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5年生 3学期 3月

ストラングラー

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 えへへ。栗栖和也くりすかずやだよ。
 たっちゃんが魔界から持って帰ってきた〝お土産みやげ〟には、呪いと一緒に、霊体がいていたんだ。

「神の名にいて命ずる。答えよ」

 パン! という音が鳴り響いた。
 目の前の霊体は……

『……』

 驚いた! ……拒否したよ。
 すごく怒ってるから、このままじゃお話できそうにないなあ。
 ……実は、彼がネックレスに取り憑いていたのは、分かっていたんだ。
 でも、まさかここまで呪いが強いものだとは、気付かなかったんだよ。

『さあ、おとなしく首を差し出せ……』

 ちょっと怖いよね。息ができなくなるっていうか、首を落とす勢いだもん。

「栗っち、大丈夫か?!」

「えへへ。たっちゃんありがとう。僕は平気だよ。みんな危ないから、ちょっとだけ僕には話しかけずに、見ていてね」

 相手が〝霊体〟と〝呪い〟なら、僕は大丈夫。だけど、お友達とか家族に襲い掛かっちゃう、お行儀の悪い子もいるから、ね?

『ワタシに、その柔らかそうな首を締めさせておくれ……』

 黒くて濃いモヤが、僕の首の周りに集まってくる。
 でも、僕の首を締めようとしてもダメなんだよ。呪いの力では、僕に攻撃できない。

『……? なぜだ! なぜ、お前は死なないのだ?』

 不思議そうにしている霊体。
 それはね、僕がすでに、少しだけ神様だからなんだ。神様を呪うシステムは、この世界には無いんだよ。
 ……でも、それを説明しても、まだ聞いてもらえる状態じゃなさそう。

「何をそんなに怒っているの? あなたを救うためにも、教えて欲しいんだけど」

 あ、普通の人が、霊体にこんな優しい言葉をかけちゃダメだよ? きっと怖いことになっちゃうから。

『お前の首をワタシにおくれ。そうすれば教えてやろう』

 これはたぶん、ウソだよね。
 それに、もし首をあげられたとしても、教えてくれた時には、もう殺されちゃってるから、僕はこの人を助けられないよ。それは困っちゃう。
 ……よし。ちょっとだけ、踏み込んで聞いてみよう。

「……首を、どうかしたの?」

『……うぁ?!』

 僕の言葉を聞いた途端、より濃くて黒いモヤが霊体から湧き立つ。強い悲しみと怒りの波動が押し寄せてくるよ。やっぱり、何かあったんだね。
 ごめんね。この感情の嵐から、あなたに何があったのかを読み取らせてもらうよ。そうしないと、あなたはずっと、ネックレスの中で誰かを呪い続けなくてはならないから。

「……馬車は、小雨の中を西へ走っている」

『……?!』

 見えてきた。追い掛けられているの? 
 すごいスピードで走る荷馬車と、その後を、馬に乗った人たちが、刃物を振りかざして追う。

「馬車に乗っているのは、あなたと……子ども?」

 手綱を握る男性。首にはネックレスがある。荷台には、いくつかの木箱や壺、麻袋。そして、頭を抱えて震えている、男の子。
 ……追い掛けている男たちは、盗賊かな。

『ああっ、なぜ……なぜ分かる! お前は……』

「馬車は重い荷物を積んでいるし、人が2人も乗っているから、圧倒的に盗賊の馬のほうが速いよ。追いつかれちゃう!」

 男性は、呪文を唱えたよ。
 火の玉がひとつ撃ち出されるけど、盗賊はそれをすばやく避ける。
 魔法が、ふたつ、みっつと放たれた。
 でも、当たらない。
 とうとう追いつかれ、馬車と盗賊は並走している。

「よっつ目の火の玉が放たれる前に、一番前を走っていた盗賊の男が、刃物で男性を切りつけた」

 男性のうめき声と、少年の泣き声……うう、ひどいよ……

『やめろ! 憎い! 憎いぃぃい!』

 黒いモヤが濃く、そして空気は重くなっていく。

「馬車は止まった。男性はたくさんの血を背中から流して動けず、男の子は男性をかばうように立っている」

『ぐうっ! 許さん! 許さんぞ……! 憎い! 全てが憎い!』

 盗賊たちは、積荷を奪い、歓喜する。
 やがて一人の盗賊が、少年を蹴り飛ばし、男性のネックレスを奪おうとする。
 荒々しく引っ張られ、男性の首が絞まる。必死で止めようとする少年。

「首を絞められながらも、やめてくれ、息子だけは見逃してくれと必死で懇願するあなたを、盗賊たちは笑い声と共に締め殺した。薄れゆく意識の中で、あなたが最後に見たのは、刃物を首に当てられている息子の姿……」

『うおおおおおおおっ!! 憎い! 殺す! 憎いいいいいっ!!』 

 ごめんね、思い出させるような事しちゃって。
 悲しいよ。何も悪いことしてないのに、そんな風にひどい目にあわなきゃいけないなんて……
 でも……だからと言って、全てを呪い続けてはいけない。

「神の名に於いて命ずる。答えよ!」

 パン! という音が、再び鳴り響く。
 ちょっと無理矢理だけど、これでお話できそうだよ。

「あなたの名前は?」

『ふぅっ! ふぅっ! お、お前は……何者だ? ワタシに命令するな!』

 まだ、抵抗するんだね……でも、ここまでがあなたの事を知ったからには、もうあらがえないんだよ?

「あなたの名前を教えて?」

『ふぅっ! ふぅっ! そ、ソウスケだ』

 ソウスケさんか。やっと答えてくれたね。

「ソウスケさん、あなたはとても悲しくて、苦しくて、辛い思いをしたよね。でも、もう終わったんだよ?」

『お、お前に……』

 そう。僕にはあなたの気持ちが分からない。

『お前に何が分かる!』

「うん。そうだね、僕には分からない……どんな人でも、他人を傷つけてはいけないよね。だから、あなたを殺した人たちの事は、僕も許せない。だけど……」

『そうだ……あいつらが憎い! 憎い! 憎い!!』

「だけど、よく考えて? あなたも、呪いで罪もない誰かを傷つけようとしているよ?」

 僕は、あなたがなぜ、無差別に人を呪おうとしているのかが分からない。理解出来ない。
 だから……

『うるさいぞ……! ワタシは憎くて恨めしくて……お前、うるさい! うるさいぞ!!』

「じゃあ、僕と一緒に行こうか」

『……?! なんだと?』

「僕は、あなたがどれだけ辛かったのか、悲しかったのか、苦しかったのか、まだちゃんと分かってあげられないんだ。神様としては、まだまだ……だよね?」

 ソウスケさんは、僕をにらむように見ている。
 心なしか、怒りの波動が和らいだ気がするよ。

「あなたは、これ以上、罪を重ねてはいけない。呪うなら持ち主の僕だけを呪えばいい。そして、僕と一緒に色々な所に行こう。ソウスケさんも僕も、もっともっと、人間を知るべきだから」

 たくさんの黒いモヤが、ネックレスに吸い込まれていく。
 既に、ソウスケさんの〝怒り〟の波動は〝周囲の全て〟ではなく、僕だけに向けられていた。

『いいだろう。どうやら、本当にお前を殺すことは出来ないようだし、それならば、お前が人間に絶望するのを……見るのも……面白そうだ……』

 ソウスケさんの姿も、ネックレスの中に戻って行く。

「ソウスケさん、きっとあなたの想いの行き着く先を、一緒に見つけてみせるからね!」

 僕とあなたの旅が……人間という種が、希望に満ちている事を信じてるよ。

 
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