの話に興味の欠片もなかったが、ここで切り上げてもカミロがしつこく迫ってくるだけだということは、火を見るよりも明らか。ならばさっさと聞くだけ聞いて、相手を満足させたほうがいいと判断した。

「あぁ、ごめんごめん。折角僕の話に興味を持ってくれてたのに、中断させちゃって申し訳なかった」

 そしてカミロも、自分に都合のいい解釈をしてきた。しかしそれに対して、マキトは何も言わなかった。言ったところで面倒になるだけだと思ったのだ。
 ノーラやラティたちも同じことを思ったらしく、冷めた表情を浮かべるばかりで無言を貫く。いいからさっさと話せと――そんな思いを込めて。
 それが伝わったのか否か、カミロは再び話し始める。

「実は……僕は罠に嵌められてたんだよ」

 今しがた見せたとおり、魔法の腕自体は決して悪くない。なのにどうして試験が上手くいかないのか。
 全ては教師が邪魔をしていることだと明かした。
 その理由は不明だが、とにかくこの状況を打開しなければならない。

「神獣カーバンクルがいれば全て解決できる――僕は友達からそう教わったんだ」
「へぇー……」

 その言葉を聞いたマキトは、興味深そうにカーバンクルを見る。

「お前って、そんなに凄い力を持ってたのか」
「んなこと言われても知らねぇよ」

 カーバンクルはどこまでも興味なさげにため息をつく。実際、今のカミロの話も殆ど聞いておらず、視線はずっと周囲の景色か、自身を抱きかかえているマキトにしか向けられていなかった。
 無論、カミロのほうには現在進行形で、意地でも向けようとしていない。
 逆に彼のほうからはジッと視線を向けられており、居心地の悪さを誤魔化すべく視線を逸らしていたとも言えるのだった。

「そして僕は、簡易転移装置を使って、ここまで来たんだけど……」

 カミロは大きく肩をすくめた。

「いやぁ参っちゃったよ。カーバンクルが封印されているという祠が、どこを探してもないんだもん」

 昨日から山の中を夜通し探し回っていた。途中、猪に追いかけられたり眠っていたスライムを刺激して怒らせたりと、大変な目にあっていた。
 流石にもう諦めかけており、最後にもう一度魔力スポットを見ようと思った。
 そうしたら遂に、目的の存在に会えたのであった。

「まさかキミたちが封印を解いていたとは予想外だったよ。まぁ、手間が省けたと思えば、どうということはないけどね!」

 爽やかな笑顔を向けるカミロ。その堂々とした口振りからは、本気で言っていることが見て取れる。
 それ故だろうか――マキトたちは揃って、顔をしかめていた。
 しかしカミロは気づくこともなく、カーバンクルにスッと手を伸ばす。

「神獣カーバンクル。どうか、この僕と一緒に来てほし――」
「うるせぇっ! 冗談じゃないぜ!」

 カミロが言い切る前に、カーバンクルは全力で拒否を示す。

「誰がオマエみたいな身勝手ヤローなんかと一緒に行くかってんだ!」
「ん。確かに身勝手」

 ノーラも一歩前に出ながら、大きく頷いた。

「さっきの言葉、まるで自分のためにノーラたちが――正確にはマキトが封印を解いてくれたんだと言っているように聞こえた。思い上がりもいいところ」
「ですねっ。ホント失礼な人なのです!」
「キュウキュウッ!」
『いいかげんにしてほしいよ、まったくもう!』

 続けてラティたちも、遠慮することなく憤慨する。対するカミロは、手を差し出したまま笑顔でピシッと硬直していた。
 そして我に返り、カーバンクルだけでなく、ラティやフォレオのほうも見る。
 今度はどうしたんだろうかと、マキトが首を傾げていると――

「カ、カーバンクル以外にも、喋れる魔物がこんなにいるなんてっ!!」
「…………」

 今更そこか、とマキトは思ったが、それが言葉として口からは出なかった。正確に言えば呆れの気持ちが強くて出せなかったのだが。
 ノーラや魔物たちも同じような気持ちであり、もはやツッコむ気力もない。
 更に言ってしまうと、場の空気もかなり微妙な感じとなっていたが、カミロには特殊なフィルターでもかかっているのか、彼の周りだけ別の空気が流れているかのようであった。
 彼が心から感動しているかのような笑顔なのが、いい証拠だと言えるだろう。

「まだまだ世界には、僕の知らないことがたくさんあるというのか……いや、今はそんなことはどうでもいい! とにかく僕には、その神獣が必要なんだ!」
「知るかよ、そんなの」

 拳を掲げて申し出るカミロを、今度はマキトが一刀両断した。
 カミロはぐっ、とくぐもった声を出して動きを止め、それでもカミロは、なんとか説得しようと試みる。しかしその前に、マキトが遠慮という名の枷を外した状態で口を開いた。

「そもそもカーバンクルも嫌がってるじゃないか。これじゃどれだけ言っても、ムダでしかないと思うけど?」
「なっ! そ、そんなのやってみなきゃ分からないだろ! 憶測でモノを勝手に決めつけないでくれよ! 少しは相手の気持ちにもなってみてくれ!」

 この瞬間、マキトとノーラ、そしてラティは心の中で気持ちが一致した。どの口がそれを言うのか、と。
 しかしカミロはそんなマキトたちの様子を察しもせず、表情を引き締めながら堂々と胸を張り、改めてカーバンクルに視線を向ける。

「僕はカーバンクルを信じている。きっと僕の気持ちに応えてくれるってね!」

 一体どこから来るのか分からない自信に満ち溢れた言葉に、いよいよマキトたちは返す言葉もなくなっていた。
 もう相手にせず、このまま立ち去ったほうがいいのではないかと、本気で思い始めていたその時――カーバンクルが口を開く。

「ワリーけど、オレはオマエの気持ちには応えられねーよ」

 明るくハッキリと解き放たれた言葉に、カミロは再び笑顔のまま、ピシッと硬直してしまう。
 よくぞ言ってくれた――と、マキトたちは満足そうな表情を浮かべている。
 そしてカーバンクルは、更に周りを驚かせる発言を解き放つ。

「なんたってオレは、これからマキトにテイムされる予定なんだからな!」

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