上 下
178 / 264
5年生 3学期 3月

竜に乗った使者

しおりを挟む
「すみません、ちょっと天蓋てんがいの操作をしてまいります」

 ここは西の大砦のエネルギーを一括管理している、地下ブロック。
 鈴木博己すずきひろき氏はこの場所の管理責任者だ。

飛竜ひりゅうは、ここから少し東にある広場に降りると思いますので、もしよろしければ先に行っておいて下さい」

 鈴木氏は奥の部屋へと、急ぎ足で消えた。

「それにしても、飛竜か。ちょっと楽しみだな」

 竜と聞いてワクワクしない男の子は居ないんじゃない?

「そうですか、内海さんは飛竜をご覧になった事はありませんか」

 まあ、こっちでは珍しくもないんでしょうけど、アガルタには居ないですからね。

「えっ! パイセン、マジで飛竜見たことないの? やべー!」

 いや、ヤバくはないだろう。

「アニキ、確かに、ちょっと東に行った所に広場があったッス! 行きましょうッス!」

 ……お前今、アニキって言わなかったか? おい、ちょっとまてコラ!

『アニ……タツヤ、行こうか』

 待て待て待てブルー。
 お前まで、なんか言いかけたよな?

「行きましょうか達也さん」

 彩歌がクスクス笑って言う。やれやれ、パイセンの次はアニキかよ。
 とにかく、緊急事態らしいし、様子を見に行くか。





 >>>





 東の広場には、すでに十人余りの魔道士達がいた。まだまだ集まって来そうだな。
 ……飛竜が来るっていうのは、そんなに大事件なのか。

「お! アヤ、達也くん。早かったじゃないか」

「おはよう諸君。無事で何より」

 エーコと、菅谷すがや稀太郎まれたろうさんだ。
 2人とも、ただならぬ状況に駆けつけたと言った所かな。

「ふあぁ~あ」

『ご主人……シャキッとして下さいよ……』

 精霊〝カリュブディス〟の声だ。本当に寝起きが悪いんだな、この人。

「アニキ! 来たッスよ!」

 バサバサという音に気づいて上を見ると、はるか上空から、黒い影がまっすぐに降りてくる。あれが飛竜か!

「……普通に竜だ」

「達也さん……普通にって?」

「あ、うん。なんか魔界に来てから、想像とちょっと違ったりする物が多過ぎて……」

 ファンタジーのイメージを崩されまいと、僕の脳が必死なんだよ、きっと。
 だって下手したら、飛竜とか言いながらトンボみたいなヤツが到着するかもしれなかったんだもん。

『なるほど! ドラゴン・フライと言うね。さすがだタツヤ。もう一捻りして、いっそもうハエの姿でも良かったかもしれない』

『勝手にドラゴンの方を省かないでくれ、ブルー』
 
 などという、どうでもいい話をしている内に、飛竜は広場中央にある、マルで囲まれた〝H〟の文字の中央に着地した。
 アレはもしかして、飛竜HIRYUの〝H〟か?

「城塞都市から参りました! 緊急事態です!」

 手綱たづなを引いている魔道士が、こちらを向いて叫ぶ。
 その後ろに座っていたひとりが、命綱であろうロープの先の金具を外して、飛竜から降りてきた。

「皆さん、ご無事で何よりです。ある程度の事情は〝ふくろう〟の関係者から既に聞いております」

 ……やっぱり〝梟〟が伝えたのか。

「実は昨日、城塞都市に向けて、大規模な魔物の侵攻がありました。しかも、四方の〝門〟全てに対してです」

「何だって?! そんなバカな……! 魔物が同時に4門全部を攻めるなんて、聞いたことがないぞ!」

 エーコが青ざめた顔で言った。

「私たちが飛竜で出発した時点で、東門以外は既に危険な状態でした。全ての魔道士が応戦に当たっていますが、魔物の数が多過ぎて……」

「そんな! ……こんなに早く?! なぜ?」

 織田さんが、あごに手を当てて深刻な表情をしている。こんなに早くって?

