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5年生 3学期 2月

禁書庫

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「カリカリカリカリ……」

『マジでかー! それでもう今、ドイツだって? 俺もついて行けたら良かったんだけどなー! 何か困ったら言ってくれよー。んー、こっちは大丈夫だから』

「カリカリカリカリカリ……」

 通信が切れた。
 たっちゃんと藤島さんは、魔界のゲートとやらを閉じるために、オランダから直接、ドイツに向かったらしい。

「カリカリカリカリカリカリカリ……」

 あ、気付いてると思うけど、俺だぜ? 九条大作くじょうだいさくだぜー?
 俺は今、地下の研究室で、ユーリのガジェットを修理中だ。

「カリカリカリカリ……」

 ん? ああ。さっきから鳴ってる音は、ユーリが俺の部屋の扉を、外から引っいている音だ。〝精密作業だから入るな〟と言ったら、ずっとあの調子だぜ。

「カリカリカリカリカリカリカリ……」

 ……余計に気が散るよなー。仕方がない。追い払うか。
 俺が扉を開けた途端、ユーリは満面の笑みで抱きついてくる。

「大ちゃん! もう終わった? 終わったんでしょ? 終わったなら入っていい? おっ邪魔っしまーす!!」

 おいおいおい! ちょっと待て! 話を聞け! 必死で部屋の外へ押し戻す。
 って戻らないぞ……相変わらず、すごいパワーだな!

「ユーリ! もう少し待ってくれよなー。ちょっと細かいトコなんだ」

「……大ちゃんは、私の事キライになったの?」

 ユーリは、ショボンとして耳を垂れる。
 っていうか、猫耳出てるぞ! 最近ユルユルじゃないかー?

「いや、ユーリ、そういう事じゃなくてだなー?」

「やった! いいの? おっ邪魔っしま……」

「おいおいおい! 違うって! なんでそうなるんだ?」

「どうして駄目なの? 私、大ちゃんの事が好き! 一緒に居たいだけなのに……」

 ユーリは本当に真っすぐだなー。まあ、そういう所が良いんだけどな。

「俺だって、そうだよ。けど今はガジェットの修理とパワーアップをしなきゃ駄目だろー?」

 ハッとした表情でユーリが俺を見る。

「もう、ユーリをあんな目に合わせたくないからなー!」

 ポロポロと泣き出すユーリ。あれ? 腹でも痛くなったか?

「おい、大丈夫かー?」

「あり……が……」

「んー?」

「ありがとう! 大ちゃん! 大好き!」

 次の瞬間、唇を奪われた。
 速いっ! 生身で素早さ484は、伊達だてじゃないな。
 ……って言ってる場合じゃないぜ。いきなり何するんだ?!
 悪い気はしないし、むしろ嬉しいが、こういうのはアレだ〝双方の合意〟とかがアレするだろー。
 まあとりあえず、軽く苦情のひとつでも述べておくか。

「むぐー! むー!」

 まだ続いていた! すごい力で抱きつかれていて引きがせない!
 まさか顔に張り付いたまま、俺の体内に卵を産み付けるのか!?
 ……あ、あれ? なんかでも、ちょっと、もうこのままでも良いかって気分になって来たなー。
 俺はユーリを引き剥がそうとしていた腕の力を抜き、開いたままだった扉を閉めた。





 >>>





「ぷはあ! 〝閉めた〟……じゃないだろー! 俺!」

 ……いやまあ、閉めたんだけどなー。
 って、いかんいかん! もう少しでちる所だったぜー!

「大ちゃん……」

 ゆーりは、トロンとした眼差しで、俺を見ている。

「とにかく、ガジェットの修理が最優先だ。いいなー? ユーリ!」

 俺は部屋の扉を開けた。
 なんでさっき閉めたかな。

「……うん。待ってる」

 ぽやぁっとした感じで、ユーリは部屋を出て行く。まあ、気が済んだんだろう。
 さて、修理の続きをするか……

「それにしても、すごい技術力だよなー」

 この小さな〝勾玉〟の中には、時間を止めるための部分と、触れている者の時間の停止を防ぐ部分、そして、武装状態になるための部分、エネルギーを供給するための部分と、大きく分けて、4つの機能が詰め込まれているようだ。
 壊れているのは、武装関連の機能だけ。未知のテクノロジーだけど、俺に掛かれば大した事はないぜー。ただ、問題がひとつ……

「素材が無いなー……」

 見た事のない金属が使われている。たぶん、地球には存在しない物質だ。しかも、色々試した所、代用できる素材が見当たらない。さて、どうしたものか。

「さすがに、ちょっと八方塞はっぽうふさがりな感じだぜー」

 と、思った瞬間。突然、目の前に、立派な作りの扉が現れた。
 いや、現実じゃない。
 全ての知識を蔵書に持つ〝バベルの図書館〟。その扉が〝俺の頭の中〟に現れたのだ。

「ナイスタイミングだぜ! これでなんとかなるなー」

 扉を押し開け、中に入る。
 はるか上に続く螺旋階段らせんかいだんと、気が遠くなりそうな本棚の迷路。

 「さあ、閉館まで読みまくるぞ! ……ん?」

 ……ふと、右手にある棚に、しおりのように挟まっている時券チケットを見つけた。

「おっと、これは持って帰らなきゃな!」

 俺は本を手に取り、チケットを抜き取った。
 タイトルには、ラテン語で〝禁書庫きんしょこ〟とある。表紙をめくると、何やら建物の見取り図らしきものが書かれていた。
 この図、見覚えがあるな。入り口からすぐ目の前に、階段の表記。しかも螺旋階段だ。随分と複雑な迷路のように、薄い壁が描かれている。
 ページをめくると、やはりラテン語で、大きく〝扉は開かれた〟と記されていた。
 次のページからは、白紙が続き、最後のページにもう一度、最初のページと同じ、バベルの図書館1階の見取り図が載っている。

「……違う。書棚の配置が変わっている。こことここが変わったという事は」

 今まで行けなかった、左奥のスペースまで入って行けるな。瞬間記憶能力はこんな時に便利だぜー!
 棚に本を戻した。たぶん、左奥に何かがある。表紙の通り〝禁書庫〟なのか?
 ……というか、禁書って何だ?
 俺は、記憶を頼りに、書棚の迷路を進む。驚くほどの広さに、書棚と本しか無い。俺には見慣れた風景だけど、一般人が迷い込んだら正気じゃいられないだろうなー。





 >>>





 さて、書棚の配置が変わっていた場所まで来た。
 確かに、以前はここに棚があって、この先には進めなかったはずだ。恐る恐る進むと、空の書棚が続く。この図書館内では、なにも置いていない棚を見たのは初めてだ。

「……さすがにちょっと不気味だぜー」

 突き当りの床に、重そうな鉄の扉。既に開いている。

「地下室?」

 ここが、禁書庫か。
 俺は階段を降りていく。何度も言うようだが、俺の頭の中の話だぜ? 自分の頭の中で、こんなに大冒険気分を味わえるなんて、ほんと、ラッキーだよなー。
 ……なんてな。カラ元気だ。恐怖が勝ってしまっている。
 こんな場所があったなんて知らない。俺はこの図書館の事を、何も知らない……司書なのにな。
 でも、進まずにはいられない。この先には、今、俺に必要な何かが、絶対にある!
 長い階段を降りると、その先には、錆びた鉄の扉があった。やはり、開いている。

「開いてるのが、余計に怖いんだよなー……!」

 そう。自分以外の何者かによる開閉をイメージしてしまう。自分の頭の中なのに。

「ええい! ここまで来て引き返せるかよー!」

 中に入ると、地下のはずなのに、窓から陽光が差していた。そこそこ広い、六角形の部屋に、5つの大きな書棚が置かれ、中央には木製の古くて丸いテーブル。その周りに椅子が3つ。そして、男が1人、背を向けて座っていた。

「!」

 背筋せすじが凍った。

「誰だ!」

 ……と、叫ぼうとしたが、声にならない。
 この図書館の中で、自分以外の人間に出会ったことなど無い。余りの恐怖に、動けなくなった俺。
 そして男はゆっくり振り返り、話し掛けてきた。

「よく来たな、大作」

「……お、親父おやじ!?」

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