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第五章 迷子のドラゴン

152 ドラゴンとオランジェ王国

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 起き抜けに飛び出していったマキトたちが無事に帰ってきて、ユグラシアはホッと安心した表情を見せた。
 しかしそれは、すぐさま驚きに切り替わった。
 この森にはいないはずの魔物を、マキトが抱きかかえて戻ってきたからだ。
 流石のユグラシアも、ドラゴンの子供は予想外だったらしい。
 それでもマキトたちから簡単な事情を聞くうちに、なんとかいつもの落ち着いた優しい表情に戻っていった。

「なるほどねぇ、事情は分かったわ」

 ユグラシアは澄ました笑みとともに頷いた。

「ディオンに連絡を取ってみましょう。何か知っているかもしれないから」

 そう言いながらユグラシアは、便箋を一枚取り出す。そしてすぐさまそこに、サラサラとペンの音を立てながらしたためていく。
 やがてそれを封書にし、赤い蝋でしっかりと封蝋をする。そしてユグラシアが念じるような仕草を見せたその瞬間――封書が消えた。

「えっ、なっ……」

 それを目の当たりにしたマキトは、思わず驚きの声を上げてしまう。それに対してユグラシアは、悪戯が成功したかのような笑みを浮かべた。

「転送魔法の要領よ。魔力が施されている特殊な便箋のおかげで、送り先へ一瞬で届けられる優れモノなの」
「そ、そうなんだ……」

 とりあえず理解はできたが、まだ驚きが抜けないマキト。
 なにはともあれ、これで確実に相手の元へ連絡ができることは間違いない。しかし問題はそこからであった。

「もっとも、すぐに都合は付けられないでしょうけれどね」
「どれくらいかかるのでしょうか?」
「そうね……数日は見るべきじゃないかしら」

 ラティの問いかけに、ユグラシアが人差し指を口に添えながら答える。

「彼もああ見えて、世界中を飛び回っている腕利きさんだもの」

 ドラゴンライダーのディオンという名は、世界の貴族や王族からも頼りにされているほどである。
 それはマキトたちも、前に少しだけ聞いたことがあった。
 割とこの森に降り立つことが多いのも、全ては仕事の一環。少し立ち寄ってユグラシアや森の冒険者たちに報告ないしアドバイスを一言二言伝えたら、すぐさま飛び立つというのが基本であった。
 少なくとも、ゆっくりとお茶を飲んで休憩していく場面は、ありそうでなかった気がするとマキトは思う。
 無論、例外もちゃんとあるのだが、マキトたちはそれを知る由もない。

「連絡が来るまでは、そのドラゴンちゃんはここで面倒を見る形になるわね」
「くきゅ?」

 どういうこと、と言わんばかりに子ドラゴンが首を傾げながら、抱きかかえているマキトの顔を見上げる。
 するとマキトが苦笑しながら視線を下ろした。

「つまり、しばらくは俺たちと一緒に暮らすってことだな」
「……くきゅーっ♪」
「わぷっ!?」

 子ドラゴンが突然顔にしがみつき、マキトはよろけて倒れそうになる。なんとか踏ん張って体制を立て直しつつ、顔から子ドラゴンを引き剥がした。

「くきゅくきゅ、くきゅっ♪」
「あはは……マスターと一緒にいられるのが嬉しいみたいなのです」
「うん。それはもう、見りゃ分かるよ」

 一応通訳してくるラティに、マキトが疲れたような声を出す。驚きに加えて地味にエネルギーを使ったせいであった。
 しかし、小躍りするかの如く嬉しそうな様子を見せる子ドラゴンに、マキトの表情も自然と笑みが宿る。

「まぁ、しばらくの間かもしれないけど、よろしくな」
「くきゅっ♪」

 子ドラゴンは元気よく返事し、そのままマキトの肩に飛び乗る。そして長い首を頬にスリスリと擦り付け、甘え出してきた。
 もうすっかり心を許したらしく、このまま子ドラゴンはマキトに任せるのが一番だということは、誰が見ても明らかな状態であった。
 すると――

「……むぅ、ドラゴンちゃんばかりズルいのです!」

 ラティが頬を膨らませ、子ドラゴンの反対側からマキトにしがみつく。

「マスターの独り占めは許さないのです!」
「キュウッ!」
『そーだそーだー!』

 ロップルとフォレオも軽く憤慨しながら、マキトにそれぞれ飛びついていった。子ドラゴンも含めて合計四匹の魔物たちが一気にしがみつく形となり、流石のマキトも体勢が崩れそうになる。

「分かった! 分かったから、お前ら少し落ち着けって!」
「ん。ついでにノーラもくっつく」
「えぇー?」

 更にノーラまで腰に抱き着いてきて、遂にマキトは尻餅をついてしまう。しがみついてどこまでも懐いてくる姿に、マキトも怒る気力は完全に失せ、苦笑を浮かべるのだった。
 そんな和気あいあいとした彼らの姿を、ユグラシアは笑顔で見守っていた。

「すっかり仲良しさんね。それにしても……」

 ユグラシアの視線が、マキトの首に巻きつくような形で懐いている子ドラゴンに向けられる。

(ドラゴンの子供は大人のそれ以上に気難しくて、人にはまず懐かないとすら言われているのだけど……流石はマキト君と言ったところかしら?)

