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第四章 闇の女神

4-1 第四章 プロローグ

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 セルアンデ王国の王都セルア。

 その市街地は綺麗に区分けされていて、その中でも最も賑わいを見せるのが外商業地区である。
 外商業地区とは王都の南側の最も外周部に位置していて、外からやってくる商人との交易や観光客向けの商売を主にした店が立ち並んでいる。
 その多くは王都の中央に本店を持つ大店の支店であるが、中にはこの外商業地区だけで商売を営むような商人もいる。

 ある意味、王都で最も人が行き交う場所であり、外商業地区にある酒場は様々な情報交換にはうってつけの場所でもある。

 今日も今日とてそのテーブルの一つで、ティーバから来たという行商人とその魚の買い付けを行った王都の商人が酒を酌み交わしていた。

「いやあ、ティーバの漁業が復活してくれてこっちも助かったよ。外洋の珍しい魚を所望するお偉いさんが毎日うるさかったんだ」

 王都の商人は美味そうに酒を煽ると、しみじみと感慨を漏らした。

「私だってそうですよ。近海で獲れる魚を細々と売った所で大した値段にはならないし、親父の時代には外洋の大魚で大儲けしたなんて話も過去の栄光話でしかなかったんですから。それが急に外洋漁業が再開されたってんで、私も含めてあっちの商人はみんな大慌てで、まったく参ってしまいますよ」

 ティーバの商人も言葉とは裏腹にとても嬉しそうに酒を飲んでいる。

「それにしても、なんでまた急に外洋に出られることになったんだい? 噂じゃ海には魔物がいて、それで船を出せないってことだったじゃないか」

 王都の商人が聞きたかったのはそれだ。魔物が現れて以来、外洋に出ることが出来なくなったというのはこの国の者ならみんな知っている事だった。

 漁業を再開できたということは、魔物がいなくなったということだろうか。

「それなんですがティーバの領主、ああ、先代の領主のデイン様が以前から魔物駆逐のために軍船を用意していたんですが、いよいよ出港かという時期にちょうど旅の剣士の一行が街を訪れていましてね。どうやら、その剣士達が魔物の元凶を退治するのに一役買ったらしいんですよ。先代様はその戦で船を沈められてお亡くなりになりましたが、同じくその戦に参加なされていた今の領主のロゼッタ様がその剣士こそ街を救った英雄だって話しているんです」

 ティーバの商人は興奮気味に語る。

「へえ、旅の剣士。そりゃまた凄腕の剣士がいたもんだねえ。名前はなんていうんだい?」

 空になったコップに酒を注いでやりながら更に尋ねる。

「こりゃどうも、えーと確か……」

 酒が回り始めて饒舌になったティーバの商人は、数ヶ月前にティーバで起きた不思議な騒動のことをあらかた話して聞かせた。


「むにゃ……ロゼッタ様ぁ」

 すっかり酔いつぶれてしまったティーバの商人の介抱を店主に任せると、王都の商人は酒場を後にする。時間はすっかり夜になってしまっていた。

 そのままホロ酔い気分の軽い足取りで外商業地区の大通りを歩いてゆき、既に閉店している店と店の間の細い路地へと入っていく。

 薄暗い路地を進んで角を曲がり誰からも見られていないことを確認した商人は、素早くその場で着ていた服を脱ぎ始めた。
 別に露出癖があったわけではないようで、服の下から真っ黒な衣装が現れた。

 脱いだ服を手持ちの袋に詰め込むと、そのまま闇の中を走り始める。

 先程までのややふらついた足取りの面影は無く、夜闇も手伝って影が移動しているとしか思えない速度で真っ直ぐに王都の中心街を目指していった。



 セルアンデ王国の第十四代国王ニコルは、ここのところ機嫌が良かった。

 噂だけは聞いていても食べることの叶わなかった外洋の魚料理を食べることが出来たのも嬉しかったし、鉱山の街を実質自軍によって占拠できたような状態で鉱石取引による利益で私腹も肥やせている。
 本来はどこの馬の骨ともわからない採掘師を傀儡にしなければならない予定だったが、あの失礼な小娘のおかげで結果的に軍を派遣することができてその指揮官がそのまま実権を握ってしまった。
 以来、採掘された鉱石や製造された武具は他の地域に流れることなく、全て王都に運ばれていたし、それをまた他地域に有料で捌くことで儲かっていた。

 なによりも。

 鉱山地帯を占拠していた魔女と、あの忌々しい小娘が相討ちとなり、差し向けた討伐軍によってついにあの目障りな弟をも亡き者に出来たということがニコル王の気分を最上の物にしていた。
 惜しむらくはまだ使い道がありそうだった王の剣をも失ったことだが、恐らくはこの大陸の魔女は全て駆逐したであろうという報告があったので気にしないことにした。


