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5年生 3学期 2月

頑丈なる者の追撃

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 ドイツの犯罪発生率はんざいはっせいりつは、周辺のヨーロッパ諸国に比べると比較的低い。
 ……まあ〝比較的〟だけどね。当然だけど、世界で3番目に安全な国、日本と比べてはいけない。
 また、地域差もある。
 特に、都会。人が多く集まる大都市や観光地では、やはり犯罪は多く発生するのだ。
 ドイツの場合、ケルン、フランクフルト、そして、ベルリンでは、犯罪の発生率が高い傾向にあるようだ。

『……けどさ、ピンポイントで、ここに来ることは無いんじゃない?』

 両手を挙げた状態で、ライナルトが愚痴ぐちる。

『静かにして、ライナルト。気付かれたら、何されるか分からないわよ』

 ラウラも、両手を挙げている。というか、この店の中に居る客と店員、全員が両手を挙げている。
 日本人が経営する、ドイツでナンバーワンの呼び声が高い寿司店〝ジンマチ〟。
 店内には8席のテーブルと、8人掛けのカウンターがあり、日本人店長〝ジンゴ・スズモト〟と、彼を師匠と仰ぐドイツ人の弟子たちによる、本格的な寿司が味わえる。

「しかも、リーズナブルなお値段で、チップはお断り。お持ち帰りや仕出しもうけたまわっております」

「達也さん、喋っちゃ駄目よ。私達は平気だけど、一般のお客さんが大勢いるのよ?」

 彩歌あやかの言う通りだ。
 それに、4人の子どもたちが、同じテーブルに座っている。
 あの自動小銃で撃たれれば、全員を守り切れるかどうか、わからない。

『よし、全員動くなよ! 大人しくしていれば、その分、長生き出来るからな!』

 数十分前。食事も大詰めを迎え、満腹になったダニロが、これにお湯を注いで飲むんだよ、と、ガリを指さして、見当違いの説明を始めた頃、武装した5人組の男達が、店内に押し入ってきたのだ。

『ブルー、何で教えてくれないんだよ?』

『ダニロが、ガリとアガリを勘違いしている事か? タツヤ』

『違うよ! あの5人組が、ここに近付いているの、気付いてたんだろ?』

『いや。さすがに、一般客か武装集団かは、目視以外で判断出来ないぞ、タツヤ』

 そりゃそうか。
 あーあ。せめて、最後の楽しみに取っておいた、小皿の上のトロを食べてからにして欲しかったな。お醤油を吸っちゃって、シャリが真っ黒じゃんか。

『彩歌さん、お客さん全員分の障壁しょうへき、出せる?』

『無理よ。もう少し一箇所に固まっていれば、なんとかなりそうなんだけど……』

 さすがに名店だけの事はあって、ほとんど満員の状態だ。店内は狭く、武装した5人と一般客とは距離が近すぎる。僕や彩歌のスピードでも、全員を助けるのはちょっと難しいな。

『それに、少し慣れてきたとはいえ、キミ達はパワーアップしたばかりで、力のコントロールが、まだまだ心許こころもとない』

 そうだな、ブルー。そのせいで今日の観光も、美術館とか屋内施設を避けているんだし。
 もちろん、ブランデンブルク門にも、なるべく近づかないようにしたよ。歴史的な遺産は大事にしないとな。

『彩歌さん、チャンスを待とう。同時に催眠魔法が効くのは、3人までだっけ?』

『うん。4人以上は、私の持っている魔法じゃ無理よ』

『じゃ、もしチャンスが来たら、メガネと、ヒゲと、背の低いヤツを眠らせて。僕はベレー帽とスキンヘッドを何とかするから』

『了解』

 とは言ったものの、どうしようか。
 下手に動くと、誰かが危険にさらされる。
 あと、僕のパンチは、殺傷力が上がり過ぎて、対人には向かなくなったよな。
 ……まあ、あの武装集団が、どうにかなっちゃっても、正当防衛だけど。

『あれ? 外が騒がしくなってきたな』

『サイレンも聞こえるよ。パトカーだね、きっと』

 長くて黄色い耳をピクピク動かしながら、彩歌の頭の上で、ルナが言った。

『マジか。ギャラリーが増えると、色々面倒なんだけどなあ』

 ……顔や魔法を見られた時の、記憶操作とかさ。

「しかし、いくら人気店とはいえ、あいつら、なんで寿司屋なんかに押し入るんだ?」

『タツヤ。まずひとつ。彼らが持っているバッグには、かなりの量の紙幣が入っているようだ。ここが目的ではなく、どこかで強盗などをした後、警察に追われて、来たのだろう』

「なるほどな。しかし、ここ以外にも逃げ込む先はいくらでもあるだろうに」

『もうひとつは、それなんだ……ひょっとすると、〝歴史〟が関わっているかも知れない』

「……歴史?」

『そうだ。歴史は、しなやかだが頑丈だよ。少し曲がっても、元に戻ってしまう』

「知ってるよ。それがどうしたんだ?」

『ここに居る4人。ライナルト、ダニロ、ラウラ、ハンナは、昨日、ベーリッツ陸軍病院跡で、命を落とす運命だったはずだ』

 致死の罠が大量に仕掛けられた、悪魔と呪いの実験場。確かに、あの場所に子ども4人で行けば、生きては帰れないだろう。

「でもさ、僕と彩歌が助けたんだから、運命は変わっただろう?」

 僕達は、救星特異点きゅうせいとくいてんだ。歴史を曲げることが出来る。

『キミとアヤカの、特異点としての能力は、恐ろしく強力だ。しかし、曲げられる歴史の範囲は限定されている』

「範囲?」

『もし、キミ達ではなく〝救世主〟である、カズヤが救ったなら、4人の運命は好転したかもしれない。しかしタツヤ、君たちが曲げられるのは、あくまで、〝この星の寿命〟に関わる歴史だけだ』

 そうか。4人の生死は、地球の破壊には関係の無い事なのか……

「じゃあ〝歴史〟は、正しい状態に戻るために、4人を殺そうとしているかもしれないんだな?」

 マズいな。そうなると、もしこの危機を乗り切れたとしても、またすぐ4人に、致命的な運命のイタズラ的な〝何か〟が訪れるだろう。

『まったく、ヘマしやがって! おい、車はどうしたんだ?』

 スキンヘッドが、メガネを怒鳴りつけている。アイツが首領っぽいな。

『すまねえアニキ! 俺ぁ確かに昨日の夜、例の場所で車を停めて待ってたんだ。そうしたらいきなり、軍服を着た、変なおっさんに絡まれて!』

 ……軍服のおっさん?

『そのおっさん、〝この車は、総統の名のもとに、軍が借り受ける〟とか、わけの分かんない事を言いやがってよ! で、何をされたのか、気がついたら車は無くなるわ、昼になってるわで!』

 間違いない。デトレフ・バウムガルテンだ。あいつ、逃走用に、こいつらの車を盗みやがった!

『お前の言い訳は、昔からよく分かんねぇんだよ! 寝過ごしただけならまだしも、車まで盗まれやがって……! ここから、どうやって逃げるんだよ!』

 どうやらデトレフは、よりによって、強盗犯の逃走用車両を盗んで行ったらしい。どこまでも迷惑な奴だ。

『仕方がない。ここで追手をやり過ごしたら、人質を連れて逃げるぞ』

 そう来たか。
 ……という事は、4人が連れて行かれるな、きっと。

『アニキ、こんなに大勢だと、すぐに見つかっちまいますぜ』

 メガネが真顔まがおで言う。おいおい、そんなわけないだろ。だからお前は、車でお留守番なんだよ……って、僕が怒っても仕方ないな。

『馬鹿かてめぇ! 遠足行くんじゃねえんだぞ!』

 ほら見ろ、怒られた。

『こういう時は、女か、子どもを連れて行くんだ。そうだな……』

 スキンヘッドは、こちらを見てニヤリと笑う。

『おい、そこのガキ! 違う。そっちの4人だ! 黙ってこっちに来い!』

 やっぱりね。これって絶対〝歴史〟が4人に辛く当たってるよな。

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