 それこそ今更な事実としか言えない姿に、ユグラシアは改めて苦笑せずにはいられなかった。


 ◇ ◇ ◇


「くきゅーっ♪」
「こっちなのですよーっ!」
「キュウ!」
『わーいわーい!』

 神殿の裏庭で、子ドラゴンとラティたちが楽しそうに遊んでいる。森の魔物たちも混ざり、鬼ごっこが大いに盛り上がっていた。
 そんな賑やかな光景を、マキトとノーラが離れた位置から見守っている。

「あのチビスケ、なんかもうすっかり馴染んじゃってるな」
「ん。最初に見せていた緊張がウソみたいな感じ」
「全くだ」

 子ドラゴンの楽しそうな姿に、二人して苦笑する。ひとまずの安心は得たが、考えなければいけない問題はたくさんあった。
 マキトが表情を引き締め、魔物たちを見つめたまま切り出す。

「そんなことより、あのチビスケのことだけど……」
「ん。あの子がどこから来たのか」
「そこだよな」

 待ってましたと言わんばかりに頷くノーラに、やっぱりそれを考えていたかと、マキトも思っていた。

「この近くにドラゴンはいないんだろ?」
「いない。いるとしたら、ここから遠くにあるオランジェ王国あたり」
「オランジェ王国って?」
「魔人族の国」
「へぇー。ディオンさんみたいなのが、いっぱいいるってことか」
「ん。そんな感じ」

 マキトの例えに対し、特に訂正の必要性も感じなかったノーラは頷いた。オランジェ王国に対する認識としては、ノーラも似たような感じであった。

「ドラゴンと言えばオランジェ王国。そう言われているくらい、向こうにはドラゴンが当たり前のようにたくさん飛んでたりする」
「やけに詳しいな。行ったことあるのか?」
「ない。本で読んだだけ」

 軽く目を見開きながら視線を向けるマキトに、ノーラは首を左右に振る。

「ノーラは個人的にも、ドラゴンに興味津々だから」
「そっか。とにかくあのチビスケは、そこから来た可能性が高い感じか?」
「普通に考えれば。でも……」

 ノーラはスッと目を細くした。

「あんな小さな子が、一匹で遠い距離を飛んで来れるワケがない。何か悪い出来事に巻き込まれている可能性大」
「マジか……近くにアイツの親が飛んでいるとか……」
「もしそうなら、もうとっくに嗅ぎつけて、ここに降りてきているハズ。ドラゴンの目と耳はそれだけ鋭い」
「そんなに凄いのか」
「ん。ノーラたちの想像だけで判断するのは、明らかに危険なほど」
「へぇ。ディオンさんが連れてるドラゴンを見てると、そうは思えないけどな」
「あれは飼い慣らされてるだけ」
「というと?」
「野生のドラゴンはどれも狂暴。出会ったら最後、死あるのみ」
「ヤバいじゃん、それ」
「ん。ノーラの読んだ本にはそう書いてあった」

 ノーラの言葉を聞いたマキトは、改めて遊んでいる子ドラゴンを見つめる。
 あれもいずれは大きくなって狂暴化するのかと思った。今の段階だけ見れば信じがたい話ではあるが、動物の子供と大人では大きく違うことは、地球でも同じであることぐらいマキトも知っている。
 故に魔物も同じなのだろうと改めて思った。
 それを踏まえても、やはり驚かずにはいられなかった。

「ディオンさんのドラゴンを見て、それなりに知ったつもりでいたけど……」
「あんなの知った内に入らない……って、ディオンが言ってた」
「なるほどな」

 深いため息をつくマキト。まだまだ知らないことだらけだったのだと、改めて知ったような気がした。

「それにしても、アイツ凄い元気になったよな。倒れてたのを見つけた時は、どうなるもんかと思ってたけど」
「ん。ノーラ的にはそれも不思議の一つ」
「何が?」

 マキトが尋ねると、ノーラがいつもの無表情を向けてくる。

「魔物の中には、その土地じゃないと生きられないのもたくさんいる。国によって自然の環境は大きく違うから」
「ドラゴンも例外じゃないってこと?」
「ん。特に子供のドラゴンは、環境が変わるだけで病気になったりもする」
「病気って……」

 不穏な言葉を聞いたマキトは、軽く目を見開きながら子ドラゴンのほうを向く。そこには変わらず元気にはしゃぎ回っている姿があった。

「アイツ見てると、そんな感じには見えないぞ?」
「ん。だから不思議と言っている」
「なるほど」

 ノーラの言いたいことはなんとなく分かるマキトだったが、ここであれこれ考えたところで何も浮かばないのも確かであった。
 ここでマキトは、当初考えるべき問題に話を戻すことに決める。

「とりあえず、アイツがどうしてこの森に落ちてきたのかを、ちゃんと俺たちも知っておかないとだよな」
「ん。ノーラたちにはラティとフォレオがいるから、あとで聞いてみる」
「あぁ、そうしよう」

 マキトは表情を引き締め、ノーラと頷き合う。
 昼食後にでも、改めて子ドラゴンから、ラティの通訳を通して詳しい経緯を聞き出そうと思うのだった。

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