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第四章 闇の女神
4-6 リミと山越えの方策
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「危なかったねえ。ってか何であんなとこであんなことしたの」
リミは扉についた小さな覗き窓から外の様子を窺うと、パタリと蓋を閉めて四人を振り返りながら言った。
既にエルとクラリスの手首を縛っていた縄も切り、四人ともようやく一息つけたというところだ。
「この二人は私たちの友人なのです。あの場で処刑されそうになっていたので救出したまでです」
「ふうん」
見ればクラリスは色々とショックを受けているのか、顔を蒼白にして俯いたままであった。
自分の信じる女神教団が、碌な調査もせずに犯人をでっちあげてその場で処刑しようとしたのだ。ましてやその対象がエルと自分とあっては、その事実を受け入れるには時間がかかるであろう。
「八号ちゃん、この女の子は?」
一方のエルは広場に引きずり出された時から群衆の中に頭一つ飛び出たアイルの姿を確認していたので、必ずなんとかしてくれると思っていたし、教団についても最初から胡散臭さを感じていたのでそれほど動揺はない。
「情報屋のリミ様です。先程別れたばかりだったのですが、まさかあの場面で助けていただくことになるとは思いませんでした」
「へへー。それは偶然だよ、偶然」
リミは嬉しそうに笑った。
それからエルは神殿内で起こったことや、何故自分たちが処刑されそうだったのかを説明する。クラリスもポツリポツリと衛兵たちの事を話した。
「なるほど、言葉が違うという共通点を利用したわけですね」
「あいっつら本当にダメダメだよね!」
何故かリミまでもがエルの話を聞いて憤っている。
「リミ様は女神教の信者ではないのですか?」
八号の素朴な疑問である。この街で暮らしている以上は信者でなければほぼ無理であろうというのがこれまでの調査での常識だ。
「んー、一応信者だけど教団は嫌い。そういう人けっこう多いんだよ」
リミは歯切れ悪く答えた。
とその時、部屋の床板が激しくガタガタと動き始めた。
思わず腰の剣に手をかけるアイル。
「あ、大丈夫。たぶんお姉ちゃんが帰ってきたんだと思う」
リミがアイルを制している間に床板がパカリと開いて、一人の人影がひらりと部屋に入ってきた。
「よいしょっと。あー疲れた。ってなに!? 誰この人たち!」
誰、とはこちらが聞きたいぐらいであるが一応この家に対して予期せぬ来訪者なのはアイル達なので黙っておく。
「お姉ちゃんこの人達、神殿の事件の犯人に仕立て上げられて処刑されそうだったんだって。危うい所をこのアイルさんとハチゴーちゃんが助けて、それを更にあたしが助けてここまで連れてきたの」
わかるようなわからないような説明をするリミに、床から出てきた人物は首を傾げる。
「まあいいや、リミが連れてきたなら危ない人ではないんだろうから。あ、私はリミの姉でルミ。よろしくねえ」
なんとも軽い調子で喋るルミだが、ホコリよけに羽織っていたローブを取った瞬間に一同を驚かせた。
その容姿はリミに瓜二つだったのである。
赤い髪を後ろで縛っているところまでそっくりだ。
唯一の違いはルミは右目の下にほくろがあるという点だけだった。
「お二人は双子なのかい?」
思わずエルが尋ねる。
「あ、そうそう。そっくりでしょ? あたしが色々やってる時にリミが別の場所にいることで、アリバイってやつ? が成立するのに便利なんだー。教団の奴らは私が一人の人物だと思ってるからね」
それを聞いてエルはため息混じりに笑った。
「なるほど、それでようやくわかったよ。その声に聞き覚えがあると思ったら、女神像を破壊したのは君だったのか」
リミとルミは声もそっくりなのだが、エルは先程から神殿で聞いた犯行声明に似ていると感じていたのだ。
「そだよ? あ! じゃあ、あなた達が犯人扱いされたのってあたしのせいじゃん! ごめんねえ。まさかあいつらがそんな行動に出るとは思って無くてさあ」
