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第一章 色無しの魔物使い

014 ドラゴンライダーのディオン

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「改めて、俺は魔人族のディオンという冒険者だ。よろしくな」

 ディオンがマキトに向けて手を差し出した。

「あ、えっと……俺はマキト、です。魔物使いだそうです」

 マキトがたどたどしい口調で自己紹介をしながら、ディオンと握手を交わす。色々とやり慣れてない感が滲み出ていた。
 そんな彼の言葉に、ディオンも思わず吹き出してしまう。

「フフッ、なんだよその『だそうです』ってのは?」
「こないだ分かったばかりなんで」
「あ、そうだったのか。まぁ気持ちは分からんでもないわな」

 予想外の適性が判明するなどで、戸惑う子供たちは珍しくない。恐らくマキトもそんな感じなのだろうと、ディオンは勝手に解釈した。

「それはともかく――失礼ながら、さっきの件を見させてもらっていたよ」

 話を切り替えがてらディオンが切り出した。

「あのダリルとか言う魔物使いの青年がやっていたことは、明らかな脅しだった。流石に見過ごせないと思って加勢しようとしたら……まさか相手の魔物のほうから動き出すとは思わなんだ」
「確かに、アレには驚いたのです」

 ディオンの言葉にラティも同意する。そして改めて彼を睨みつけた。

「まさかとは思うのですけど、あなたはさっきの人のお仲間さんなのですか?」
「あー違う違う。断じてそんなんじゃないよ」

 手をヒラヒラと振りながらディオンは苦笑する。

「この近くに知り合いがいてな。そこに向かう途中、森の魔物たちが意気揚々とこっちに向かってんのを見かけたもんだから、気になって寄り道がてら足を運んでみたまでのことさ」
「……そうだったのですね。疑ってゴメンなさいなのです」
「気にするな。警戒するのは当然のことだ」

 そんなやり取りを見ていたマキトは、ラティに対して少し顔をしかめていた。
 それはそれであっさりと信用し過ぎではないかと。
 しかしながら、マキトは思った。
 このディオンという男は、なんとなく敵だという感じがしないと。
 特に確証はないが、何故かそう思えてならない。疑おうとすればするほど、この人はそうじゃないよという声が、どこからか聞こえてくる気がするのだ。
 さっきのダリルに対しては明らかな嫌悪感を抱いたが、目の前のディオンからはそれが全く感じられないというのもある。
 それもあって、マキトは戸惑わずにはいられないのだった。
 ちなみにディオンもディオンで、マキトに対して思う部分はあった。
 マキト自身は全くもって気づいていないが、ディオンに対して警戒心を抱いていたのである。それ自体は別に不思議でもなんでもないのだが、マキトの場合は、人見知り以前に獣っぽい――なんとなくそう思えたのだ。
 もっともそれはそれで、あながち間違いとも言い切れなかったが。

「まぁ、とにかくだ――」

 ディオンは改めて話し始めた。

「俺もこれまでにたくさんの魔物使いを見てきたが、魔物が自ら見限ったパターンは初めて見たんだ。そりゃ確かに、主人のいじめに耐えかねて姿を消す魔物も少なくはないが、大体は人知れずこっそり姿を消すことが基本だ。今回みたいな堂々と抜けちまうってケースは、俺も見たことがない」

 恐らくそれは本当のことなのだろうとマキトは思った。ディオンの口振りからして嘘は感じられない。
 それ故に、マキトは疑問を浮かべていた。

「……酷い目にあってたら、むしろ逃げても仕方ないんじゃ?」
「普通に考えればな。しかしそれがテイムされていたとなれば話は別だ。俺も理屈はよく分からないんだが、テイムするってのは、単に形だけの問題ではないってことらしいんだわ」
「あ、それなら私も聞いたことがあります」

 アリシアが軽く手を挙げてきた。

「それだけ、魔物使いとテイムされた魔物との繋がりは、特別らしいですね」
「あぁ。だからこそさっきみたいな例は、とても珍しいと言えてくる」

 そう言いながらディオンは、改めてマキトに視線を向けた。それも興味深そうな笑みを浮かべて。

「俺にはその秘密が、どうもマキト君にありそうな気がするんだ」
「えっ、俺?」

 まさか自分に矛先が向けられるとは思わず、マキトは大いに戸惑ってしまう。その時のことを思い返してみるが――やはり何も浮かばない。

「ラティ。俺さっき何かしたっけ?」
「あのシツレーな男に、わたしを手放さないと言ってくれたのです♪」
「あぁ、うん。そうだったな」

 聞きたいのはそこじゃないと言わんばかりに、マキトはサラッと流した。

「うーん……心当たりが全然ないんだけど」
「じゃあ聞くけど、その森の魔物たちに凄く懐かれているのは?」

 ディオンがマキトの足元に注目する。ダリルが去ってから、再びスライムなどが集まり出している状態であった。
 そんな魔物たちを軽く見下ろしながら、マキトはきょとんとする。

「魔物使いなら、これぐらいフツーなのかなって……」
「いや、多分それは違うと思うぞ。たとえ魔物と心を通わせられると言っても、あそこまで魔物から自然と懐いてくる事例は、それこそ見たことがない」
「確かに」

 ディオンの言葉にアリシアも同意する。とりあえずアリシアも、気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねぇ、マキト。ちなみにだけど、そうやって懐かれるのは、昔からなの?」
「えーっと……うん。小さい頃からフツーにあったね。狂暴な動物も、俺が近づいたら一瞬で大人しくなったりとかしてたよ」

