上 下
168 / 264
5年生 3学期 3月

過去から来た者たち

しおりを挟む
 モース・ギョネにとらわれていた、737名の内訳うちわけは次の通り。
 男性455名、女性282名。
 未成年者が302名と多かったのは、子ども特有の好奇心から〝あの言葉〟を唱えてしまったのかも知れない。
 そしてこの内、100年以上前に、時間を止められた者が581名。
 ……その中に〝彼〟は居た。

「ま、マジかよ。第十六階級魔道士ウィザードって……!」

海神王ネプトゥーヌスって……昔、絵本で読んだし! 本当に居たんだ!」

 遠藤と辻村が仰天するほどの人物。
 歴史の授業で……いや、神話で語られる程の存在。

「あーはっは! 傑作だな! まさか200年以上ものちの世界とは!」

 豪快に笑う男性。若干白髪の混じった頭髪と、多めに蓄えたひげが特徴だ。

『笑い事じゃないですよ、ご主人!』

 そして、彼のそばであきれ顔の精霊。可愛らしい少女の姿だ。

「いやいや、かたじけない。おかげで助かった」

 男性は、嬉しそうに髭を撫でながらそう言うと、ペコリと頭を下げる。
 この人は、かの黄金時代に、東西南北の大砦を築いたという大魔道士の一人、菅谷すがや稀太郎まれたろうさん。

『本当に有難うございます。お、その剣は! そちらの方も精霊持ちですかぁ?』

 やけに饒舌じょうぜつで腰の低い、稀太郎さんの剣に住まう水の精霊〝カリュブディス〟。
 稀太郎さんは、12人居た伝説の魔道士の中で、唯一の魔法剣士だそうだ。

「しかし、まさか西の大砦の下に、あのモース・ギョネが居たとはな。面白いなあ!」

『もー! ご主人のせいでこんな事になっちゃったんでしょ! 少しは反省してください!』

「わははは! すまんすまん」

 稀太郎さんは、起き抜けに突然現れた〝かえる〟を、モース・ギョネだと勘違いして、咄嗟に〝モース・ギョネを得たり〟と叫んでしまい、ここに連れて来られたらしい……寝ボケ過ぎだろう。

「……で? 今、ここはどうなっとるんだ?」

 稀太郎さんは、急に真剣な表情になった。

「数年前に、西門を破られてから、砦内は悪魔で溢れかえっているようです。南ブロックは開放しましたが、この中央ブロックは壊滅状態。東と北の守備隊拠点がどうなっているかは、今のところ、わかりません」

 彩歌あやかが説明を終えると、少し驚いた様子の稀太郎さん。

「それは、この西の大砦を、集中的に狙われたという事かな?」

「……いえ。他の大砦も、運営に支障をきたす程に疲弊し、弱体化しています。北、南、東も、いつここの様に攻め落とされてもおかしくありません」

「ふう。情けないことだなぁ。200年後の人間は、そこまで劣勢になってしまっておるのか」

 稀太郎さんとカリュブディスは、彩歌の言葉に少し落胆したようだ。

「……君が来なければ、ワシらは助からんかった。礼を申し上げる」

 僕に向かって頭を下げる稀太郎さん。いえいえ、当然の事をしたまで……
 って、あれ? なんで僕に言うの? ……見た目は子どもなのに。

「君の右手を見ればわかる。恐らく、そう言うことだろう?」

 ……そう言う事ってどういう事?! 

『タツヤ、彼には私が見えている。私とキミの会話も、聞こえているようだ』

 そうか、エーコと同じで、精霊の力で見聞きできるんだな。

「……よし。それじゃあ手始めに、ここをなんとかするぞ、カリュブディス」

『はい、ご主人』

 稀太郎さんは、すっくと立ち上がると、開放されて標本から出たばかりの人達に向かって叫んだ。

「共に戦ってくれ! この大砦を取り返すぞ!」





 >>>





 剣をふるえば、恐ろしい量の水が、無数の悪魔を飲み込み、潰していく。これが、第十六階級魔道士ウィザードの力か!

菅谷すがや様バンザイ! 我々に、恐れる物は何も無いぞ!」

 まさに、圧巻だった。稀太郎さんは、モース・ギョネに囚われていた人達の中から、戦える魔道士を集め、部隊を編成。
 あっという間に西ブロックと北ブロックを開放した。

「凄いものですね……!」

 呆気にとられている織田さん。たった2日で、砦内の悪魔を一掃したのだから、無理もない。

「ふふ。達也さん、手柄を取られちゃったわね」

 クスクスと笑う彩歌。
 ……いや確かに、最初は僕がやるつもりだったけど、これはこれでアリだよ。本当は僕、目立っちゃダメなんだから。

『みなさーん!』

 カリュブディスの声だ。本当に気さくな精霊だな。
 稀太郎さんも、軽くこちらに手を振り、歩いてくる。

「ワシはこの砦を完全に復興させる。もし城塞都市に戻るなら、そう伝えてくれるかな」

 標本に囚えられていた人たちの大半は、城塞都市に戻るより、この大砦に居る事を選んだ。
 既に100年以上が経過し、帰る場所がない人。
 身分証が無いため、城塞都市に入れないであろう人。
 もともと、東西南北いずれかの大砦の出身者。
 それぞれに様々な理由があったが、帰りたいと願っても、帰れない人もいる。
 ……それは、自力で身を守れない者。ここは魔界の深層なのだ。

「城塞都市に帰れないなら、ここを第2の城塞都市にしてやろう。どうしても戻りたい者は、ここが落ち着いてから、ワシが送り届けてやるさ」

 その後は、残りの大砦もチョイと底上げしてやるとするか。
 そう言って高笑いする稀太郎さん。さすがは伝説の大魔道士だな……!





