上 下
22 / 44

22.いってまいります②

しおりを挟む
 シャルルの視線がオリヴィアへと向く。母に促されて、オリヴィアは一歩前へと進み出た。

「お初にお目にかかります。オリヴィア・スタジッグと申します」
「はじめまして。オレは、シャルル・スエ・ポプラルース」
「よろしくお願いいたします」

 鼻にかかった甘たれた声を出しながら、オリヴィアが上目遣いにシャルルを見上げる。それに、シャルルはニコッと穏やかな笑みを返した。

「そうだね」

 オリヴィアの表情があからさまに明るく嬉しそうなものになる。しかし、「キミはアイリス嬢の妹君だから」とシャルルが続けたことにより、オリヴィアはそのまま固まった。

「あぁ、そうか。ジェイデン卿の婚約者でもあったかな。どうぞ、よろしく」

 明確に線を引いたシャルルに、オリヴィアは言葉が出てこずに口をパクパクと開閉する。シャルルは挨拶は終いとばかりに、オリヴィアからアイリスへと視線を移した。

「じゃあ、行こうか」
「は、い……」

 シャルルはオリヴィアよりもアイリスを優先してくれた。アイリスに向かって差し出されたシャルルの手に、浮かれる気持ちが抑えられない。迷うことなくその手を取ったアイリスに、シャルルがゆるりと目尻を下げた。

「では、これで」
「失礼いたします」
「いってまいります」
「あぁ、気をつけて」

 恭しく頭を下げる使用人達に見送られ、車はスタジッグ伯爵邸を出発する。シャルルは暫くの間、何事かを考えるように懐中時計を手の中で弄んでいた。
 アイリスは失礼があっただろうかと考えて、心当たりがありすぎてシャルルから視線を逸らす。やはり現地集合にした方が良かったかもしれないと、申し訳なさに口元を手で隠した。

「あの……」
「ん?」
「申し訳ありませんでした。ご不快な気持ちにさせてしまい」
「……? あ~、なるほど。違うんだ。ちょっと考え事をしてて。これは、オレが悪いね」
「いえ、そのようなこと! 寧ろ、考え事の邪魔をしてしまいましたね」
「いいんだ。もう、答えは出たから」

 シャルルは懐中時計に視線を遣り、ゆったりと目を細めた。その微笑みにどこか呆れのようなものが滲んで見えて、アイリスは目を瞬く。

「この懐中時計は、特別製でね。詳細はまたの機会にでも話すとして。ちょっと、確かめたいことがあったんだよ。結果が想定と違っていて、驚いたというのか何というのか……」
「確かめたいこと、ですか?」
「うん、まぁ……。オレは余所者だからね。他国の問題に干渉するつもりはないけど。公爵家の未来が心配だなぁって」

 シャルルの声音は、心配というよりも呆れの方が強かった。何を確かめたのかは分からないし、教えてくれそうにもないが……。
 オリヴィアを見てそう思ったのならば、“公爵家の未来”とはジェイデンのことを指しているのだろうとアイリスは結論付けた。

「妹が何か……」
「ん~……。そうだなぁ。ひとまず言えることは、罪になるようなことは犯していないってこと」
「罪!?」
「そうそう。でも、だからこそ。あの程度の、あぁ、いや、うん。まだ幼いみたいだから、きっとこれから勉強するのかな~」

 アイリスとオリヴィアは二つしか歳が変わらない。シャルルの言う幼いは、貴族家の令嬢にしては内面がということなのだろう。

「お恥ずかしい話です……」
「キミが責任を感じることではないよ。スタジッグ伯爵家は伯爵位の中で上位の家門だ。どこに出しても恥ずかしくない教育を受けさせるのは、親の務めだよ」
「はい」
「まぁ、それを無駄なものにするかどうかは本人次第だけどね。向き不向きもあるから」

 自嘲気味に笑ったシャルルに、アイリスは小首を傾げた。アイリスから見て、シャルルはとても優秀な人だ。実際はそのようなことは無かったわけだが、兄と苛烈な王位争いをしていると言われても不自然ではない程に。
 しかしシャルルは、“オレには難しい”や“オレには向かない”と態々口に出して言うのだ。まるで、そういう風に見て欲しいとでもいうように。

「ん~、でも……。自分の上手い見せ方は分かってそうだったなぁ」

 懐中時計を仕舞いながら、シャルルがポツリとそう呟く。どこまでも興味の無さそうな声音であった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...