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第四章 闇の女神

4-11 恋心と女神様

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 クラリスが目を覚ましたのは森の中だった。

 森とは言っても枯れたような木が立ち並んでいて、薄ら寒い光景だ。

 彼女はこんな光景にとても見覚えがある。これは自分の村の近くの森だ。
 どこも似たようなものだから、村の近くなのかどうかは定かではないがあの一帯のどこかであることは間違いない。

「何故? タイセーの街からここまで凄く離れてるのに」

 タイセーの街の周辺の木々はここよりはもう少し葉の生い茂った木のはずだ。
 あの部屋に入って眠らされて運ばれたのだとしても、自分はそんなに何日も眠っていたのだろうか。

「どうしよう。エル様もいないし、どこに行けばいいんだろう」

 いくら見回してもエルの姿が見えない。

 大声で名前を呼んでみようかと思ったが、今までこの森の中で意識が無かったのに獣に襲われていないだけでも奇跡的なのだ。自分から獣を呼び寄せるようなことになる行為には及べない。

 そっと立ち上がってみるが、さて方角すらもわからない。

 上を見ても、薄曇りで太陽の位置もはっきりせず、時間もわからないのでやはりヒントとしては役に立たたない。

「うーん、困ったなあ」

 思い切って、一つの方角に賭けて進んでみるという手もあるがそれが森により深く入っていくだけの方向だった場合は万事休すだ。
 手元に食料も無い。アイル達についていくために用意したポーチの中には携帯用の小さな水筒と、汗を拭いたりできるように布を入れてある程度であった。

 その時、林の向こうから物音がした。誰か、または何かが歩いてくる足音だ。

「はっ、エルさん?」

 思わず声に出してしまってから自分で口を手で塞ぐ。
 エルならばいいが、違ったら危険を呼び込んだようなものだ。

 が、木々の間から姿を見せたのは誰あろうエルであった。

「は、よかったあ。エル様でよかったあ」

「ははは、クラリスさんも無事で良かった。この森を調べて脱出の目処はついたんだけどクラリスさんが見つからなかったらどうしようかと思っていたんだ。さあ、とりあえず森を出よう」

「は、はい」

 やっぱりこの人は頼りになる。そんな嬉しい気持ちが溢れてきて、クラリスは笑顔になりながら差し出された手を取った。

 二人で手を繋いだまま歩けば、先程まで不気味さを感じていた静寂な森も途端に楽しげな風景に映る。むしろこのままずっと森が続けばいいのにとさえ思えてしまう。

 しかし彼女のそんな願いも空しく、二人は細い道に出た。

「さて、このまま右に行けばあなたの村に戻れます。左に行けば街道に出てカイルの街へ行くことが出来ます。クラリスさんはどちらに行きたいですか?」

 エルに笑顔で尋ねられてクラリスはしばし考え込んだ。

 このままエルと村に戻って、また平穏な日々を送りたいという気持ちもある。が、エルがそのまま村に滞在するとは限らない。
 彼には彼の目的があり、アイルやハチゴーという仲間を探しにいってしまうかも知れない。

 また女神教団の問題もそのままだ。
 教団の酷さを知ってしまった今、これまで通りに供物を集めてカイルの街に参拝することを楽しみに生きていくことが出来るだろうか。

 女神様への信仰が揺らいだわけではないが、女神様自身が教団のあり方についてどう思っていらっしゃるのか確かめたいという想いもある。

「エル様は……今後どうなさるおつもりですか?」

 逆にクラリスは聞いてみた。

「僕かい? うーん、どうしようかな」

 なんとエルも迷っているようであった。

「とりあえずまた北を目指すにしても、今の僕たちは見ての通り旅を出来るほどの物資を持ってもいない。ひとまずはメイアの村に戻って準備を整えてから、改めて北を目指すっていうのはどうだい?」

