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5年生 冬休み

白いワゴン

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 校庭は、お正月特有の不思議な清浄感で満たされている。
 幼い息子そっちのけで、凧揚げに熱中するお父さんと、とっくに飽きてブランコに興じる息子。
 ……その風景の向こう側、校庭の脇に同級生の女子たちがいた。

「おー! あけましておめでとう!」

 大ちゃんが声をかける。

「あ、おめでとう大ちゃん。栗っちとたっちゃんも一緒かー」

 真っ赤な上着とマフラーと手袋が印象的なこの子は町田鏡華まちだきょうか
 クラス一の美人で、クラス一、気が強い。5年生なのに、生徒会の副会長だ。

「やー! 明けましてー! たっちゃん、この間はミカンありがとー!!」

 声がでかいって!
 っていうか、なんでミカン食ってるんだよ。
 大波友里おおなみゆうり……は、説明しなくても良いかな。
 無駄に元気な体育会系女子だ。

「ふふ、3人とも、いつも一緒だねー。あけましておめでとう」
 
 そういうお前らも、いつも3人だったよな。
 橋月日奈美はしづきひなみ
 大人しくて優しい、ちょっと天然系。
 実はクラスの男子から一番人気があったりする。

「えへへ。何してるの? 僕たちはねー、ウサギのエサやりだよ」

「なーんだ。どうせ栗っちもたっちゃんも、大ちゃんに付き合わされたんじゃない?」

 良いカンしてるな、鏡華。

「ハズレだな。俺たちは超越ちょうえつした仲なんだぜー!」

 どういうのを超越したんだろう。
 ……それにしても、懐かしいな。この3人組は、常にセットで居たイメージだ。

「私たち、これから、初詣はつもうでに行くの」

 日奈美がニコッと微笑む。

「この日のために、我慢してたんだもんね、初詣!」

 ユーリ、お前、初詣を我慢するほど信心深かったか?

「3人とも、初詣は行った? フッフッフ。まだだって言っても、連れてってあげないけどー」

「残念ながらとっくに行きましたー! 頼まれてもついて行かねーよ!」

 挑発する鏡華と、意地になる大ちゃん。こうしてるとやっぱり小学生だな。

「あはは、3人とも、気をつけてね。特に、白いワゴンに乗ったおじさんに、道を聞かれても相手にしないで」

 ん? 妙に具体的だな、栗っち。

「えー? 栗っち、何言ってるのー? まあ、気をつけるよ、ありがとー」

「やー! また会おうぞ、諸君!!」

「じゃあね、また新学期に、かな?」

 女子3人組とは、校門の前で別れた。
 駅の方向に向かったので、この辺りでは有名な牛麻神社うしまじんじゃにでも行くのだろう。

「……栗っちさー、何か未来予知、したよな?」

 あ、やっぱ、そうだよね。

「うん。今の僕のアドバイスで、ちょっとだけ未来が変わったと思うけど、まだ危ないかも」

 そう、歴史は頑丈なんだ。簡単には変えられない。

「どんな予知なのか、具体的に教えて。助けなきゃ!」

「えっとね、映像ビジョンは、白いワゴン車・背の低いおじさん・刃物。言葉ワードは、道案内・3引く1・死別」

「不吉すぎるぜ。絶対、あの3人だ。誰か死ぬぞ」

「栗っち、大ちゃん、先回りしよう! 千里眼いける?」

「たぶん、見えると思うよ。ちょっと待ってね」

 駅の方向を向いて、左手を伸ばす栗っち。片目をつぶり、右手を左手の指先から右肩まで移動させる。まさに弓を引くような動きだ。

「見えた! 間違いなく、駅に向かってるよ」

「よし、俺たちも駅へ向かおう。どこまでの切符を買ったか確認してから、タクシーで先回りだ!」





 >>>





「前は、映像ビジョン言葉ワードが、ひとつずつじゃなかった?」

 栗っちの〝未来予知〟は、突然、脳裏に写真のような静止画が現れて、次に何者かの声が聞こえるらしい。不思議なのは、幼児期から、栗っちが〝ビジョン〟とか〝ワード〟という言葉を自然に使っていた事だ。

「えっとね、びじょんは、すべりだいで、わーどは、なだれ」

 幼稚園時代の未来予知だ。
 この時は、遊具から何人かが転落して、救急車が来ていたのを覚えている。
 他にも、色々な予知を聞いたが、どれも、ビジョンとワードは一つずつだった。