「そんなにスゴい数なのか? どんな魔物なんだ?」

あり系じゃないかしら。アイツら、軍隊みたいに動く上に、たまに大繁殖したり、大移動したりするから……」

 彩歌さんが呟く。

「全種類です」

「え?」

 稀太郎まれたろうさんが、目を丸くしている。

「今、なんと言ったかね?」

 稀太郎さんだけじゃない。
 この場にいる全員が、耳を疑った。

「全ての種類の魔物が、城塞都市に押し寄せているのです。数はお察しの通りです」

 おいおいおい! どういう事だ? 確か魔物って……

「そんなバカな事があるか! 多種の魔物が同時に?!」

 そう。稀太郎まれたろうさんの言った通り、魔物は基本、連携プレイをしない。
 カエルとヘビが、仲良く獲物を襲う事など有り得ないのだ。

「ハッキリとした原因は分かりません。とにかく、城塞都市始まって以来の危機です」

 そりゃ、飛竜も飛ばすわな。
 という事は、彼らがここに来た目的は……

「我々は、最大戦力となるであろう〝伝説の魔道士〟と、今回の〝大侵攻〟の原因を知っているかもしれない人物をお連れしに来たのです」

 最大戦力というのは、稀太郎まれたろうさんだ。
 何せ、この時代には1人も居ない、第十六階級魔道士ウィザードらしいからな。
 そして、あと1人は、きっと……

菅谷すがや稀太郎まれたろう様、織田おだ啓太郎けいたろう様、居られますでしょうか!」

「ワシが菅谷すがやだ」

「織田です」

 2人が名乗り出た事により、飛竜でやって来た魔道士たちは、少しだけ安堵あんどの表情を浮かべる。
 やっぱり織田さんか。

「すみません、状況は分かりました。急いで戻りましょう」

 織田さんは、今回の魔物大侵攻の原因を知っているようだ。
 慌てた様子で飛竜に向かう……けど、稀太郎さんは違った。

「すまんが、ワシはここを離れるわけにはいかん。こう言っては何だが、この場所に悪魔が攻め入って来ないのはワシが居るからだ」

 確かにその通り。悪魔はこの大砦を狙っている。
 今朝の西門にも、驚くほどの悪魔が潜んでいたし、現にここにも……

「カリュブディス!」

『はい、ご主人』

 突然、稀太郎さんの声とともに現れた精霊カリュブディスの右腕が、広場に集まった大勢の人混みの中の1人を貫いた。

「きゃああああぁぁ?!」

「うわっ! 何でだよ?」

 悲鳴や怒声が飛び交い、場は騒然とする。

「師匠?! 何をするんですか!」

 エーコが叫ぶ。

「精霊もお主も、まだまだだな。よく見てみろ」

 少し厳しい表情の稀太郎さんが、エーコをあごうながす。

『タツヤ、キミも気づいていたのか』

『ああ。アイツだけ、何だか変な殺気を放っていたからな』

 カリュブディスに腹部を貫かれた魔道士風の男は、バタリと倒れた。
 ……口から青い血を流しながら。
 気が付くと、解呪の呪文を唱え終えて、いま受けた呪いを魔法陣に吸わせている稀太郎さん。
 慣れたもんだな。

「あ、悪魔かよ?」

「そんな……ヒトにしか見えなかったし!」

 人間のように見えていた姿は、ジワジワと本来の姿に戻っていく。
 こんな風に悪魔が人間に化けて町中に潜んでいるとなると、安心して生活できないな……

「見ての通り、まだまだ砦の中も外も悪魔で溢れかえっておるのだ。済まんが、ワシはこの大砦の復興に専念させて頂く」

 中にも、まだそんなに居るのか!
 稀太郎さんの場合、寝込みを襲われないようにして欲しいな……

「……その代りに、そこに居る少年を推薦させてもらおう。彼は私より遥かに強いからな」

 広場の魔道士達が、一斉に視線を向ける。
 伝説の英雄が指差した先に居たのは、僕だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

処理中です...