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第六章 神獣カーバンクル

201 黒い勇者たち

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 あの時は、本当に幸せだった――――
 意地っ張りな自分を優しく迎えてくれたヒトたちの笑顔は、荒んだ心をあっという間に綺麗にしてくれた。
 仲間たちと打ち解けるのに、そう時間はかからなかった。
 賑やかで退屈することのない楽しい日々。きっとこれからもずっと、当たり前のように続いていくと、そう思っていた。
 しかし、それは勘違いだった。
 当たり前の幸せも、崩れる時は一瞬である――それを思い知らされた。

「魔力スポットがあると知ったサリアが、興味をもって行こうと言い出したんだ」

 カーバンクルは俯いたまま語る。マキトは前を向いたまま、黙って話に耳を傾けていた。

「それでオレはサリアたちと一緒に、あの魔力スポットにやって来たんだ」
「俺たちが出会った、あの場所だよな?」
「あぁ」

 カーバンクルは大きく頷いた。

「あそこまで来ること自体は、特に大したことはなかったんだぜ。にーちゃんのテイムした霊獣が変身して……そうそう思い出した! あのフォレオだぜ、でっかい獣姿になってよぉ!」
「フォレオが?」

 まさかの事実に驚くマキトだったが、よくよく思い出してみると、そんなに驚くほどでもないことに気づく。

「……そーいえば前に、ユグさんから聞いたな。フォレオは俺の父親がテイムしていたとかって」

 聞いたのは、フォレオをテイムしてすぐ後のことだった。初めてリオの墓参りを終えて、神殿に戻ってから明かされたのである。
 フォレオも一緒に聞いたのだが、ピンと来ている様子はなかった。
 封印される前のことが本当に思い出せず、リオという名前に対しても、どこかで聞いたような気がする程度の反応しか示さなかった。

「そっか。その時にはもう、獣姿になることはできてたんだな」
「みてーだな。とにかくそれで、オレたちはあっという間にこの山奥へ来たんだ」

 周囲を見渡しながら言うカーバンクル。当時の記憶がしっかりと残っているだけあって、どこか懐かしそうであった。

「魔力スポットもすぐに見つかってよ。今回の冒険は簡単だったな、って――そう思っていた時だった」

 カーバンクルの表情が、急激に歪み出す。心から憎んでいると言わんばかりの苛立ちように、マキトはすぐさま察した。

「その『勇者』ってヤツが現れたのか?」
「あぁ……あの時のことは、忘れたくても忘れられねーぜ……」

 震える体をマキトに優しく撫でられながら、カーバンクルは続きを語り出した。


 ◇ ◇ ◇


 その者たちは、数人で結成された冒険者パーティだった。
 リーダー格の青年は、自らを『勇者』と名乗り、銀色に光る剣を抜く。とても誇らしげにしていたその表情は、カーバンクルにはどこまでも醜い怪物のようにしか見えなかった。
 そこら辺にいる狂暴な魔物よりも危険だと、心から感じるほどに。

「よぉ、サリア。ちゃんと生きててくれて嬉しいぜ♪」

 勇者がニヤリと笑い、一歩近づいてくる。

「マジで精霊を司る霊獣をたくさん従えてるみてぇだな。俺たちが有効的に使ってやるから、そいつらを全部よこせ」
「ふざけないで!」

 サリアが間髪入れずに叫ぶ。その瞬間、怒りに反応するかの如く、あちこちに跳ねている黒髪が揺れた。

「あたしの大事な子たちを、アンタたちみたいなロクデナシには渡さないっ!」
「――おいおい、少しは言葉に気をつけろよ?」

 啖呵を切るサリアに、勇者はため息をつきながら呆れ果てた視線を送る。

「俺は勇者だ。国王が直々に認めた肩書きを持つ男だぜ? 俺が一声あげれば、国の軍隊をも軽く動かせるんだよ。まぁ、そうするまでもねぇけどな。下手な軍隊よりも俺のほうが圧倒的にTUEEEからよぉ♪」

 『強い』の部分をあからさまに口調を変えながら、勇者はニタニタと笑う。それに続いて、彼の後ろに控えている仲間たちも、次々と口を開いてきた。

「そうだぜサリア。コイツの強さはお前も聞いたことくらいあるだろう?」
「マジで異世界召喚されたチート持ちだもんねー♪」
「まさに俺TUEEEってヤツだな。全く羨ましいもんだぜ」

 あはははは――と、勇者パーティはこぞって機嫌良さそうに笑う。それに対してサリアは、どこまでも冷たい表情を浮かべていた。
 彼女の後ろにいる魔物たちも、そして彼女の仲間である青年も同じくであった。
 しかし勇者たちは、そんなサリアたちの表情など気にも留めておらず、仕方がないなぁと言わんばかりに肩をすくめる。

