230 / 264
春休み
カードゲーム(下)
しおりを挟む
私は七宮。この閉ざされた空間に来て、6年になる。
「そう、6年だ。長かった……!」
……ん? ああ、ガキ5人か?
アイツらは今ごろ、吸血鬼の元へ送られているだろう。日が暮れたら、順番に血を吸われて、晴れて〝眷属〟の仲間入りだ。
「おっと、もう新しい鍵が用意されたか。持っていかなきゃな」
噴水の前に転がっていた鍵を拾う。添えられた手紙は要らねえ。丸めてポイっと。
最後だ。この鍵を使って、あと1人! たった1人〝試練の扉〟に人間を放り込めば、私は自由になれる!
「……ここは、食料庫などではない。〝養殖場〟だ」
人間は、こんな場所でも勝手に増える。500年という歳月は、この閉ざされた空間さえも、人間が生活できる町にした。それほどまでに、人間の順応性は高い。
だが、その順応性が問題だった。吸血鬼と、その眷属から逃れ、隠れて生きる術を考え、学び、捕らえられなくなったのだ。
やがて、吸血鬼は腹を空かせ、奴らを探したが、時既に遅し。どこに居るのか分からない。捕まえることが出来ない。
「家の中に虫がいる。いるはずなのに見つからない……しかも、どんどん増えていく。腹立たしい上に、気味が悪いんだろう」
そこで吸血鬼は〝協力者〟を用意しようと考えた。
私は吸血鬼と約束したのだ。ここに隠れ住む人間を100人、あの扉に誘い込めば、晴れて自由の身になれる!
……今日の獲物は、なかなか手強いヤツラだった。若干の苦労はしたが、うまく引っかかってくれたものだ。所詮はガキだな。
「……ククク。そういえば〝見た目がガキなだけ〟のヤツもいたっけ。ククク……ハーハッハッハ!」
「えへへー。何がおもしろいの?」
「うわっ?!」
な、何だこのガキ。お、脅かすなよ!
ん? 日本語? コイツもしかして、アイツらが言ってた……
「僕はね、栗栖和也だよ」
間違いない。あのガキどもの仲間だ。
そうか、結局入って来ちまったのか。クックック。ご愁傷様だなあ。
「えーっと、僕、友だちを探してるんだけど……」
ククク。知ってるよ。
よし、折角だから会わせてやろう。そうすれば、私のノルマも達成だ。
「そうか……もしかして君の友達は、同い年くらいの4人組みじゃないか? 男の子2人に女の子2人の」
「わあ、良かった! おじさん、みんなのいる所、知ってるの?!」
食いついた! チョロいな。
「知っているとも! でもね、とても危険な所なんだ。それでも行くかい?」
「うん。どうしても行かなきゃならないんだ。あとね、もうひとり…………あ、そっか、一緒なんだね、えへへ!」
ん? 何だ、一緒って。
まあいい。とにかく、コイツを扉の中に放り込んで、こんな空間からは、さっさとオサラバだ!
>>>
扉の前で、ルールを説明する。これが大事だ。
「いいかい? 5つの〝試練〟を突破した者は未だ居ない……」
〝呪い〟や〝魔法道具〟は、決められた条件で発動する物が多い。
「君は全てを1人で突破しなければならない。〝試練〟の内容だが……」
この扉は、複雑な条件を満たすことによって、幾重にも編み込まれた呪いを掛ける。
まず〝ルール〟を強制して、違反した者の自由を奪う呪い。
そして〝試練〟に失敗した者の自由を奪う呪い。
最後に、鍵を持つ〝案内者〟に危害を加えた者の自由を奪う呪いだ。
「大切なルールをもう1つ。この扉の中にある物以外の、あらゆる道具は、使用禁止だ。使ったとたんに、負けとなる」
……これでよし。呪いの発動に必要な説明は、ここまでだ。これをやっておかないと、鍵を使うことも出来ない仕組みだからな。逆に、説明不足なら扉は開かない。まあ、だからこそ失敗は有り得ないんだけどなあ!
「すまないが、私は、この世界に閉じ込められている、多くの人たちのリーダーだ」
ククク。そのおかげで、養殖されて隠れているヤツラも、わざわざ向こうから来てくれるんだ。
「だから〝挑戦者〟として一緒には行けない。でもせめて〝案内者〟として、ついて行ってあげるよ」
「うん、ありがとう! すごく助かるよ!」
ククク。礼を言うのは私の方だよ。だって君のおかげで、もうすぐ、私は自由の身になれるのだからね!
