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5年生 3学期 2月

針仕事

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「早く何とかしなくちゃ!」

 そう言って店の奥へ進もうとする彩歌あやか
 ……その腕を掴んで、引き止めるエーコ。

「何を言ってんだよアヤ! 私たちだけで精霊せいれいをどうこう出来るわけ無いだろ!」

 そんなに厄介なものなのか〝精霊〟って。

「だからと言って、放っておけないでしょ?」

 ニッと笑って、エーコの手を振りほどき、走っていく彩歌。
 僕も、その後を追いかける。

「ちょっと! 達也くんまで!」

 僕もエーコに微笑んで返す。

「大丈夫。僕たちにまかせて!」

 そのまま、よく解らない本や木箱の山をすり抜けて、店の奥に進む。
 エーコは、信じられないとつぶやいて、渋々しぶしぶ後をついてくる。

「確か、この奥に地下室があったはずよ。精霊の封印を解こうとしていたなら、絶対にそこだわ」

 彩歌の案内で、さらに店の奥へと進む。
 かなり長い階段を降りると、その先の広い部屋に続く頑丈そうな扉……だったであろう物は、蝶番ちょうつがいを残して、バラバラに壊れて床に散乱していた。
 ……部屋の奥で赤い〝何か〟が揺らめいているのが分かる。あれは?

「見ろ、あれが封印を解かれた精霊だ。恐らく制御できていない」

 僕たちに追いついたエーコは、額の汗を拭い、歯ぎしりをする。
 人の形をした赤い炎が見えた。
 その近くに倒れている人影が2つ。店主と、その弟子だろう。

「あのブ厚い扉が吹き飛ぶほどの衝撃を、あんな至近距離で受けたのなら、かなりのダメージを受けたはずだ。生きていれば良いんだけどな……」

 僕の声に、無言でうなずく彩歌。あ、そうそう。一応聞いとかなきゃ。

「そもそも〝精霊〟って何なんだ?」

「達也さん〝精霊〟は、この世界に存在する4つの力、〝火〟、〝水〟、〝風〟、〝土〟のどれかが具現化して、意思を持つようになった存在よ」

 そこまでは何となく分かる。
 漫画やアニメによく登場するからかな。

「いろんな精霊が居て、強さもピンキリだけど、大抵は恐ろしく強いわ。エネルギーそのものなのに実体を持っていて、ちゃんと会話もできるの」

「もしかして、日本語で?」

「うん。日本語で」

 うーん。便利なんだけど、なんか調子狂うんだよなあ。
 ビキニアーマーの魔法剣士、エーコさんも、名前はバリバリ日本人だし。

「いまだに詳しいことは分かっていないけど、精霊は、はるか昔から魔界にいて、自然発生したという説や、何者かによって作られたという説まであるのよ」

 なるほど。要するに、正体不明の、自我じがを持ったエネルギーのかたまりなんだな。

「アヤ。もうひとつ、達也くんに言っておかなければならないんじゃないか?」

 エーコが引きつった笑顔で彩歌に進言した。

「〝子どもが敵う相手じゃない〟ってね! さあ、早く逃げよう!」

 そんなエーコの言葉を聞いて、彩歌はニッコリと微笑む。

「なんで? ここに達也さんが居るのに、逃げる必要なんて無いわ?」

 まあ、無いな。精霊のほうが逃げるのなら分かるけど。
 ……でもエーコさん、それを聞いて怒っちゃったみたいだぞ?

「ああまったく……どうしたんだ本当に! アヤ、あんたその姿にされて、おかしくなっちまったんじゃないか?! とにかく無理にでも連れて行くぞ!」

 僕と彩歌の腕を掴んで、力任せに連れ出そうとするエーコ。
 ……しかし、僕と彩歌は動かない。

「えっ? 何!?」

 更に力を込めるエーコ。
 魔法剣士と言うだけあって、かなりの腕力だ。
 ……だが、僕と彩歌は先日の〝精算〟によるパワーアップで、とんでもない力を得ている。
 車で引っ張っても動かないだろう。

「エーコ。精霊の強さはよく知っているわ。私を誰だと思っているのよ」

「あなた一体……?!」

「でもね、達也さんと私の方が強いわ。見てて?」

 彩歌が僕に目配めくばせをする。僕達はうなずき合ったあと、立ち尽くすエーコを残して、部屋へと踊り込んだ。

『タツヤ、面白いね。本当にエネルギーが物質化している。しかも、驚くべき事に生命体の反応まであるよ!』

 うれしそうなブルー。いや、それは良いんだけど、お爺さんとお弟子さん、生きてるか?

『大丈夫だ、タツヤ。ふたりとも気絶しているだけで、命に別状はない』

「良かったわ! さあ、あいつを大人しくさせましょう!」

 ほっと胸を撫で下ろす彩歌。ロッドを構えて精霊に向き直る。
 精霊までの距離はおよそ10メートル。精霊もこちらを向いた。
 ……顔がある!
 しかも驚いた事に、かなりの美女だ。

『私は火の精グアレティン。子どもを焼くのは好きよ。そうね。焼き加減だけは決めさせてあげるわ』

 いきなりオーダーを聞いてきたぞ。水も出ないのかこの店は?

「彩歌さん、僕がやろうか?」

「ううん。平気よ、私に任せて!」

 彩歌はロッドをクルクルと回して、グアレティン向けてピタリと構える。

「私は魔道士の彩歌。こう見えて、結構やるのよ?」

 彩歌の言葉にクスクスと笑うグアレティン。その直後、両手をかざして、なにやらブツブツと唱え始めた。

「駄目だ、アヤ! そいつ精霊魔法を使える! 逃げろ!!」

「HuLex UmThel NedlE iL」

 彩歌の呪文で現れた数本の銀色の氷柱つららが、グアレティンの両手を貫く。

『ぐぁあっ! おのれ!』

 両手の銀の氷柱つららはジュウという音とともに、グアレティンの手から溶け落ちた。手に空いた穴はみるみる塞がっていく。

『中々に速いわねぇ。でも、鉄針ニードルの魔法をそんな精度で撃てば、さぞや魔力をたくさん使うだろう?』

 グアレティンは再び、同じように両手をかざす。

『あと何回撃てるのかしら? ウフフ。あなたが焼ける音と香り、想像しただけでワクワクしちゃう』

 やめてくれ。この間、ユーリの指先が焼ける匂いを散々嗅がされたばかりだ。

『ちなみに、別の場所を狙っちゃ駄目よ? 手を狙わないと、私の魔法、止められずにあなた死んじゃうわ』

 妖艶な笑みを浮かべて舌なめずりをしているグアレティン。またしても、聞き取れない言葉でつぶやき始める。

「遊んでやがる……アヤ! 逃げろ! その精霊魔法、私の記憶が確かなら、あの〝煉獄の魔法〟より強力だ!」

 ……それはすごい。さぞやチクッとするんだろうな。

「HuLex UmThel NedlE iL」

 彩歌も同じように呪文で鉄針ニードルを呼ぶ。

『ウフフ。そう来なくっちゃ。さあ、私を楽しませて!』





 >>>





「……楽しんでるか?」

『う、うるさい!!』

 おー、怖い。まあ、20回も手に穴を開けられれば、イラつきもするか。
 ……グアレティンは僕に怒鳴どなった後、信じられないといった表情で、彩歌をにらむ。
 エーコも、狐につままれたような顔で、こちらを見ている。

『娘! お前の魔力、どうなっているの?! あと何回、この精度の鉄針ニードルを撃てる?!』

「やっと聞いてくれたわね」

 彩歌はニッと笑うと、呪文を唱える。

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」

「HuLex UmThel NedlE iL」…………

 百回近く、呪文を唱え続ける彩歌。鉄針ニードルは、彩歌とグアレティンの間の床に次々と刺さり、緻密ちみつな模様が描かれていく。
 ただ呆然と、それを見ているグアレティン。

「完成! どうかしら?」

 くるっと回ってウインクする彩歌。お見事!
 出来上がったのは千鳥格子ちどりごうしだ。目がチカチカするな。

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