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5年生 3学期 3月

余興

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 兄さんは、すでに知っていました。
 〝もう地上に敵は居ない〟という事を。
 私は織田おだ啓太郎けいたろうこと〝ケイタロウ〟。
 漢字は〝あて字〟で、苗字みょうじは〝借り物〟です。
 シェオール人に苗字はありませんので。

「現在の地上の様子だ。そちらの少年。お前が何者か知らないが、一緒に見ているがいい」

 4分割された画面に、大きな門が映し出されました。
 ……これは城塞都市の東西南北の門では?!
 私の隣りにいる少年、内海達也うつみたつやさんも、驚いた顔で足元の画面を見ています。

「撃て」

 兄さんの言葉と同時に、画面が激しく光り、爆音が響きます。
 次にアングルが切り替わると、全ての門は粉々に砕け散っていました。

「に、兄さん! 今のは兄さんがやったのか?! な……何て事を!」

「あーっはははは! さあ、入ってくるぞ! 魔物だけじゃない。何体かの凶獣も近付いて来ている! 全員死んだなあ!」

 どうやったのか分かりません……ですが、あの巨大な門を一瞬で破壊するなんて!
 次々と変わる門の画像はどれも、都市内へとなだれ込む、魔物の姿を映し出しています。

「……兄さんは自分が何をしたのか分かっているんですか?!」

「俺がやっているのは〝大掃除〟だ。きたならしい地上人を綺麗に片付けてやるのだよ」

 狂っている!
 ……確かに、われわれシェオール人は、地底の迷宮に閉じ込められてしまいました。
 兄さんの気持ちは痛いほどよくわかります。ですが……

「今の地上人たちは、シェオールの事を何も知りません! 誰も悪くないんですよ?!」

「知らないことが、すであく! われわれ地下都市に住む者の存在を忘れ去り、のうのうと地上で生活している事がつみ!」

「そんな……理不尽な」

「お前も、全てを伝承されたのなら分かると思ったのだがな」

 兄さんの言っている事は……もしかしたら、地下都市シェオールに住んでいる人々……いえ、今までシェオールに閉じ込められ、外の世界を知らずに死んでいった全ての人間の総意かもしれません。でも……

「兄さんは間違っている! 憎しみは何も生みません!」

「間違っているのは、本当に俺か?」

「兄さん……?」

「仮に……地上に出たとしよう。地上の民は、我々地底に住まう者を、どんな目で見る? 地底に住まう者にどんな仕打ちが待っている? 愚かな地上の歴史を知っているお前と俺だけが分かることだ」

 ……いくさに明け暮れ、魔界人同士が争い合う、愚かな歴史が繰り返された事もありました。
 想像もつかないような、非道な扱いを受けた人たちもいたようです。

「城塞都市の方々は……今、地上にいる人たちは、とても優しい、慈悲と愛情に溢れた人たちばかりです!」

「愚か者め! お前は知らぬのだ。人間とは同じ歴史を繰り返す! 現に魔界は……全ての魔界人はアガルタの……ん? 何だ? 何が起きた?!」

 ……え? こ、これは!
 足元の画面に映る映像には、考えられないような4つの光景が映し出されていました。
 ひとつは、間違いなく北門。なぜなら、そこに映っていたのは真っ赤な炎……破壊された門の隙間からだけでなく、あの高さの城壁の上にもチラチラと。考えられない幅と高さの炎の壁。
 あれは藤島さんの魔法だろう。

「……何なのだ? あの者たちは」

 銀色に赤いラインの入った不思議な装束の戦士。
 彼の攻撃は、次々に無数の魔物を倒していきます。
 そして見たこともない武器から放たれた光の帯は、なんと一撃で凶獣を仕留めてしまいました。
 さらには、彼が近づいた次の瞬間、以前よりも立派な〝門〟が現れたのです。

「あれはどういう魔法……」

「魔法じゃなくて、ただの〝修理〟なんだよな……」

 私の言葉に、さも知っているかのように答える内海さん……もしかして、お知り合いなのでしょうか?
 隣の画面に映ったのは、人とは思えない速さの、獣のような〝耳〟を頭に付けた女戦士。
 動きを目で追うことが困難です。彼女の通った後には、死体の山が出来上がっていきました。最終的には、門の前で仁王立ち。
 まだまだ門の外に沢山居るであろう魔物は、なぜか一体も入って来なくなったのです。