……よし、扉が開いたぞ。
「さあ、まず〝挑戦者〟の、君が入るんだ」
コイツの友だちは、不可解なヤツらだった。
「うん。頑張るよ! でもちょっと怖いよね……」
そもそも、藤島彩歌……〝魔道士〟が〝アガルタ側〟から入ってきた時点で、普通じゃないのは分かっていたが、結局、ヤツらの正体は分からず仕舞い。
「私も一緒だから、勇気を出して行こう。友だちを助けるんだろう?」
ヤツらがタダのガキじゃない事を踏まえた上で、コイツの身に着けている指輪と首飾りが気になる所だ。〝ガキの分際で〟と思っていたが、もしも、何らかの力を秘めた、常時発動系の道具だったら……ククク。ルール違反で一発退場だ。
「えへへ! 不思議だねー。ドアだけだったのに、中はこんなになってるの?」
……チッ! 普通に入りやがった。期待させやがって!
指輪も首飾りも、ただのアクセサリーか?
「えっと、あ! アレだよね、試練の部屋!」
「え? あ……ああ。最初の試練は、さっき言ったように、ポーカーのようなカードゲームだ」
「うん、僕、頑張るよ!」
何だか調子狂うぞ。意外とグイグイ行くな。
……ほら、もう扉を開けて中に入って行ってるし。
「まあいい。ここでアイツもゲームオーバーだ」
今回は1人で左の部屋か。そういえば〝挑戦者〟が1人だけっていうのも久しぶりだな……
「……ん? なんか、おかしくないか?」
あのガキ、もう椅子に座ってやがる。
〝怖いよね!〟とか言いながら、全然怖がってないじゃないか。
ディーラーのおっさんも、出てきた途端にギョッとしてるな……あんな顔、初めて見たぞ。
『ジュ……ジュッのルールは、もう聞いていると思うが、ジュジュッのは、カードを使ったゲームだ。私に勝てば、次の〝試練〟に進むことができる』
いつもの妙なノイズのあと、ディーラーのおっさんの声が聞こえてきた。
「あ、そういえばアイツ、言葉わかるのか?」
『えへへ。大丈夫だよ! ……あ、じゃなかった。分かったよ!』
「ふーん。しゃべれるのか。まあ、ゲームを始めることは出来そうだな」
……ん? やっぱり、何か不思議な違和感があるな。
『このカードを使う』
おっさんは、大きく〝13〟と数字が入ったカードを4枚、テーブルに並べていく。
『カードは1から13まで。そして、どのカードに置き換えることも出来る〝ワイルドカード〟が1枚』
いつものように、大きく金色の〝星〟が描かれたカードを並べた。
……このディーラーのおっさんは〝眷属〟だ。
いや、そこら辺をウロウロしているヤツとは違うぞ。特別に〝吸血鬼〟に認められて、人間だった頃の記憶と自我を残してもらった、言わば〝エリート〟なんだってさ。
『まずは双方に5枚のカードを配る。カードの交換は2度。あなたが先で、次が私……』
今まで何度も聞いた説明が続く。
茶番だな。でもまあ、これをやるとやらないとでは、罠に掛かったと気付いた時の〝挑戦者〟たちの絶望感や怒りが、格段に違ってくる……のだそうだ。
『数字を1、2、3、4、5のように、順番に5枚揃えれば〝ストレート〟。ただし、13から1に続けることはできない』
だいたい、普通のトランプを使ったポーカー勝負でも、絶対に勝てるんだよな、このおっさん。
たしか〝眷属〟になる前は、どっかのカジノで〝天才ディーラー〟として、結構な有名人だったみたいだから。
『5つ、同じ数字を揃える〝ファイブカード〟。この〝役〟が、最強だ』
不敵な笑みを浮かべるおっさん。これが〝ワイルドカード無しでも同じ数字を5枚集められますよ〟っていう、最大のヒントなんだよな。
……同時に、ディーラーとしてのプライドが見え隠れしていて面白い。
『それでは、始めようか。まずは好きなだけ、カードをカットしてもらおう』
ガキは、カードの束を受け取り、妙に慣れた手つきでシャッフルする。
『えへへ。こんなもんかな』
『よろしい、それでは始めよう』
おっさんが、自分とガキ、双方に5枚のカードを配る。
配られたカードを見て、ガキは、ちょっと困った顔をした。
『交換は?』
『うーん、どうしようかな……5枚ください!』
ガキは、カードを5枚とも伏せてテーブルに捨て、おっさんから、カードを5枚受け取る。
フルでチェンジか、珍しいな。
おっさんは、自分にも相手にも、思い通りのカードを配ることが出来る。
……まあ、イカサマと言うより、技術だな。
おっさん、いつもは〝黒3枚〟と〝色違い2枚〟を引かせて〝フラッシュ〟に持っていかせようとするんだが、気付いていないのか?
所詮はガキか。次の〝誘い〟でノッて来なきゃ、場が盛り上がらねぇなあ。
『それでは、私は1枚……よし』
ニヤリと笑みを浮かべるおっさん。
うまいな。おっさんの方に良い〝役〟が来たと焦らせて〝フラッシュ〟……いや〝ストレートフラッシュ〟を誘うつもりだろ。さあ、乗っかっていけよ、ガキ。
『そうだなあ……えーっと。どうしようかなー』
何を考える事があるんだよ!
2枚交換……いや、おっさんの事だから、1枚交換するだけで〝ストレートフラッシュ〟が狙えるぐらいのカードが来てるだろ? まあ、おっさんは既に、同じ数字が4枚の〝クアッド〟を揃えてるんだろうけどな。
『決めた! 5枚変えちゃおっと!』
さっきと同じように、5枚のカードをテーブルに伏せて、おっさんから5枚のカードを受け取る。
『あー。全然ダメだったよ。今日はツイてないなあ!』
うぉいッ! この馬鹿ガキ! ルール分かってねえんじゃねえか?!
「ううん。大丈夫だよ?」
はぁ?! 何が大丈夫…………ん? いまアイツ、私の心の声に日本語で……?
『私はこれでいい。やれやれ、やはり子ども相手では、盛り上がらなかったな』
おっさんは半ば投げやりに、持ち札をテーブルに並べる。
いつもの〝うまく揃えた黒のフラッシュが、実はブタだと気づく〟パターンを崩されて、すっかり萎えてしまっているのだろう。
『6の〝クアッド〟だ。さて、残念だが、あなたは我が主の元に……』
『僕はね、9の〝ファイブカード〟だよ!』
『……は?』
……は?
『えっとね? 最初来たのが、7で、次に8の〝ファイブカード〟だったんだ。思い切って13のを狙ったんだけど、今日は調子悪いみたい!』
おっさんは、あわててテーブルの上に伏せてあるカードを裏返す。
……さっきガキが捨てたカードは、7の〝ファイブカード〟と8の〝ファイブカード〟。
『ええええええええええっ?!』
「ええええええええええっ?!」
ちょっと待て!
えっ?! ちょっと待て! 〝ファイブカード〟が3回連続で来るって、どんな確率だよ!
……いや、それ以前に、おっさんがカードを操作してるんだぞ? いったい何が起きた?!
『あり得ない……! 私は、たしかにカードを……!』
『えっと……〝偶然〟おじさんの手が狂ったのかもね』
このガキ、カードの操作にも気付いていたのか?!
『えへへー。僕ね、すっごく〝幸運〟なんだ。ほんのちょっとでも〝運〟が絡むもの……たとえば〝裏向きになってて表の見えないカード〟とかが、僕の〝運〟に逆らうことは、絶対に無いんだよ』
そんな……そんな……!
『そんなバカげた事があるか! どうやった? どんなトリックを使ったんだ?!』
うお! ビックリした! 初めて見るな、こんなに声を荒げているおっさん。
だが、たしかに、イカサマとしか考えられない。このガキ、一体……
『えへへー。トリックでもイカサマでもないよ? うーん……じゃあね、その残ってるカード、5枚、僕に配ってみてよ』
訝しげな表情で、カードを配るおっさん。
ガキはそれを受け取ると、ハッとした顔で言った。
『あ、そうか! それでさっき、僕の〝運〟は〝10以上のファイブカード〟を出さなかったんだね!』
カードを、ゆっくりテーブルに並べるガキ。
……う、嘘だろ?
『えへへ。でもこっちの方が、お星様がキレイでカッコイイよね!』
実は、このカードゲーム、5種類の絵柄があるため〝ファイブカード〟の出る確率は、ひとつ下の〝役〟よりも、格段に高い。
……ガキが並べたカードは〝黒猫のマーク〟で統一された、10、11、12、13そして〝ワイルドカード〟。
『な?! 〝ワイルドストレートフラッシュ〟だとおおおお?!』
……実質〝最強の役〟だ。初めて見た。
「そう、6年だ。長かった……!」
……ん? ああ、ガキ5人か?
