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22 妹、現る

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 神坂莉子――今年で二十一歳を迎え、猫太朗とは七歳違いだという。
 両親のどちらかが違うということはなく、紛れもなく猫太朗とは血の繋がった兄妹であることは確かであった。しかしそれを知ったのもつい最近のことであり、明かされた時はとても驚いたと莉子は話す。

「えっと……莉子さん、で良かったんでしたっけ?」
「莉子でいいですよ。私もできれば、兄さんとでも呼びたいんですけど……」
「――あぁ、構わないよ。ならお互いに、敬語もなしということで」

 そう言いながら猫太朗は、莉子の座るカウンター席に、淹れたてのコーヒーをそっと置いた。

「どうぞ。僕からのサービスね」
「ありがとう、兄さん」

 備え付けの砂糖もミルクも使わず、ブラックのまま莉子は一口飲む。そして喉を動かした直後、長い息を吐いた。

「美味しい――なんかすっごい落ち着くわぁ」
「それはなによりで」

 素直な感想が嬉しかったのか、猫太朗はニカッと笑う。そんな二人の光景を、めいは頬杖を突きながら物珍しそうな表情で見ていた。

(兄妹か……確かになんとなく似ている感じはしてたけどねぇ……)

 クロベエとマシロも、興味深そうに莉子に近づいているあたり、なんとなく血の繋がりを感じる。
 そんな彼女の視線に気づいた莉子が、兄に問いかけた。

「ねぇ、兄さん。あの人って……」
「そうそう。こっちも紹介しておかなきゃだったな」

 猫太朗はカウンター席の隅っこに座っている同居人に、軽く手をかざす。

「こちらは西園寺めいさん。訳あって今、ウチに住んでるんだ」
「えぇっ! それって同棲じゃない! 二人って、そーゆー関係だったの?」
「あぁ、いやいや、だからちょっとした理由があるんだって」

 大いに驚く莉子に対し、猫太朗は苦笑しながら宥める。そしてめいに視線だけで尋ねてみた。事情を話してもいいかと。
 めいもそれを悟り、お願いしますの意味を込めて頷きを返した。
 改めて猫太朗はめいの事情を簡単に語る。最初は戸惑っていた莉子も、聞き終える頃には神妙な表情を浮かべていた。

「――なるほど。そーゆーことだったのね」

 コーヒーを一口すすりながら、納得の頷きをする。そして莉子は体ごと、めいのほうを向いた。

「めいさん、とお呼びしてもいいですか? すみませんでした、騒いでしまって」
「いえ。こちらこそ、混乱させるようなことになって、ゴメンなさい」

 お互いに頭を下げ合い、小さな笑みを示す。そこに固い雰囲気はなかった。

「倒れて入院しちゃうなんて、相当な感じですよね。私が言うのもなんですけど、そんなときはゆっくり休むべきですよ」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」
「そうだ。めいさんも私のことを、遠慮なく『莉子』って呼んでください」
「分かったわ、莉子さん。これからよろしくね」
「はい。こちらこそ、めいさん」

 莉子とめいが笑顔で握手を交わす。確かな友情が生まれた瞬間であった。
 ここで早速、めいは気になっていたことを莉子に尋ねる。

「ところで莉子さんは、今は大学生かしら?」

 それは、何気ない質問であった。年齢的に大学四年に差し掛かり、就職活動に全力を捧げる時期ではないかと――そう思ったのだった。
 しかし莉子は、それに対して苦笑を浮かべる。

「あー、実は私……大学行ってないんです。ただのフリーター的な感じで」

 頬を軽く掻きながら、照れくさそうな表情で莉子は語る。

「両親とはずっと不仲でした。高校卒業して家を飛び出して、最初は友達の家に転がり込んでたんです。今はちゃんとアパートを借りて、バイトしながら一人暮らしはしてますけど」
「……そうだったのね。ゴメンなさい、変なことを聞いてしまったわね」
「いえ、気にしないでください。私のことを話すとなると、どうしても避けては通れない感じですから」

 申し訳なさそうにするめいに対し、莉子は気さくに笑いかける。無理をしている様子はなく、本当に心から気にしていないようであった。

「まぁ、でも正確に言えば――」

 しかしながら、思うところもあるらしく、莉子の笑みは少し暗くなる。

「不仲だったのは父親だけで、母親とは不仲以前の問題だったんですけどね」
「ん? 何があったの?」

 猫太朗が問いかけてくる。自分の両親でもあるため、純粋に気になったのだ。
 すると莉子は俯きながら明かす。

「私の母は――私が小学生だった時に、自ら命を捨ててしまったんです」


 ◇ ◇ ◇


 思えば両親の仲も、良好だったとは言えなかった。少なくとも莉子の記憶上、二人が心から仲良く笑い合っている姿を、見たことはなかった。
 当の本人たちは、親として子供の前では笑顔でいようとしていたらしい。
 だが子供はちゃんと大人を見ているものだ。
 莉子も決して例外ではなく、両親の笑顔が作り物であることを、幼い頃から早々に見抜いていたのだった。

「――私はそれに対して、何の文句も言いませんでした。物心つく前からそうだったせいなのか、むしろそれが当たり前だと思ってたくらいなんです」

 頬杖を突きながら笑う莉子。どこか自虐的なのは、自分に対してなのか両親に対してなのか。
 黙って聞いている猫太朗やめいには、想像すらできなかった。

「父は必死に、母の心からの笑顔を引き出そうとしてました。でも母は、笑おうとすればするほど泣きそうな顔をするばかりでした」

 そして莉子は、視線を猫太朗に向ける。

「兄さんと離れ離れになったことを、ずっと気にしてたんだよ。なんで自分は猫アレルギーなんか持って生まれてきちゃったのか、ってね」
「……そう、だったのか」

 まさかの事実に、猫太朗は驚きを隠せなかった。めいも同じくであり、目を見開きながら莉子を凝視している。
 クロベエやマシロも気になっているのか、三人の間を動き回っていた。
 すると莉子が、近づいてきたクロベエに手を伸ばし、そのまま慣れた手つきで抱きかかえる。

「私も見てのとーり、猫に懐かれやすい感じなんだ。両親……特に父からは、神坂の血は伊達じゃないって言われたよ。とっても皮肉な感じでね」

 クロベエの背中を撫でながら、莉子は苦笑する。

「それでも私は、黙っていても猫を引き寄せるほどではなかった。それが幸いして両親と暮らすことはできていたけど……今となっては、間接的に母を追い詰めてたのかなって、ちょっと思ってる」

 子が親を見ているように、親もなんだかんだで子を見ているものだ。隠れて猫と遊ぶ娘の姿を、母は見ていたのかもしれない。
 ましてや当時は、十歳にも満たない子供の行動だ。親からすれば、バレバレもいいところだったのだろう。
 正直、上手くできる方法なんてなかった――色々な意味で笑えてすらくる。

「それでその……お母さまがお亡くなりになられたというのは……」
「えぇ。ある朝のことでした」

 遠慮がちに尋ねるめいに対し、莉子はあっさりと頷きながら語り出す。

「いつものように起きて、パジャマを着替えて、朝ごはんを食べようとリビングに下りたら……父が息絶えている母を抱きしめながら、号泣してました」

 状況からして、首を吊ったのだろうと莉子は予測した。救急隊員に加えて警察まで駆けつけ、色々と話をしたのは、今でも鮮明に記憶に残っている。
 お巡りさんって、こんなに凄いオーラがあるんだ――母を亡くした直後なのに、呑気なことを考えていたのもいい思い出だ。
 正直こればかりは、人に言えるものでもないため、明かしてはいないが。

「あんなに気が動転していた父を見たのは、初めてだったと思います」
「……そりゃ無理もないよ。突然のことだったんだろ?」
「うん。前の日も、普通に家族で一緒に晩ごはん食べてたから、余計にね」

 クロベエが撫でられるのに飽きたのか、莉子の膝元から降りた。温もりが消えて少し寂しく思う莉子だったが、とりあえずそのまま話を続けることにする。

「母の葬儀が終わると、父はすぐに仕事に戻りました。意外と淡々としていて、私も含めて周りはかなり驚いてましたね」
「へぇ、結構割り切りが良かったってことか」
「……そう思ってたんだけどね」

 猫太朗の問いかけに、莉子は割と大きめのため息をついた。

「私はすぐに気づいたよ。父はもう、おかしくなりっぱなしだったってことが」

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