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6年生 1学期 4月

理科室

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 パウン! パウン! パウン!
 僕の銃が火を吹くたびに、暗い廊下がカラフルに照らされる。

「ぎゃああああああああああ!」

「ふぐうううううう……」

「ウォォォォォオオオオオオン!」

 今のところ百発百中。共振状態のエーテル弾に撃ち抜かれた霊体は、さまざまな断末魔を残して消えていく。

「ああもう! キリがないぞこりゃ!」

 窓から、裏口から、そしてそれ以外から。
 次々に現れる霊体は、どいつもこいつもゲージを振り切りそうな〝赤〟反応。
 まとわりかれたら、命がいくつあっても足りない。

「えっと、23体目は小柄でぽっちゃり体型の女性っと……」

 間違いなく銃の腕前は上がるだろうけど、出来ればもう弾は使いたくない。
 一発一発、倒した悪霊を思い出しながら報告書を書かなくちゃならない僕の身にもなって欲しい。

「それにしても、これじゃ理科室まで辿り着けないぞ……って、上?!」

 左手を握り込んで〝盾〟を起動すると、フォン! と青白い光が、頭上から落ちて来た男性の霊を受け止める。

「重いっ! ……クソッ! 質量なんか無い筈なのに……コイツめっ!」

 銃を握ったままの右手の甲を左腕に添えて、のしかかって来た霊体を思い切り壁の方へ突き飛ばす。
 すり抜けるはずの壁に、いっちょ前にぶち当たった霊体はヨロヨロと起き上がると恨めしそうに僕を睨んだ。

「はいはい。〝目つきが悪い男性の霊〟1体追加ね」

 パウン!

「グォオオオオオッ?!」
 
 これで24体。エーテル弾は残り96発か。
 まさか〝弾切れ〟を心配しなきゃならない事になるなんて……まったく。

 〝疑似エーテル弾〟
 ここで言うエーテルというのは、科学的な意味合いのR-O-R'エーテルではなく、その語源となった〝天界を満たす第五元素〟としてのαἰθήρエーテルだ。
 この弾は、とある金属を圧延した時に極めてまれに生じる、微小の質量不足部分を〝逆算的に抽出〟してかき集めた物質から作られるらしい。
 ……何を言ってるのか分からないって?
 うん。僕もさっぱり分からない。〝仙人がかすみを食う〟的な話だろうか。

「ふぅ。やっと着いた」

 数メートル先に〝理科室〟と書かれたルームプレート……いや違うな。
 木製な上に、筆で書いたであろう手書き。カタカナで表現するには古風過ぎるアレは〝教室札〟だ。そうに違いない。
 僕は理科室の扉に手を掛け、そっとスライドさせ、チラリと中の様子を確認する。
 ……あれ? そういえば栗栖くんって、懐中電灯とか持ってなかったよな?
 僕が装備しているスコープは電源を入れておけば常時〝暗視状態〟になるから忘れてたけど……ま、神様だから見えるんだろう。彼らは懐中電灯なんか生まれてこのかた、使った事などないのだ。知らんけど。

「いらっしゃい」

「うわあああああああああああああっ?!」

 突然、目の前に現れたのは、オーソドックスなタイプの人体模型。
 ……何だよ、オーソドックスなタイプって。

「いや、待て待て待て! チョット待ってくれ!」

「はて? 久々の生徒かと思えば、あなた教員ですね?」

 人体模型は、口も動かさず流暢りゅうちょうしゃべる。
 口が半分ほどスプラッタ気味なデザインなので、あまり凝視したくはないんだけど。
 ……そして、信じられない事に。

「怨霊じゃない?! そんなバカな!」

 スコープのゲージが〝グリーン〟内に収まっている。
 この人体模型に取り憑いているのが怨霊……〝害意のある霊体〟なら、絶対に反応は〝赤〟になるはずだ。

「さて……今度は、誰をさらいに来たのですか?」

 ……は?

「拐いに来た? どういう事だ?」

 僕の言葉に、人体模型が首を傾げる。
 そういう動きは出来るのか。

「おや? 今回は別件でらっしゃいましたか。そうですよねえ。こんな夜中に、ここへ来るのは危険だ。特に今夜はあの兄妹きょうだいが随分とご機嫌ナナメでしてね」

 コイツは何を言ってるんだ? 別件? 兄妹?

「す、済まん。一向に話が見えないんだが……詳しく教えてくれないか?」

 霊との対話。なんかそういう研修も受けた気がする。
 いや、記憶が飛び飛びなのは、決して居眠りしていた訳じゃない。詰め込みが過ぎるんだ。ウチの課の研修は。

「よろしいですよ。それじゃ、やりましょうか」

 ……やる?

「えっと、何をやるんだ?」

 いや、だから首を傾げないでくれ。かなり気持ち悪いんだ、その動き。

「あらららら。我々のルールをご存知ない? ほっほ! そうですね、そりゃそうですねえ、そうでしょうとも。だって、ここに生徒も先生も来なくなって、もう随分と経ちますから」

 表情はそのままに、人体模型はカタカタと震える。
 ……それ、どういう感情なの?!

「しかし。知らないからとルールを無視されては困ります。ちゃんと説明しますから、よく聞いてくださいね?」

 人体模型は、カタカタとした動きをピタリと止めて、次にクルリと首を回す。

「ひぃっ?!」

 だ、大丈夫だ。落ち着け。ゲージがグリーンの間は攻撃される事はない。

「どうかなさいましたか? 顔色が良くないですよ?」

 心配そうな声色とは裏腹にツーステップを踏みながら近付いて来て、今度は頭を逆方向に回転させる人体模型。
 ……うん。ダメだ。もう〝こういう動きをするオモチャ〟くらいに思っておこう。

「い、いや。大丈夫だ。説明してくれ」

「かしこまりました。コホン……この校舎の〝七不思議〟に〝お願い〟を聞いてもらうには、それぞれが得意とする〝勝負〟を受けて、勝たなければなりません。今回の場合は〝私に質問する権利〟を掛けて戦っていただきます」

 勝負? あ! そう言えばさっき栗栖君が〝七不思議と戦ってほしい〟とか言っていたな!

「ち、ちなみに、僕が負けたらどうなるんだ?」

 分かったぞ! コイツらに負けたら、この校舎に永遠に閉じ込められるとかなのか?!
 なるほど。それなら今の状態でゲージが〝グリーン〟なのも納得だ。きっと勝負に負けた途端〝怨霊〟と化して襲い掛かって来るんだろう。厄介な相手だな。

「お帰り頂きます」

 ……はい?

「おかえり? えっと……え?」

「ですから。この校舎から速やかに出ていって頂きます。それがルールです」

 はああああああああ?!

「ど、どういう事だ?!」

「おっと。これ以上はお答えできません。まだ勝負もしておりませんので……」

 さっぱり意味が分からない!
 コイツらの目的は何なんだ?!

「それでは勝負を始めますよ。私の得意分野〝人体〟に関する問題をお出しします。正解できれば、どんなご質問にもお答えしましょう」

 そして、なし崩し的に〝勝負〟が始まってしまった。
 とにかく、戦いに勝利して、この校舎で何が起きているのか解明しなければ。

五臓六腑ごぞうろっぷの〝六腑ろっぷ〟とは、ご存知の通り〝たん〟〝胃〟〝小腸〟〝大腸〟〝膀胱ぼうこう〟〝三焦さんしょう〟の事ですよね」

 ええっ?! ちょ、ご存知じゃないぞ? 〝サンショウ〟ってドコだよ?!

「では問題です。〝五臓ごぞう〟をすべてお答え下さい」

 だよねー! ……良かった。五臓ごぞう六腑ろっぷを逆に出されていたら答えられなかったぞ。特にサンショウ。

心臓しんぞう肝臓かんぞう腎臓じんぞう脾臓ひぞう…………あれ?」

 えっと、あれ? な、何だっけ?!

「……あとひとつ。どうされました?」

「いや、ちょっと待った! 絶対分かるはずなんだ!」

 おいおいおい、マジか! 思い出せない!

「分かりませんか? あとたったひとつです! 頑張って下さい!」

 心臓しんぞう肝臓かんぞう腎臓じんぞう脾臓ひぞうと、えっと……?!

「さあ、さあ、さあ! どうですか? 分かりませんか?」

 だ、ダメだ! 思い出せない!
 他に臓ってあったっけ?! 
 臓、臓、臓、臓、臓、臓、臓……

「クッ……!」

「おやおや。どうやら分からないようですね……降参しますか?」

 表情を変えず、しかしなぜか人体模型は少し残念そうな仕草でそう言った。
 ……すまない栗栖君。まさかこんなにあっさり負けてしまうなんて。

「降参でいいですね?」

 少し間を空けてから、人体模型が明らかに〝これが最終確認だ〟と分かる口調で問い掛けてくる。
 畜生、ここまでか。

「……はい」

 俺がそう答えたあと、しばし沈黙の時間が流れる。
 そして……

「正解です! おめでとうございます!」

 人体模型は、ガチャガチャとカラダ全体で喜びを表現してくれている……のか、コレ?
 いや、っていうか、正解?!

五臓六腑ごぞうろっぷ五臓ごぞうは、心臓しんぞう肝臓かんぞう腎臓じんぞう脾臓ひぞうそして、最後にお答え頂いた〝はい〟でした! お見事です!」

 そ、そうか、思い出した! 確か肺って〝肺臓はいぞう〟とも言うんだよな!
 危なかった! でもラッキー! 危機一髪、偶然正解できてしまった!

「あらあら? おやおやおや? なんだか〝偶然正解できてしまった〟ってお顔をされてません?」

「してないから! ぜんっぜん実力だから!」

 ちょ、やめてくれ! 今日は栗栖くんに散々心を読まれて、なんかこう〝心の声を聞かれていてもおかしくない〟って気分になってしまっているんだから。

「ふうむ。よろしいでしょう。それでは、どうぞ何でもご質問下さい」

 よし。根掘り葉掘り聞くとするか。
 ……いや、待てよ?

「いくらでも聞いていいのか? 〝質問はひとつだけ〟とかじゃなく?」

「はい。時間の許す限りご質問下さい」

 マジかよ。心配したのがバカバカしくなるくらい大盤振る舞いだな!
 それじゃあ、いちばん気になっている事から。

「教えてくれ。さっきお前は〝勝負に負けたら帰ってもらう〟と言っていたが、それじゃあどうして〝生徒の霊〟を閉じ込めたんだ?」

 さっき栗栖君が対峙たいじしていた、ケタ違いに強い2体の怨霊。
 〝七不思議〟は、あんな状態になるまで〝罪のない霊〟を、この旧校舎に捕らえ続けたのだ。

「いいえ、違います。私たちはあの〝兄妹〟を閉じ込めてはおりません」

「……この期に及んで、しらばっくれるのか?」

 何が〝質問に答える〟だ。
 その回答がウソなら勝負の意味なんかないじゃないか。

「もう、ずいぶん昔の事です。あの兄妹は、私たちとの勝負に勝って〝ここに居させて欲しい〟と〝お願い〟をしたのです」

 な、何だって……?!

「私たちは、何度も2人に〝帰ったほうがいい〟と言いましたが、彼らは死ぬまで……そして死んでからも、帰りませんでした」

 おいおいおいおい! 思ってたのと違うぞ?! どうなってるんだよ!

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