 そのニコル王の気分を一気にどんよりと暗くしたのは翌朝の密偵の報告だった。

「おはようございます。朝からこんな事をお耳に入れるのはどうかと思うのですが、一刻も早いほうがよいと判断いたしました」

 密偵の名はリドルと言い常に王の傍に影のように付き従っているが、時折自身の目と耳で情報収集のために街などに出ている。
 そして、昨夜酒場でティーバの商人の話を聞いていたのがリドルであった。

 朝食を終えて寛いでいるニコル王に、アイル達三人の生存の可能性を報告するリドル。ティーバの街の漁業が再開されたのは彼らによる魔女討伐が主要因らしいという内容を聞くに至って、ニコル王の顔はこれまでに見たこともないほど不機嫌になる。

「じゃあ何か? 鉱山に派遣した奴らが余を騙しているとでも言うのか? ガイゼーが何かを企んでいるのはわかっていたが、それがガイゼーの仕業だと?」

「それは確かめてみないことには……。鉱山の街にも調査隊を送ったほうがよろしいでしょう。怪しい動きが無いかどうかを調べる必要はあります。そしてティーバの街には私が赴きます」

 リドルはニコル王の不機嫌さなど気にも留めずに対策を提案する。

「もし王の剣やあの小娘、それにエリック様が存命であった場合はいかがいたしますか?」

 もはや分かりきった質問をするリドル。

「既に全員死亡したという報告が上がっているのだ。報告が嘘にならぬよう殺せ。そうすれば鉱山の街を占拠している兵たちを処分する必要もなかろう」

「は」

 リドルもそれでいいと考える。

 未だセルアンデ王国の正規軍の立て直しは遅々として進んでいないのだ。宰相ガイゼーの手配によって訓練の行き届いたダナン出身の正規軍は鉱山に派遣されてしまったし、一帯の支配を強固にするためにはまだ兵を退くわけにはいかないというのもある。

 王都に残った正規兵はイーチ戦のわずかな生き残りと、あとは王都や周辺の村から強制的に徴兵した新兵ばかりである。
 戦意が低いために訓練も進んでいない。

 いざ鉱山地帯の兵を処分するとなっても三百人からなる歴戦の兵たちが反旗を翻しでもしたら、それを討伐するだけの力が無いのが事実だった。

 もっとも既に王国の手を離れてしまっていることはまだ誰も気付いていなかったのであるが。

「鉱山のほうの対処は新宰相のグリーズに任せる。貴様はすぐにエリックの足取りを追え。絶対に逃がすな」

「かしこまりました」

 それだけ言うとリドルは音も立てずに消えた。

 このリドルという男、密偵とは言っているが実際は暗殺者と呼んだほうが早い。

 隠形を得意とし、闇に紛れて対象を葬り去ることが仕事だ。

 実はエリックの暗殺もニコルの命によって何度か試みたのだが、エレノア存命中はもちろんのこと、死後も宰相のガイゼーやクラウスラーといった手強い相手が全力でエリックを守っていたためにいずれも未遂に終わった。

 プロとして、もしエリックが生きているならば今度こそ成功させねばならない。

 それは、王の命というよりも彼自身の仕事に対するプライドの問題だった。


──────────────────


 数日後にはティーバの街に商人として現れたダリルは、領主のロゼッタや漁師のテオといった人物に話を聞き、目標の生存を確信するに至った。

 テオもロゼッタもアイルの話となれば、嬉しそうに全てを語ってくれた。

 海の彼方で何があったのかは詳しくは教えてもらえなかったが、それは彼らも上手く説明できないのとマリアの存在について元魔女であったと知られたくないという理由からである。

「せっかく外洋漁業が再開されたティーバまでやってきたのです。是非とも次に漁に出る遠洋船に同乗させていただきたいものです」

 などとにこやかに言うリドルに対してはロゼッタも快く引き受けた。

 領主のロゼッタとしては、ティーバが再び開かれた観光都市になったことを多くの商人に広めて欲しいという思惑があったし、遠洋船に同乗して体験するというのを有料の観光資源に出来ないかと考えたのだ。

 かくして折よく数日後に出港する遠洋船に乗り込むリドルの姿があった。


「いやあ、湖に小舟で漕ぎ出したことはありますがね。これほど大きな船で海に出るのは初めてですから緊張します」

 そう言いながら船のあちこちを見て回るリドルを乗せて船は港を出た。


 航海は順調で、リドルも漁師たちと一緒に網を引いたり獲れた魚を選り分けたりという作業に加わり、すっかり仲良くなった。

 そしてある晩、沖合で錨を降ろして波間に漂う船からリドルの姿が消えた。


 夜番の見張りは何も見ていないと言うし、起きてきた船員たちも必死に海上も含めて捜索したが見つからず。
 夜に甲板をうろついて海に落ちて沈んでしまったのではないかという結論になった。


 捜索が打ち切られ船がティーバに帰るまで、船に常備されている救命用の浮具が一人分一式が無くなっていたのは誰も気が付かなったそうだ。


──────────────────


 アイル達が東の大陸で世話になることになったメイム村は奇しくもミュウの生まれ故郷だった。

 娘の安否を気遣うミュウの母親のためにも、なんとしてもミュウを無事に救い出してこの村に連れ帰ることを決意するアイル。

 この一帯で女神と崇められる魔女ヘレンがかつて北にあったという王国の跡地に居を構えていると聞き、ミュウの行方の手がかりを掴むためにもヘレンの元に向かうことにする。

「女神様の所に? あまりお勧めはしませんが……」

 アイル達の決意にメイム村の村長は難色を示した。

 曰く、北の王国跡地とこの一帯の間には険しい山脈が横たわっていて、そこを越えるのは非常に厳しい。
 唯一山脈を抜けることが出来る隧道の入口となる場所には女神を崇める教団が神殿を築き上げて教団の本拠地としていて、北へ向かおうとする者は全て厳正な審査を行うらしい。
 女神の居住地を参拝するに相応しい信者であると認められれば通してもらえるが、信仰の篤いこの村の民でさえ誰一人通してはもらえなかったという。
 仕方なく女神を信じる者たちはその神殿に詣でる事を神事として、毎年供物を持ってそこを訪れているのだそうだ。

 その話を聞くに、最初からその教団は誰も通す気がないのではないかとアイルは考えたが、村長を始めとして誰一人教団を疑っている者がいない様子に、余計な事を言うのは控えた。

「まあ、最悪はその隧道を通らずに山を越える方法を見つければいいのでは?」

 エルは気楽にそんなことを言った。

「やめておきなされ。その山脈の頂上付近は竜の縄張りと言われております。魔女に飼われている巨大な竜が、許可なく山に入った者を喰らうのです。実際、教団の目を盗んで山に入っていった馬鹿者もおりましたが誰一人として帰ってきませんでした。山を越えることが出来たのか、それとも本当に竜に食べられてしまったのか、確かめることは出来ませんが」

 村長は首を横に振りながら、その案を否定した。

「マスター、竜との戦闘というのは貴重な経験になると思われます」

 八号が両の拳を胸の前で打ち合わせて提案してきたが、それは絶対にリンジーの影響であろうとアイルは無視することにした。

「まあ、ここであれこれ考えても仕方ないさ。僕たちは行かなきゃならない。他にアテもないしね。その教団の街に行ってみてからまた考えるよ」

 そう言うエルにアイルも頷く、立ち止まって考えていても様々な事が浮かぶばかりで最後には何一つ答えは出ない。やってみなければ始まらないのだ。

 止めても無駄とわかると村長は溜息を吐きながら、アイル達に命を救われた村娘のクラリスを呼んだ。

【クラリス、お前はこの方たちに命を救われた。それは女神様の思し召しでもあるが、同時にこの方たちに大きな恩が産まれたことでもある。いま、皆様が女神様の元へ向かうという大事に挑むにあたり、お前はその恩を身をもって返しなさい】

 村長に言われたクラリスは花が咲いたような笑顔になる。

【はい、村長様。それは同時に女神様への恩返しにもなるのですね?】

【その通りだ。信仰篤きお前が同行すれば教団の方々とのやり取りも滑らかになろう。なんとしてもお役に立ってこい】

【喜んで!】

 そのやり取りの内容がわからずに首を傾げるエルと、内容を聞いて顔を顰めるアイル。エルはアイルの表情を見て、内容を察しつつ八号に尋ねる。

「村長さんはクラリスさんに何を言ったんだい?」

「言葉のやり取りを分析するに、私達が教団と折衝するにあたり信仰心の篤いクラリス様が同行したほうが良いとの村長の判断です。それは同時に私達に命を救われたことへの恩返しと、そのように計らってくださった女神様への恩返しでもある、と」

 アイルはいつの間にか格段に進歩している八号の言語分析力に舌を巻く思いだったが、エルはアイルが顔を顰めた理由がわかって苦笑した。

「八号ちゃん二人に、同行するのは教団の街までだと伝えてくれないかな。そこから先は危険すぎて連れていけない、と」

【村長様、クラリス様。同行の申し出はありがたいですが、教団の街までとお約束くださいませ。そこから先は危険が大きすぎてクラリス様を伴っては行動できません】

 八号の丁寧な申し出に、二人とも目を丸くしながら頷いた。


 かくしてアイル達三人に、案内役のクラリスを加えた四人は翌日行われた別れの宴を経て北に向けて旅立つのであった。
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