 なるほど、よく見てみればエルも軽装だった。持っていた荷物は落としてしまったのだろうか。腰に挿した細剣しか身に着けておらず、こんな状態では何日もかけて徒歩で旅をするなど自殺行為だ。

「そうですね! じゃあ一旦メイアの村に戻りましょう!」

 こうして、二人は細道を南に向かって進み始めた。

 軽い足取りで歩くエルのやや後ろを歩きながらクラリスは考える。

『私はきっとこの人に恋をしている。出来れば、どういう形になるにせよ私はこの人とずっと一緒に暮らしたい。村に一緒に残ってくれるなら嬉しいけど、この人が旅に出るというならついていきたい。西の大陸に帰るというなら、一緒に海を渡りたい。この出会いは女神様の思し召しなのだ。だけど……』

 そう。

 だけど、なのだ。

『エル様は私のことをどう思っているの? 欠片ほども私のことなど気にかけていなかったら? こうして優しく導いてくれるのも、誰に対しても発している優しさなのだとしたら? 実は西の大陸に想い人がいるとしたら?』

 そんなことを考え出すと気が狂いそうになる。

 だからといって、エルが自分のことをどう思っているのかなどと直接問い質すほどの勇気はない。
 否、別に何とも思ってないと言われてしまった時に耐えられる自信がない。

 もう少しだけ一緒に行動しながら、自分をアピールし続けてみようという作戦に留まってしまう。


 そのままいつの間にやら村へと辿り着いた二人は、帰還を喜ぶ村人たちに囲まれながら宴へと招かれて色々と旅の話をすることになる。
 だが、クラリスは女神教団のことはまだ黙っていようと決めた。

 徒に村人たちの純粋な信仰心を揺さぶったところでいいことなどなにもない。全ては女神様にお会いしてからだと、そう決意した。


──深夜。

 ベッドに入ってもあれこれと考えが頭を巡って眠れなかったクラリスは、すっかり静まり返った村の中を歩いていた。
 あいにく月は雲に隠れてしまっているが、勝手知ったる村の中ならば星明りだけでも充分に歩ける。

 やがて、広場中央の女神像の前で立ち止まる。

「女神様、どうかお導きを」

 気がつけばいつもの祈りの姿勢を取って、女神像に祈りを捧げていた。


「悩んでいるようねえ」

 突然、艶めかしい声が頭上から響く。

「え?」

 顔を上げれば女神像の前に誰かが立っている。

「初めまして、かしらね。あなたが会いたいというから、ここまで来てあげたのだけれど」

「は……え……は……?」

 事態がよく飲み込めないクラリスはただ口をパクパクさせていた。

 その時、雲が流れて天空の月が顔を見せた。そして月光が像の前に立つ人物を妖しく照らす。

「嘘……女神……様?」

 クラリスの目に映ったのは、女神像と瓜二つの女性。
 常日頃から信仰の対象として祈りを捧げていた存在。

 自分たちの信仰のあり方は正しいのかどうかを問いにいかんとしていた人物。

 その人が眼の前に立っていた。

「まあ女神じゃないんだけど、あなた達にはそう呼ばれているわねえ。あなたが悩んでいるみたいだったから来てあげたのよ?」

 女同士でも思わずゾクリとしてしまうような妖しい笑みを浮かべながら、少しずつ女神はクラリスに歩み寄ってきた。

「ねえ、あなた、ある人の心のうちが知りたいんじゃない?」

 クラリスはドキリとする。

「いえ……私は……教団の信仰の……あり方を……」

 そう、女神様に会いたかったのは、教団があんな形でいいのかということを聞きたかっただけだ。

「あんな奴らどうでもいいのよ。あたしが教団を作ったわけじゃないしぃ。勝手にあいつらがやってることを咎めてもね。まあ、あたしに被害が及ぶようになったら滅ぼすけど。それよりもあたしは、あなたの恋心のほうがよっぽど気になるわあ」

 さらっと恐ろしいことを言われた気がしたが『恋心』と言われて、そちらのほうで頭がいっぱいになってしまうクラリス。

「どうなの? 好きなんでしょ? やっぱ女同士の恋バナはいいわねえ」

「えと……あの……」

 気がつけば女神は目の前まで着ていて、跪いた姿勢のままのクラリスの耳にそっと唇を寄せた。

「あの人の心の内を覗き見る方法があるんだけど、興味なあい?」

 その言葉に、クラリスの胸の内から抑えていた欲望が蓋を押し上げて溢れようとしていた。


──────────────────


 一方のリミは、まずは情報を集めるために村での生活をルミとして送ることにした。

 村を出る前からやっていたことなので、特に問題なくルミとしての日々を送る。

「ルミちゃんは今日も元気だねえ」

「ありがと! じゃあこの野菜をおじさんの所に届けてくるね!」

「いつも助かるよ」

 ある家の畑で採れた野菜を、別の家に運び、その家で採れた物をまた別の家に運ぶ。

 そんな事をしながらお駄賃で食材を分けてもらいつつ、色んな話を集めてみたところひとつの結論に辿り着いた。

 自分が何日眠っていたのかはわからないが、ルミは何日も前からここで暮らしていたということ。つまりは姉は自分が目覚めるまではこの村にいたということだ。

 そこからどこに行ってしまったのかはわからないが、リミが村を歩いても誰も驚かないのはそういうことらしい。

 ルミが何処か村の外に出掛けたとかそういう話は聞かなかったために、ルミの行方に関してはまったく情報が掴めなかった。
 もちろん誰か見知らぬ人間が村を訪れたということもないらしい。

 村人はルミと話していると思っているのだから、ルミの動向に関して教えてくれるというのも難しいことではあるのだが。

 日中に件の洞窟の入り口があった所まで遠出してみたが、記憶違いなのか洞窟は見つからなかった。
 そうなると、他のメンバーが向かう先としては旧王都となるわけだが、果たして姉が寝ている自分を放置して勝手に向かうとは考えにくい。
 置き手紙の類も無いのが不思議だったが、他のメンバーの足取りを探るために少し遠出していると考えるのが自然であった。

 となると、自分がここで闇雲に探索に出ても行き違いになる確率が高くなるだけだ。

「うーん、情報を集め終わったお姉ちゃんが帰ってきたところで二人で再度探索に出たほうがいいよね……」

 日帰りで行ける範囲で村周辺の情報は自力で集めるとして、姉や他のメンバーの創作については姉と二人揃ってからにしたほうがいいと判断する。


 なによりも。

 かつてこの村にいた頃は、姉が出掛けている間は自分は家から一歩も出ることは出来なかったし、誰かが家を訪ねてきても居留守を使わなければならなかった。
 そのために外から見て、誰かがいるように見せてはいけないので地下に部屋を作ってそこで生活していた。

 姉が帰ってきたら情報のすり合わせを行った上で、翌日は自分が外に出る。当然その間は姉が隠れる。

 そんな生活をするのが当たり前だったし、タイセーの街でレジスタンス活動をし始めた時は逆に姉がどこかで教団に対して行動を起こしている時に、わざと街中でたくさんの目に触れるように行動してみたりしつつ、街の人や教団の人間は姉妹で暮らしているとはバレないようにしていた。

 そのためにはやはり同時に目撃されないように綿密に連携する必要があった。

 だが、この数日は何の気兼ねもなく出掛けたい時に出掛け、誰かが訪ねてきても普通に応対できる日々だった。

 もちろん地下室も調べてみたが使われている形跡は無かった。

「こんな気楽に生活するのって初めてかも?」

 恐らくは産まれて初めての自由な生活に、リミは安らぎを感じ始めていた。


 結局ルミが帰ってくるまで、リミは村でルミとして村での生活を満喫することに決めたのだった。
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