実に軽い口調で大犯罪の告白をされて唖然としたエルとアイルだったが、次に響いた乾いた音で我に返った。
【なんということを。女神様の神罰が下りますよ。それに、あなたのせいで本当にエル様が殺されそうだったのです。もっと誠意をもって謝罪すべきです】
音はクラリスがルミの頬を平手で打った音であった。
興奮のあまり言葉が元に戻ってしまっていたために、姉妹とエルには何を言っているのかはわからなかったが、その目に滲んだ涙と鬼のような形相から何となく意味は察する事ができた。
「いったあ。ああ、あの場にいたってことは敬虔な信者様だもんね。そりゃ怒るか。でもね、よく考えてみなよ、そのあんたの信じる女神教団の衛兵がそんな事をしたんだよ」
ルミの言わんとすることはクラリスにも伝わった。
クラリスとて、さすがに今回の教団のやり方には疑問を挟まざるを得ない。が、女神像を倒壊させていいということにはならない。
「それにね。あの女神像を建てるのにどれだけの民の財が注ぎ込まれたと思ってるの。なのに参拝するのにもまた信者から金を取ってさ。その前に身を清めるのにも供物が必要って。あんた達、どれだけあいつらに貢げば気が済むのさ。女神様とやらは、そんなに信者達から色々巻き上げるような神様なの?」
これにもクラリスは言い返せない。
供物を捧げることは信仰の顕れであると信じてきたが、確かに女神がそんな存在なのかと問われれば素直に頷くわけにもいかない。
もっともアイルにしてみれば『いや、ヘレンはそもそも何も気にしてないだろう』と彼女のにんまりとした笑みを思い浮かべていたのだが。
「あたし達は王国の生き残りの子供なの。今も山の向こうでは、わずかに生き残った人達が細々と暮らしてる。教団が山を封鎖しているせいで、こちらと行き来も出来ないから何も知らないだろうけど、向こうで暮らしている人達は女神に困らされてもいないし敵対もしていない。もうあんた達みたいな混血を敵視しているような人も残ってない。女神がいるのかいないのか、いるとしたら何をしているのか、誰も知らないし生きるのに精一杯でそんなこと気にしていられない」
それを聞いてアイル達も驚く。
「ちょっと待って、それじゃあ君ら姉妹はどうやってここに来たんだい? 山は封鎖されているんだろう?」
それならば、こちらから向こうに行く方法もあるのではないか。
「向こうから来るのは簡単なんだよ。教団の連中はこちらから向こうに行こうとする人間だけを見張ってるからね。つまり実際に女神の元に行かれちゃ困るのさ。みんな供物を女神様の所まで直接持っていってしまうでしょ? それじゃあ教団の利益にならないから。だからこっちに来たのはいいけど、あたし達も向こうに戻るのは簡単にはいかないの」
「お姉ちゃん、この人達は山の向こうに行く方法を調べて欲しいってあたしに依頼してきたんだよ。なにか知らない?」
成り行きを見守っていたリミが口を挟んだ。
ルミに捲し立てられたクラリスは落胆して椅子に力なく座った。
「うーん、教団は絶対に通してくれないだろうし、山を登るのも無謀、と来たら可能性は一つしか無いね。本当に向こうに行けるのかはあたしも知らないけど」
ルミの言葉にアイルも目を上げる。
「実はこの街から東に行った山の麓に洞窟があるんだ。何年か前にそこから妙な獣が現れて街を襲ったことがあって、それ以来教団が封鎖したんだけどね。今は、参拝の資格がないのに街に入ろうとした奴を捕まえてはその洞窟に放り込んでるよ。もちろん死体をね」
嫌な話を聞いた、とアイルは顔を顰めた。門のところで連れて行かれた人々は誰も見ていない所で殺されて洞窟に投げ捨てられていたということだ。
そして、それを聞いたクラリスはとうとう泣き出してしまった。
エルはそんなクラリスに寄り添って背中をさすっている。
「それだけでも教団が麗しい信仰の集団じゃないってことはわかるよね? まあそれはいいとして、その洞窟は山の向こうまで続いているって聞いたことがある。確かに私たちが山の向こうに住んでいた時に向こうにも同じように洞窟があったんだよ」
