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砂漠の神殿編
02.モブ令嬢と夢見
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あぁ、またか。やけに意識がはっきりとしているが、これは夢なのだとシルヴィは何処かで理解していた。
しかし、何かがいつもと違う。漠然とした違和感に、シルヴィは首を傾げた。瞬間、誰かに強く抱き締められる。
「ナルジス。あぁ、愛しいナルジス」
そこでシルヴィは、気づく。いつも視界には靄がかっているのに、今日はそれがなかったのだ。白金色の長い髪が嫌に美しく煌めいて、シルヴィは嫌な予感に身震いする。
「やっと、見つけた。迎えに行くよ、ナルジス」
シルヴィは得体の知れない恐怖に、顔を上げられずに俯き続けた。声の主は気にした様子もなく、浮かれたように喋り続ける。
「待たせて悪かった。邪魔が入ったんだ。しかし、十八年など些末な時だろう?」
早く目覚めなくては。焦燥感に突き動かされて、シルヴィはきつく目を閉じた。
「私は、何百年とお前を求め続けたのだから」
それがどういう意味を持つのかを理解するよりも早く、「お嬢様!!」そう誰かに呼ばれてシルヴィは瞼を開ける。
全力疾走したあとのように、息がしづらい。早鐘を打つ心臓と呼吸を落ち着けながら、シルヴィは瞬きを繰り返した。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「もに、く……?」
ベッドの天蓋が揺れている。それを背景に、心配そうにこちらを覗き込むメイドのモニクと目が合った。
「随分と魘されておられました。それ程までに恐ろしい夢を見られたのですね」
「ゆめ……。うん、そうね。夢よね」
「お嬢様?」
何故なのだろうか。いつもは忘れてしまう内容を今日ははっきりと覚えている。
不安を振り払うようにして、シルヴィは上体を起き上がらせる。汗で張り付いた髪を払った。
「酷い汗ですね。拭くものを持って参ります」
「うん、お願い」
モニクが一礼して部屋を出ていく。シルヴィは短く息を吐き出すと、顔を上げた。部屋が薄明るい。余程モニクは慌てていたのか、まだカーテンは閉められていた。
「もう朝だったんだ」
では起きなくてはならない。今日はフレデリク主催のお茶会があるのだから。用意を始めなくては、約束の時間に間に合わなくなってしまう。
“迎えに行くよ、ナルジス”
歓喜に濡れた男の声が頭をぐるぐると回る。そこでふと、シルヴィは急激に冷静になった。
「ナルジスって……誰?」
聞き慣れない名前に、はてと首を捻る。今世はシルヴィ、前世は日本人であったので勿論“ナルジス”などという名前は有り得ない。
「人違いかな」
何だかよく分からなくなってきて、シルヴィは頭を軽く左右に振った。妙な夢に、不安感はある。しかし、今日は久方ぶりにルノーに会うのだから、暗い顔をしている訳にはいかない。
シルヴィは強張っていた頬を両手で揉み解す。あの魔王様は目敏いのだ。笑顔、笑顔、そう自身に暗示をかけるように何度も頭に思い浮かべた。
そうこうしている内に、モニクが戻ってくる。シルヴィは気合いを入れると、支度をするべくベッドから出たのだった。
揺れる馬車の中で、シルヴィは車窓をぼんやりと眺めていた。モニクの腕は相も変わらずで、完璧な淑女にしてくれるのだから凄い。
ルノーが迎えに行きたいと言っていたが、伯爵も公爵も許さなかったので現地集合である。苦々しい顔をするルノーが浮かんで、シルヴィは思わず笑い声を漏らしてしまった。
「早く会いたい」
ぽつりと自分の口からこぼれ落ちた言葉に、シルヴィ本人が驚いたように目を丸める。そうか。平気だと思っていたけれど、私も寂しかったのか、と。
「ルノーくん……」
ルノーならば、助けてくれるだろうか。
“じゃあ、また見たら僕を呼んでよ。直ぐに駆け付けるから”
そんな約束をしたのは、春のことだった。すっかりと季節は夏になったが、まだ有効なのだろうか。
先程までの焦りが嘘のように、シルヴィは穏やかに笑む。後ろから抱き締めてくるルノーのぬくもりを思い出すように、ゆったりと目を閉じた。ルノーはいつも安心をくれる。
