24 / 44
24.寧ろ、嬉しいので②
しおりを挟む
「スタジッグ伯爵令嬢は何色が好き?」
呼び方が元に戻ったことが残念で、アイリスの返事が不自然に一拍遅れてしまう。あの時は、オリヴィアもいたのだ。下の名前を呼ばなければ紛らわしいことになってしまうとの判断であっただけの話なのであって。
「スタジッグ伯爵令嬢??」
「私は何色でも……。王子殿下のお好きなものを選んで頂ければそれで」
アイリスと呼んでくださいなどと言う勇気は流石になかった。そこまで親密な関係でもないのだから、当たり前なのだが……。
「じゃあ、金糸と銀糸ならどっちが好み? どちらでもは受け付けません」
「え!? ええと……」
「うん。ゆっくりで構わないよ」
アイリスには特段拘りはなかった。いや、今まで意見を求められることがなかったのでよく分からないが正しいのかもしれない。
ふとシャルルの輝くような黄金の髪が目に入って、アイリスは気付けば「金糸が好きです」と口にしていた。
「金糸か。じゃあ、刺繍は金糸でして貰おう。刺繍はデザインを揃えて。あとは、色味だけど」
「王子殿下は何色がお好きですか?」
「オレはね~。スタジッグ伯爵令嬢に似合う色なら何でもいいよ」
「わ、私にですか!?」
「あっ! この深い青色、絶対に綺麗だ」
とあるページで、シャルルは商品目録を捲るのを止める。藍色と紺色の中間くらいの色味だろうか。金刺繍が映えそうであった。
「どう思う?」
「素敵かと」
「うん。じゃあ、青系統で揃えてオレのは少し淡めにして貰おうかなぁ。深い色味は着こなせる気がしないから」
「そうですか?」
確かにウエストコートは白だが、上に着ているフロックコートはこの国らしく黒色だ。普通に似合っているとアイリスは思うのだが。
「ポプラルース王国は淡い色味が主流なんだ」
「真逆ですね」
「そうだね~。オレも吃驚したよ」
「他にも違いはありますか?」
「ん~、なんだろう。あぁ、ドレスは刺繍よりもレースフリルっていうの? あれが使われててフワフワしてる感じ」
「可愛らしいですね」
「そー……うかな? いや、うん。デザインと着る人によりけりなんじゃないかな~」
誰を想像しているのか、シャルルが何とも言えない顔をする。それに、アイリスは小首を傾げるしかなかった。
「実際に見ると分かるかも。兄と兄の婚約者が舞踏会に参加するらしいから」
「婚約者……ソフィア様ですね」
「そうそう。流石はスタジッグ伯爵令嬢、よく覚えてたなぁ。一回しか名前を出してないのに、凄いね」
「そうでしょうか……」
「オレは覚えられないかな~」
それは、意外だった。何でもそつなくさらっとこなしそうなイメージをアイリスはシャルルに抱いていたからだ。しかし、そう言われれば仕立て屋の名前を書いたメモをクロエに貰っていた。
「では、デザインの方ですが……。試着してみられますか?」
「そうだね。まずはドレスから決めようかな」
その後、あれはどうか、これもいい、と少しずつ違うデザインのドレスを何着も合わせ、アイリスはこんなにも大変なのかと採寸等全て終わる頃にはぐったりとしてしまっていた。シャルルは慣れているのか、顔色一つ変えずに終えていたが。
「よし、正装はこんなものかな。完成を心待ちにしているよ」
「畏まりました。誠心誠意取り組ませていただきます」
「頼むね」
やっと終わったと喜ぶ気持ちと、もう終わってしまったと残念な気持ちと。アイリスは複雑そうに息を吐く。
「お疲れ。少し休憩しようか」
「よろしいのですか?」
「勿論。この後、宝飾品も見に行くからね」
「……え?」
「ん?」
お互いに、キョトンと目を瞬く。
「ドレスと宝飾品は一緒に贈るものだよね? あれ? もしかして違うの?」
「ええと、我が国では?」
「そっか。でも、受け取って欲しいな~」
「ドレスだけでも光栄ですのに」
「ん~……。オレが嫌なんだよ」
嫌とは何がだろうか。王子殿下の隣に立つのだからと、父が高価なものを買ってくれそうな雰囲気だ。なので、みすぼらしい事にはならないとは思うが……。
「他の男が買った宝飾品をオレの隣で身に付けるの?」
シャルルの目がスゥ……と細くなる。その瞳に得も言われぬ感情が滲んだ気がして、アイリスは目が逸らせなくなった。
「なんて事を我が国では結構気にしたりするんだけど~……。この国では重かったりする?」
一変して、シャルルは困ったように眉尻を下げる。次いで、葛藤するように目を瞑ると唸りだした。
「スタジッグ伯爵令嬢がそんなの困りますって言うなら、オレが……耐える」
「い、いいえ! 困りません! 寧ろ、嬉しいので……」
言い終わった後で、とんでもないことを口にしてしまった気がすると思ったが、後の祭りとは正にこの事。アイリスは恥ずかしくて、顔を俯かせるしかなかった。
「あ~……。嬉しい、か。そっかぁ。うん。じゃあ、一式贈るよ」
「えぇ!?」
「受け取ってくれるでしょう?」
はにかむように笑ったシャルルは「ね?」と、強請るような声音を出す。驚きはしたが嫌なわけではなかったアイリスは、頷くことで答えたのだった。
呼び方が元に戻ったことが残念で、アイリスの返事が不自然に一拍遅れてしまう。あの時は、オリヴィアもいたのだ。下の名前を呼ばなければ紛らわしいことになってしまうとの判断であっただけの話なのであって。
「スタジッグ伯爵令嬢??」
「私は何色でも……。王子殿下のお好きなものを選んで頂ければそれで」
アイリスと呼んでくださいなどと言う勇気は流石になかった。そこまで親密な関係でもないのだから、当たり前なのだが……。
「じゃあ、金糸と銀糸ならどっちが好み? どちらでもは受け付けません」
「え!? ええと……」
「うん。ゆっくりで構わないよ」
アイリスには特段拘りはなかった。いや、今まで意見を求められることがなかったのでよく分からないが正しいのかもしれない。
ふとシャルルの輝くような黄金の髪が目に入って、アイリスは気付けば「金糸が好きです」と口にしていた。
「金糸か。じゃあ、刺繍は金糸でして貰おう。刺繍はデザインを揃えて。あとは、色味だけど」
「王子殿下は何色がお好きですか?」
「オレはね~。スタジッグ伯爵令嬢に似合う色なら何でもいいよ」
「わ、私にですか!?」
「あっ! この深い青色、絶対に綺麗だ」
とあるページで、シャルルは商品目録を捲るのを止める。藍色と紺色の中間くらいの色味だろうか。金刺繍が映えそうであった。
「どう思う?」
「素敵かと」
「うん。じゃあ、青系統で揃えてオレのは少し淡めにして貰おうかなぁ。深い色味は着こなせる気がしないから」
「そうですか?」
確かにウエストコートは白だが、上に着ているフロックコートはこの国らしく黒色だ。普通に似合っているとアイリスは思うのだが。
「ポプラルース王国は淡い色味が主流なんだ」
「真逆ですね」
「そうだね~。オレも吃驚したよ」
「他にも違いはありますか?」
「ん~、なんだろう。あぁ、ドレスは刺繍よりもレースフリルっていうの? あれが使われててフワフワしてる感じ」
「可愛らしいですね」
「そー……うかな? いや、うん。デザインと着る人によりけりなんじゃないかな~」
誰を想像しているのか、シャルルが何とも言えない顔をする。それに、アイリスは小首を傾げるしかなかった。
「実際に見ると分かるかも。兄と兄の婚約者が舞踏会に参加するらしいから」
「婚約者……ソフィア様ですね」
「そうそう。流石はスタジッグ伯爵令嬢、よく覚えてたなぁ。一回しか名前を出してないのに、凄いね」
「そうでしょうか……」
「オレは覚えられないかな~」
それは、意外だった。何でもそつなくさらっとこなしそうなイメージをアイリスはシャルルに抱いていたからだ。しかし、そう言われれば仕立て屋の名前を書いたメモをクロエに貰っていた。
「では、デザインの方ですが……。試着してみられますか?」
「そうだね。まずはドレスから決めようかな」
その後、あれはどうか、これもいい、と少しずつ違うデザインのドレスを何着も合わせ、アイリスはこんなにも大変なのかと採寸等全て終わる頃にはぐったりとしてしまっていた。シャルルは慣れているのか、顔色一つ変えずに終えていたが。
「よし、正装はこんなものかな。完成を心待ちにしているよ」
「畏まりました。誠心誠意取り組ませていただきます」
「頼むね」
やっと終わったと喜ぶ気持ちと、もう終わってしまったと残念な気持ちと。アイリスは複雑そうに息を吐く。
「お疲れ。少し休憩しようか」
「よろしいのですか?」
「勿論。この後、宝飾品も見に行くからね」
「……え?」
「ん?」
お互いに、キョトンと目を瞬く。
「ドレスと宝飾品は一緒に贈るものだよね? あれ? もしかして違うの?」
「ええと、我が国では?」
「そっか。でも、受け取って欲しいな~」
「ドレスだけでも光栄ですのに」
「ん~……。オレが嫌なんだよ」
嫌とは何がだろうか。王子殿下の隣に立つのだからと、父が高価なものを買ってくれそうな雰囲気だ。なので、みすぼらしい事にはならないとは思うが……。
「他の男が買った宝飾品をオレの隣で身に付けるの?」
シャルルの目がスゥ……と細くなる。その瞳に得も言われぬ感情が滲んだ気がして、アイリスは目が逸らせなくなった。
「なんて事を我が国では結構気にしたりするんだけど~……。この国では重かったりする?」
一変して、シャルルは困ったように眉尻を下げる。次いで、葛藤するように目を瞑ると唸りだした。
「スタジッグ伯爵令嬢がそんなの困りますって言うなら、オレが……耐える」
「い、いいえ! 困りません! 寧ろ、嬉しいので……」
言い終わった後で、とんでもないことを口にしてしまった気がすると思ったが、後の祭りとは正にこの事。アイリスは恥ずかしくて、顔を俯かせるしかなかった。
「あ~……。嬉しい、か。そっかぁ。うん。じゃあ、一式贈るよ」
「えぇ!?」
「受け取ってくれるでしょう?」
はにかむように笑ったシャルルは「ね?」と、強請るような声音を出す。驚きはしたが嫌なわけではなかったアイリスは、頷くことで答えたのだった。
399
お気に入りに追加
1,308
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる