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5年生 3学期 2月

決壊寸前

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 パズズが持つ〝黒い剣〟が、装甲も体も素通りして、僕の魂を切り裂いた。

『やはりな。われの読み通り、こういう攻撃にはもろいようだ』

 体を傷つけられたのとは全く違う、耐えがたい激痛が走る。
 うああっ! 痛い! 痛い!!

『フハハハハ! 小さき者よ。我に楯突たてついた事を、その魂をもって、つぐなうがいい』

 剣を刺された部分が焼けるように熱い! 苦しい! 痛い!

『タツヤ。キミの魂は大きなダメージを受けた。残念だが、終わりだ』

 ブルーの声が、僕の最後を告げる。激痛とパズズの高笑いの中、意識は遠ざかっていった。





 >>>





 気がつくと、辺り一面、青い光に包まれた、不思議な場所に居た。

「……僕は、死んだのか?」

 体の感覚がない。
 手も、足も、動かせない。
 いや、存在しないのか。
 ただ意識だけが、この場所にフワフワと浮かんでいる感じだ。
 ……魔王は強かった。
 さすがに、あんな奴に勝てるわけないよな。

『タツヤ。聞こえる?』

 ブルーの声だ。

「ああ。聞こえるよ。悪かったな……」

 地球を守れなかった。
 僕は馬鹿だ。彩歌を傷つけられて、つい頭に血が上ってしまった。

『構わない。私とキミは、一心同体だ。これがキミの運命なら、それは、私の運命でもある』

「しかし、せめて死ぬ前に、彩歌さんだけは助けたかった……」

『死ぬ? タツヤ、何を言っている?』

「え? 魂を切り裂かれたら、死ぬだろ?」

『それぐらいで、キミが死ぬことはない』

「ちょいちょい! お前さ〝悪霊は魂を削るから危険だ〟とか、言ってたじゃないか。悪霊どころか、今回は魔王だぞ?」

『確かに言った。だがタツヤ、思い出して欲しい。私は〝キミが死ぬ〟とは、一度も言っていない』

「え? いやいや。削るどころか、僕、パズズに魂を切り裂かれたんだろ? さすがに死ぬだろう」

『タツヤ、キミの魂は、大きなダメージを受けた。確かに、終わりだ』

「だよね。なんかまた、不思議現象なんかで、助かっちゃうのかなー、とか、思ったじゃないか」

『それはない。助からない』

「やっぱね! そんな都合の良い事、あるわけ……」

『キミ以外は、誰も』

「え?」

『……もうすぐ始まるよ。キミの蘇生と、キミ以外の生命の終わりが』

「な……? どういう事だよ?!」

『タツヤ、キミは、地球と同化中だった。地球の意思とキミの魂は、融合のために、混ざり合い、とても混沌とした状態だったんだよ』

「それは知ってるよ! でも、なんで僕以外の生命が終わるんだ?」

『地球の意思と融合するっていうのはね、当たり前だけど、普通の魂では、不可能だ。キミはそれが出来る、唯一の人間なんだよ。キミの魂は、地球の意思を飲み込むために、底無しの入れ物……ブラックホールの様な状態になっているんだ』

「ブラックホール……? って、僕の魂が?」

『そうだよ。あの、極めて愚かな、取るに足らない存在〝魔王パズズ〟は、キミが、地球の意思以外を飲み込んでしまわないようにしていた、防波堤とも言うべき、魂のからを、破壊してしまった』

 ブルーの口調がいつになく荒々しい……もしかして、怒ってる?
 しかし、そうだったのか。
 僕の魂を削ったり、切り裂いたりしたら、死ぬのは僕じゃなくて……

『これから、キミはゆっくりと、この地球上の生命体の魂を、全て飲み込む。キミ以外の魂は、惑星の意思をも内包できる、巨大なキミの魂の、極々小さなちりとなって、永遠に消失する』

「僕は、地球上の全ての生き物と、融合するのか?」

『それは、融合などではない。そう、コップ一杯の水を、海に注ぐようなものだ。キミの魂は、薄まるでもなく、影響を受けるわけでもない』

 その例え方は、前にも別の事で聞いた気がする。
 でもそれじゃ、みんな無駄死にじゃないか!

「そんな……何とかならないのか? ブルー!」

 しばらく、沈黙が続く。そして、ちょっと気が乗らない口調で、ブルーが言った。

『……方法は有るけど、試してみる?』

「本当か!? どうやるんだ?」

『それには、キミの意識を戻さなければならない。そこで、注意点が2つ。キミの魂は損傷を受けている。意識を戻せば、痛みも戻るよ?』

 嫌だけど、それは仕方がない。

『そして失敗すれば、即、キミは世界中の魂を飲み込み始める。キミに近い順だ。意識が戻ってしまえば、それを目の前で見続けることになる』

 それも嫌だな。トラウマになりそうだ……でも、やらなくちゃ!