「居眠りしないように気を付けないとなぁ」
ルノーと二人ならばいざ知らず、今日は皇太子殿下に公爵令嬢にと失礼を働くわけにはいかない面々が揃っているのだから。
「よし!」
シルヴィが気合いを入れ直したタイミングで、馬車は丁度よく王宮へと到着した。御者が開けた扉から、外へと出る。
シルヴィは外の空気を肺一杯に吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。モニクに持たされた日傘をさし、いざお茶会へと顔を上げた先にルノーがいて一瞬固まる。
目が合って、ルノーの瞳が遠目でも分かるほどに輝いた。それに、シルヴィは思わず苦笑してしまう。今日も待ち構えてた、と。
シルヴィが歩き出すよりも早く、待ちきれないと言いたげにルノーが小走りで近付いてくる。シルヴィはここは淑女らしくしようと、ゆったりと歩を進めた。
「シルヴィ!」
「ごきげんよう、ルノーくん」
「会いたかった……」
心の底から出たようなルノーの声音に、シルヴィは照れたようにはにかむ。しかし直ぐ、ここは王宮の人目が有る場所であることを思い出し、さっと顔色を変えた。
「爆発ダメ! 絶対!」
そんな事を言いながら少し距離を取ったシルヴィに、うっとりと瞳を蕩けさせていたルノーは我に返ったようだ。不服そうに眉根を寄せる。
「そんな顔してもダメです」
「分かってるよ。我慢するから、抱きしめ、いや、耐えるから」
願望が途中で挟まったが、シルヴィは聞かなかったことにした。ルノーは誤魔化すように咳払いをしてみせると、恭しく手を差し出す。
「お手をどうぞ」
日傘をどうしようかと思いつつも、シルヴィはルノーの手を取る。ルノーは一変して、嬉しそうに顔を綻ばせた。
流れるようにシルヴィの手から日傘を掠め取ると、シルヴィを自身の方へと引き寄せる。そのまま相合傘のような格好に収まった。
「ルノーくん、あの……」
「うん?」
「日傘、閉じようか?」
「駄目だよ。今日は日差しが強いからね」
「そうかしら」
「そうだよ」
ここジルマフェリス王国の夏は、日本に比べれば暑くはない。その分、冬は寒く雪が積もることも少なくはないが。
「さぁ、行こうか」
ルノーがそれで良いのならば、これ以上は何も言うまいとシルヴィは素直に一つ頷く。ルノーが引き下がらないとよく知っているからだ。
ルノーは満足げな顔をすると、今度はシルヴィに合わせるようにゆったりと歩き出す。促されるように、シルヴィも足を出した。
日傘がシルヴィの方へと傾いているのは、日差しから守るためであるとシルヴィは思っている。勿論そのためでもあるのだが、ルノーをよく知る者が見ればこう言うだろう。周囲の視線から隠しているのだ。死にたくなければ見ない方が賢明だぞ、と。
「いつ見ても、素敵なバラ園」
「うん」
「綺麗だねぇ」
ルノーはバラ園ではなく、瞳を輝かせるシルヴィを一心に見つめる。やはり、ルノーにとっては相も変わらず“ただの”バラ園でしかないのだ。シルヴィの瞳を通さなければ。
「ごきげんよう」
「ルノー先輩、お久しぶりです」
声を掛けられてシルヴィは肩を跳ねさせたが、聞き慣れた声に笑顔を浮かべる。ルノーは特に驚いた様子もなく、「変わり無さそうだね」とディディエに返していた。
「ごきげんよう、ジャスミーヌ様、ディディエ様」
「何故、シルヴィ様の日傘をルノー様が持っているのかについてを聞いた方がよろしくて?」
「聞かなくても分かるでしょ~、姉さん」
「ですわね」
どこか呆れたようにジャスミーヌが息を吐く。ルノーはどこ吹く風といった様子で、日傘を手放す気はなさそうだった。
「あら~? 皆様、お揃いで~。もしかして、私が最後だったりします?」
「ごきげんよう、ロラ様」
「ごきげんよう~」
今日は、ご機嫌らしい。実は王女殿下も参加したがったようなのだが、ディディエが来ると聞いた途端に逃げたのだとか。
「どうかしらね。あとは、トリスタン様とガーランド様ですけれど」
「ガーランドは一緒に来たよ」
「トリスタンは早々と来てると思うな~」