 思い出しながらマキトは答える。それに対してアリシアはやっぱりかと言わんばかりに顔をしかめるが、それに気づくことなくマキトは小さな笑みを浮かべた。

「そうそう、確か五歳くらいの頃だったかな? 飼い主にさえギャンギャン吠える犬がいたんだけど、どーゆーワケか俺には大人しくて、しかも自分から近付いて俺の顔をペロペロ舐めてきたりしたんだ。あれはホント可愛かったなぁ」
「……あぁ、そう」

 アリシアは表情を引きつらせながら頷き、そして改めて感じたことがあった。

「きっとその頃からマキトは、魔物使いとしての才能を発揮させてたのね。ラティをテイムした時にもなんとなく思ったことだけど、マキトは魔物使いの中でも類稀なる存在な気がするわ」
「うむ。それは言えてるだろうな」

 アリシアの言葉に、ディオンも腕を組みながら深く頷いた。

「特にマキト君の場合は、妖精をテイムしたという実績を出している。もはやそれだけでも凄いことだ」
「えっと、そう言われても……」

 マキトは悩ましげにラティを見る。正直な話、全くもって実感がなかった。妖精をテイムするというのが、そんなに凄いことなのかと。
 その一方で、ラティ自身もよく分かっていない部分はあった。
 そもそも妖精からしてみれば、ヒトという生き物ほど怖い存在はない。
 金になる希少価値の高い存在として、妖精や霊獣などの珍しい魔物を狙ってくる魔の手は多い。それは今も昔も全く変わっていないと言える。
 ラティも他の魔物たちから、それとなく教えられてきたのだった。
 なのに何故、自分はすぐにマキトを信用したのか。
 思えば観察し出した時点で、この人は大丈夫だという気持ちを抱いていたような気がする。それ自体にはラティも大いに納得できるのだが、どうしてと言われると答えられる自信が全くない。

「――まぁ、今は深く気にしなくてもいいだろう。すまなかったな。どうやら変なことを言い出してしまったようだ」

 ディオンは明るく言って、強引に話題を締めくくった。マキトたちが口を開こうとするその前に、次の話題を切り出していく。

「よし、折角こうして出会えた記念だ。キミたちに俺の相棒を見せてやるよ」

 ディオンがそう言うと、アリシアが目を見開いた。

「相棒って、もしかして……」
「あぁ、ドラゴンさ」
「ドラゴン!?」

 アリシアが目を輝かせながら声を上げる。そんな彼女のはしゃぐ姿を、マキトはきょとんとした表情で見上げた。

「それって、そんなに凄いヤツなのか?」
「滅多に見られない魔物よ。誰かが従えてるのなんて尚更ね!」
「へぇー」

 あからさまに意味の分かっていない生返事をした瞬間、マキトの傍からスライムが離れていった。

「ポヨポヨッ、ポヨポヨポヨー」
「え? スライムさん、今回は一緒に行かないのですか?」

 ラティが驚きながら問いかけると、スライムがポヨポヨと鳴き声で説明する。それを黙って聞き終えたラティが、マキトのほうに振り向いた。

「ドラゴンが怖いから遠慮する――だそうなのです」
「あはは、そうか。まぁ無理強いはしないさ」

 苦笑しながらディオンが受け入れる。マキトやアリシアも、分かったよという意味を込めて笑みを浮かべた。

「それじゃあ、早速広場へ行こうか」

 ディオンが先頭となり、マキトやラティ、そしてアリシアを伴って歩き出す。
 流石に森の魔物たちまで連れていくわけにはいかず、その場でお別れとなった。その際にマキトたちに対し、手を振ったり鳴き声で別れを告げてくる姿が、アリシアやディオンにとっては新鮮でならなかった。
 ついでに言うと――

「またなー!」
「バイバイなのですー!」

 ラティはともかくとして、マキトも平然と笑顔で魔物たちに向かって手を振っている姿に対し、やはり苦笑が浮かんできてしまう。
 マキトらしい――もはやその一言だけで、アリシアは済ませていた。
 あーだこーだ理屈を求めるよりも、開き直って受け入れたほうが楽であると、そう思ったのである。
 先頭を歩くディオンもまた、同じような気持ちを抱いていた。
 彼と相棒を会わせたらどうなるのか――それが妙に楽しみで仕方がない。
 そんなことを考えながら森を歩いていき、程なくして広場に待機させていたドラゴンの元へとたどり着く。

「あそこだ」

 ディオンが指をさした先には、丸まって寝そべる大きな青いドラゴンがいた。そしてその周りには、ドラゴンを一目見ようと駆けつけた冒険者や、森で暮らしている人たちがたくさん集まっていた。

「あっ、ディオンさんが戻ってきたっ!」

 冒険者の一人が気づき、それを皮切りに人々が一斉に視線を向けてくる。
 そして皆揃って、我先にとディオンに押し寄せてきたのだった。

「ディオン先輩、俺に是非ともドラゴンライダーについてのご教授を!」
「後輩たちに冒険談を聞かせてやってください!」
「あの、私たちにクエストの極意を、手取り足取り教えて欲しいなーとか……」
「折角こうして来てくれたんだ。是非とも長期滞在について話を――」

 なんとかしてディオンに取り入ろうと、躍起になって話しかけている。それだけ彼が有名人であることを、如実に表していた。
 あっという間に囲まれてしまい、ディオンは困ったような笑みを浮かべる。

(参ったなぁ。せめてマキト君たちを……おや?)

 チラリと後ろを振り返ると、そこにいたのはアリシアだけだった。マキトとラティの姿が見えない。
 アリシアもそれに気づいたらしく、慌てて周囲を見渡してみると――

「おい、なんで【色無し】ヤロウがここにいるんだよ!?」

 少年らしき怒鳴り声が聞こえてきたのだった。

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