 >>>





「皆さん、有難うございました! 魔導球は、無事に復旧しました」

 あ、紗和さん。良かったです。これで門の周りの結界も、機能しますね。

「なんとお礼を申し上げたら良いか……このご恩は一生忘れません」

 博己ひろき氏は、深々と頭を下げている。いえいえ、出来れば忘れてもらえたほうが……

「達也くん、アヤ。鈴木さん親子は、ここに残るそうだ。私もしばらく、海神王ネプトゥーヌスのもとで、腕を磨こうと思う」

 エーコがいつもの様にニシシと笑う。
 伝説の魔法剣士に教えを請う……か。そんなチャンスは、なかなか無いよな。

「そっか! 頑張ってね、エーコ!」

 握手を交わす彩歌とエーコ。いいなあ、友情って。見た目は、とても同い年に見えないんだけど。
 ……さて、それじゃ、あいつらは?

「えっと……危険だし、遠藤のお兄さんたちも……」

「待て待て! 置いて行こうったってそうはいかないからな!」

「一緒に行くし! 冒険はこれからだし!」

 ちぇ、やっぱそう来たか。

「おお、それは心強い! よろしくお願いしますよ!」

 織田さんも相変わらずこの調子だ。
 ……仕方ないな。それじゃ行くか〝落日と轟雷の塔〟へ!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

清めの塩の縁~えにし~

折原さゆみ
ライト文芸
朱鷺愛理(ときあいり)は、年の割に達観している節がある小学生だった。周りの小学生と遊んでいても、いつも何か物足りなさを感じていた。それが何なのかわからず、もやもやとした毎日を送っていた。 そんな愛理の日常が幸か不幸か、ある事件をきっかけに壊れてしまう。退屈で平穏な毎日は終わってしまう。代わりに訪れたのは……。 時間を売り買いできる世の中で、愛理は様々な人に出会う。 時間売買を仕事にしている人、他人の時間を延ばすために時間を買う人、愛する者のために長生きしようと決めた老人、時間売買の秘密を知ってしまい仕事から遠ざかった人。 人ではない、白髪紅瞳の謎の少年も愛理の前に現れる。彼の正体は一体……。 彼らとの出会いによって、愛理はどのように成長していくのだろうか。そして、愛理は時間売買に何を見出すのだろうか。  

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

転生お転婆令嬢は破滅フラグを破壊してバグの嵐を巻き起こす

のりのりの
ファンタジー
木から降りれなくなった子猫を助けようとした侯爵令嬢の次女フレーシア・アドルミデーラは、木から落ちて、池で溺れた。池に落ちた勢いで、水底の石に頭をぶつけ、高熱にうなされた挙げ句、自分が腐女子OLだった前世の記憶をとり戻す。 転生先は、前世でやり込んでいた乙女ゲーム『君に翼があるならば、この愛を捧げよう』(略してキミツバ)の世界だった。 フレーシアは攻略キャラに出会うごとに、前世で課金しまくったキミツバの内容を思い出していく。 だが、彼女は、ヒロインでも、悪役令嬢でもなく、侯爵の次女に転生していた。 ただのモブ、と思ったら、異母兄は、キミツバで一番大好きだった(貢いだ)攻略キャラだった。 だが、フレーシアは、キミツバの本編が始まる前に、池で溺れて死んだという、攻略キャラにトラウマを与えるために設定されたキャラだった。 たしかに、池で溺れたけど、なぜか生きてます? トラウマ発生しませんでした? フレーシアが死ななかったことにより、攻略キャラたちの運命が微妙に変わっていく。 ただ、このキミツバの世界。 乙女ゲームとしては異色ともいえる廃課金ユーザーターゲットのハードなゲームだった。 選択肢を間違えたら、攻略キャラは簡単に死亡するのは当たり前。恋愛シーンスチルよりも、死亡シーンスチルの方が圧倒的に多いという阿鼻叫喚なゲーム。 うっかりしてたら、侯爵家は陰謀に巻き込まれ、兄以外は使用人もろとも全員が死亡して、御家断絶。 他の攻略キャラも似たような展開なのだが、異母兄は自分の家を滅ぼした連中の復讐のために、国を滅ぼし、他の攻略キャラを惨殺する。 家族が惨殺されるのを防ぐため、 推しキャラの闇落ちを阻むため、 死亡絶対回避不可能といわれている最難関攻略キャラを助けるため、 転生腐女子フレーシア・アドルミデーラは、破滅フラグを折りまくる!

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

処理中です...