そんな会話を繰り広げていれば「バラ園の入り口で何をしているんだ?」とフレデリクが迎えに来てしまった。
その後ろには、護衛騎士のアレクシとディディエの予想通り既に来ていたらしいトリスタン、そしてガーランドが立っていた。
しかし、何かがいつもと違う。漠然とした違和感に、シルヴィは首を傾げた。瞬間、誰かに強く抱き締められる。
「ナルジス。あぁ、愛しいナルジス」
そこでシルヴィは、気づく。いつも視界には靄がかっているのに、今日はそれがなかったのだ。白金色の長い髪が嫌に美しく煌めいて、シルヴィは嫌な予感に身震いする。
「やっと、見つけた。迎えに行くよ、ナルジス」
シルヴィは得体の知れない恐怖に、顔を上げられずに俯き続けた。声の主は気にした様子もなく、浮かれたように喋り続ける。
「待たせて悪かった。邪魔が入ったんだ。しかし、十八年など些末な時だろう?」
早く目覚めなくては。焦燥感に突き動かされて、シルヴィはきつく目を閉じた。
「私は、何百年とお前を求め続けたのだから」
それがどういう意味を持つのかを理解するよりも早く、「お嬢様!!」そう誰かに呼ばれてシルヴィは瞼を開ける。
全力疾走したあとのように、息がしづらい。早鐘を打つ心臓と呼吸を落ち着けながら、シルヴィは瞬きを繰り返した。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「もに、く……?」
ベッドの天蓋が揺れている。それを背景に、心配そうにこちらを覗き込むメイドのモニクと目が合った。
「随分と魘されておられました。それ程までに恐ろしい夢を見られたのですね」
「ゆめ……。うん、そうね。夢よね」
「お嬢様?」
何故なのだろうか。いつもは忘れてしまう内容を今日ははっきりと覚えている。
不安を振り払うようにして、シルヴィは上体を起き上がらせる。汗で張り付いた髪を払った。
「酷い汗ですね。拭くものを持って参ります」
「うん、お願い」
モニクが一礼して部屋を出ていく。シルヴィは短く息を吐き出すと、顔を上げた。部屋が薄明るい。余程モニクは慌てていたのか、まだカーテンは閉められていた。
「もう朝だったんだ」
では起きなくてはならない。今日はフレデリク主催のお茶会があるのだから。用意を始めなくては、約束の時間に間に合わなくなってしまう。
“迎えに行くよ、ナルジス”
歓喜に濡れた男の声が頭をぐるぐると回る。そこでふと、シルヴィは急激に冷静になった。
「ナルジスって……誰?」
聞き慣れない名前に、はてと首を捻る。今世はシルヴィ、前世は日本人であったので勿論“ナルジス”などという名前は有り得ない。
「人違いかな」
何だかよく分からなくなってきて、シルヴィは頭を軽く左右に振った。妙な夢に、不安感はある。しかし、今日は久方ぶりにルノーに会うのだから、暗い顔をしている訳にはいかない。
シルヴィは強張っていた頬を両手で揉み解す。あの魔王様は目敏いのだ。笑顔、笑顔、そう自身に暗示をかけるように何度も頭に思い浮かべた。
そうこうしている内に、モニクが戻ってくる。シルヴィは気合いを入れると、支度をするべくベッドから出たのだった。
揺れる馬車の中で、シルヴィは車窓をぼんやりと眺めていた。モニクの腕は相も変わらずで、完璧な淑女にしてくれるのだから凄い。
ルノーが迎えに行きたいと言っていたが、伯爵も公爵も許さなかったので現地集合である。苦々しい顔をするルノーが浮かんで、シルヴィは思わず笑い声を漏らしてしまった。
「早く会いたい」
ぽつりと自分の口からこぼれ落ちた言葉に、シルヴィ本人が驚いたように目を丸める。そうか。平気だと思っていたけれど、私も寂しかったのか、と。
「ルノーくん……」
ルノーならば、助けてくれるだろうか。
“じゃあ、また見たら僕を呼んでよ。直ぐに駆け付けるから”
そんな約束をしたのは、春のことだった。すっかりと季節は夏になったが、まだ有効なのだろうか。
先程までの焦りが嘘のように、シルヴィは穏やかに笑む。後ろから抱き締めてくるルノーのぬくもりを思い出すように、ゆったりと目を閉じた。ルノーはいつも安心をくれる。
「居眠りしないように気を付けないとなぁ」
ルノーと二人ならばいざ知らず、今日は皇太子殿下に公爵令嬢にと失礼を働くわけにはいかない面々が揃っているのだから。
「よし!」
シルヴィが気合いを入れ直したタイミングで、馬車は丁度よく王宮へと到着した。御者が開けた扉から、外へと出る。
シルヴィは外の空気を肺一杯に吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。モニクに持たされた日傘をさし、いざお茶会へと顔を上げた先にルノーがいて一瞬固まる。
目が合って、ルノーの瞳が遠目でも分かるほどに輝いた。それに、シルヴィは思わず苦笑してしまう。今日も待ち構えてた、と。
シルヴィが歩き出すよりも早く、待ちきれないと言いたげにルノーが小走りで近付いてくる。シルヴィはここは淑女らしくしようと、ゆったりと歩を進めた。
「シルヴィ!」
「ごきげんよう、ルノーくん」
「会いたかった……」
心の底から出たようなルノーの声音に、シルヴィは照れたようにはにかむ。しかし直ぐ、ここは王宮の人目が有る場所であることを思い出し、さっと顔色を変えた。
「爆発ダメ! 絶対!」
そんな事を言いながら少し距離を取ったシルヴィに、うっとりと瞳を蕩けさせていたルノーは我に返ったようだ。不服そうに眉根を寄せる。
「そんな顔してもダメです」
「分かってるよ。我慢するから、抱きしめ、いや、耐えるから」
願望が途中で挟まったが、シルヴィは聞かなかったことにした。ルノーは誤魔化すように咳払いをしてみせると、恭しく手を差し出す。
「お手をどうぞ」
日傘をどうしようかと思いつつも、シルヴィはルノーの手を取る。ルノーは一変して、嬉しそうに顔を綻ばせた。
流れるようにシルヴィの手から日傘を掠め取ると、シルヴィを自身の方へと引き寄せる。そのまま相合傘のような格好に収まった。
「ルノーくん、あの……」
「うん?」
「日傘、閉じようか?」
「駄目だよ。今日は日差しが強いからね」
「そうかしら」
「そうだよ」
ここジルマフェリス王国の夏は、日本に比べれば暑くはない。その分、冬は寒く雪が積もることも少なくはないが。
「さぁ、行こうか」
ルノーがそれで良いのならば、これ以上は何も言うまいとシルヴィは素直に一つ頷く。ルノーが引き下がらないとよく知っているからだ。
ルノーは満足げな顔をすると、今度はシルヴィに合わせるようにゆったりと歩き出す。促されるように、シルヴィも足を出した。
日傘がシルヴィの方へと傾いているのは、日差しから守るためであるとシルヴィは思っている。勿論そのためでもあるのだが、ルノーをよく知る者が見ればこう言うだろう。周囲の視線から隠しているのだ。死にたくなければ見ない方が賢明だぞ、と。
「いつ見ても、素敵なバラ園」
「うん」
「綺麗だねぇ」
ルノーはバラ園ではなく、瞳を輝かせるシルヴィを一心に見つめる。やはり、ルノーにとっては相も変わらず“ただの”バラ園でしかないのだ。シルヴィの瞳を通さなければ。
「ごきげんよう」
「ルノー先輩、お久しぶりです」
声を掛けられてシルヴィは肩を跳ねさせたが、聞き慣れた声に笑顔を浮かべる。ルノーは特に驚いた様子もなく、「変わり無さそうだね」とディディエに返していた。
「ごきげんよう、ジャスミーヌ様、ディディエ様」
「何故、シルヴィ様の日傘をルノー様が持っているのかについてを聞いた方がよろしくて?」
「聞かなくても分かるでしょ~、姉さん」
「ですわね」
どこか呆れたようにジャスミーヌが息を吐く。ルノーはどこ吹く風といった様子で、日傘を手放す気はなさそうだった。
「あら~? 皆様、お揃いで~。もしかして、私が最後だったりします?」
「ごきげんよう、ロラ様」
「ごきげんよう~」
今日は、ご機嫌らしい。実は王女殿下も参加したがったようなのだが、ディディエが来ると聞いた途端に逃げたのだとか。
「どうかしらね。あとは、トリスタン様とガーランド様ですけれど」
「ガーランドは一緒に来たよ」
「トリスタンは早々と来てると思うな~」
そんな会話を繰り広げていれば「バラ園の入り口で何をしているんだ?」とフレデリクが迎えに来てしまった。
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