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6年生 1学期 4月

侵入

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 少しびた鍵を差し込んで、グイグイと右に左に回すと、ガチャリと錠前が外れた。
 旧校舎の入り口は、もともと木製だった扉を、厚い金属で補強した特別製。
 校舎内で怨霊と化した〝生徒の霊〟は、今も校則を律儀りちぎに守る。だから、この入口だけを封印しておけば、とりあえず安全らしい。

「……待てよ? それって変じゃないか? それならしたのは誰なんだ?」

 入口だけ封印して〝よし、これで安全だ!〟とはならないだろう。
 旧校舎で心霊現象が頻発した。
 それならばと建物自体を壊そうとすれば、今度はその関係者に何らかの不幸な事故が起きてしまう。

「で、仕方が無いから完全に閉鎖してしまおう……となれば、普通なら〝全ての出入り口と窓〟を封印するんじゃないか?」

 現に〝玄関だけを補強すれば怨霊は外に出られない〟と僕が知ったのも、つい今しがた。
 目の前の栗栖和也くりすかずや君が居なければ、知り得なかった事だ。

「えへへ。きっと〝分かってる先生〟が、ここを開けられないようにしたんだね」

 ……分かってる先生?

「えっと。中の子が〝生徒〟だって分かる先生が居たんだと思うよ」

 そう言った栗栖君は、相変わらずニコニコと笑顔を浮かべている。
 こんな状況なのに余裕だな、この子は。

「先生も余裕だよね!」

 いやいや、僕のは〝カラ元気〟ってヤツだ。
 今も……ほら、扉に巻き付けられた鎖をほどく手が、若干震えてるぞ?

「つまり、霊感が強い教職員が、この扉を補強したのか」

「うーん。霊が見えたり聞こえたりするだけじゃ、こんなに上手には出来なかったかも。死んだ人たちと〝よく関わる〟お仕事をした事があるんじゃないかな」

 〝死者とよく関わる〟って。そんな特殊な仕事、あったっけ?

「〝生まれる事〟と〝死ぬ事〟に関わるお仕事は、いっぱいあるよ? 人間は、絶対に一度ずつ〝生〟まれて〝死〟んじゃうから」

 死に関わる……そうか、分かったぞ。
 なるほど、お寺の住職さんが、副業で教職員をしているパターンは多い。

「うん。たぶん、仏教系だよね」

 栗栖くんが、僕がほどいた鎖をつかんで、えへへと笑う。
 よく見ると、鎖には小さい字で〝南無阿弥陀仏〟という文字が無数に刻まれていた。

「うわぁ……」

 霊的な危険を察知して、この扉を補強した〝お坊さん先生〟か。
 な……なかなか面白い設定だなあ。

「こういうの、旅館とか、病院とかにもあるよね! 怖いよね!」

 聞いた事があるぞ。額縁とか、押入れの目立たない所とかに、御札が貼ってあったり、お経が書かれてたりとかだろう?
 それにしても、キミは本当に怖がっているのか? パッと見、随分と嬉しそうに見えるんだが……
 まあ〝凶獣〟を倒せるほど強いなら、幽霊の10体や20体くらい、怖くもなんともないんだろうけど。

「ううん。そんなことないよ? 〝悲しい魂〟が、悪い事を考えたり、みんなに危害を加えるのは、とっても怖い事だよね」 

 彼が言ってる〝怖い〟は、きっと僕のような〝普通の人間〟の視点じゃないんだろう。
 全てを知った上で、遥かな高みから述べたセリフのような気がする。 

「えへへ。それじゃ、入ろうよ!」

「あ、ちょっと待った。もうひとつ鍵があるんだ」

 の頑丈な鍵じゃなくて、もともとの扉にも鍵が掛かっている。

「あ。それはもう開けちゃった。ごめんね?」

「開けたって? 鍵は、僕が預かってポケットに……」

 職員室に備え付けのキーボックスじゃなくて、厳重に施錠された戸棚の中の金庫に入ってた鍵だ。
 錠前のと合わせて、取り出すのに苦労したんだよ。

「ううん。内側から開けたから大丈夫。ほら!」

 ……内側から?
 栗栖くんが、錆びついた古めかしいドアノブを回して、軽く引くと、施錠されているはずの扉はギィっと開いてしまった。

「ね? 僕、内側から開けられるんだよ?」

「ああ! 念動力か!」

 研修ビデオで、魔道士が〝念動魔法〟を使うのを見た事はある。
 けど、生で見たのは初めてだし、彼のは魔法じゃなくて、超能力だ。

「先生、僕はあの子たちを止めるから〝七不思議〟をお願い!」

 廊下の突き当りの角から、2つの顔が、こちらをジッと見つめている。
 ヒソヒソと何かを話し合っているようだけど、アレが栗栖君の言っていた〝悪くて怖い霊体〟なのか?

「……よし、分かった!」

 僕は、ふところから銃を取り出す。

「うわあ! 先生! それ、カッコいいねえ!」

「……そうかな?」

 〝六極共振拳銃ろっきょくきょうしんけんじゅう
 銃口に向けて斜めに突き出した6本のアンテナから、電磁的な信号に置き換えられた〝経文きょうもん〟〝呪文じゅもん〟〝九字くじ〟〝真言しんごん〟〝聖歌せいか〟〝祝詞のりと〟を、疑似エーテル弾にまとわせて撃ち出す対霊銃だ。

「なんか、昔のアニメに出てくる光線銃みたいでダサくないか?」

「ううん。ちゃんと悪い霊を倒せそうな銃だよ! スゴいよね!」

 ……はい。キッチリと〝性能〟を見抜いた上での発言でした。
 この子、本当にスゴいな。

「先生。僕があの子たちと話している間に、全部の七不思議に会ってほしいんだ」

 いやはや。まさか小学校勤務になった途端に、最も有名な超常現象と対決する事になるとは思わなかった。
 さてと。僕の力がどこまで通用するか……

「了解した。つまり僕は〝7体の悪霊〟を倒せばいいんだな?」
 
 確か、一番近いのは理科室だ。
 ん? という事は……うわあ。〝動く人体模型〟かよ。定番中の定番じゃないか。

「ううん。倒さなくて大丈夫だよ?」

 まあ、人体模型は例外なく不気味だし、怪談にするには持って来い感あるよな。
 むしろ動かない人体模型を探す方が難しいくらいじゃないのか? 絶対動くだろ人体模型……

「……って、はあ?! 倒さなくていいってどういう事なんだ?」

「えっとね。戦う事には、なるかもしれないんだけど……とにかく〝七不思議〟に会えば分かるよ」

 うーん。神様のおっしゃってる事が、さっぱり分からないぞ。
 ……戦うけど倒さない?

「ああっ、先生! 倒して! 早く!」

 突然、栗栖くんがあわて始めた。
 今度は倒せだって? まったく。どっちなんだよ……?

「先生、違うよ! 窓から!」

 違うって何だ? 窓って……?

「うわっ!」

 数メートル先の廊下の窓から、ボロボロの服を着た女性が、ズルリと入り込んで来た。
 窓は閉まっているから、霊体なのは間違い無い。

「ゲージは……やっぱ真っ赤か」

 〝赤外線外線兼紫外線外線せきがいせんがいせんけんしがいせんがいせんスコープ〟が、かなり強い〝負のエネルギー〟を検知している。つまり、この霊体は〝生者〟に対して害意を持つ〝怨霊〟の可能性が極めて高い。
 ここまで強いマイナスだと、触れられただけでも、かなりの霊障ダメージを受けるだろう。

「先生、ごめんね。僕、いまちょっとお手伝いできないよ」

 栗栖くんは真剣な顔で、廊下の奥を見つめている。
 きっと、そこまで集中しなければならないほどの、危険な霊なんだろう。

「オッケー。大丈夫だ!」

 音もなく近付いてくる女性の霊に銃口を向けて安全装置を外すと、6本のアンテナから〝キィン〟という共振音が響く。
 ……普通の銃で人間を撃つなら、狙うのは〝足〟だ。いきなり〝腹〟や〝頭〟を狙う警官は居ない。
 だが霊体相手の場合は、絶対に〝腹〟を撃つ。なぜなら、死にたくないから。
 霊体の足を撃っても、大した足止めにならないし、そもそも足が無い場合だってある。
 余計な時間や気を使っている内に、取り殺されてしまっては目も当てられない。

「食らえ!」

 だから、狙うは腹部だ。
 引き金を引くと、パウン! という独特の発射音が鳴り響く。
 銃口から6色の光の帯が霊体へと伸びて弾けた。

「アぎゃアぁあああアあアアあアッ!」

 霊体は、腹に響くような低く野太い悲鳴をあげながら、苦悶の表情を浮かべる。

「……意外とダンディな声だな」

 命中したのは狙い通り腹部。そこから光が全身に広がって、霊体は瞬く間に消滅した。
 スコープのゲージが安全値まで下がった事を確認して、銃を下ろす。

「よし、除霊完了! ……それで栗栖君。僕は結局〝七不思議〟をどうすればい……」

「先生……! こっちを見ちゃダメだよ。そのまま真っ直ぐ、理科室まで行って」

 低く、焦ったような口調。
 さっきまでと声色こわいろが違い過ぎて、栗栖君の声だと気付くのが一瞬だけ遅れた。

「……栗栖君?」

 次の瞬間。スコープが、ビービーと警告音を発して、ゲージの値がビクンビクンと、見た事のない動きを始める。

「なっ?! 栗栖君、いったい何が……」

「見ちゃダメ!」

 視界の端に黒い物がチラリと映ると同時に、スコープに、ピシッと亀裂が入った。
 右半身に怖気おぞけが走り、肌が粟立つ。ひざあごが、ガクガクと震え始める。

「ま、まさか……廊下の奥に居た霊体?!」

 もう隣に居るのかよ?! いつの間に?!
 怖気と震えが止まらない。肌がチクチクする。

「早く行って! 大丈夫。先生ならきっと、。ね?」

「わ、分かった。栗栖君も……」

「うん、頑張る!」

 僕は顔を正面に向けたまま、逃げるように、理科室へと歩き始めた。
 普段とは違って、真剣な表情で余裕の無さそうな口調の栗栖君を置き去りにして。

「……で? 僕はこれから、何をいいんだ?」

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