「サリア、頼むから少しは素直になってくれよ」

 勇者が優しい口調で諭すように語りかけてきた。無論、それはサリアを更に苛立たせるものでしかないが、勇者は全く気づこうとすらしていない。

「俺たち皆、同じ故郷から召喚されてきた仲間じゃないか」
「誰が誰の仲間よ! あたしの能力が使えないと分かった瞬間、追い出されるのを笑いながら見ていたじゃない!」
「ハハッ、そんな昔のことを未だ気にしてるのか? 少しは心を広く持てよ」

 心から愉快そうな笑い声を出す勇者。サリアの後ろでは、魔物たちや青年の表情が変化しつつあった。
 怒りを通り越した不気味さ――それを目の当たりにしたような表情だった。
 勇者の視線には、サリアしか映っていなかったが。

「いつまでも過去に縛られるなんて、バカバカしいにも程があるぞ?」
「ほぉ? 勇者というのは随分と偉いんだな」
「――あぁん?」

 突然割り込んできた声に、勇者は苛立ちを募らせながら視線を向ける。一人の青年がサリアの前にスッと出てきていた。

「ちょ、ちょっと、リオ!」
「済まないな。大切な人を好き勝手言われて、黙ってられる俺じゃないんだよ」

 リオと呼ばれた青年が鋭い視線を勇者たちに向ける。同時に彼が従えている魔物たちも前に出てきた。
 地の底から這い上がるような唸り声が、いつでも飛び出せることを示している。
 勇者のパーティメンバーは緊張を走らせるが、当の勇者は訝しげに眉をピクッと動かした。

「んだよテメェ……もしかして魔物使いか?」
「あぁ。それがどうした?」
「――ハハッ! なんだよそりゃ、コイツは笑えるぜ♪」

 勇者は突然笑い出す。それもあからさまなる嘲笑であった。

「魔物の後ろに隠れることしか能がねぇくせに、偉そうなことを……しかもテメェは人間じゃねぇな? てゆーか、エルフにしちゃあ、耳が少し短いような……」
「ハーフエルフだからな。当然と言えば当然だ」
「ほぉ? つまりハンパもんってことかよ。さぞかしエルフの故郷じゃ、爪弾きにされて生きてきたんだろうなぁ?」

 早く認めろよと言わんばかりに、勇者がニヤニヤと笑う。それに対してリオは、深いため息をついた。

「エルフ族のハーフなど、今時珍しくもないよ。混血が見下される時代は、もうとっくに終わってるさ」
「はんっ、そんなの知らねーよ!」

 しかし勇者は、まるで聞く耳を持っていなかった。

「俺たちの世界じゃ、エルフの混血は見下されて育つってのがジョーシキなんだ。偉そうなこと抜かしてんじゃねぇよ、バァカ!」
「そーだそーだ! 弱虫はすっこんでろ!」
「部外者は黙ってなさいよ! そんな簡単なことも分からないの?」
「これだから異世界人は困るんだよな。常識というモンをまるで知らねぇしよ」

 勇者の仲間たちも次々と偉そうな口調でののしってくる。それに対して魔物たちが苛立ちを見せるが、リオが手で制した。魔物たちが見上げると、リオの表情に怒りが出ていないことを悟った。
 正確に言えば、怒る価値すらない――要はそういうことなのだと。

「リオ? 一応言っておくけど……」

 するとそこに、サリアが不安そうな表情でリオに囁いてきた。

「全部アイツらの独りよがりだからね? 地球の皆があんな感じじゃ……」
「分かってる。真っ当な人間族もいるんだろう? 俺は信じてるよ」
「――ありがと」

 ニコッと笑うリオに安心するサリア。二人の間に温かく甘い空気が流れ出す。
 しかし――

「おい、サリア。早くその邪魔な部外者をどかせよ。話ができねーだろ?」

 勇者は真正面から、その空気をぶち壊してきたのだった。そのせいでサリアが苛立ちを募らせていくのだが、勇者は全く気づかない。

「そもそもお前の意見なんざ、ハナっからどーでもいいんだよ! お前は大人しく俺たちの言うことに従ってりゃいいんだ。てゆーか、それぐらい最初から分かりやがれってんだよ、バァカ!」
「な――!」

 なんですってぇ、と叫んでやりたかったが、口から言葉が出てこなかった。
 それぐらい唖然としてしまったのだ。俺様気取りを通り越した、どこまでも傲慢を極めた態度に、サリアは改めて衝撃を受けたのだった。
 そんな中、勇者は何事もなかったかのように、再びニヤリと笑う。

「お前にとってもいい話だぜ? 全ては元の世界――日本に帰るためだからな!」
「……えっ?」

 それを聞いたサリアは、思わず耳を疑った。

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