上 下
75 / 252
第二章 ガーディアンフォレスト

075 謎の青年ライザック

しおりを挟む


 はぐはぐはぐ――――
 もしゃもしゃもしゃもしゃ――――
 物凄い勢いで、サンドイッチや果物を咀嚼するラティと霊獣。その姿をアリシアは唖然とした表情で見ていた。

「この子たちは一体、どこまで食べるつもりなのかしら?」
「ははっ、まぁ元気になってなによりだ」

 マキトも驚いてはいたが、すぐに笑顔を見せる。一晩ぐっすりと眠り、完全回復を成し遂げたことが、純粋に嬉しかったのだ。

「コイツがいきなり喋り出したのには、ちょっと驚いたけどな」

 一生懸命口を動かし続けている霊獣を見つめながら、マキトが呟くように言う。するとアリシアも、はたと思い出したような反応を見せた。

「私も喋ってるの聞いたよ。あれって気のせいじゃなかったってこと?」
「ん。ノーラも今朝起きた時に聞いた」

 湯気の立つホットミルクのカップを持ちながら、ノーラが無表情のまま頷く。

「多分アレは、直接喋っているワケじゃない。特殊な魔法か何かで、ノーラたちの脳に直接語り掛けている感じ」
「……そういえば前に、スライムのじいちゃんも言ってたな」

 魔物たちの隠れ里にて、長老スライムから聞いたことをマキトは思い出す。

「この霊獣がまさにそれってことか」
「多分。実際そうしているし、そう思うしかない」
「……だよな」

 ノーラの言うとおりであるため、マキトも頷くしかない。そこにアリシアが、小さな笑みを浮かべてきた。

「霊獣ってホント不思議なのね。解明されてないことが多いっていうのも、なんとなく分かる気がするわ」
「ん。でもそれは霊獣に限った話じゃない。他の魔物全てにも言えること」
「確かにね」

 アリシアもその言葉に頷くしかない。赤いスライムや喋るスライムを、実際にこの目で見たのだ。どこにどんな不思議があってもおかしくない。子供の頃から暮らしてきたこの森でさえ、まだまだ知らないことがあった。
 全てを知っていたつもりだったけど、決してそうではなかった――この数日でそれを痛感させられた気がする、アリシアであった。

「そうだ。話は変わるんだけどさ――」

 マキトが顔を上げ、アリシアに視線を向けながら切り出す。

「昨日戦った怪物……元は魔物と人間だったんだよな?」
「うん。恐らく悪い魔法か何かだろうってユグラシア様は言ってたけど、実際のところはよく分からないらしいわ」

 マキトの問いかけに、アリシアが悩ましげな表情で打答える。
 確かに戦い自体はマキトたちの勝利であるし、霊獣も無事に助けられた。それだけ見れば、丸く収まったと言える。
 しかし残念ながら、とてもそうとは言い切れない結果に終わってしまった。
 アリシアからしてみれば、それが正直なところであった。

「ダリルさんのお墓、村の墓地に作られたみたいよ」

 アリシアが少し、しんみりとした様子で言う。

「正直、いい印象はなかったけど……あんな結果になると、変な感じになるわね」
「……うん」

 やや間を置きつつ、マキトも頷いた。
 偶然出くわしたとはいえ、三度も一方的に攻められることをされていれば、悪い印象しかない。それでもやはり、同じヒトの死が身近で起こった事実は、とても見過ごすことはできなかった。
 特にマキトの場合は、ダリルが連れていた魔物たちも息絶えていたことから、余計に他人事とは思えなかったのである。
 だからといって、同情するつもりなど全くもって起きてはいないが。

「まぁ、過ぎたことをいちいち考えてても仕方ないわね――ごちそうさまでした」

 アリシアがゆっくりと立ち上がり、マキトたちに笑いかける。

「私、調合部屋に行ってくるわ。食べ終わった食器はちゃんと下げておいてね」

 空となった自分の食器を手に、アリシアはリビングを後にした。続いてノーラもスッと立ち上がる。

「ノーラもちょっと野暮用。ごちそうさま」

 そして自分の食器を手にさっさとリビングから出ていった。あっという間にこの場にいるのは、マキトと魔物たちだけの状態となる。
 ラティも霊獣もようやく落ち着いたのか、温かい茶を飲んで一息ついていた。

「なんか、結構バタバタしてる感じだなぁ」
「後でわたしたちも、ユグさまのお手伝いをしませんか?」
「そうだな」

 ラティの意見にマキトは頷く。ユグラシアは今、ダリルたちが暴れた後始末をしているのだった。後のことは気にしなくていいと言われたマキトたちだったが、流石に何もしないというのも気分が良くない。
 ロップルも霊獣も果物を咀嚼しながら、手を突き上げて賛成の意思を見せる。
 よくもまぁ、たった一晩で元気になったもんだ――そう思いながら、マキトがほくそ笑んでいたその時であった。

「――いやはや、皆さんお元気になられたようで、なによりですねぇ♪」

 突如、知らない声が聞こえてきた。
 マキトたちが驚きながら振り向くと、窓の縁に腰かける形で、一人の人物がニヤリと笑っていた。
 ワインレッドのローブを羽織り、顔はフードを被っていて口元しか見えない。声からして男のようであるが、現時点では判断のしようがない。

「だ、誰なのですかっ!?」
「キュウッ!」
『あやしいヤツめ! なんのようだ!?』

 ラティ、ロップル、そして霊獣が、それぞれマキトを守るように躍り出る。ローブの人物はその様子を見て、魔物たち――特に霊獣に視線を向け、興味深そうに唇を釣り上げるのだった。

「ガーディアンフォレストをここまで懐かせるとは……実に驚きですよ」

 そしてローブの人物は、大きなフードを脱いだ。
 顔が半分隠れるくらいに伸びた金髪と、覗き出る赤い切れ長の瞳が、怖いようなそうでもないような、どこか不思議な印象を抱かせてくる。

「申し遅れました。僕の名はライザック。旅をしている魔導師です」

 ライザックと名乗る青年が、丁寧にお辞儀をした。

「あなた方には感謝しています。私の失敗した実験台を始末してくれましたし」

 心の底から嬉しそうに笑う彼に対して、マキトは訝しげな視線を向ける。

「実験台って、何の話だよ?」
「昨日、あなた方が最後に戦ったじゃありませんか♪」

 どこか楽しそうな口調で語るライザックに顔をしかめつつ、マキトは気づく。

「……あの怪物、アンタが何かしたってことか」
「えぇまぁ」

 ライザックは改めてアッサリと認めた。隠すことなんか何もないと言わんばかりの潔さが、逆にどこか恐ろしく思えて仕方がない。
 しかしライザックからは、殺気のようなものを感じないのも確かだった。もっとも味方であるとも、全くといっていいほど感じられなかったが。

「それで? 俺たちに何の用があるんだよ?」
「一度会っておきたいと思いましてね。驚かせてすみませんでした」

 顔をしかめながら尋ねるマキトに、ライザックは苦笑しながら答える。

「今回の件を経て、改めて認識させてもらいました。やはりあなた方は興味深い存在であるとね」

 そのおどけた様子からは、やはり敵のような印象は見られない。それでも油断してはいけないことだけは間違いない。
 ライザックに対してマキトたちが緊張を走らせる中、ラティが口を開く。

「……わたしたちにも何かするつもりなのですか?」
「いえ、ないですよ。今のところは」

 ラティの言葉に否定しつつも、しっかりと可能性を含ませてくるライザック。やはり安心はできないと睨みを利かせるマキトたちに、ライザックはすみませんと言わんばかりの苦笑を浮かべた。

「ご心配なく。私はあなた方の敵になるつもりはありません。もっとも……味方になることもできませんがね」
「……だろうな」

 マキトは率直に頷く。そしてラティも顔をしかめながら思ったことを口に出す。

「むしろ余計に心配になってくるのですけど」
「すみませんね。それ以外に言いようがなかったモノですから」

 大袈裟気味に肩をすくめるライザック。申し訳ないという気持ちは、お世辞にも感じられない態度であった。
 そのうさん臭さに、追及する気すら面倒だと思えてしまうほどであった。

「さてと……私はこれで失礼させていただきます」

 そう言ってライザックは踵を返した。

「あなた方とは、またどこかでお会いしたいと、心より願っていますよ」
「俺たちは会いたくないけど」
「なのですっ」
「キュウ!」

 マキトに続いて、ラティとロップルも強く同意する。

『もうにどとくるなー!』

 そして霊獣も、ライザックに敵意を込めた睨みを利かせていた。
 そんな彼らに対して、フッと笑みを小さく深め、ライザックはそのまま颯爽と窓から飛び出していく。

「あ、おい! ちょっと!」

 慌ててマキトが窓の外を確認してみると、既にライザックの姿はどこにも見当たらなかった。

「……何だったんだ、今のは?」

 目の前に広がる静かな森の風景を見渡しながら、マキトは呆然と呟いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトのなかで僕だけ異世界転移に耐えられずアンデッドになってしまったようです。

大前野 誠也
ファンタジー
ー  子供頃から体の弱かった主人公は、ある日突然クラスメイトたちと異世界に召喚されてしまう。  しかし主人公はその召喚の衝撃に耐えきれず絶命してしまった。  異世界人は世界を渡る時にスキルという力を授かるのだが、主人公のクラスメイトである灰田亜紀のスキルは死者をアンデッドに変えてしまうスキルだった。  そのスキルの力で主人公はアンデッドとして蘇ったのだが、灰田亜紀ともども追放されてしまう。  追放された森で2人がであったのは――

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界転移は分解で作成チート

キセル
ファンタジー
 黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。  そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。  ※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。  1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。  よろしければお気に入り登録お願いします。  あ、小説用のTwitter垢作りました。  @W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。  ………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。  ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜

上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】  普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。 (しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます) 【キャラクター】 マヤ ・主人公(元は如月真也という名前の男) ・銀髪翠眼の少女 ・魔物使い マッシュ ・しゃべるうさぎ ・もふもふ ・高位の魔物らしい オリガ ・ダークエルフ ・黒髪金眼で褐色肌 ・魔力と魔法がすごい 【作者から】 毎日投稿を目指してがんばります。 わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも? それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。

幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。 それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。 唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。 なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。 理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!

【完結】エルモアの使者~突然死したアラフォー女子が異世界転生したらハーフエルフの王女になってました~

月城 亜希人
ファンタジー
やりたいことを我慢して質素に暮らしてきたアラフォー地味女ミタラシ・アンコが、理不尽な理由で神に命を奪われ地球から追放される。新たに受けた生は惑星エルモアにある小国ガーランディアの第二子となるハーフエルフの王女ノイン・ガーランディア。アンコは死産する予定だった王女に乗り移る形で転生を果たす。またその際、惑星エルモアのクピドから魔物との意思疎通が可能になるなどの幾つかのギフトを授かる。ところが、死産する予定であった為に魔力を持たず、第一子である腹違いの兄ルイン・ガーランディアが魔族の先祖返りとして第一王妃共々追放されていたことで、自身もまた不吉な忌み子として扱われていた。それでも献身的に世話をしてくれる使用人のロディとアリーシャがいた為、三歳までは平穏に過ごしてきたのだが、その二人も実はノインがギフトを用いたら始末するようにと王妃ルリアナから命じられていた暗殺者だった。ノインはエルモアの導きでその事実を知り、またエルモアの力添えで静寂の森へと転移し危機を脱する。その森で帝国の第一皇子ドルモアに命を狙われている第七皇子ルシウスと出会い、その危機を救う。ノインとルシウスはしばらく森で過ごし、魔物を仲間にしながら平穏に過ごすも、買い物に出た町でロディとアリーシャに遭遇する。死を覚悟するノインだったが、二人は既に非情なルリアナを見限っており、ノインの父であるノルギス王に忠誠を誓っていたことを明かす。誤解が解けたノイン一行はガーランディア王国に帰還することとなる。その同時期に帝国では第一皇子ドルモアが離反、また第六皇子ゲオルグが皇帝を弑逆、皇位を簒奪する。ドルモアはルリアナと共に新たな国を興し、ゲオルグと結託。二帝国同盟を作り戦争を起こす。これに対しノルギスは隣国と結び二王国同盟を作り対抗する。ドルモアは幼少期に拾った星の欠片に宿る外界の徒の導きに従い惑星エルモアを乗っ取ろうと目論んでいた。十数年の戦いを経て、成長したノイン一行は二帝国同盟を倒すことに成功するも、空から外界の徒の本体である星を食らう星プラネットイーターが降ってくる。惑星エルモアの危機に、ノインがこれまで仲間にした魔物たちが自らを犠牲にプラネットイーターに立ち向かい、惑星エルモアは守られ世界に平和が訪れる。 ※直接的な表現は避けていますが、残酷、暴力、性犯罪描写が含まれます。 それらを推奨するものではありません。 この作品はカクヨム、なろうでも掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...