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第三章 子供たちと隠れ里

111 別れはあっという間に

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 リリーのポーションで回復したアースリザードは、そのまま大人しく頭を下げ、隠れ里から去っていった。
 ここで暮らしても構わんぞと長老ラビットは言ったのだが、自分を鍛え直すとだけ言っていたと、ラティの通訳により判明した。

「驚いたな……」

 アースリザードの去って行った方向を見つめながら、アレクが呟いた。

「暴れることしかできないと思っていた魔物が、あそこまで変わるなんてさ」
「だな。これも新しい発見ってヤツか?」

 ジェイラスも腕を組みながら、フッと小さく笑う。そこにメラニーがニヤッとからかうような笑みを浮かべ、下から覗き込むように近づいてきた。

「そーゆーアンタも、なかなかに変わったんじゃないの?」
「あぁん? なんだその言い方は? 俺に喧嘩を売るつもりか、テメェは?」
「べっつにぃー」
「このアマ……」

 ギリッと歯を噛み締め、拳を震わせるジェイラス。ここだけ見れば、やっぱりいつもと変わらないのかと思われる場面である。
 しかし――

「キィキィーッ♪」
「おっと」

 今、この場にいるのは彼らだけではない。嬉しそうに飛びついてきたスライムに反応したところで、ジェイラスの怒りは一気に鎮まった。

「なんだよ。俺とまた勝負してぇってのか?」
「キィ、キキキィーッ!」
「相変わらず何言ってんのかは分からねぇよなぁ。まぁ仕方ねぇことだが」

 ポヨポヨと跳ねるスライムを見下ろし、楽しげに笑うジェイラス。もうすっかり魔物と接する姿が自然と化しており、幼なじみ組からすれば、なんとも不思議に思えてならなかった。

「ジェイラスのヤツ……なんか変わったな」
「キミも大概だと思うけどね」

 呆然としているアレクに、サミュエルが肩をすくめながら近づいてくる。

「あれほど強情に助けようとしなかったのに、最後はちゃんと来てくれたじゃん」
「……空気に呑まれただけだよ」
「本当にそれだけなら、キミは動いたりしないでしょ? 一度言い出したら聞かない頑固さは、ジェイラス以上といっても過言じゃないんだから」

 ケタケタと笑うサミュエルに対し、アレクは表情を引きつらせた。

「サミュエル。それは、僕に対して言っているのか?」
「うん、そうだよ」
「……そんなに僕は頑固か?」
「頑固だね。皆もそう思うでしょ?」

 サミュエルがそう呼びかけると、傍で聞いていたメラニーとリリーが、揃って苦笑を浮かべた。

「そーね。あたしも同感。リリーもそう思ったことあるよね?」
「うん。たまに暴走してヒヤヒヤしていたし」
「……そんなにか」

 知らなかったのは本人だけ――それを思い知ったアレクは、大きなショックを受け項垂れてしまう。
 冗談だよと言われるのをひそかに期待していたが、何も言われないため、本当にそうなのかと改めて思い知り、深いため息をつくのだった。

「少年たちよ」

 そこに長老ラビットが、アレクに声をかけてくる。

「お主たちのおかげで、余計な騒ぎを広めずに済んだ。オマケにヒトとの交流が、魔物たちの評価も色々と変えてくれたようじゃ。長として礼を言うぞ」

 長老ラビットの後ろでは、魔物たちが揃って笑顔を向けている。アレクたち五人のことを、改めて歓迎している印であった。
 魔物たちに認めてもらったことを、五人は嬉しく思っていた。
 しかし――

「礼なら、マキトたちに言ってください。僕は何もしてませんから」

 だからこそアレクは、その礼を受け取れないと思っていた。
 自分だけが、最後の最後までくすぶっていた。ジェイラスたちに比べれば、とても協力したとは言えないと。
 するとジェイラスが、アレクの肩にポンと手を置いた。

「別にお前が受け取ってもいいんじゃねぇのか? リーダーなんだし、最後はちゃんと一緒に頑張ってただろ?」
「それは……でも……」

 ジェイラスの優しさは嬉しかったが、やはり納得はできなかった。
 そこにサミュエルが、しょうがないなぁと言わんばかりの苦笑を浮かべながら、肩をすくめつつ歩いてくる。

「僕たちは五人で一つのチーム――だろ? だったらキミも入ってなきゃ、何の意味もないよ」
「あたしも同感。アンタ一人を除け者にするワケにはいかないわ」
「うん。私たちはこれからも、アレクにリーダーでいてほしいと思っているから」

 メラニーとリリーも歩いてきた。気がついたら四人が、アレクを囲むようにして立っていた。
 追い詰めているのではなく、優しく包み込むように。

「皆……うん、ありがとう」

 流石にここまでされて、突っぱねることなどできなかった。下手なプライドを捨てて素直に受け取る――ただそれだけじゃないかとアレクは思ったのだった。

「アレクよ。お主は幸せ者じゃな」

 長老ラビットが、改めてアレクに声をかける。

「ここまで皆がついて来ようとするリーダーは、そうそういるモノではないぞ?」
「――はい!」

 素直にありがたい言葉として受け取った。もうアレクの中には、魔物だからとかそういった考えはなかった。
 時には厳しく、そして時には優しく諭してくれる――そこにはヒトも魔物も関係ないのだと、勉強させられた気がした。

「あっ、そういえば……」

 ここでふと、リリーが思い出した。

「私たち、課外活動をこっそり抜け出してきたままだったような……」
「「「「……あっ!!」」」」

 アレンたち四人の表情が、ピシッと引きつった。そして次第に、それぞれ青ざめた表情と化していく。

「ヤ、ヤベェよな、流石によ……」
「森の集会所を抜け出して、もうかなり時間が経過してるからねぇ」
「バレているどころか、大騒ぎになってるだろうな」
「そんなぁ~」

 ジェイラス、メラニー、そしてアレクが立て続けに放った発言に、サミュエルが情けない声を出しながら項垂れる。
 やっと全てが片付いて清々しい気分を味わっていただけに、その気分が一気に削がれてしまっていた。

「帰ったらメチャクチャ叱られるだろうなぁ」
「叱られるだけで済めばいいが……」
「うおぉい、リーダー! お願いだから怖いこと言わないでよ!!」
「だー、もう、うっさいわね!」

 すっかり腰が引けて泣き顔と化しているサミュエルを、メラニーが一喝する。

「いちいち情けない声出してんじゃないわよ、ヘタレ坊主が!」
「な、なにおうっ!?」

 泣き顔から一転、いつものように声を張り上げるサミュエル。涙が浮かんでいるのが如何せん格好悪さを引き立てていた。
 するとここでアレクが、表情を引き締めて呼びかける。

「とにかく、もういい加減に戻らないとマジでヤバい。急ぐぞ、皆!」
「おう!」

 ジェイラスが威勢よく応え、他の三人も頷く。そしてアレクたちは、揃ってマキトたちに近寄った。

「マキト。それに魔物君たちやノーラも。本当に世話になった。ありがとう!」
「またどこかで会おうぜ!」
「今度会ったら、僕の凄い魔法を見せてあげるよ!」
「あたしもたくさん美人になるからね♪」
「本当にありがとう。マキト君たちに会えて良かったよ」

 五人がそれぞれ言葉をかけ、マキトは笑みを浮かべて頷く。するとそこに、ジェイラスと過ごしていたスライムが近づいてきた。

「キィーッ!」
「またな。立派な冒険者になって、必ず会いに来るぜ」

 ジェイラスがしゃがみ、軽く拳を突き出すと、そこにスライムが頭突きをする。彼らなりの別れの挨拶を交わしたのだ。
 そしていざ、五人が歩き出そうとしたところに、長老ラビットが言う。

「村への近道なら、魔物たちが知っておる。道しるべになってくれるじゃろう」
「ありがとう。恩に着ます!」

 アレクが爽やかな笑顔で礼を述べ、四人を引き連れて走り出す。魔物たちに見送られながら、アレクたちは隠れ里から去っていくのだった。
 あっという間に五人がいなくなったところで、マキトは不思議な気分となる。
 なんだか一気に静かとなった。今日一日、ずっと賑やかな時間を過ごしていたことに気づかされる。
 それはノーラやラティたち魔物も、同じ感想であった。

「マキト。ノーラたちも神殿に帰る」
「あぁ、そうだな。もうすぐ夕方になっちまうし」

 少しだけ色づき始めた西の空を見上げながら、マキトが同意する。隠れ里での用事はとっくに済んでいるため、これ以上滞在する理由はない。

「ならば、この里の別の出口から帰るがよい。神殿への近道になるぞ」
「そんなのあるんだ?」

 目を見開くマキトに、長老ラビットは笑顔で頷く。そこにノーラが、マキトの服の裾をくいくいと引っ張りながら言う。

「ん。逆に言えば、その道を通れば、この隠れ里にすぐ来れる」
「そっか。それはいいな!」
「またいつでも遊びに来れますね♪」
『やったーっ♪』
「キュウッ!」

 ラティたちの喜ぶ姿に、マキトも笑みを浮かべる。そして改めて、皆に声をかけるのだった。

「よし、じゃあ俺たちも帰ろうぜ!」

 その掛け声に、ノーラやラティたちが威勢よく応える。長老ラビットや里の魔物たちに手を振りながら歩き出し、隠れ里を後にしたのだった。

(にしても……賑やかなヤツらだったよなぁ)

 心の中でそう呟きながら、マキトはひっそりとほくそ笑んでいた。

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