「あの〝殺気〟じゃ〝凶獣〟すら絶対に入って来れないよ」

「凶獣を退けるほどの〝殺気〟を、あんな少女が?!」

 確かに、魔物が一匹もいなくなったのに、魔道士すら彼女に近付きません。画面越しにも伝わってくるような、冷たくピンと張り詰めた空気感です。
 そして、先程から全く動かなくなった魔物の大群と凶獣の前に立つ、緑色のローブを身にまとった戦士。こんな静かな戦いは見たことがありません。
 しばらくの沈黙のあと、全ての魔物と……直後に凶獣も、その場に倒れました。
 ……首と胴を切り離されて。それは、恐ろしいというより、不思議と荘厳で神々しいような光景です。

「まるで神の所業ですね……」

「織田さん、よく分かりましたね! 彼は〝神様候補〟なんですよ」

 ……さすがはアガルタの化身ですね内海さん! 神様とも知り合いですか?!

「どうなっている! あの者たちは一体……?!」

 兄さんが驚いている。これを見れば、計画を諦めてくれるかもしれない、そう思っていましたが……

「……まあいい。ひとつ目の余興は盛り上がらなかった、それだけの事だ。次の出し物に移ろうか」

 まだ何かあるんですか?!

「兄さん! 何を……」

「ふははは! 魔王だ! お前もよく知っている、この迷宮に封印された魔王を復活させてやる!」

 ま、まさか兄さんは魔王の復活方法を見つけたのか? 

「なっ?! そんな事をしたら、地上どころか、このシェオールも滅びますよ?!」

「問題ない……魔王は復活させた者に魔王の指輪デモンズリングを贈るとされている。地下都市に被害を及ぼす事なく、地上と地球アガルタを滅ぼせるだろう」

「そんな……!」

 もし本当に兄さんが魔王の封印を解いて、魔王の指輪デモンズリングを手に入れたとしたら……いくら内海さんが強くても太刀打ちできないでしょう。

「いやいやいや。そんな事で指輪はもらえないって!」

 え? 内海さん?

「……何だと?」

「いや、だから指輪はあげないって言ってるぞ?」

「内海さん、何を言ってるんですか?」

「少年よ、急にしゃべり始めたと思ったら、何をワケの分からないことを……」

 内海さんは、アガルタからこちらに来たばかり。
 もしかして、魔王の怖さを……いや、魔王の存在自体を知らないか、何か勘違いをしているのかもしれません。
 詳しく説明している暇はないのですが……

「内海さん。魔王は恐ろしい存在です。例え噂に聞く12人の英雄魔道士が束になって掛かっても、勝てないでしょう」

 西の大砦で出会った菅谷すがや氏。
 彼は確かにとても強かったです。しかし……

「伝説の魔王は次元が違う。人間が戦いを挑むこと自体、不可能なのですよ!」

「いや、僕は人間ですからね?!」

 内海さんは、急にムスッとした表情になってしまいました。

「それに、指輪はもらえないんです。絶対に!」

 よく分からない事を仰っています。
 ……やはり、何か勘違いをされているのでしょう。

「内海さん。魔王は封印を解いた者に、自分の命を込めた指輪を与え、忠誠を誓うといわれているんです」

「あー……いえ、それ違うんですよ織田さん。本人が言ってますから間違いないです」

「何を言ってるんですか……? 本人って誰です?」

「少年、お前の戯言ざれごとに付き合っていても仕方がない。とにかく魔王の封印を解いて……」

「いや、戯言ざれごとっていうか…… あ、そうだ、直接聞いてみる?」

 内海さんは地面に手を置いてゴーレムを呼び出しました。〝砂抜きされた砂時計〟の部屋に施されていた封印を解く時に使った、あの禍々まがまがしい姿のゴーレムです。
 完成したゴーレムは、静かに口を開きました。

『お初にお目にかかる。話は聞かせてもらった。だが、魔王の指輪デモンズリングは〝魂〟そのもの。おいそれと贈ることはない。真にあるじとなりうる強者のみ、その身につけることが出来るのだ』

 腹に響くような低い声で語るゴーレム。内海さん、このゴーレムは一体……?

