181 / 252
第五章 迷子のドラゴン
181 幕間~とある魔族王子の奮闘・森へ~
しおりを挟む「ここがユグラシアの大森林か」
ドラゴンに乗ること数日――カイは何事もなく、目的地に辿り着いていた。
早速、旅の相棒であるドラゴンを広場の一角で休ませ、散策を始める。まずは森の雰囲気を掴むことに決めた。
(ふぅむ……なかなかいい場所だな。冒険者ギルドこそないが、冒険者の姿もたくさん見られる。そして村の人々との関係も、なかなかに悪くはないようだ)
オランジェ王都とは大きく違う環境でありながら、カイは森の雰囲気を、早々に気に入りそうになっていた。
(なによりドラゴンに乗ってきた私を、普通に歓迎した点は素晴らしい。最初に驚かれこそしたが、あとは特になんともなかったからな)
ドラゴンライダーが定期的に出入りしている――そんな情報も事前に聞いてはいたのだが、それは本当だったのだと、カイは改めて認識する。
村の子供たちも魔族である彼が珍しいのか、興味津々で話しかけてきた。
カイはそれに笑顔で応える。ドラゴンライダーではないけれど、ドラゴンを相棒に持つ冒険者ではあることを明かすと、子供たちは「スゲー!」と目をキラキラ輝かせながら、笑顔を見せた。
(エルフ族を中心に、人間族や魔人族の姿も見られる、か……)
それぞれの外見的特徴は大きく違えど、関係なく楽しそうに談笑したり、冒険者としてパーティを組む姿も、あちこちで見かけた。
大人も子供も、種族の違いを気にしている者はいないように思えた。
(昔は各種族ごとの暮らしの違いが目立っていたが、今はもう殆どそれも見られなくなってきている。時代の変化は、この森にもちゃんと表れているらしい)
カイは王族として育ってきた。父親である国王の後釜に付くために、国の情勢についての勉強も厳しく執り行われてきた。
それがすっかり癖となって、今もこうして森の村の様子を観察している。
他国どころか、そもそも国ですらない村だが、そこらの国よりもよっぽどいい場所に値する――それがカイの中での、大森林の村の評価であった。
(――おっと。そんなことよりも、ここに来た目的を果たさねばだな)
観察することに夢中となり、ついつい忘れかけていた。
妹が好意にしている――と思われる――魔物使いの少年が、この森のどこかで暮らしているはず。その者を見つけ出して話をし、この目でその人となりをしっかりと見極めなければならない。
これは自分に課せられた使命なのだと、カイは気合いを入れる。
オランジェ王国の王子として、王女である妹が世話になったのだから、そうするのは自然なことだと、自分で自分の考えに納得する。
(まぁ、妹が悪い男に引っかかってないかどうかを確かめたいという気持ちも、ほんの少しばかりあると言えばあるが……あくまでそれは、ほんのついでだ)
それは心の中の言葉であり、誰も聞いてはいない。なのにカイは、心に刻み込むかのように「ついで」という言葉を強調した。
あくまで王子としての務めを果たす――そう思い込みたいのは明白だ。
むしろ最後の心の呟きこそが本音中の本音だろうと、誰かがそうツッコミを入れたとしても、断じて彼は認めない。
(さて、そろそろ情報収集を行うとしようか)
ちょうど目の前に、パーティで集まって談笑している冒険者たちがいる。まずはその者たちに話しかけることにした。
「済まない。少しばかり尋ねたいことがあるんだが――」
カイは何人かの冒険者、そして村の人々にも話を聞いて回った。
見たこともないような可愛らしい魔物を連れている、十歳から十四歳前後の魔物使いの少年――事前に掴んでいる情報は、たったのこれだけであった。
魔物使いも決して少なくはない。これは骨の折れる聞き込みになりそうだと、カイは気を引き締めた。
(リスティの未来のためにも、私は最後まで諦めるワケにはいかない!)