「うん、大晦日に、たっちゃんの予知が来た時まではそうだったんだ。確か、あの時の映像ビジョンは、手を貫く石、言葉ワードは、奈落の闇だった」

 その2つなら、洞窟の奥へ行こうとする僕が死ぬと思っても仕方ないな。

『ずいぶんと不吉な感じになってしまったな、タツヤ。精一杯やんわりとお迎えしたつもりだったのだが』

 おいおい。いろんな所をぶつけて、そこそこ痛かったんだからな、ブルー。

「栗っち、俺の時は?」

映像ビジョンは、リュックサック・電車・手錠、言葉ワードは、人形・敗北・不本意な旅立ち」

「怖っ! やっぱ、見事に当たってるなー。リュックで俺だってわかったのか?」

「うん。たっちゃんのと同じデザインだし、カッコいいよね、そのリュック」

 今日も大ちゃんはリュックサックを背負って来ている。中にはベルトが入っているし、ダイ・サークの動力源でもある。

「ストップ! これ以上近づかない方がいい。栗っち、3人が券売機の前まで行ったら、千里眼で金額を見れる?」

「まかせて。今日は調子が良いみたい」

「きっと、牛麻神社うしまじんじゃだろうけどな」

 大ちゃんの言う通り、ここら辺で初詣といえば、2駅となりの牛麻神社だろう。

「見えた。180円だよ」

「よし、その金額は2駅だ」

「やっぱりね。そんなに遠くまで行く事はないと思ったんだ。急ごう!」

 タクシー乗り場に行こうとした時、背後から、ちょうど空車ランプを点けたタクシーがやって来た。3人がかりで手を振って止める。

「すみません。牛麻神社までお願いします」

「たっちゃん、もしユーリちゃんたちが、神社に着くまでに、背の低いおじさんに会っちゃったらどうしよう」

「そうか。先回りして待ってても、それまでに、事件に巻き込まれてしまう可能性があるのか」

「いや、確か、白いワゴン車って言ってたよな。俺の記憶では、牛麻駅から神社まではこの時期、歩行者天国になっていて車は入れないはずだ」

 そういえばそうだ。駅から神社まで、屋台がズラッと並んで、賑やかなんだよな。

「という事は、いきなり車で連れ去られるという心配はないから、栗っちの千里眼で駅から監視し続ければ、大丈夫だぜ」

 確かに。異常があれば、ダッシュで駆けつけられるな。さすが大ちゃん。

「いざという時は仕方ないけど、極力、僕たちの姿とか能力は、見られないようにしよう」

「ああ、そうだな。あまり目立つと、変なのに目をつけられちゃうからなー。ウチの親父みたいに」

 すごく分かりやすい例だな。
 悪の秘密結社に付きまとわれるとか、笑えない。

「随分、車が混んできたな」

 大ちゃんが、ちょっとそわそわしている。参拝客の多さと歩行者天国の交通規制の影響か? 車がまともに進まなくなってきた。
 そしてとうとう、完全に渋滞に巻き込まれて動かなくなってしまった。

「うーん、ここから先は、ちょっと進まないね。ここで降りるかい?」

「うん、ありがとう!」

 僕は旧一万円札をポケットから出して運転手さんに渡した。

「すみません、これしかないんです」

 運転手さんからおつりを受け取ると、僕たちは神社に向かった。
 参道は、かなりの人で賑わっている。とうもろこしの焼けるおいしそうな香りがたまらない。お! あっちにはお好み焼きが。この一件が解決したら、是非とも買い食いしたいところだが、今はそれどころではない。身を隠せる場所を探して、あの3人を見守らなければ。

「時刻表だと、そろそろ駅に着くぞ」

 境内へ向かう階段の途中で、大ちゃんが、腕時計と頭の中の時刻表を照らし合わせている。

「確か、もう少し登ると、お地蔵様がいくつか並んだ脇道わきみちがあって、奥に売店とトイレがあったはずだ。一旦そこへ隠れよう」

 記憶どおり脇道があり、売店とトイレの間の隙間に、丁度良さそうなスペースを見つけた。誰も居ないタイミングで、こっそり隠れる。

「栗っち、お願い!」

「了解―!」

 千里眼で駅の方を見る栗っち。

「あれ? おかしいなー?」

 少しして、栗っちが首をかしげる。

「まさか見失った?!」

 大ちゃんも、ちょっと慌てはじめる。

「ううん。千里眼って、双眼鏡で探すとか、そんな感じじゃないんだ。見たい物を、感覚で探るから、大体の方向と距離が合ってれば、絶対に見えるはずなんだけど……」

「という事は、もしかしてあの電車には乗ってなかった?! でも、2駅で神社って、ここだけじゃない?」

 僕の問いに、大ちゃんがハッとした表情をする。

「逆方向の電車か!? あの金額で逆方向なら、2駅か3駅……」

「どうしよう。そっち方向で有名な神社って思い浮かばないよ」

 青ざめる栗っち。

「大ちゃん、その辺りの神社とかお寺って、覚えてる?」

「覚えてるけどさ、わざわざ電車に乗って行くような神社は無いぜ……?」

 そうか。それなら地元の神社に行くよな。

「えーと、近い所から、江上神社だろ、浄楽寺、鶴山神社、西宝寺、平山神社、深間神社、水地宮、樫川稲荷神社、大波神社、光道寺、山勾神社、熱畑神社……」

 今更だけど、スゴい記憶力だよな、大ちゃん。
 ……ん?

「ちょっと待った! 大ちゃん、今、大波神社おおなみじんじゃって言った?」

「ああ。どうした、たっちゃん。何か気づいた?」

「確か、前にユーリが夏休みに親戚の家で泊めてもらった時、近所の子どもたちが来て、一緒にラジオ体操したって聞いたことがあるんだけど……」

「親戚んちでラジオ体操……? 大波おおなみ?! 親戚って、まさか!」

「大ちゃん、その大波神社って、どこら辺?」

「国道沿いに、スポーツジムあるだろ、変な色の看板の。あの交差点を、山の方に行った辺りだ」

「わかる? 栗っち」

「見えた! 居るよ、ユーリちゃんたち! ……あああああ!!」

「どうしたの?!」

「……今、白いワゴン車が、スポーツジム横の交差点を、山の方に向かったよ!」

 
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