上 下
56 / 252
第二章 ガーディアンフォレスト

056 ブリジットの盛大な勘違い

しおりを挟む


 ブリジットは険しい表情を向けていた。
 目の前にいる少女こそが、探し求めていた親友だと思い込んでいる。もうそれ以外にあり得ないと言わんばかりに。
 確かに、背格好や髪の色はほぼ同じであるが、断じてそっくりではない。
 しかしある一点により、確定だと判断していたのだった。

「たとえどんなに姿を誤魔化そうとも、その魔力の質までは誤魔化せないよ。あたしが魔力の質を読み取れることは、アンタもよく知ってるでしょうに……」

 ブリジットはこれ見よがしに大きなため息をつく。その姿はまるで、子供の悪戯を叱る母親のようであった。

「ほら、グズグズしてないで行くよ!」

 手を差し伸べながら、声を荒げるブリジット。しかし少女は、全くもって意味が分からないと言わんばかりに、ただただ困惑していた。

「……あのぉ、誰かと間違えてませんか?」

 かき混ぜ棒を握り締めながら、少女は恐る恐る問いかける。

「私は、メイベルとかいう名前じゃないんですけど……そもそもどちら様で?」

 少女はブリジットに対し、完全に怯えている。
 無理もないだろう。彼女からしてみれば、いきなり乗り込んできて知らない名前を呼びながら一方的に怒鳴りつける――それ以外の何物でもないのだから。
 それでも彼女は、なんとか冷静さを振り絞っていた。
 怯えているだけでは話にならない。きっと相手は誤解をしている。それを分かってもらうべく、弁明しなければと思っていた。
 しかし――

「いい加減にしな! それ以上ごねるようなら、あたしも本気で怒るよ!」

 ブリジットは聞く耳を持たなかった。再び怒鳴り散らされ、少女は驚くとともに困惑する。一体どうすればいいのだろうかと。
 一方のブリジットは、失望したと言わんばかりに、視線を逸らしながら俯いた。

「流石のアンタも、変装してまで逃げようとするとは思っていなかったよ。お願いだからこれ以上は止めてよ! あたしを本気でガッカリさせないで!」

 顔を上げて必死に訴えるブリジット。その目には涙が浮かんでおり、彼女が本気なのだということは分かる。
 しかし残念ながら、目の前の少女に望む効果は得られていない。
 ブリジットはそれに全く気づくこともなく、更に続ける。

「しかもよりによって、神聖な森の賢者様のお住まいでこんなことを……いくらなんでも場をわきまえなきゃダメでしょ! そんなことも分からないアンタじゃないでしょうが!」
「えっと、あの、その……」

 少女はただ、ひたすら戸惑うことしかできなかった。
 突然現れたエルフ族の少女は、間違いなく自分に対して怒っている。誰かと間違えていることは明白だが、何を言ったところで、彼女がちゃんと正しく聞き入れてくれるとは思えない。
 そんな少女の予想は、残念ながら大当たりだと言わざるを得ない。
 現に彼女は、少女の弁明を待つことなく、素早くガッと腕を強く掴んできた。

「とにかく行くよメイベル! セシィーやユグラシア様にも謝りなさい!」
「いや、だから私は――」

 少女が何かを告げようと試みた瞬間、ブリジットは鋭い視線を向けてきた。

「いいから! さっさと来る!!」
「ちょ、ちょっとぉー!」

 ブリジットに無理やり腕を引っ張られ、少女は情けない声とともに、そのまま部屋から連れ出されてしまうのだった。
 かきまぜ棒が手から離れ、からぁんという音を鳴らす。その音がどこまでも空しさを感じさせる中、少女は無理やり長い廊下を歩かされるのだった。
 その間、ずっと無言である。
 少女は何かの間違いではと言いたかったのだが、ブリジットの気迫に負け、何も言葉を発することができなかった。
 そして二人は、表の出口に通じる廊下に差し掛かった。
 すると――

「あっ、ブリジット!」

 角からセシィーが現れた。もう一人の親友の姿を見て、ブリジットは安心したような笑みを浮かべる。

「セシィー。ちょうど良かった。あたし、さっき――」

 メイベルを見つけたと、ブリジットはセシィーに伝えようとした。証拠として連れてきた少女を前に差し出すべく、掴んでいた腕を引っ張ろうとしながら。
 しかしその前に、セシィーが満面の笑みを浮かべてくる。

「聞いてください! わたくしが向こうで、メイベルを見つけましたよ!」
「――えっ?」

 笑顔でそう告げられ、ブリジットは目を丸くする。

(ちょ、ちょっと待ってよ……メイベルを見つけたってどーゆーこと? あたしが今しがた見つけたんじゃなかったの!?)

 そんな疑問が渦巻く中、セシィーの後ろから一人の少女が姿を見せた。

「ゴメンなさい、ブリジット。ついはしゃぎ過ぎてしまったの。後でユグラシア様にもちゃんと謝るから」
「メイベルも反省していることだし、これ以上は言わないであげましょう。折角の楽しい修学旅行を、嫌な気持ちで終わらせたくはないですからね」

 謝罪の言葉に続いて、セシィーがブリジットを落ち着かせようと語り掛ける。
 しかしブリジットの心は、かき乱されるばかりであった。

(えっ? 何で……いやだって、えぇっ?)

 ブリジットは改めて、セシィーの隣にいる少女の姿に注目する。
 ヴァルフェミオンの制服に身を包み、エメラルドグリーンのポニーテール。そして自分がよく知っている強い魔力。
 間違いなくメイベルだ――ブリジットはそう判断した。
 それについては何の文句もない。メイベルが無事に見つかり、なおかつ神殿に迷惑が掛かってないのだから、尚更だと言える。
 それとは別に、問題が一つあった。
 ブリジットは恐る恐る、ここまで引っ張ってきた少女のほうを振り向く。
 確かに髪の毛の色や背格好は殆ど同じだ。謎に思える部分も確かにあるが、どう見ても親友ではないことぐらい、少し冷静になれば分かるレベルだ。

「そんな……それじゃあ、あたしは……」

 ブリジットはようやく気づいた。自分が盛大な勘違いをしてしまったことを。冷静さを失っていたが故に、無関係の少女を巻き込んでしまったことを。

「あ、ああ……」

 体を震わせ、表情を青ざめさせ、ブリジットは掴んでいた腕をそっと放す。
 そして――

「す、すみませんでしたあぁーーっ!!」

 そのまま少女ことアリシアに向けて、勢いよく土下座をするのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトのなかで僕だけ異世界転移に耐えられずアンデッドになってしまったようです。

大前野 誠也
ファンタジー
ー  子供頃から体の弱かった主人公は、ある日突然クラスメイトたちと異世界に召喚されてしまう。  しかし主人公はその召喚の衝撃に耐えきれず絶命してしまった。  異世界人は世界を渡る時にスキルという力を授かるのだが、主人公のクラスメイトである灰田亜紀のスキルは死者をアンデッドに変えてしまうスキルだった。  そのスキルの力で主人公はアンデッドとして蘇ったのだが、灰田亜紀ともども追放されてしまう。  追放された森で2人がであったのは――

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界転移は分解で作成チート

キセル
ファンタジー
 黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。  そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。  ※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。  1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。  よろしければお気に入り登録お願いします。  あ、小説用のTwitter垢作りました。  @W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。  ………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。  ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜

上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】  普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。 (しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます) 【キャラクター】 マヤ ・主人公(元は如月真也という名前の男) ・銀髪翠眼の少女 ・魔物使い マッシュ ・しゃべるうさぎ ・もふもふ ・高位の魔物らしい オリガ ・ダークエルフ ・黒髪金眼で褐色肌 ・魔力と魔法がすごい 【作者から】 毎日投稿を目指してがんばります。 わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも? それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。

幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。 それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。 唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。 なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。 理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!

処理中です...