彼の頭の中は、もはや完全に妹のことでいっぱいであった。そしてそれだけが、熱意を燃やす動力源にもなっている。
色々とおかしいことに、当の本人はまるで気づかない。
「――あぁ。それなら一人、心当たりがあるよ」
聞き込みを続けていくこと数十分。カイは遂に、めぼしい情報に辿り着いた。
しかし――
「数ヶ月前に【色無し】と認定された子でね。スライム一匹すらも、テイムできなかったんだよ。あれじゃあもう、冒険者としての未来は、閉ざされたも同然さ」
森で暮らす青年が、大きく肩をすくめる。嘘を言っているようには見えず、それからも他の人たちに聞いてみたが、概ね似たような情報であった。
(うーむ……流石に【色無し】はないだろうな)
森の中で一人、カイは切り株に座りながら考える。
(リスティが連れてきた竜の子供は、本当ならばその魔物使いの少年にテイムされたがっていたらしいんだよな。諸事情により、リスティが引き取って今に至るとのことだったが……)
ただでさえ人に懐きにくいと言われているドラゴン。その子供ともなれば、気難しさが二倍にも三倍にも膨れ上がる。
ドラゴンにおける一般常識の一つとして、カイはそう認識していた。
(スライム一匹テイムできないのに、竜の子供が懐くなど考えられん。この線は恐らく外れだろう)
そう思いながら、カイは大きなため息をつく。
(やはりここまで来たのは無駄足だったか? でもまぁ、かの有名な大森林を視察できたと思えば、それだけでも成果があったと言えなくもないか……)
ユグラシアの大森林については、一度しっかりと見ておきたいと、カイ自身も考えてはいたのだった。
思わぬタイミングでそれが訪れたのだと思えば、どうということはない。
(魔物使いの少年の件は、ひとまず置いておくことにしよう。折角だし、このまま森の奥まで探索でもしてみるか)
気を取り直して、カイは座っていた切り株から立ち上がった、その時だった。
「きゅ、い……」
がさっ、と茂みが揺れ動く音とともに、か細い鳴き声が聞こえた。何事かとカイが驚きながら視線を向けると、小さなフェレットの魔物が、力なく茂みの中から姿を現していた。
その魔物はカイのことを一瞬見上げ――パタリと倒れてしまった。
「…………」
カイは冷静な表情で凝視する。
もしもこれがヒトならば、理屈抜きに助けに向かっただろう。しかし相手が野生の魔物である以上、助ける義理はなかった。
(薄情かもしれないが、こーゆーのは無暗に手を出さないほうが正解だ。もしかしたら近くに、仲間が控えているのかもしれんからな)
そう思いながら、カイは倒れている魔物を素通りして、森の奥へと進んでいく。またもやか細い鳴き声が聞こえたような気がしたが、恐らく風に揺れる木の葉の音だろうと思うことにした。
ざっ、ざっ、ざっ――と、音を立てて歩く。
切り株のあたりから薄暗さが目立ち、もはや周りの景色も、同じような木々が並ぶ姿しか見えない。
自分は今どこを歩いているのか、どの方角へ向かって歩いているのか。
それすらも判断がつかなくなってきていた。
「これはどうなってるんだ……ん?」
途中、瑞々しそうな実が成っている木を発見した。枝の上では鳥の魔物たちが身を突いて食べている。どうやら毒の類ではなさそうであった。
その際に他の鳥がやってきて、居座っていた鳥たちと争いが始まる。やがて飛び出しながら暴れ出し、動かした翼が木の実にぶつかった。
鳥たちはそのままどこかへ飛んでいく。ゆらゆらと揺れていた木の実は、そのままプチッと枝から取れて下へ落ちた。
「っと!」
思わず手を伸ばして、落ちてきた木の実をキャッチする。まさかこんなことがあるとはと、カイは軽く驚いていた。
しかしそのまま食べる気にもならず、とりあえず手に持ったまま歩き出す。
しばらくすると、奥が少し明るくなってきた。
ようやく抜けたのかと思い、カイは安心感を覚えながらそこへ向かう。
すると――
「……どうやらお腹が空いて倒れているみたいなのです」
「病気とかじゃなかったのか。まぁ、良かったけど」
甲高い女の子のような声と少年のような声が聞こえてきた。そのまま気配を消して近づいてみようとしたが――
「キュウ?」
「ん。どしたの?」
白くてモフモフとした魔物らしき生き物が、先にカイの存在に気づいた。抱きかかえていた少女が振り向き、完全に視線が合ってしまう。
「……だれ?」
「ん?」
少女が反応したところで、頭にバンダナを巻いた少年や、小人サイズで背中に羽根を生やした女の子のような存在も気づく。
互いにそのまま呆然とし合う中――
「あ、どうも……こんにちは」
少年がペコリと頭を下げ、挨拶をしてきたのだった。
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
クラスメイトのなかで僕だけ異世界転移に耐えられずアンデッドになってしまったようです。
大前野 誠也
ファンタジー
ー
子供頃から体の弱かった主人公は、ある日突然クラスメイトたちと異世界に召喚されてしまう。
しかし主人公はその召喚の衝撃に耐えきれず絶命してしまった。
異世界人は世界を渡る時にスキルという力を授かるのだが、主人公のクラスメイトである灰田亜紀のスキルは死者をアンデッドに変えてしまうスキルだった。
そのスキルの力で主人公はアンデッドとして蘇ったのだが、灰田亜紀ともども追放されてしまう。
追放された森で2人がであったのは――
異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜
上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】
普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。
(しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます)
【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
最弱悪役令嬢に捧ぐ
クロタ
ファンタジー
死んで乙女ゲームの最弱悪役令嬢の中の人になってしまった『俺』
その気はないのに攻略キャラや、同じ転生者(♂)のヒロインとフラグを立てたりクラッシュしたりと、慌ただしい異世界生活してます。
※内容はどちらかといえば女性向けだと思いますが、私の嗜好により少年誌程度のお色気(?)シーンがまれにあるので、苦手な方はご注意ください。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。
それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。
唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。
なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。
理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる