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春休み

シギショアラ

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 ルーマニア、トランシルバニア地方にある〝シギショアラ〟は、吸血鬼伝説でも知られる観光名所で……ごく普通の町だ。

「やー? ホントに、ここなのん?」

「あー。なんだか、何の問題の無さそうな、平和な所だなー」

 っていうか、むしろ明るい雰囲気の素敵な町だ。
 ……とてもオカルト系の〝何か〟があるような所には見えないんだけどなあ。

「ベーリッツの時は〝いかにも〟って感じだったけど」

「そうね。達也さんが、めずらしく尻込みしていたもの」

 彩歌あやかがクスクスと笑う。あれぇ、そうだったっけ……?

「えへへー。今のところ〝変な感じ〟はしないよ? 普通に、きれいな町って感じだよね!」

 おもむきのある、色彩しきさいゆたかな建物が立ち並び、チラリチラリと中世の物々しさが見え隠れする。
 不思議な雰囲気の、ここシギショアラは、観光客が多く訪れる〝平和な町〟だ。
 ……しかし、この町のどこかに、魔界へと続くゲートが、必ずあるはず。

『しかも、開いたままの門がね』

 そう言うと、ルナは彩歌あやかの頭の上で、腕を組んで、考え事をしている。

『おかしいな……ブツブツ……』

 そういえば、この町に入った辺りから、ルナは、キョロキョロと辺りを見回しては、首を傾げていた。

「ルナ、どうしたの?」

『ん? うん……』

 彩歌の問いに、ルナは生返事なまへんじを返して、さらにキョロキョロを続ける。
 いったい、どうしたんだ?

「ルナ、お前たしか、ゲートまでの情報を知る能力があったよな? 早く道案内してくれよ」

 ドイツの、ベーリッツ陸軍病院では、ゲートにたどり着くまでに、多くの隠し扉が道をふさぎ、無数の致死的な罠が仕掛けられていた。
 だが、ルナは、それらの仕掛けと場所、解除の方法まで、すべて知っていた。

「やー! スゴいよー! でもそれって、どういう仕組み?」

『えっへん! そこが僕〝魔界の軸石〟の凄いところさ! 仕組みもなにも、ある程度まで門に近づけば、そこに行き着く方法が、自動的に、全部分かっちゃうんだ』

 ルナの能力は〝ゲートに至るまでの、あらゆる情報がわかる〟という、便利なものだ。
 もちろん、僕や彩歌は〝人間向けの罠〟なんかで死ぬ事はないけど、同行した4人の子どもたちを守るために、とても役立ってくれた。

「よし、ルナ。さっさとゲートを閉じて帰ろう」

『……それがね。おかしいんだよ』

 おかしいのはお前の存在だ。

『達也氏にだけは言われたくないね! ぷんぷん!』

 あれ? あ、そうか。おまえ〝精神感応〟を持ってたな。

「いや、それより。何がおかしいんだ?」

『う、えっと……ごにょごにょ……』

 なんか言い辛そうにしているな……?

「ルナ、言いなさい。何があったの?」

 彩歌が、少し強めに問いただすと、ルナは渋々口を開いた。

『門が、見当たらないんだ』

 へぇ、門が見当たらないのか。
 それは困っ…………はい?!

「ちょっとルナ。どういう事なの? あなた、ここにゲートがあるって言ったじゃない?」

 そうだよ。もし間違いだったら、僕たちは、何のためにここまで来たんだ?

『タツヤ。ダーク・ソサイエティの基地建設をはばめたんだ。完全に無駄ということもないよ』

 まあね。〝特殊武装戦隊マンデガン〟も、僕たちが来なければ、大変なことになっていただろうし。

「道を間違えた、とかって感じじゃないなー? どうしたんだ?」

 大ちゃんが、頭の中の地図と周囲の風景を照合している。
 という事は、僕たちは間違いなく、ルナの指示通りの道を歩いているんだろう。

『うーん……おかしいなあ。もうとっくに、たどり着いているはずなんだけど……?』

「ルナ、あなたの能力で、ゲートにたどり着く〝道のり〟と〝方法〟は、全部わかるんでしょう?」

『そうなんだ。間違いなく門に近付いているんだけど……ここだ! っていう所に行き着かないっていうか……あ、ほら。今度はあの路地を抜けることになってる』

「〝路地を抜けることになってる〟? 何だよそれ」

『全貌が見えないんだ。情報が遅れて来るというか、変化し続けてるというか……』

「やー……? ゲートが、どんどん逃げているのかなー?」

 ユーリも首をかしげている。
 何だそりゃ? 気味が悪いなあ。

ゲートって、移動するのか?」

『そんな門、聞いたこと無いよ。だいたい、離れた場所同士を無理やり、つなぎ合わせているんだよ? それを移動させるなんて、無理なんじゃない?』

 ルナがそう言うなら、やっぱ、門が移動している説はあり得ないのかな。

「あー。まてよ? もともと〝地球〟は、自転している上に公転してるし、宇宙規模で言えば、座標は変化し続けているはずだぜ。それを補正してつなぎ合わせているか、もともと座標的な位置は関係ないのかも……ブツブツ」

 大ちゃんは、何やら難しい事をつぶやいている。

『ダイサク。もし魔界が〝地球のどこか〟に存在するなら、座標的な位置関係は変わらないはずだ』

「いや、ブルー。この前集めたサンプルでは、大気の組成が違い過ぎてるし、面積があまりに広大だ。地球に魔界があるとは思えないぜ?」

 ……よく分からないけど、とにかく頼みの綱はルナだけだ。指示通りに進むしかないか。

「ルナ、そっちに進めばいいんだな?」

『うん。この先に門があるのは、間違いないよ』

 ルナが指差しているのは、建物と建物の間にある隙間。
 ……これって道なのか? まあ、行ってみれば分かるか。
 僕たちは、一列になって、狭い隙間に入っていく。

「あ、ちょっと待って、たっちゃん……!」

 栗っちの声に、振り返った。

「栗っち、今なんか言った?」

 ……あ、あれ? おかしいな。確か栗っち、最後尾を歩いていたよな。

『タツヤ、いけない! カズヤの気配が、突然〝消失〟した!』

「な! なんだって?!」

 やっぱりそうだ。さっきまで、ニコニコ顔で付いてきていたはずの栗っちが、どこにも居ない。

「やー! 居ないよ、栗っち! どこ行ったの?!」

 ユーリは周囲を見回すのではなく、目を閉じている。これは〝生命感知〟を全開にしているのだろう。

「おいおいー。おかしいぜ? ユーリやブルーの〝生命感知〟が、いきなり栗っちを見失うなんて、無いだろ、普通」

 突然の異変。すぐ後ろにいた栗っちが消えた。
 そういえば、なんとなく周囲の雰囲気も変わった気がする。この空気感は、前に行った〝ベーリッツ陸軍病院〟と似ている。

「やあああ……何? なんか居るよ! やだこれ、気持ち悪い!」

 突然、叫ぶユーリ。何かに怯えたような表情で、めずらしく顔色が悪い。

「〝生命感知〟に、何か引っかかったのか?」

『タツヤ、私も感知したが〝生命〟かどうかは分からない。しかもかなりの数だ』

 うっわ。イヤな感じだな……

「ルナ、あなたの指示通り来たんだけど、どうなっているか分かる?」

『うん。門の位置と周囲の情報が、急に分かってきたよ。でも……』

「でも?」

『何だろう。今度はそれ以外が、ボヤけちゃった……』

 おいー! しっかりしてくれよ、魔界の秘宝!

「やああぁ……向こうもこっちを感知したかも! イヤだよー!」

 苦手なものが有ったんだな……!
 ユーリが、いつになく弱気だ。

『こちらに気付いたようだね。何体か近付いてくる』

 イヤすぎる! なんとなく、友好的な感じがしないし。

「この狭い路地で、何かに襲われたら動きづらいぞ。いったん戻ろう」

 そう言って、いま来た道を戻ろうとした時、僕の体は〝見えない何か〟にぶつかって、ボヨンと押し戻された。

「な、何だ? ……柔らかい、壁?」

 力任せに両手で押しても、叩いても蹴っても、ボヨボヨと同じ力で押し戻される。

「やー! それならこれでも食らえー! 魔神の爪!」

 おお! その爪、変身しなくても出せるようになってるのか、さすが大ちゃん!

「おいおいー! ちょっと待った、ユーリ!」

「……え?」

 ユーリの目にもとまらぬ斬撃が〝見えない壁〟に命中する。
 ……ボヨン!

「うあ! チクッとした!」

 ユーリの斬撃は、跳ね返されて僕の顔にヒットした。
 危ない危ない! 弾かれた先が僕でよかった。

「ユーリ、よく考えてから動かないと危ないぜ? やっぱ思った通り、その壁、受けた攻撃をそのまま跳ね返すなー!」

『まったく未知の事象だね。魔法による〝結界〟とも違う。私の力でも、その壁を破壊することは出来ないようだ』

 マジか……!
 これってもしかして〝閉じ込められた〟的なヤツなのか?

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