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最終章 風の魔女
5-7 迎撃と進撃
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「以上が、東大陸侵攻作戦の進捗です」
宰相グリーズを始めとした高官達が居並ぶ中で侵攻作戦の状況報告を終えたミラー中将は顔を伏せたまま背中に嫌な汗をかいていた。
先のイーチ攻略戦で帰らぬ人となったカール中将の後任として中将に任命されたこの若き軍人は、まだ三十歳であり、軍部の高官としては異例の平民出身である。
剣一筋に生き、己の腕のみで昇進してきたが平民出身では少将まで出世しただけでも異例中の異例であったためにそれ以上の昇進は望めなかった。
本人も格別出世欲があったわけではないために満足していたが、弱体化してしまったセルアンデ王国軍にあって兵を率いる実力の持ち主がミラーぐらいしかいなくなってしまった。
鉱山の街を総督しているクラウスラーが王都にいれば或いは彼が中将に抜擢されたかも知れないが、エリックとの繋がりについて王の疑いを持たれているクラウスラーを登用しようなどと言い出す者はおらず、ほぼ満場一致でミラーが指名された。
叙任早々に軍の立て直しに尽力していたミラーだったが、ある日突然に宰相から兵力の増強を言い渡され、どこから用意したのかというほどの兵力を与えられた。同時に唐突な東大陸への侵攻作戦の総指揮を任される。
何故、東の大陸に侵攻しなければならないのか。
疑問を感じないわけではなかったが、一介の軍人が王の意向に異を唱えるなど到底許されないことである。
現場の最高責任者として粛々と任務を遂行するだけだ。
宰相達の立てた大筋の作戦を具体化してまずは東の小領主達の街を支配下に置く。
抵抗らしい抵抗もなく順調に占領は進んだが、最後の東端の街ティーバでは領主と数名の住民を海に逃してしまった。
だが作戦に支障はなく、大型船の建造も滞りなく完了して第一陣の占領軍を送り出した。
事態がおかしくなってきたのはそこからで、いつまで待っても船が戻ってこない。
遠距離の連絡を取り合う魔道具まで貸し与えられていたにも関わらず、こちらからいくら呼びかけても応答は無かった。
嵐やその他の事故があったにせよ、一隻も戻ってこないなどということがあるのだろうか。
「そりゃあ外洋では何が起こるかわかりませんでさあ」
ティーバの領民に問い質せばそんな答えが返ってくる。
帰港予定から一ヶ月が過ぎた所でミラーは決断し、次の船の建造にとりかかった。
先発隊の捜索と第二陣の派兵のための艦隊である。
現在はその第二陣を送り出した時点での報告であった。
「やはり、平民上がりではこの程度か。王より新たな精兵を与えられ、貴重な魔道具まで有していながらこの有様では……。第二陣の成否によっては、降格も考えておかねばならんな」
宰相のグリーズは蔑むような視線をミラーに投げつける。
「申し訳……ありません」
「ふん、謝るなら大道芸の猿でも出来るわ」
謁見の間にミラーの味方は一人もいなかった。
凍ったような空気が何分続いただろうか。
「宰相閣下、急報の伝令が参っております」
扉の番兵の一人がやってきてグリーズにそっと耳打ちする。ミラーは、この場を終わらせてくれそうなその急報とやらに心から感謝した。
「通せ」
「はっ」
案内されてきた伝令兵は普段入室したことのない謁見の間に居並ぶ高官達を前に気圧されたようであったが、なんとか気を取り直して敬礼したのち報告する。
「北方、旧イーチ領との境界にある砦からの急使であります! 北方より魔物の混成軍が南下、完全な奇襲により砦は陥落寸前、王都におかれましては救援御無用の上、至急防衛体制を整えられたし。とのことであります!」
内容を聞いた高官達が一様にざわめく。
「魔物だと!? 北の魔女は討伐されたのではないのか!」
「数はどれほどなのだ! 数は!」
「奇襲を受けるなど、砦に詰めていた守備隊は無能揃いか!」
「もしやこのところ続いていた周辺の街や村の民が全ていなくなるという事件もその魔物どもの仕業だったのかもしれんな」
イーチが滅んだ後、北からの脅威はないとして守りを最低限にすると決めたのはここに居並ぶ高官たちである。
無能と言うなら正に自分たちのことだろう、とミラーは心の中で毒づく。
「数については詳細は不明、ただし奇襲を受けた時点で魔物の総数はおよそ五百はくだらないという報告です」
伝令している本人もその内容に青くなりながら、なんとか震える声を抑えて報告を続ける。
砦に常駐させていた兵は百人を下回る程度だったはずだ。いくら堅牢な砦にいるといっても五倍もの魔物が襲ってきたのではひとたまりもないだろう。
むしろ急を告げるためによくぞ王都まで来れたものだと、その兵を褒めてやりたいとミラーは思った。
「ミラーよ」
グリーズは跪いて顔を伏せたままのミラーに冷たい声をかけた。
「はっ」
「東征の不手際については不問に付す、至急北方の守りに向かえ。兵の編成などについては貴様に一任する。次はぬかるなよ」
「承りました。多大な温情に感謝申し上げます」
謁見の間を辞したミラーは無駄に広い王城の通路をやや乱暴に歩きながら心の中で悪態をつく。
(なにが一任する、だ。ガイゼー様なら、電光石火で情報を集め、それに見合う兵の編成や有効と思われる作戦立案までを瞬時に行われた。あの方の下で振るう剣には意味があった。グリーズは恐らくどうすればいいかもわかっておらぬのだろう)
いつからこの国はこうなってしまったのだろうか。
知れたことだ。エレノアが亡くなり、ニコル王の治世になってから下り坂を転げ落ちるように悪化していった。
噂では鉱山の街に任務で向かったエリックも討ち死にし、宰相だったガイゼーも王への反逆の罪で投獄されてしまった。
もはやミラーでなくともこの国の未来について暗い気持ちを抱かざるを得ないであろう。
しかし、王都を始め周辺の街や村にも多くの民がいる。
このまま魔物の軍勢が押し寄せれば、民が犠牲になる。
高官の誰かが言っていたように、この一年ほどの間に王都周辺の街や村の住民が根こそぎいなくなるという事件が頻発していた。
ずっとその原因がわからずに終いには戒厳令を敷いて人の出入りを制限したりもしているが、ほとんど成果は見られていない。
それが魔物、ひいては魔女の仕業なのだとしたらなんとしても止めなくてはならない。
王国に剣を捧げた軍人として、それを黙ってみているわけにもいかないのがミラーの立場である。
ミラーは副官を呼ぶと防衛作戦を急いで詰め始めた。
──────────────────
「そろそろ行きましょうか。王国軍が王都を進発したみたいですよ」
手頃な大きさの石を建てただけの小さく粗末な墓に手を合わせていたアイルの背中にミュウが声をかける。
「ああ」
アイルはゆっくりと立ち上がり、傍らに置いた剣を取る。
「王国軍とぶつかるのはイーチ攻略戦の時にイーチ軍と戦った場所です。懐かしいでしょう?」
悪戯っぽく笑いながらミュウはいそいそとアイルの左肩によじ登った。
「王都を進発した迎撃部隊は先鋒がおよそ千人。後詰めがあるのかどうかはわからないそうです」
先行して砦を急襲させた魔物たちの数は凡そ五百。それに倍する兵を派遣してくるということは指揮官は無能ではないらしい。
とはいえアイルの顔は浮かない。
「もう、またそんな顔をして。わかりますよ? 誰が指揮を取っているのであれ、セルアンデ王国軍の誰かと戦うのに乗り気じゃないのは。でもティーバに侵略してきたり東の大陸にまで兵を派遣してきているのがあの馬鹿王の指示だとしても、その命令のままに侵攻してきているのは確かなのですから、ダナンやエルタウンが同じような目に合う前に止めたいというのも本音でしょう?」
そんなことはわかっている、とアイルの顔が憮然としたものになる。
「それに、セルアンデ王国を滅ぼそうというだけなら王都に乗り込んでいって私が大規模魔法をちょちょいと使えば簡単なんですからね?」
その言葉に、ダイアとの戦いでイーチの城をめちゃくちゃに破壊したミュウの魔法を思い出し、さらに苦い表情になる。
そんなことをして王都を破壊したとしても誰も喜ばない。
エルのためにはなるべくなら民や街の被害は最低限にしておきたい。
「というわけで、わざわざ引っ張り出した王国軍をまずは軽くひねり潰してあげるとしましょう。どのみち平和になった後は魔物なんて何の使い途も無いんですからどうせならこの戦いで双方に甚大な被害が出るとなおよろしいと考えます」
正直なところ、ミュウがどれだけの魔物を用意しているのかアイルにも見当がつかないのである。
東から連れてきたのは数十体だったはずだが、ダナンの西の森で一気に数が膨らんだ。どうやら元々西の森にはそのまま魔物が大量に残っていたらしく、それをミュウが暴れないように抑えていただけだったそうだ。
ミュウが本気になれば、あっという間にこの大陸ごと支配できるのではないだろうかなどと考えてしまう。
なにせ全ての魔女の力を受け継いでいるのだ。ヘレンがそれぞれの魔女に力を分け与える前の全力の状態と等しいということではないか。
「あ、いま失礼なことを考えましたね。なんですか人を恐ろしい魔女みたいに。私は女神ですから大陸を滅ぼしたりしません。ていうかレナウス湖って想像以上に綺麗でしたね、あんなに澄んだ水をたたえているなんて。大海原も良かったですが、あの美しさには叶いませんね」
己の眼で移りゆく景色を見ることが出来るようになったミュウは行く処行く処で大はしゃぎしていた。
魔物の大群を引き連れてどうやって湖を渡るのかと思えば、一定の範囲を凍らせてそのまま船のように魔物を乗せて氷を移動させたのには閉口したが。
そして氷の魔女ダイアが大陸支配のために温存していた魔物達を北の山脈から呼び出し、今や魔物の混成部隊はアイルには数えきれないほどになっていた。
「ではかねてからの計画通り魔物を二つの部隊に分けます。いま砦周辺をうろついている五百の部隊はそのまま特に私が細かく制御することをせずにそのまま王国軍に突撃させます。連携などしていなくてもそれなりに相手を混乱させることは出来ると思います。その間に二つの本命を左右に分けて挟撃します。これの指揮はあの二人に任せれば大丈夫でしょう。魔物を制御するための魔力は私が供給しますので、二人が指揮を取れば見事な連携を見せてくれるはずです。王国軍は先鋒が崩れれば王都に救援要請をするはずですから、そこで向こうの手の内を見ることができそうですね」
スラスラと作戦説明をするミュウだったが、聞いているのはアイル一人である。
「アイルさんが何を考えているのかわかりますよ。挟撃する本命部隊には相手の兵士をなるべく殺さないように言ってあります。相手の敗色が濃くなったところでアイルさんの出番です。向こうの指揮官を挫けば、士気はだだ下がりでしょうからそれで決着です。それでも抵抗してくる場合は、いつまで生かしておけるかわかりませんけれども」
魔物の軍の指揮を取るのも魔女の眷属なのだ。人に対して手心を加えるにしても限度というものがあるだろう。
願わくば相手の指揮官が話を聞く耳と心を持った人であってほしいと、アイルは切実に思いつつ、老人たちに別れを告げて過疎村を後にした。
宰相グリーズを始めとした高官達が居並ぶ中で侵攻作戦の状況報告を終えたミラー中将は顔を伏せたまま背中に嫌な汗をかいていた。
先のイーチ攻略戦で帰らぬ人となったカール中将の後任として中将に任命されたこの若き軍人は、まだ三十歳であり、軍部の高官としては異例の平民出身である。
剣一筋に生き、己の腕のみで昇進してきたが平民出身では少将まで出世しただけでも異例中の異例であったためにそれ以上の昇進は望めなかった。
本人も格別出世欲があったわけではないために満足していたが、弱体化してしまったセルアンデ王国軍にあって兵を率いる実力の持ち主がミラーぐらいしかいなくなってしまった。
鉱山の街を総督しているクラウスラーが王都にいれば或いは彼が中将に抜擢されたかも知れないが、エリックとの繋がりについて王の疑いを持たれているクラウスラーを登用しようなどと言い出す者はおらず、ほぼ満場一致でミラーが指名された。
叙任早々に軍の立て直しに尽力していたミラーだったが、ある日突然に宰相から兵力の増強を言い渡され、どこから用意したのかというほどの兵力を与えられた。同時に唐突な東大陸への侵攻作戦の総指揮を任される。
何故、東の大陸に侵攻しなければならないのか。
疑問を感じないわけではなかったが、一介の軍人が王の意向に異を唱えるなど到底許されないことである。
現場の最高責任者として粛々と任務を遂行するだけだ。
宰相達の立てた大筋の作戦を具体化してまずは東の小領主達の街を支配下に置く。
抵抗らしい抵抗もなく順調に占領は進んだが、最後の東端の街ティーバでは領主と数名の住民を海に逃してしまった。
だが作戦に支障はなく、大型船の建造も滞りなく完了して第一陣の占領軍を送り出した。
事態がおかしくなってきたのはそこからで、いつまで待っても船が戻ってこない。
遠距離の連絡を取り合う魔道具まで貸し与えられていたにも関わらず、こちらからいくら呼びかけても応答は無かった。
嵐やその他の事故があったにせよ、一隻も戻ってこないなどということがあるのだろうか。
「そりゃあ外洋では何が起こるかわかりませんでさあ」
ティーバの領民に問い質せばそんな答えが返ってくる。
帰港予定から一ヶ月が過ぎた所でミラーは決断し、次の船の建造にとりかかった。
先発隊の捜索と第二陣の派兵のための艦隊である。
現在はその第二陣を送り出した時点での報告であった。
「やはり、平民上がりではこの程度か。王より新たな精兵を与えられ、貴重な魔道具まで有していながらこの有様では……。第二陣の成否によっては、降格も考えておかねばならんな」
宰相のグリーズは蔑むような視線をミラーに投げつける。
「申し訳……ありません」
「ふん、謝るなら大道芸の猿でも出来るわ」
謁見の間にミラーの味方は一人もいなかった。
凍ったような空気が何分続いただろうか。
「宰相閣下、急報の伝令が参っております」
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「通せ」
「はっ」
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「北方、旧イーチ領との境界にある砦からの急使であります! 北方より魔物の混成軍が南下、完全な奇襲により砦は陥落寸前、王都におかれましては救援御無用の上、至急防衛体制を整えられたし。とのことであります!」
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「魔物だと!? 北の魔女は討伐されたのではないのか!」
「数はどれほどなのだ! 数は!」
「奇襲を受けるなど、砦に詰めていた守備隊は無能揃いか!」
「もしやこのところ続いていた周辺の街や村の民が全ていなくなるという事件もその魔物どもの仕業だったのかもしれんな」
イーチが滅んだ後、北からの脅威はないとして守りを最低限にすると決めたのはここに居並ぶ高官たちである。
無能と言うなら正に自分たちのことだろう、とミラーは心の中で毒づく。
「数については詳細は不明、ただし奇襲を受けた時点で魔物の総数はおよそ五百はくだらないという報告です」
伝令している本人もその内容に青くなりながら、なんとか震える声を抑えて報告を続ける。
砦に常駐させていた兵は百人を下回る程度だったはずだ。いくら堅牢な砦にいるといっても五倍もの魔物が襲ってきたのではひとたまりもないだろう。
むしろ急を告げるためによくぞ王都まで来れたものだと、その兵を褒めてやりたいとミラーは思った。
「ミラーよ」
グリーズは跪いて顔を伏せたままのミラーに冷たい声をかけた。
「はっ」
「東征の不手際については不問に付す、至急北方の守りに向かえ。兵の編成などについては貴様に一任する。次はぬかるなよ」
「承りました。多大な温情に感謝申し上げます」
謁見の間を辞したミラーは無駄に広い王城の通路をやや乱暴に歩きながら心の中で悪態をつく。
(なにが一任する、だ。ガイゼー様なら、電光石火で情報を集め、それに見合う兵の編成や有効と思われる作戦立案までを瞬時に行われた。あの方の下で振るう剣には意味があった。グリーズは恐らくどうすればいいかもわかっておらぬのだろう)
いつからこの国はこうなってしまったのだろうか。
知れたことだ。エレノアが亡くなり、ニコル王の治世になってから下り坂を転げ落ちるように悪化していった。
噂では鉱山の街に任務で向かったエリックも討ち死にし、宰相だったガイゼーも王への反逆の罪で投獄されてしまった。
もはやミラーでなくともこの国の未来について暗い気持ちを抱かざるを得ないであろう。
しかし、王都を始め周辺の街や村にも多くの民がいる。
このまま魔物の軍勢が押し寄せれば、民が犠牲になる。
高官の誰かが言っていたように、この一年ほどの間に王都周辺の街や村の住民が根こそぎいなくなるという事件が頻発していた。
ずっとその原因がわからずに終いには戒厳令を敷いて人の出入りを制限したりもしているが、ほとんど成果は見られていない。
それが魔物、ひいては魔女の仕業なのだとしたらなんとしても止めなくてはならない。
王国に剣を捧げた軍人として、それを黙ってみているわけにもいかないのがミラーの立場である。
ミラーは副官を呼ぶと防衛作戦を急いで詰め始めた。
──────────────────
「そろそろ行きましょうか。王国軍が王都を進発したみたいですよ」
手頃な大きさの石を建てただけの小さく粗末な墓に手を合わせていたアイルの背中にミュウが声をかける。
「ああ」
アイルはゆっくりと立ち上がり、傍らに置いた剣を取る。
「王国軍とぶつかるのはイーチ攻略戦の時にイーチ軍と戦った場所です。懐かしいでしょう?」
悪戯っぽく笑いながらミュウはいそいそとアイルの左肩によじ登った。
「王都を進発した迎撃部隊は先鋒がおよそ千人。後詰めがあるのかどうかはわからないそうです」
先行して砦を急襲させた魔物たちの数は凡そ五百。それに倍する兵を派遣してくるということは指揮官は無能ではないらしい。
とはいえアイルの顔は浮かない。
「もう、またそんな顔をして。わかりますよ? 誰が指揮を取っているのであれ、セルアンデ王国軍の誰かと戦うのに乗り気じゃないのは。でもティーバに侵略してきたり東の大陸にまで兵を派遣してきているのがあの馬鹿王の指示だとしても、その命令のままに侵攻してきているのは確かなのですから、ダナンやエルタウンが同じような目に合う前に止めたいというのも本音でしょう?」
そんなことはわかっている、とアイルの顔が憮然としたものになる。
「それに、セルアンデ王国を滅ぼそうというだけなら王都に乗り込んでいって私が大規模魔法をちょちょいと使えば簡単なんですからね?」
その言葉に、ダイアとの戦いでイーチの城をめちゃくちゃに破壊したミュウの魔法を思い出し、さらに苦い表情になる。
そんなことをして王都を破壊したとしても誰も喜ばない。
エルのためにはなるべくなら民や街の被害は最低限にしておきたい。
「というわけで、わざわざ引っ張り出した王国軍をまずは軽くひねり潰してあげるとしましょう。どのみち平和になった後は魔物なんて何の使い途も無いんですからどうせならこの戦いで双方に甚大な被害が出るとなおよろしいと考えます」
正直なところ、ミュウがどれだけの魔物を用意しているのかアイルにも見当がつかないのである。
東から連れてきたのは数十体だったはずだが、ダナンの西の森で一気に数が膨らんだ。どうやら元々西の森にはそのまま魔物が大量に残っていたらしく、それをミュウが暴れないように抑えていただけだったそうだ。
ミュウが本気になれば、あっという間にこの大陸ごと支配できるのではないだろうかなどと考えてしまう。
なにせ全ての魔女の力を受け継いでいるのだ。ヘレンがそれぞれの魔女に力を分け与える前の全力の状態と等しいということではないか。
「あ、いま失礼なことを考えましたね。なんですか人を恐ろしい魔女みたいに。私は女神ですから大陸を滅ぼしたりしません。ていうかレナウス湖って想像以上に綺麗でしたね、あんなに澄んだ水をたたえているなんて。大海原も良かったですが、あの美しさには叶いませんね」
己の眼で移りゆく景色を見ることが出来るようになったミュウは行く処行く処で大はしゃぎしていた。
魔物の大群を引き連れてどうやって湖を渡るのかと思えば、一定の範囲を凍らせてそのまま船のように魔物を乗せて氷を移動させたのには閉口したが。
そして氷の魔女ダイアが大陸支配のために温存していた魔物達を北の山脈から呼び出し、今や魔物の混成部隊はアイルには数えきれないほどになっていた。
「ではかねてからの計画通り魔物を二つの部隊に分けます。いま砦周辺をうろついている五百の部隊はそのまま特に私が細かく制御することをせずにそのまま王国軍に突撃させます。連携などしていなくてもそれなりに相手を混乱させることは出来ると思います。その間に二つの本命を左右に分けて挟撃します。これの指揮はあの二人に任せれば大丈夫でしょう。魔物を制御するための魔力は私が供給しますので、二人が指揮を取れば見事な連携を見せてくれるはずです。王国軍は先鋒が崩れれば王都に救援要請をするはずですから、そこで向こうの手の内を見ることができそうですね」
スラスラと作戦説明をするミュウだったが、聞いているのはアイル一人である。
「アイルさんが何を考えているのかわかりますよ。挟撃する本命部隊には相手の兵士をなるべく殺さないように言ってあります。相手の敗色が濃くなったところでアイルさんの出番です。向こうの指揮官を挫けば、士気はだだ下がりでしょうからそれで決着です。それでも抵抗してくる場合は、いつまで生かしておけるかわかりませんけれども」
魔物の軍の指揮を取るのも魔女の眷属なのだ。人に対して手心を加えるにしても限度というものがあるだろう。
願わくば相手の指揮官が話を聞く耳と心を持った人であってほしいと、アイルは切実に思いつつ、老人たちに別れを告げて過疎村を後にした。
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