上 下
41 / 44

番外編 第二王子にとっての世界③

しおりを挟む
 シャルルは、いい子に徹した。完璧な微笑みを浮かべ、勉学に励み。優秀な魔法使いになるための研鑽を積んだ。
 それに比例するように、どんどん、どんどん、息はしづらくなっていった。自由になりたい。こんな場所飛び出してしまえと、慟哭する自分を押し殺せばするほどに。

「シャルル殿下は優秀な魔法使いになられる」
「あぁ、確実にな」
「シャルル殿下を支持した方がよいのでは?」
「いや、しかし……。第一王子以外が王になった前例などないのだぞ」

 いつの頃からか、周りが勝手に王位を巡ってそんな話を囁き合い出した。酷くどうでも良かった。誰もシャルルの本当に気付いてはくれないということでしかなかったのだから。

「だ~れも、な~んにも、知らないんだ。見てくれないんだ」

 自室の窓から外をぼんやりと眺めるシャルルを精霊だけが慰めてくれた。光のない翳る瞳がそれでも弧を描いたのは、ただ単純にそれが癖付いてしまったから。

「ボクはね、きっと。いつか溺れて死ぬんだよ。それでもず~っと、微笑みながら……」

 窓ガラスに映るシャルルは言葉の通り、優雅な微笑みを浮かべていた。一層のこと、早く死んでくれたらいい。心が死ねば、この息苦しさもなくなってくれるのだろうから。

「……らくになりたい」

 あとどのくらい耐えれば、この地獄に慣れるのだろうか。自由な世界を諦める方法を誰でもいいから教えてよと、シャルルは静かに目蓋で視界を塞いだ。
 それは、貴族との付き合いで同行した観劇でのことだった。内容は切なく悲しいもので、大人達でさえ涙を流していた。
 だから、シャルルも泣いた方がいいのだろうと考えた。しかし、泣けなかったのだ。涙の流し方を忘れてしまった。どうやって、人は泣くのだったか。
 シャルルは混乱したが、その場は何とか悲し気な表情を作ってやり過ごした。周りの貴族達は何も不審がっていなかったのが、唯一の救いであった。
 王宮に帰ってきたシャルルは、信頼している侍従を頼ることにした。他に相談できる人間がいなかったのだ。

「ジョゼフ、今日、ね。困ったことがあって……」
「……? どのようなことがでしょうか?」
「観劇、泣いた方が良かったよね?」

 シャルルの言葉に、従者ジョゼフは目を瞠る。しかし、混乱しているシャルルは、それに気付けなかった。

「でも……。でも、ね。泣けなかったんだ。だから、教えて欲しいんだけど」
「……はい」
「うん。あのね。あの……。涙ってさ。どうやって流すんだった?」

 シャルルには今、自分がどんな顔をしているのかさえ分からなかった。ずっと泣こうとしているのだが、口角が自然と上がってしまうのだ。

「シャルル殿、か……」

 ジョゼフの声は、掠れていた。何故かは分からなかった。しかし、これは本格的に不味いということだけは確かであった。
 このままでは、本気で壊れてしまうのだろう。いや、もしかしたらもう壊れだしているのかもしれなかった。

「申し訳あり、ません。もうしわけ……っっ!」
「どうしてジョゼフが謝るの。何も悪くないよ。ねぇ、泣かないで」

 ジョゼフの謝罪は何に対してなのだろうか。ただひたすら涙に震える声で繰り返される謝罪に、シャルルは眉尻を下げることしか出来なかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

処理中です...