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第一章 色無しの魔物使い
023 行き倒れの赤いスライム
しおりを挟む森の朝はとても涼しく、より空気も澄んでいる。それでいて日差しはとても暖かくて気持ちよく、散歩をするにはピッタリの環境とも言えていた。
川へ水を汲みに出かけるマキトとラティも、その心地良い空気を吸い込む。
通りすがりのスライムやホーンラビットに挨拶しつつ、川を目指す彼らの姿は、もはや日常と化していたのだった。
「んー♪ いいお天気なのです。実にのどかなのですぅー♪」
フワフワ飛びながら思いっきり腕を突き上げるラティ。木のバケツを持って隣を歩くマキトは、思わず苦笑してしまう。
「随分とご機嫌だな」
「マスターと一緒だから尚更なのですっ!」
「はは、そーかい」
マキトも特に深く追及はしない。ラティがそうしたいからそうしている――それが分かれば十分だろうと思っているのだ。
そもそも、そこまで興味を持っていないというのも大きい。ラティと一緒にいたいという気持ちこそ強いが、ラティの――正確には妖精という存在そのものを、深いところまで知ろうという意識は殆どないのである。
そんなマキトのドライな部分に、ラティは救われていた。
もっともこれは、最初から薄々感づいている部分でもあったのだ。
マキトは他のヒトとは、明らかに何かが違う。それは実際に出会った際にも表れていることだった。
ヒトは妖精を見たら、目をギラギラさせる。
希少価値が高い魔物の宿命でもあり、ラティも最初からそういうものだと、諦めに等しい気持ちで過ごしていた。
しかし、マキトはそうではなかった。
珍しい存在を見てワクワクする純粋な目が、逆にラティを惹きつけた。ヒトよりも強い本能が、マキトと他のヒトとの決定的な違いを見抜いており、だからこそ自らテイムされるまでに至った。
思い返してみれば、浅はかな部分も多かっただろう。しかしラティは全く後悔していない。仮に見誤っていたとしても、それはそれで構わないと。
そこに細かい理屈も存在しない。ラティがそう思ったからそうしている。
ただ、それだけの話だった。
「にしても、最近なんか静かだよなぁ」
歩きながらマキトが呟くように言った。
「誰かにチョッカイかけられることも全然ないし」
「そーですねぇ」
ラティも笑顔で頷く。確かにここ数日はとても平和な時間が流れていた。
「そういえば、昨日魔物さんたちが話していたのですけど――」
「んー?」
「この森から男の子が一人、こっそりと出て行ったらしいのですよ」
「……男の子?」
「前に、マスターをからかっていた男の子だったとか……」
「俺を?」
マキトは歩きながら考えてみる。思い浮かぶとしたら、一人しか出てこない。
「レスリーのことかな?」
「確かこの前、ドラゴンさんの炎にやられてた男の子でしたよね?」
「あぁ」
数日前の一件をマキトは思い出す。あれは手酷くやられていたなぁと、少しだけ笑いがこみ上げてきてしまった。
「そういえばあれから、アイツの姿を見てない気がする」
「やっぱり、出ていったのは……」
「アイツかもしれないな」
タイミング的にも可能性は高いとマキトは思う。しかしその表情は、どこまでも平然としていた。
「ま、それならそれで、どうでもいいさ」
「ですね。別に興味もないですし」
「そーゆーこと」
あっけらかんと笑い合うマキトとラティ。彼らの中ではもう、レスリーのことなど気にも留めていなかった。
もはや記憶から完全に消えてしまうのも時間の問題だろう。
「そういえば、森の魔物たちのほうはどうなんだろ?」
「最近は至って何事もない感じなのです」
そしてマキトたちは、すぐさま話題を切り替えた。心なしかさっきよりも、互いに興味深そうな口調ではあるが、恐らく気のせいなどではない。
「まぁ、小さなケンカとかは、少々あるみたいなのですけど」
「それは仕方ないだろ。あーゆー血の気が多いのを見ると、やっぱり魔物なんだなぁって思うよ」
「同感なのです」
「ラティも似たような……ってゆーか、同じ存在だからな?」
「ふや?」
そんなやり取りを交わしながら、マキトとラティは河原へ向かう。
するとその途中――
「――ピィ」
確かにそれは聞こえた。か細い鳴き声を拾ったマキトは、ピタッと立ち止まる。
「マスター?」
ラティも停止しながら呼びかけるが、マキトは無言で周囲を観察する。
「いや、今何か声が……」
「ピィー」
「…………」
またしても聞こえた。今度はラティの耳にも届いており、マキトと顔を見合わせながら目を見開く。
「今の、どっちから聞こえた?」
「えっとえっと……こっちからなのです!」
ラティが先導して飛び出し、マキトもそれに続いて駆け出していく。
程なくして彼らはその場所に辿り着いた。
「コイツは……」
プルプルと小刻みに震えながら、木の陰でうずくまるスライムがそこにいた。
真っ赤な体の色をしており、それだけでも普通の個体とは大きく違うように見えてならなかった。
「このへんじゃ見かけないスライムさんなのです」
「体の色が違うけど」
「それ自体は不思議じゃないのです。育った環境によって、スライムさんの色は異なってくるらしいのですけど……」
ラティは解説しつつも、悩ましそうに首をかしげる。
「この森でこんな真っ赤っかなスライムさんは、初めて見るのですよ」
「へぇー」
生返事をしつつ、マキトは赤いスライムの様子を伺う。具合が悪そうであるが、体に傷などは全く見られない。
風邪か何かだろうか――そう思った時だった。
――ぐううぅぅぅ!
なんとも間抜けな音が響き渡る。それと同時に、赤いスライムの口元がピクッとわずかに動き出した。
「ピ、ピィー」
「あぁ、そーゆーことでしたか」
スライムの声を聞き取ったらしく、ラティがため息をついた。
「この子、どうやらお腹空いてるみたいなのです」
「……それだけ?」
「それだけみたいなのです」
なんとも大したことがない理由であった。しかし赤いスライムの様子からして、かなり深刻な問題であることも、マキトたちはなんとなく理解できた。
どちらにしても、放っておくことはできないと。
「……連れて帰るか」
「そうですね」
ラティと意見が一致したマキトは、迷うことなくスライムを抱きかかえる。そして来た道を、急いで引き返していくのだった。
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