「了解だ、ブルー。意識を戻してくれ!」





 >>>





 ……目を覚ますと、パズズは、まだ高笑いをしていた。
 いい気なものだ。
 間髪入れずに、痛みも戻ってくる。
 あれ? でも、さっきより痛くないな。

『さて、それでは次に、魔道士の魂も切り裂いてくれよう』

 それは無理だ。何故なら……

『お前が選べるのは2つだけだぜ。俺の言う事を聞くか、このまま消えるか、好きな方を選べ』

 平然としゃべり始めた僕に、パズズは驚いた表情を見せた。
 ちょっと痛いけど、我慢だ。

『馬鹿な! お前の魂は、今しがた、われが引き裂いてやったはずだ!』

『魔王パズズ。お前の相手が何者か〝手遅れ〟にならない内に気づくべきだぜ?』

 パズズの黒い剣は、まだ僕の魂に突き刺さっている。
 〝星の強度〟効かないという事は、この剣〝物質〟ではなく、霊的な剣なのかもしれない。だとすると、そろそろ……

『お前が、俺の〝魂の殻〟を壊しちまったせいで、不本意だが、今から俺の魂は、この地球上の全ての魂を喰らい尽くす。もちろん、お前も含めてな!』

 パズズは、一瞬、動きを止めた。が、その後すぐに、得意の邪悪な笑みを浮かべた。

『ハハハッ!! 小さき者よ。何を言い出すかと思えば、その様な戯れ言を……』

『信じる信じないは、お前の勝手だ。だがな! 真っ先に俺が戴くのは、お前のその、〝極めて愚かな〟、〝取るに足らない〟、汚ったねぇ魂だ。ざまあみろ!』

 次の瞬間、パズズの手に握られていた黒い剣が、僕の魂に吸い込まれた。よし、ナイスタイミング!

『ほらみろ。とうとう始まったぜ?』

『ば……! 馬鹿な! 我の魔力で作った剣を?!』

『美味しく頂きましたッてな! 次はお前の番だ、魔王様!』

 パズズの顔から、笑みが消えた。僕が一歩進むと、パズズは一歩後ずさる。

『……お前は一体、何者だ?』

『俺に質問すんなよな! 何様だ、お前! ……あ、魔王様か! プーッ、クスクス!』

『おのれ、小さき者! それ以上の愚弄ぐろうは許さぬぞ!』

 まだあんな事言ってるし。
 ……まあいいや。そろそろ本題に移ろう。

『お前さ、俺が何者か、まだわかんないの? 魔王様って、その程度なのか?』

『黙れ! 矮小わいしょうなる人間め!!』

 僕に雷が落ちる。
 地球アースでんきを使う時点で、全然わかってないな、この魔王様は。

『そういうの、いいからさ。そろそろ急がないと、お前、俺に吸い込まれちゃうよ?』

 なんとなく、胸の辺りがスースーし始めちゃってるし、正体をバラして交渉に入ろう。

『俺は、地球の導き手。この星を破滅から救うために、地球とひとつになる魂を持った、選ばれた者だ……たかだか数万年単位で滅んでいく、弱っちい生物の魂をイジって喜んでいるような、お前みたいなヤツとは、格が違うんだよ。わかったか? 小さき者よぉ!』

 パズズは、完全に動きを止め、表情を無くした。どういうリアクションなんだ? これ。
 ……まあいいか。続けよう。

『偉大で強大な俺の魂の、大事な大事な、防波堤とも言うべき〝殻〟を、お前が壊しちまったんだよ、魔王様! どっちかと言えば、お前らを守ってる防波堤だぜ? 溺れ死んでも、文句は無ぇよな!』

 いかん。言いたいこと言い過ぎか? でも、これぐらい言わないと気持ちが収まらない。

『……御座いません』

 え?

『なに?』

『申し訳ございません……星の化身よ。まさか、貴方様が、その様な尊い存在だとは、つゆ知らず……』

 あやまった! よっしゃあ! 魔王にび入れさせた!
 ……これはもしかして、なんとかなるんじゃないか。

ふさげ』

『……はい?』

『俺の魂の傷を塞げ』

『……はい、えっと、塞ぐ? とは』

『責任を取れと言ってるんだ、俺は』

『あ、えと、塞ぐと申されましても……』

『どうせお前、真っ先に、俺の魂に食われちまうんだ。それなら、体張って、俺の魂の傷が治るまで、塞ぎ続けろ』

『そ、そんな事、出来るのですか?』

『出来る。俺がやり方を教えてやるから、言われた通りにしろ。踏ん張れよ! 気を抜いたら、吸い込まれるぞ!』

『は、はいっ!!!』

 よし、交渉成立だ! というか、脅し切った感もあるけど。
 ……あとは、ブルーの言う方法で、パズズを僕の魂に、一時的に貼り付けて、固定するだけだな。

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