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13.自分勝手なものね①

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 昨日の失態が尾を引いて、合わす顔がなかったアイリスはシャルルから隠れて過ごしていた。それに、まだ心の整理が出来ないでいたのだ。
 どうして私だけは愛して貰えないのか。そんな考えがぐるぐると頭を回って、昨夜はよく眠れなかった。
 暗い顔で俯くアイリスに、クロエが気遣わしげな表情を浮かべるものだから。申し訳なくなったアイリスは、一人にして欲しいと頼み今日はずっと一人行動をしていた。
 移動教室で外廊下をとぼとぼと歩いていると、ふと聞き慣れた声が耳朶に触れた気がして、アイリスは下に向けていた視線を少し上げる。

「……っ!?」

 そこにいたのは、間違いなくジェイデンであった。いつも一緒にいる伯爵家の令息もいる。そして、その二人に挟まれるようにして前から歩いてくるのは、シャルルだった。
 ジェイデンは次期公爵だ。隣国の第二王子であるシャルルと一緒にいて何ら不思議はない。しかし、いま一番会いたくない組み合わせであるのは確かで。
 アイリスは金縛りにでもあったかのように、その場に立ち尽くしてしまう。頭が真っ白になり、ただ息を呑むことしか出来なかった。
 不意に、シャルルが中庭を指差す。ジェイデンと伯爵家の令息は、その指を辿って中庭に顔を向けた。
 それなのに、シャルルの顔はアイリスの方を向く。桃色の瞳が優しく細まった。風に背を押されて、アイリスはたたらを踏みながらも歩き出す。

「どれですか?」
「あれなんだけど……」

 シャルルが二人の気を引いてくれている内に、アイリスはその横を足早にすれ違った。

「あれ? 気のせいだったようです」

 和やかな談笑が背中越しに聞こえてくる。アイリスの存在はジェイデン達には気付かれなかったようだ。それにアイリスは、ほっと肩の力を抜く。

「どうして……」

 守ってくれたのだろうか。都合よく考えそうになる頭を振って、期待を否定する。裏腹に熱くなる頬の体温と胸の暖かさに、アイリスは調子の良いこと……と目を伏せた。

 そこからはシャルルにもジェイデンにも会うことはなく、あっという間に放課後を迎えていた。今日は勉強会の約束はしていない。そのため、アイリスはぼんやりとしながらも帰路につこうとしていた。

「あっ……」

 教室から出た瞬間に、シャルルを見つけ慌てて引き返す。アイリスは扉の陰から様子を窺った。
 大勢の生徒に囲まれたシャルルは、隙のない笑みを浮かべお喋りに興じている。対してアイリスは誰もいなくなった教室に一人。何もかもが違いすぎる。
 それでも、アイリスはシャルルから目が離せなかった。あれだけ合わせる顔がないと思っていたのに。少しだけ。少しだけで良いから、などと。

「自分勝手なものね」

 自嘲の混じった呟きは、誰の耳にも入らなかった。アイリスは、大勢の生徒を掻き分けて帰る勇気などないから。そんな理由をつけて、その場に留まる。
 不意に、シャルルの瞳がほの暗く濁った気がした。周りが一切気付いていないのは、表情や声音に変化がないからだろうか。直ぐに穏やかなものに戻ったのも要因かもしれない。
 直後、シャルルが何かを言ったのか皆が散り散りに去っていった。お開きになったようだ。最後の最後まで微笑みを浮かべ続けたシャルルも校舎の出口へと歩いて行く。
 その後ろ姿を見送ったアイリスは、戸惑った表情を浮かべていた。そして、悩むように目を伏せる。これはどうしたら良いのだろうか、と。
 しかし、いくら考えても答えは同じで。追いかけなければ。そう強く思った。背中を押してくれる風はなかったが、それでもアイリスはシャルルを追って足を踏み出した。

「王子殿下……」

 行き先の心当たりは、池の畔しかなかった。そこにいなければ、学校の敷地内を手当たり次第探せば良い。アイリスは衝動に突き動かされて、足を進めた。
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