「ふふふ、ふはははは!! 何をするかと見ていれば、人形遊びか!」

 ……内海さんが操作しているのですか?
 逆効果ですよ内海さん! そんな虚仮威こけおどしで、兄さんは止まりません!

「少年よ。あまり私を怒らせないほうが良い」

『その言葉、そのままお前に返そう。我があるじを、あまり怒らせないほうが身のためだ……』

「いやいや、見た目が子どもだから仕方ないじゃん。お前もそうだったろ?」

『ははは。これはこれは。耳が痛うございます』

 ……いや、おかしいです。
 内海さんはそんな事をする人じゃない。
 だとしたら……このゴーレム、自分の意思を持って動いているのですか?
 どういう事ですか内海さん?!

「子どもだと思って下手したてに出ていれば調子づきおって……そんな人形劇を見ている暇は無いのだ! もういい。消えろ」

 足元の、4分割された画面のひとつに、突然、内海さんが映し出されました。よく見ると、兄さんの頭上に、真っ白な球体が浮かんでいます。まさかあれが!

「一緒に死にたくなければ、お前は離れていろ、ケイタロウ」

 画面中央、内海さんの胸部に、2重の丸い印が表示されました。
 ……やっぱり! あの球体が門を壊したのですね?!

「この玉は、5つしかない上に燃費が悪い。撃てば再充填リロードに丸一日かかってしまうのだが……今日最後の一発はお前に使ってやる。ありがたく死ね」

「だめです! 兄さん、やめ……」

 言い終える前に、内海さんが私を突き飛ばしました。
 まばゆい閃光と共に、球体から放たれた光線は内海さんを直撃。轟音が轟き、凄まじい爆風が吹き荒れ、不思議な匂いの煙が巻き起こります。

「内海さあああん!!」

「ふははははは! あーっはっはっは!!」

 轟音が止み、耳鳴りが収まり始めても、兄さんの高笑いが響いています。

「織田さん、突き飛ばしちゃってごめんね? 大丈夫?」

 ……まさか、ここまでとは。
 あの巨大な門さえ跡形あとかたもなく吹き飛ばすような攻撃でも、内海さんは全くの無傷。ボロボロになったローブは、一瞬にして新品のように再生されました。

「あーっはっはっはっはっは……はああああああ?」

「おっと、お前もか。ちょっと待てよ、作り直すから」

 ボロボロになったゴーレムを一旦消して、もう一度呼び出した内海さん。

『……主《あるじ》よ。今の場合、明らかに殺意を込めた攻撃にございます。わたくしには人間の〝情〟という物が未だ理解しかねますが、この場合も、あの者を〝敵〟とはされないのでございますか?』

「うーん。それなんだよ。どうしたもんかな」

 普通にゴーレムと会話を始める内海さんと、それを睨み付けている兄さん。

「あ、とにかく、あれは敵だ。やっちゃって?」

『はい。かしこまりました』

 ゴーレムの姿が一瞬ゆらいだかと思うと、パーン! という音と共に、兄さんの頭上の球体が粉々に砕け散りました。速い! 速すぎます!

「な! なんだと?!」

「今ので分かってくれたら、すっごく嬉しいんだけど……もうやめない?」

 内海さんが本気になれば、一瞬で兄さんを倒せる。そう言う事ですね。
 ……でも、兄さんは。

「ふ……ふざけるな! どうやったのか知らないが、こうなったら魔王を復活させて……」

「だからさ、ダメなんだって! ……まあ、パズズ以外を復活させるなら、ちょっと面白い事になるかもしれないけどさ」

「はは。あるじよ。それは面白うございますな。ですが結果は見えておりますゆえ」

 パズズ以外のって……内海さん、どういう事ですか?!

「あ……あと、織田さん?」

「は、はい! なんでしょう……?」

「悪いんだけど、お兄さんを〝ラゴウ〟って呼んじゃって良いかな? その方が呼びやすくって。次、たぶん〝僕視点〟に変わるから」

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