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第二章 ガーディアンフォレスト
075 謎の青年ライザック
しおりを挟むはぐはぐはぐ――――
もしゃもしゃもしゃもしゃ――――
物凄い勢いで、サンドイッチや果物を咀嚼するラティと霊獣。その姿をアリシアは唖然とした表情で見ていた。
「この子たちは一体、どこまで食べるつもりなのかしら?」
「ははっ、まぁ元気になってなによりだ」
マキトも驚いてはいたが、すぐに笑顔を見せる。一晩ぐっすりと眠り、完全回復を成し遂げたことが、純粋に嬉しかったのだ。
「コイツがいきなり喋り出したのには、ちょっと驚いたけどな」
一生懸命口を動かし続けている霊獣を見つめながら、マキトが呟くように言う。するとアリシアも、はたと思い出したような反応を見せた。
「私も喋ってるの聞いたよ。あれって気のせいじゃなかったってこと?」
「ん。ノーラも今朝起きた時に聞いた」
湯気の立つホットミルクのカップを持ちながら、ノーラが無表情のまま頷く。
「多分アレは、直接喋っているワケじゃない。特殊な魔法か何かで、ノーラたちの脳に直接語り掛けている感じ」
「……そういえば前に、スライムのじいちゃんも言ってたな」
魔物たちの隠れ里にて、長老スライムから聞いたことをマキトは思い出す。
「この霊獣がまさにそれってことか」
「多分。実際そうしているし、そう思うしかない」
「……だよな」
ノーラの言うとおりであるため、マキトも頷くしかない。そこにアリシアが、小さな笑みを浮かべてきた。
「霊獣ってホント不思議なのね。解明されてないことが多いっていうのも、なんとなく分かる気がするわ」
「ん。でもそれは霊獣に限った話じゃない。他の魔物全てにも言えること」
「確かにね」
アリシアもその言葉に頷くしかない。赤いスライムや喋るスライムを、実際にこの目で見たのだ。どこにどんな不思議があってもおかしくない。子供の頃から暮らしてきたこの森でさえ、まだまだ知らないことがあった。
全てを知っていたつもりだったけど、決してそうではなかった――この数日でそれを痛感させられた気がする、アリシアであった。
「そうだ。話は変わるんだけどさ――」
マキトが顔を上げ、アリシアに視線を向けながら切り出す。
「昨日戦った怪物……元は魔物と人間だったんだよな?」
「うん。恐らく悪い魔法か何かだろうってユグラシア様は言ってたけど、実際のところはよく分からないらしいわ」
マキトの問いかけに、アリシアが悩ましげな表情で打答える。
確かに戦い自体はマキトたちの勝利であるし、霊獣も無事に助けられた。それだけ見れば、丸く収まったと言える。
しかし残念ながら、とてもそうとは言い切れない結果に終わってしまった。
アリシアからしてみれば、それが正直なところであった。
「ダリルさんのお墓、村の墓地に作られたみたいよ」
アリシアが少し、しんみりとした様子で言う。
「正直、いい印象はなかったけど……あんな結果になると、変な感じになるわね」
「……うん」
やや間を置きつつ、マキトも頷いた。
偶然出くわしたとはいえ、三度も一方的に攻められることをされていれば、悪い印象しかない。それでもやはり、同じヒトの死が身近で起こった事実は、とても見過ごすことはできなかった。
特にマキトの場合は、ダリルが連れていた魔物たちも息絶えていたことから、余計に他人事とは思えなかったのである。
だからといって、同情するつもりなど全くもって起きてはいないが。
「まぁ、過ぎたことをいちいち考えてても仕方ないわね――ごちそうさまでした」
アリシアがゆっくりと立ち上がり、マキトたちに笑いかける。
「私、調合部屋に行ってくるわ。食べ終わった食器はちゃんと下げておいてね」
空となった自分の食器を手に、アリシアはリビングを後にした。続いてノーラもスッと立ち上がる。
「ノーラもちょっと野暮用。ごちそうさま」
そして自分の食器を手にさっさとリビングから出ていった。あっという間にこの場にいるのは、マキトと魔物たちだけの状態となる。
ラティも霊獣もようやく落ち着いたのか、温かい茶を飲んで一息ついていた。
「なんか、結構バタバタしてる感じだなぁ」
「後でわたしたちも、ユグさまのお手伝いをしませんか?」
「そうだな」
ラティの意見にマキトは頷く。ユグラシアは今、ダリルたちが暴れた後始末をしているのだった。後のことは気にしなくていいと言われたマキトたちだったが、流石に何もしないというのも気分が良くない。
ロップルも霊獣も果物を咀嚼しながら、手を突き上げて賛成の意思を見せる。
よくもまぁ、たった一晩で元気になったもんだ――そう思いながら、マキトがほくそ笑んでいたその時であった。
「――いやはや、皆さんお元気になられたようで、なによりですねぇ♪」
突如、知らない声が聞こえてきた。
マキトたちが驚きながら振り向くと、窓の縁に腰かける形で、一人の人物がニヤリと笑っていた。
ワインレッドのローブを羽織り、顔はフードを被っていて口元しか見えない。声からして男のようであるが、現時点では判断のしようがない。
「だ、誰なのですかっ!?」
「キュウッ!」
『あやしいヤツめ! なんのようだ!?』
ラティ、ロップル、そして霊獣が、それぞれマキトを守るように躍り出る。ローブの人物はその様子を見て、魔物たち――特に霊獣に視線を向け、興味深そうに唇を釣り上げるのだった。
「ガーディアンフォレストをここまで懐かせるとは……実に驚きですよ」
そしてローブの人物は、大きなフードを脱いだ。
顔が半分隠れるくらいに伸びた金髪と、覗き出る赤い切れ長の瞳が、怖いようなそうでもないような、どこか不思議な印象を抱かせてくる。
「申し遅れました。僕の名はライザック。旅をしている魔導師です」
ライザックと名乗る青年が、丁寧にお辞儀をした。
「あなた方には感謝しています。私の失敗した実験台を始末してくれましたし」
心の底から嬉しそうに笑う彼に対して、マキトは訝しげな視線を向ける。
「実験台って、何の話だよ?」
「昨日、あなた方が最後に戦ったじゃありませんか♪」
どこか楽しそうな口調で語るライザックに顔をしかめつつ、マキトは気づく。
「……あの怪物、アンタが何かしたってことか」
「えぇまぁ」
ライザックは改めてアッサリと認めた。隠すことなんか何もないと言わんばかりの潔さが、逆にどこか恐ろしく思えて仕方がない。
しかしライザックからは、殺気のようなものを感じないのも確かだった。もっとも味方であるとも、全くといっていいほど感じられなかったが。
「それで? 俺たちに何の用があるんだよ?」
「一度会っておきたいと思いましてね。驚かせてすみませんでした」
顔をしかめながら尋ねるマキトに、ライザックは苦笑しながら答える。
「今回の件を経て、改めて認識させてもらいました。やはりあなた方は興味深い存在であるとね」
そのおどけた様子からは、やはり敵のような印象は見られない。それでも油断してはいけないことだけは間違いない。
ライザックに対してマキトたちが緊張を走らせる中、ラティが口を開く。
「……わたしたちにも何かするつもりなのですか?」
「いえ、ないですよ。今のところは」
ラティの言葉に否定しつつも、しっかりと可能性を含ませてくるライザック。やはり安心はできないと睨みを利かせるマキトたちに、ライザックはすみませんと言わんばかりの苦笑を浮かべた。
「ご心配なく。私はあなた方の敵になるつもりはありません。もっとも……味方になることもできませんがね」
「……だろうな」
マキトは率直に頷く。そしてラティも顔をしかめながら思ったことを口に出す。
「むしろ余計に心配になってくるのですけど」
「すみませんね。それ以外に言いようがなかったモノですから」
大袈裟気味に肩をすくめるライザック。申し訳ないという気持ちは、お世辞にも感じられない態度であった。
そのうさん臭さに、追及する気すら面倒だと思えてしまうほどであった。
「さてと……私はこれで失礼させていただきます」
そう言ってライザックは踵を返した。
「あなた方とは、またどこかでお会いしたいと、心より願っていますよ」
「俺たちは会いたくないけど」
「なのですっ」
「キュウ!」
マキトに続いて、ラティとロップルも強く同意する。
『もうにどとくるなー!』
そして霊獣も、ライザックに敵意を込めた睨みを利かせていた。
そんな彼らに対して、フッと笑みを小さく深め、ライザックはそのまま颯爽と窓から飛び出していく。
「あ、おい! ちょっと!」
慌ててマキトが窓の外を確認してみると、既にライザックの姿はどこにも見当たらなかった。
「……何だったんだ、今のは?」
目の前に広がる静かな森の風景を見渡しながら、マキトは呆然と呟いた。
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