「先ほど、妙な獣が現れたとおっしゃいましたが?」
八号が確認する。
「もちろん、あたし達は見てないし昔そういうことがあったって聞いた程度だけど、なんか普通の獣とは違う感じだったらしいよ」
「マスター」
「ああ」
それはもしかしたら魔物ではないか、とアイルと八号は考えた。
だとすればヘレンと関係しているかも知れないし、もしくは別の魔女がいる可能性もある。いずれにせよ、山の向こう側と繋がっているという可能性は高くなってくる。
「どうする、アイルさん。教団に通してもらう線は今回の事でほぼ消えたと思っていいから、山を登るかそれとも洞窟に賭けてみるか。僕は洞窟を推したいね。これほど高い山を越えるのは無理そうだし、ましてやドラゴンだもの」
「私は山登りしてみたい気もします。なによりドラゴンですもの」
アイルはしばし考え、
「洞窟」
と短く答えた。
短いも何も四文字ギリギリである。
「残念です」
八号が無表情でしょんぼりする。そんなにドラゴンと戦いたいなら全てが終わった後に挑戦させてやってもいいかなどと、また親バカ的なことを考えるアイルだったが、今はともかく洞窟である。
魔物が現れるとしても、八号と自分がいればいくらでも対処可能だろう。
エルとて戦闘能力が決して劣っているわけではない。
「あたしも、行きます」
クラリスが顔を上げた。
「ええ?」
これにはエルも驚きの表情を見せる。元々エル達の案内はこの街までという約束であったし、危険が待ち受けている可能性が高い洞窟に連れて行くのは賛同しかねた。
「来るなと言っても行きます。私も教団には疑問を感じました。かくなる上は、女神様にお会いして真意を確かめなければなりません」
どうやら彼女の信仰心に消えない炎が灯ってしまったようである。
「これは置いていっても結局ついてきますね」
八号が冷静に言い放つ。
「はあ、わかりました。でも本当に危険ですから、道中は絶対に僕らの言うことを聞くこと。いいですね?」
エルもクラリスの固い決意の表情に諦めた。
「ね、ねえ。あたし達もついていっていいかなあ?」
ここに来て、さらなるお荷物の参加表明である。
「さすがに今回やらかした件では街中の捜索が凄いんだよね。それにもし向こう側に行けるなら帰りたいし」
「これもまた放っておいてもついてきそうですね」
またもや無表情で八号が宣言する。
「そうと決まれば準備です。とは言っても今の状況では街で買い物も出来なさそうですね。私の希望としては、昨日屋台で食べたタイセー焼きという食材が最も魔力変換効率が高くてよかったのですが」
「そうだねえ…………って、八号ちゃん今なんて言った!?」
なんとなく相槌を打っていたエルだったが、八号の最後の一言を思わず聞き咎めた。
「あ、私の動力源は魔力ですから最悪はマスターから供給してもらうことも出来るのですが、食べ物を食べることで魔力に変換できるようにマレーダー様に改良していただいたのです。以来、あれこれ食べて試していましがたタイセー焼きに勝る変換効率の食材はありませんね」
「そ、そうなんだ……」
未だに八号という謎のゴーレムの仕組みが全くもって理解不能だが、恐らくは一生理解できないのであろうと諦めた。
元よりアイルなどは一切の疑問を挟まない。ただ、気がつくと進化しているのでたまに驚くだけだ。
「それなら任せてよ! 食べきれないってぐらいタイセー焼きを仕入れてきてあげるよ!」
言うが早いかルミが再び床を開けて姿を消した。
「私たちの仲間はあちこちにいて、地下で拠点が繋がってるんだ」
教団の警戒する過激派はかなりの規模で街に潜伏しているのだろう。
「洞窟探検に必要そうなものは、あたしが見繕ってくるからここで待っててね? 外は衛兵がまだウロウロしてるから絶対に外に出ちゃだめだよ?」
そう言い残してリミも消える。
「ごめんなさい」
四人だけになったところでクラリスが謝罪を口にした。
「クラリスさんの想いもわかるよ。ずっと信じていた教団に裏切られたんだ。こうなれば是が非でも女神様に会って、彼女の求める信仰とは何かを確かめなきゃね」
エルが思わず慰めれば、
「はい!」
一転して花が咲いたような笑みを浮かべて答えるクラリスだった。
リミは扉についた小さな覗き窓から外の様子を窺うと、パタリと蓋を閉めて四人を振り返りながら言った。
既にエルとクラリスの手首を縛っていた縄も切り、四人ともようやく一息つけたというところだ。
「この二人は私たちの友人なのです。あの場で処刑されそうになっていたので救出したまでです」
「ふうん」
見ればクラリスは色々とショックを受けているのか、顔を蒼白にして俯いたままであった。
自分の信じる女神教団が、碌な調査もせずに犯人をでっちあげてその場で処刑しようとしたのだ。ましてやその対象がエルと自分とあっては、その事実を受け入れるには時間がかかるであろう。
「八号ちゃん、この女の子は?」
一方のエルは広場に引きずり出された時から群衆の中に頭一つ飛び出たアイルの姿を確認していたので、必ずなんとかしてくれると思っていたし、教団についても最初から胡散臭さを感じていたのでそれほど動揺はない。
「情報屋のリミ様です。先程別れたばかりだったのですが、まさかあの場面で助けていただくことになるとは思いませんでした」
「へへー。それは偶然だよ、偶然」
リミは嬉しそうに笑った。
それからエルは神殿内で起こったことや、何故自分たちが処刑されそうだったのかを説明する。クラリスもポツリポツリと衛兵たちの事を話した。
「なるほど、言葉が違うという共通点を利用したわけですね」
「あいっつら本当にダメダメだよね!」
何故かリミまでもがエルの話を聞いて憤っている。
「リミ様は女神教の信者ではないのですか?」
八号の素朴な疑問である。この街で暮らしている以上は信者でなければほぼ無理であろうというのがこれまでの調査での常識だ。
「んー、一応信者だけど教団は嫌い。そういう人けっこう多いんだよ」
リミは歯切れ悪く答えた。
とその時、部屋の床板が激しくガタガタと動き始めた。
思わず腰の剣に手をかけるアイル。
「あ、大丈夫。たぶんお姉ちゃんが帰ってきたんだと思う」
リミがアイルを制している間に床板がパカリと開いて、一人の人影がひらりと部屋に入ってきた。
「よいしょっと。あー疲れた。ってなに!? 誰この人たち!」
誰、とはこちらが聞きたいぐらいであるが一応この家に対して予期せぬ来訪者なのはアイル達なので黙っておく。
「お姉ちゃんこの人達、神殿の事件の犯人に仕立て上げられて処刑されそうだったんだって。危うい所をこのアイルさんとハチゴーちゃんが助けて、それを更にあたしが助けてここまで連れてきたの」
わかるようなわからないような説明をするリミに、床から出てきた人物は首を傾げる。
「まあいいや、リミが連れてきたなら危ない人ではないんだろうから。あ、私はリミの姉でルミ。よろしくねえ」
なんとも軽い調子で喋るルミだが、ホコリよけに羽織っていたローブを取った瞬間に一同を驚かせた。
その容姿はリミに瓜二つだったのである。
赤い髪を後ろで縛っているところまでそっくりだ。
唯一の違いはルミは右目の下にほくろがあるという点だけだった。
「お二人は双子なのかい?」
思わずエルが尋ねる。
「あ、そうそう。そっくりでしょ? あたしが色々やってる時にリミが別の場所にいることで、アリバイってやつ? が成立するのに便利なんだー。教団の奴らは私が一人の人物だと思ってるからね」
それを聞いてエルはため息混じりに笑った。
「なるほど、それでようやくわかったよ。その声に聞き覚えがあると思ったら、女神像を破壊したのは君だったのか」
リミとルミは声もそっくりなのだが、エルは先程から神殿で聞いた犯行声明に似ていると感じていたのだ。
「そだよ? あ! じゃあ、あなた達が犯人扱いされたのってあたしのせいじゃん! ごめんねえ。まさかあいつらがそんな行動に出るとは思って無くてさあ」
実に軽い口調で大犯罪の告白をされて唖然としたエルとアイルだったが、次に響いた乾いた音で我に返った。
【なんということを。女神様の神罰が下りますよ。それに、あなたのせいで本当にエル様が殺されそうだったのです。もっと誠意をもって謝罪すべきです】
音はクラリスがルミの頬を平手で打った音であった。
興奮のあまり言葉が元に戻ってしまっていたために、姉妹とエルには何を言っているのかはわからなかったが、その目に滲んだ涙と鬼のような形相から何となく意味は察する事ができた。
「いったあ。ああ、あの場にいたってことは敬虔な信者様だもんね。そりゃ怒るか。でもね、よく考えてみなよ、そのあんたの信じる女神教団の衛兵がそんな事をしたんだよ」
ルミの言わんとすることはクラリスにも伝わった。
クラリスとて、さすがに今回の教団のやり方には疑問を挟まざるを得ない。が、女神像を倒壊させていいということにはならない。
「それにね。あの女神像を建てるのにどれだけの民の財が注ぎ込まれたと思ってるの。なのに参拝するのにもまた信者から金を取ってさ。その前に身を清めるのにも供物が必要って。あんた達、どれだけあいつらに貢げば気が済むのさ。女神様とやらは、そんなに信者達から色々巻き上げるような神様なの?」
これにもクラリスは言い返せない。
供物を捧げることは信仰の顕れであると信じてきたが、確かに女神がそんな存在なのかと問われれば素直に頷くわけにもいかない。
もっともアイルにしてみれば『いや、ヘレンはそもそも何も気にしてないだろう』と彼女のにんまりとした笑みを思い浮かべていたのだが。
「あたし達は王国の生き残りの子供なの。今も山の向こうでは、わずかに生き残った人達が細々と暮らしてる。教団が山を封鎖しているせいで、こちらと行き来も出来ないから何も知らないだろうけど、向こうで暮らしている人達は女神に困らされてもいないし敵対もしていない。もうあんた達みたいな混血を敵視しているような人も残ってない。女神がいるのかいないのか、いるとしたら何をしているのか、誰も知らないし生きるのに精一杯でそんなこと気にしていられない」
それを聞いてアイル達も驚く。
「ちょっと待って、それじゃあ君ら姉妹はどうやってここに来たんだい? 山は封鎖されているんだろう?」
それならば、こちらから向こうに行く方法もあるのではないか。
「向こうから来るのは簡単なんだよ。教団の連中はこちらから向こうに行こうとする人間だけを見張ってるからね。つまり実際に女神の元に行かれちゃ困るのさ。みんな供物を女神様の所まで直接持っていってしまうでしょ? それじゃあ教団の利益にならないから。だからこっちに来たのはいいけど、あたし達も向こうに戻るのは簡単にはいかないの」
「お姉ちゃん、この人達は山の向こうに行く方法を調べて欲しいってあたしに依頼してきたんだよ。なにか知らない?」
成り行きを見守っていたリミが口を挟んだ。
ルミに捲し立てられたクラリスは落胆して椅子に力なく座った。
「うーん、教団は絶対に通してくれないだろうし、山を登るのも無謀、と来たら可能性は一つしか無いね。本当に向こうに行けるのかはあたしも知らないけど」
ルミの言葉にアイルも目を上げる。
「実はこの街から東に行った山の麓に洞窟があるんだ。何年か前にそこから妙な獣が現れて街を襲ったことがあって、それ以来教団が封鎖したんだけどね。今は、参拝の資格がないのに街に入ろうとした奴を捕まえてはその洞窟に放り込んでるよ。もちろん死体をね」
嫌な話を聞いた、とアイルは顔を顰めた。門のところで連れて行かれた人々は誰も見ていない所で殺されて洞窟に投げ捨てられていたということだ。
そして、それを聞いたクラリスはとうとう泣き出してしまった。
エルはそんなクラリスに寄り添って背中をさすっている。
「それだけでも教団が麗しい信仰の集団じゃないってことはわかるよね? まあそれはいいとして、その洞窟は山の向こうまで続いているって聞いたことがある。確かに私たちが山の向こうに住んでいた時に向こうにも同じように洞窟があったんだよ」
「先ほど、妙な獣が現れたとおっしゃいましたが?」
八号が確認する。
「もちろん、あたし達は見てないし昔そういうことがあったって聞いた程度だけど、なんか普通の獣とは違う感じだったらしいよ」
「マスター」
「ああ」
それはもしかしたら魔物ではないか、とアイルと八号は考えた。
だとすればヘレンと関係しているかも知れないし、もしくは別の魔女がいる可能性もある。いずれにせよ、山の向こう側と繋がっているという可能性は高くなってくる。
「どうする、アイルさん。教団に通してもらう線は今回の事でほぼ消えたと思っていいから、山を登るかそれとも洞窟に賭けてみるか。僕は洞窟を推したいね。これほど高い山を越えるのは無理そうだし、ましてやドラゴンだもの」
「私は山登りしてみたい気もします。なによりドラゴンですもの」
アイルはしばし考え、
「洞窟」
と短く答えた。
短いも何も四文字ギリギリである。
「残念です」
八号が無表情でしょんぼりする。そんなにドラゴンと戦いたいなら全てが終わった後に挑戦させてやってもいいかなどと、また親バカ的なことを考えるアイルだったが、今はともかく洞窟である。
魔物が現れるとしても、八号と自分がいればいくらでも対処可能だろう。
エルとて戦闘能力が決して劣っているわけではない。
「あたしも、行きます」
クラリスが顔を上げた。
「ええ?」
これにはエルも驚きの表情を見せる。元々エル達の案内はこの街までという約束であったし、危険が待ち受けている可能性が高い洞窟に連れて行くのは賛同しかねた。
「来るなと言っても行きます。私も教団には疑問を感じました。かくなる上は、女神様にお会いして真意を確かめなければなりません」
どうやら彼女の信仰心に消えない炎が灯ってしまったようである。
「これは置いていっても結局ついてきますね」
八号が冷静に言い放つ。
「はあ、わかりました。でも本当に危険ですから、道中は絶対に僕らの言うことを聞くこと。いいですね?」
エルもクラリスの固い決意の表情に諦めた。
「ね、ねえ。あたし達もついていっていいかなあ?」
ここに来て、さらなるお荷物の参加表明である。
「さすがに今回やらかした件では街中の捜索が凄いんだよね。それにもし向こう側に行けるなら帰りたいし」
「これもまた放っておいてもついてきそうですね」
またもや無表情で八号が宣言する。
「そうと決まれば準備です。とは言っても今の状況では街で買い物も出来なさそうですね。私の希望としては、昨日屋台で食べたタイセー焼きという食材が最も魔力変換効率が高くてよかったのですが」
「そうだねえ…………って、八号ちゃん今なんて言った!?」
なんとなく相槌を打っていたエルだったが、八号の最後の一言を思わず聞き咎めた。
「あ、私の動力源は魔力ですから最悪はマスターから供給してもらうことも出来るのですが、食べ物を食べることで魔力に変換できるようにマレーダー様に改良していただいたのです。以来、あれこれ食べて試していましがたタイセー焼きに勝る変換効率の食材はありませんね」
「そ、そうなんだ……」
未だに八号という謎のゴーレムの仕組みが全くもって理解不能だが、恐らくは一生理解できないのであろうと諦めた。
元よりアイルなどは一切の疑問を挟まない。ただ、気がつくと進化しているのでたまに驚くだけだ。
「それなら任せてよ! 食べきれないってぐらいタイセー焼きを仕入れてきてあげるよ!」
言うが早いかルミが再び床を開けて姿を消した。
「私たちの仲間はあちこちにいて、地下で拠点が繋がってるんだ」
教団の警戒する過激派はかなりの規模で街に潜伏しているのだろう。
「洞窟探検に必要そうなものは、あたしが見繕ってくるからここで待っててね? 外は衛兵がまだウロウロしてるから絶対に外に出ちゃだめだよ?」
そう言い残してリミも消える。
「ごめんなさい」
四人だけになったところでクラリスが謝罪を口にした。
「クラリスさんの想いもわかるよ。ずっと信じていた教団に裏切られたんだ。こうなれば是が非でも女神様に会って、彼女の求める信仰とは何かを確かめなきゃね」
エルが思わず慰めれば、
「はい!」
一転して花が咲いたような笑みを浮かべて答えるクラリスだった。
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