アイツらは今ごろ、吸血鬼の元へ送られているだろう。日が暮れたら、順番に血を吸われて、晴れて〝眷属〟の仲間入りだ。
「おっと、もう新しい鍵が用意されたか。持っていかなきゃな」
噴水の前に転がっていた鍵を拾う。添えられた手紙は要らねえ。丸めてポイっと。
最後だ。この鍵を使って、あと1人! たった1人〝試練の扉〟に人間を放り込めば、私は自由になれる!
「……ここは、食料庫などではない。〝養殖場〟だ」
人間は、こんな場所でも勝手に増える。500年という歳月は、この閉ざされた空間さえも、人間が生活できる町にした。それほどまでに、人間の順応性は高い。
だが、その順応性が問題だった。吸血鬼と、その眷属から逃れ、隠れて生きる術を考え、学び、捕らえられなくなったのだ。
やがて、吸血鬼は腹を空かせ、奴らを探したが、時既に遅し。どこに居るのか分からない。捕まえることが出来ない。
「家の中に虫がいる。いるはずなのに見つからない……しかも、どんどん増えていく。腹立たしい上に、気味が悪いんだろう」
そこで吸血鬼は〝協力者〟を用意しようと考えた。
私は吸血鬼と約束したのだ。ここに隠れ住む人間を100人、あの扉に誘い込めば、晴れて自由の身になれる!
……今日の獲物は、なかなか手強いヤツラだった。若干の苦労はしたが、うまく引っかかってくれたものだ。所詮はガキだな。
「……ククク。そういえば〝見た目がガキなだけ〟のヤツもいたっけ。ククク……ハーハッハッハ!」
「えへへー。何がおもしろいの?」
「うわっ?!」
な、何だこのガキ。お、脅かすなよ!
ん? 日本語? コイツもしかして、アイツらが言ってた……
「僕はね、栗栖和也だよ」
間違いない。あのガキどもの仲間だ。
そうか、結局入って来ちまったのか。クックック。ご愁傷様だなあ。
「えーっと、僕、友だちを探してるんだけど……」
ククク。知ってるよ。
よし、折角だから会わせてやろう。そうすれば、私のノルマも達成だ。
「そうか……もしかして君の友達は、同い年くらいの4人組みじゃないか? 男の子2人に女の子2人の」
「わあ、良かった! おじさん、みんなのいる所、知ってるの?!」
食いついた! チョロいな。
「知っているとも! でもね、とても危険な所なんだ。それでも行くかい?」
「うん。どうしても行かなきゃならないんだ。あとね、もうひとり…………あ、そっか、一緒なんだね、えへへ!」
ん? 何だ、一緒って。
まあいい。とにかく、コイツを扉の中に放り込んで、こんな空間からは、さっさとオサラバだ!
>>>
扉の前で、ルールを説明する。これが大事だ。
「いいかい? 5つの〝試練〟を突破した者は未だ居ない……」
〝呪い〟や〝魔法道具〟は、決められた条件で発動する物が多い。
「君は全てを1人で突破しなければならない。〝試練〟の内容だが……」
この扉は、複雑な条件を満たすことによって、幾重にも編み込まれた呪いを掛ける。
まず〝ルール〟を強制して、違反した者の自由を奪う呪い。
そして〝試練〟に失敗した者の自由を奪う呪い。
最後に、鍵を持つ〝案内者〟に危害を加えた者の自由を奪う呪いだ。
「大切なルールをもう1つ。この扉の中にある物以外の、あらゆる道具は、使用禁止だ。使ったとたんに、負けとなる」
……これでよし。呪いの発動に必要な説明は、ここまでだ。これをやっておかないと、鍵を使うことも出来ない仕組みだからな。逆に、説明不足なら扉は開かない。まあ、だからこそ失敗は有り得ないんだけどなあ!
「すまないが、私は、この世界に閉じ込められている、多くの人たちのリーダーだ」
ククク。そのおかげで、養殖されて隠れているヤツラも、わざわざ向こうから来てくれるんだ。
「だから〝挑戦者〟として一緒には行けない。でもせめて〝案内者〟として、ついて行ってあげるよ」
「うん、ありがとう! すごく助かるよ!」
ククク。礼を言うのは私の方だよ。だって君のおかげで、もうすぐ、私は自由の身になれるのだからね!
……よし、扉が開いたぞ。
「さあ、まず〝挑戦者〟の、君が入るんだ」
コイツの友だちは、不可解なヤツらだった。
「うん。頑張るよ! でもちょっと怖いよね……」
そもそも、藤島彩歌……〝魔道士〟が〝アガルタ側〟から入ってきた時点で、普通じゃないのは分かっていたが、結局、ヤツらの正体は分からず仕舞い。
「私も一緒だから、勇気を出して行こう。友だちを助けるんだろう?」
ヤツらがタダのガキじゃない事を踏まえた上で、コイツの身に着けている指輪と首飾りが気になる所だ。〝ガキの分際で〟と思っていたが、もしも、何らかの力を秘めた、常時発動系の道具だったら……ククク。ルール違反で一発退場だ。
「えへへ! 不思議だねー。ドアだけだったのに、中はこんなになってるの?」
……チッ! 普通に入りやがった。期待させやがって!
指輪も首飾りも、ただのアクセサリーか?
「えっと、あ! アレだよね、試練の部屋!」
「え? あ……ああ。最初の試練は、さっき言ったように、ポーカーのようなカードゲームだ」
「うん、僕、頑張るよ!」
何だか調子狂うぞ。意外とグイグイ行くな。
……ほら、もう扉を開けて中に入って行ってるし。
「まあいい。ここでアイツもゲームオーバーだ」
今回は1人で左の部屋か。そういえば〝挑戦者〟が1人だけっていうのも久しぶりだな……
「……ん? なんか、おかしくないか?」
あのガキ、もう椅子に座ってやがる。
〝怖いよね!〟とか言いながら、全然怖がってないじゃないか。
ディーラーのおっさんも、出てきた途端にギョッとしてるな……あんな顔、初めて見たぞ。
『ジュ……ジュッのルールは、もう聞いていると思うが、ジュジュッのは、カードを使ったゲームだ。私に勝てば、次の〝試練〟に進むことができる』
いつもの妙なノイズのあと、ディーラーのおっさんの声が聞こえてきた。
「あ、そういえばアイツ、言葉わかるのか?」
『えへへ。大丈夫だよ! ……あ、じゃなかった。分かったよ!』
「ふーん。しゃべれるのか。まあ、ゲームを始めることは出来そうだな」
……ん? やっぱり、何か不思議な違和感があるな。
『このカードを使う』
おっさんは、大きく〝13〟と数字が入ったカードを4枚、テーブルに並べていく。
『カードは1から13まで。そして、どのカードに置き換えることも出来る〝ワイルドカード〟が1枚』
いつものように、大きく金色の〝星〟が描かれたカードを並べた。
……このディーラーのおっさんは〝眷属〟だ。
いや、そこら辺をウロウロしているヤツとは違うぞ。特別に〝吸血鬼〟に認められて、人間だった頃の記憶と自我を残してもらった、言わば〝エリート〟なんだってさ。
『まずは双方に5枚のカードを配る。カードの交換は2度。あなたが先で、次が私……』
今まで何度も聞いた説明が続く。
茶番だな。でもまあ、これをやるとやらないとでは、罠に掛かったと気付いた時の〝挑戦者〟たちの絶望感や怒りが、格段に違ってくる……のだそうだ。
『数字を1、2、3、4、5のように、順番に5枚揃えれば〝ストレート〟。ただし、13から1に続けることはできない』
だいたい、普通のトランプを使ったポーカー勝負でも、絶対に勝てるんだよな、このおっさん。
たしか〝眷属〟になる前は、どっかのカジノで〝天才ディーラー〟として、結構な有名人だったみたいだから。
『5つ、同じ数字を揃える〝ファイブカード〟。この〝役〟が、最強だ』
不敵な笑みを浮かべるおっさん。これが〝ワイルドカード無しでも同じ数字を5枚集められますよ〟っていう、最大のヒントなんだよな。
……同時に、ディーラーとしてのプライドが見え隠れしていて面白い。
『それでは、始めようか。まずは好きなだけ、カードをカットしてもらおう』
ガキは、カードの束を受け取り、妙に慣れた手つきでシャッフルする。
『えへへ。こんなもんかな』
『よろしい、それでは始めよう』
おっさんが、自分とガキ、双方に5枚のカードを配る。
配られたカードを見て、ガキは、ちょっと困った顔をした。
『交換は?』
『うーん、どうしようかな……5枚ください!』
ガキは、カードを5枚とも伏せてテーブルに捨て、おっさんから、カードを5枚受け取る。
フルでチェンジか、珍しいな。
おっさんは、自分にも相手にも、思い通りのカードを配ることが出来る。
……まあ、イカサマと言うより、技術だな。
おっさん、いつもは〝黒3枚〟と〝色違い2枚〟を引かせて〝フラッシュ〟に持っていかせようとするんだが、気付いていないのか?
所詮はガキか。次の〝誘い〟でノッて来なきゃ、場が盛り上がらねぇなあ。
『それでは、私は1枚……よし』
ニヤリと笑みを浮かべるおっさん。
うまいな。おっさんの方に良い〝役〟が来たと焦らせて〝フラッシュ〟……いや〝ストレートフラッシュ〟を誘うつもりだろ。さあ、乗っかっていけよ、ガキ。
『そうだなあ……えーっと。どうしようかなー』
何を考える事があるんだよ!
2枚交換……いや、おっさんの事だから、1枚交換するだけで〝ストレートフラッシュ〟が狙えるぐらいのカードが来てるだろ? まあ、おっさんは既に、同じ数字が4枚の〝クアッド〟を揃えてるんだろうけどな。
『決めた! 5枚変えちゃおっと!』
さっきと同じように、5枚のカードをテーブルに伏せて、おっさんから5枚のカードを受け取る。
『あー。全然ダメだったよ。今日はツイてないなあ!』
うぉいッ! この馬鹿ガキ! ルール分かってねえんじゃねえか?!
「ううん。大丈夫だよ?」
はぁ?! 何が大丈夫…………ん? いまアイツ、私の心の声に日本語で……?
『私はこれでいい。やれやれ、やはり子ども相手では、盛り上がらなかったな』
おっさんは半ば投げやりに、持ち札をテーブルに並べる。
いつもの〝うまく揃えた黒のフラッシュが、実はブタだと気づく〟パターンを崩されて、すっかり萎えてしまっているのだろう。
『6の〝クアッド〟だ。さて、残念だが、あなたは我が主の元に……』
『僕はね、9の〝ファイブカード〟だよ!』
『……は?』
……は?
『えっとね? 最初来たのが、7で、次に8の〝ファイブカード〟だったんだ。思い切って13のを狙ったんだけど、今日は調子悪いみたい!』
おっさんは、あわててテーブルの上に伏せてあるカードを裏返す。
……さっきガキが捨てたカードは、7の〝ファイブカード〟と8の〝ファイブカード〟。
『ええええええええええっ?!』
「ええええええええええっ?!」
ちょっと待て!
えっ?! ちょっと待て! 〝ファイブカード〟が3回連続で来るって、どんな確率だよ!
……いや、それ以前に、おっさんがカードを操作してるんだぞ? いったい何が起きた?!
『あり得ない……! 私は、たしかにカードを……!』
『えっと……〝偶然〟おじさんの手が狂ったのかもね』
このガキ、カードの操作にも気付いていたのか?!
『えへへー。僕ね、すっごく〝幸運〟なんだ。ほんのちょっとでも〝運〟が絡むもの……たとえば〝裏向きになってて表の見えないカード〟とかが、僕の〝運〟に逆らうことは、絶対に無いんだよ』
そんな……そんな……!
『そんなバカげた事があるか! どうやった? どんなトリックを使ったんだ?!』
うお! ビックリした! 初めて見るな、こんなに声を荒げているおっさん。
だが、たしかに、イカサマとしか考えられない。このガキ、一体……
『えへへー。トリックでもイカサマでもないよ? うーん……じゃあね、その残ってるカード、5枚、僕に配ってみてよ』
訝しげな表情で、カードを配るおっさん。
ガキはそれを受け取ると、ハッとした顔で言った。
『あ、そうか! それでさっき、僕の〝運〟は〝10以上のファイブカード〟を出さなかったんだね!』
カードを、ゆっくりテーブルに並べるガキ。
……う、嘘だろ?
『えへへ。でもこっちの方が、お星様がキレイでカッコイイよね!』
実は、このカードゲーム、5種類の絵柄があるため〝ファイブカード〟の出る確率は、ひとつ下の〝役〟よりも、格段に高い。
……ガキが並べたカードは〝黒猫のマーク〟で統一された、10、11、12、13そして〝ワイルドカード〟。
『な?! 〝ワイルドストレートフラッシュ〟だとおおおお?!』
……実質〝最強の役〟だ。初めて見た。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
女を肉便器にするのに飽きた男、若返って生意気な女達を落とす悦びを求める【R18】
m t
ファンタジー
どんなに良い女でも肉便器にするとオナホと変わらない。
その真実に気付いた俺は若返って、生意気な女達を食い散らす事にする
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる