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アンブロワーズ魔法学校編
39.魔王と無印黒幕
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腕輪、攻撃魔法発動の少し前。
想定よりも数が少ない。ルノーは木の幹に凭れながら、戦況の把握を行っていた。
最初は学園内に散らばったのかとも考えたが、どれだけ待っても周りに魔力の気配は感じられなかった。どうやら戦力は、ここにいる分で全てらしい。
何とも情けない話だ。怖じ気づいた者の数がこれ程までに多いとは。いや、そもそもが上に立った者が悪かった。力なき弱者に、魔物は命を掛けはしない。
「あれではね」
ルノーが嘲笑の滲む笑みを口元に浮かべながら、ドラゴンを見上げる。人間ではないのだ。後ろで守られていては、話にならない。それとも、ルノーと同じで周りに功績でも立てさせようとでも言うのだろうか。何のために。
「理解不能だ」
興味を失ったルノーは、視線をドラゴンからトリスタンへと向ける。シルヴィが欲しがっているトリスタンの功績さえ手に入れば、最早この戦いに用はないのだ。
「水よ! 敵を飲み込め押し流せ!」
トリスタンの言葉通りに、作り出された大波が魔物達を飲み押し流していく。最初に比べれば、魔力調整も安定し、迷いもなくなっていた。
「うん。悪くない」
「……えっ!? 俺いま褒められました!?」
耳聡いことだ。ルノーの声を拾ったらしいトリスタンが、ルノーの方へと顔を向ける。キラキラとした視線を向けられたルノーは、それは無視してトリスタンの背中を軽く押した。つもりだったのだ、ルノーは。
「うぐぇっ!?」
ルノーに突き飛ばされたトリスタンが勢いよく転倒する。目を白黒させながらもトリスタンはルノーを探して顔を上げた。
ルノーに向かって鳥のような魔物が突っ込んでいくのをトリスタンの視界が捉える。それをいなしたルノーが、カウンターで下から拳を振り抜いた。ルノーの拳は見事、魔物の下嘴の辺りを捉える。
衝撃を逃がせなかったらしい魔物は、可哀想になるレベルで吹っ飛んでいった。それに、トリスタンが口をあんぐりと開ける。
「余所見はしない方が賢明だね」
「申し訳ありませんでした!!」
トリスタンは即座に謝った。しかし、背中が痛い。そんなに強く押さなくても良くないですか? とは思ったが、戦闘中に余所見をした自分が悪かったのだ。
「……? 咄嗟だったから加減出来てなかったかな」
倒れたまま起き上がらないトリスタンに、ルノーは力加減を間違えたかと再び小首を傾げる。トリスタンは「いえ、まぁ……」と、魔物が吹っ飛んでいった方へと顔を向けた。
「あれに比べたら出来ていたのではないかと」
「じゃあ、大丈夫だね」
「ありがとうございました」
感謝の言葉に、ルノーが満足そうに笑む。
「構わないよ。僕は君の……」
ルノーが不自然に言葉を切った。続く言葉を思案するように、目が伏せられる。
「うん。先輩だからね」
穏やかさを孕んだ声音に、トリスタンはキョトンと目を瞬いた。これは、もしかしなくても“有益な人間”に近付けたのではないだろうか。
浮かれて余所見などしなければ良かったと後悔しつつも、トリスタンは内心でガッツポーズをした。嬉し泣きは後でにして、もっと功績を立ててやると立ち上がる。
「まだ、やれます!」
「そうなの? どうしようかな」
「えっ」
思っていた返答ではなくて、トリスタンは目を点にした。しかし直ぐに、もしかしなくてもこの人飽きたのではという考えに至る。
そしてそれは、トリスタンのみせた“成果”にルノーが納得したということを意味していた。それにトリスタンは心を静めようとしたが無理だった。普通に浮かれるから!! と。
「どうしましょう。魔力が……」
不意に心底焦ったような声を耳が拾って、ルノーは視線をそちらへと遣る。ヴィオレットのつけている耳飾りから魔力の光が消えかかっているのが見えた。
蓄めておける魔力量は多いが、やはり限界はあるらしい。面白いのは、あの魔法道具に蓄めてある他者の魔力を自由自在に己の魔力として扱えること。
シルヴィの腕輪やこの国の魔法道具のように決まった魔法を発動するのとは訳が違う。どういう仕組みなのか興味深い。杖と耳飾りが連動しているのだろうか。
ヴィオレットに攻撃しようとしている魔物がいたため魔法を放とうとしたルノーは、しかし何かに気付いて止まる。
「危ない!!」
魔物とヴィオレットの間に飛び出したのは、マリユスであった。普段は杖を持っている手には、剣が握られている。
鋭利な爪に炎魔法を纏わせた魔物の攻撃を剣で弾くと、流れるように剣を振るう。腕を斬られた魔物が後ろに飛び退いた。
「ラオベルティ公爵令嬢、ご無事ですか?」
「マリユスさん……?」
ただの平民である筈の貴方がどうして剣など扱えるのか。ヴィオレットの顔には、そんな疑問がありありと浮かんでいた。それに、マリユスが苦笑する。しかしそれは一瞬で、直ぐに表情は真剣なものへと変わった。
「間に合って良かった。どうか後ろへ。俺に貴女を守れる栄誉をくださいませんか」
「そ、そのような言い方」
「狡くて申し訳ない」
「~~~っっ!!」
茶目っ気たっぷりにウィンクしたマリユスに、ヴィオレットは眉尻を下げる。そんな場合ではないのは重々承知していた。
しかし、ヴィオレットは顔が熱くなるのをどうやっても止められなかったのだ。特別扱いされるというのはこれ程までにこそばゆい気持ちになるものなのか、と。
「そのウィンク、リルさんとよく似ているわ」
「え? あ~、そうですか? 移ったのかも」
無意識だったのか、指摘されてマリユスは照れたように頬を掻く。それに、何故かヴィオレットは酷く苛立った。
その苛立ちのままに、「ヴァラファ!!」と残り少なかった魔力を全て込めた風魔法を近寄ってきていた先程の魔物に向かって思いっきり放つ。
「よろしくてよ。わたくしを守る栄誉を与えましょう。貴方に……だけ、なんだから」
公爵令嬢らしく凛とした声は、最後の方モジモジと尻窄みに消えていった。それに、マリユスが目を真ん丸にする。次いで、嬉しそうに目尻を下げた。
「恐悦至極に存じます」
二人のやり取りを眺めていたルノーは、普通にいいなと思った。今度、シルヴィに強請ってみようか。しかし、シルヴィがルノーの欲している言葉をくれる確率は五分五分なのである。まぁ、どんな言葉が返ってきてもそれはそれで。
ルノーはシルヴィの事を考えて上の空になっていたが、魔物達は一定の距離を空けて近付いてはこなかった。仲間が魔法ではなく拳で吹っ飛んでいったのに、すっかり縮み上がってしまったらしい。
それでも一体の魔物が果敢に飛び掛かろうとした瞬間であった。それ程遠くもない場所から爆音が轟く。立ち上った爆煙がそれの凄まじさを物語っていた。
「きゃっ!?」
「失礼!!」
衝撃に地面が揺れる。敵襲だと判断したマリユスが、ヴィオレットを守るように片手で自身の方へと抱き寄せた。そのまま剣を構える。
しかし、トリスタンには心当たりがあった。この爆発の正体に。恐る恐ると視線をルノーに向けたトリスタンは、ルノーの愉快そうな笑みに確信する。
「あぁ、だから言ったのに」
冷や汗が止まらない。やはり、この人に喧嘩など売るべきではないのだ。トリスタンは他人事ではいられなかった。今の状況は、自分が辿った一つの未来かもしれないのだから。
二人以外は状況を判断しかねて、辺りを警戒しながら視線を巡らしている。魔物達は魔物達で凄まじい魔力に気圧されて今度こそ全ての者が沈黙してしまい。その場には妙な緊張感が漂った。
想定よりも数が少ない。ルノーは木の幹に凭れながら、戦況の把握を行っていた。
最初は学園内に散らばったのかとも考えたが、どれだけ待っても周りに魔力の気配は感じられなかった。どうやら戦力は、ここにいる分で全てらしい。
何とも情けない話だ。怖じ気づいた者の数がこれ程までに多いとは。いや、そもそもが上に立った者が悪かった。力なき弱者に、魔物は命を掛けはしない。
「あれではね」
ルノーが嘲笑の滲む笑みを口元に浮かべながら、ドラゴンを見上げる。人間ではないのだ。後ろで守られていては、話にならない。それとも、ルノーと同じで周りに功績でも立てさせようとでも言うのだろうか。何のために。
「理解不能だ」
興味を失ったルノーは、視線をドラゴンからトリスタンへと向ける。シルヴィが欲しがっているトリスタンの功績さえ手に入れば、最早この戦いに用はないのだ。
「水よ! 敵を飲み込め押し流せ!」
トリスタンの言葉通りに、作り出された大波が魔物達を飲み押し流していく。最初に比べれば、魔力調整も安定し、迷いもなくなっていた。
「うん。悪くない」
「……えっ!? 俺いま褒められました!?」
耳聡いことだ。ルノーの声を拾ったらしいトリスタンが、ルノーの方へと顔を向ける。キラキラとした視線を向けられたルノーは、それは無視してトリスタンの背中を軽く押した。つもりだったのだ、ルノーは。
「うぐぇっ!?」
ルノーに突き飛ばされたトリスタンが勢いよく転倒する。目を白黒させながらもトリスタンはルノーを探して顔を上げた。
ルノーに向かって鳥のような魔物が突っ込んでいくのをトリスタンの視界が捉える。それをいなしたルノーが、カウンターで下から拳を振り抜いた。ルノーの拳は見事、魔物の下嘴の辺りを捉える。
衝撃を逃がせなかったらしい魔物は、可哀想になるレベルで吹っ飛んでいった。それに、トリスタンが口をあんぐりと開ける。
「余所見はしない方が賢明だね」
「申し訳ありませんでした!!」
トリスタンは即座に謝った。しかし、背中が痛い。そんなに強く押さなくても良くないですか? とは思ったが、戦闘中に余所見をした自分が悪かったのだ。
「……? 咄嗟だったから加減出来てなかったかな」
倒れたまま起き上がらないトリスタンに、ルノーは力加減を間違えたかと再び小首を傾げる。トリスタンは「いえ、まぁ……」と、魔物が吹っ飛んでいった方へと顔を向けた。
「あれに比べたら出来ていたのではないかと」
「じゃあ、大丈夫だね」
「ありがとうございました」
感謝の言葉に、ルノーが満足そうに笑む。
「構わないよ。僕は君の……」
ルノーが不自然に言葉を切った。続く言葉を思案するように、目が伏せられる。
「うん。先輩だからね」
穏やかさを孕んだ声音に、トリスタンはキョトンと目を瞬いた。これは、もしかしなくても“有益な人間”に近付けたのではないだろうか。
浮かれて余所見などしなければ良かったと後悔しつつも、トリスタンは内心でガッツポーズをした。嬉し泣きは後でにして、もっと功績を立ててやると立ち上がる。
「まだ、やれます!」
「そうなの? どうしようかな」
「えっ」
思っていた返答ではなくて、トリスタンは目を点にした。しかし直ぐに、もしかしなくてもこの人飽きたのではという考えに至る。
そしてそれは、トリスタンのみせた“成果”にルノーが納得したということを意味していた。それにトリスタンは心を静めようとしたが無理だった。普通に浮かれるから!! と。
「どうしましょう。魔力が……」
不意に心底焦ったような声を耳が拾って、ルノーは視線をそちらへと遣る。ヴィオレットのつけている耳飾りから魔力の光が消えかかっているのが見えた。
蓄めておける魔力量は多いが、やはり限界はあるらしい。面白いのは、あの魔法道具に蓄めてある他者の魔力を自由自在に己の魔力として扱えること。
シルヴィの腕輪やこの国の魔法道具のように決まった魔法を発動するのとは訳が違う。どういう仕組みなのか興味深い。杖と耳飾りが連動しているのだろうか。
ヴィオレットに攻撃しようとしている魔物がいたため魔法を放とうとしたルノーは、しかし何かに気付いて止まる。
「危ない!!」
魔物とヴィオレットの間に飛び出したのは、マリユスであった。普段は杖を持っている手には、剣が握られている。
鋭利な爪に炎魔法を纏わせた魔物の攻撃を剣で弾くと、流れるように剣を振るう。腕を斬られた魔物が後ろに飛び退いた。
「ラオベルティ公爵令嬢、ご無事ですか?」
「マリユスさん……?」
ただの平民である筈の貴方がどうして剣など扱えるのか。ヴィオレットの顔には、そんな疑問がありありと浮かんでいた。それに、マリユスが苦笑する。しかしそれは一瞬で、直ぐに表情は真剣なものへと変わった。
「間に合って良かった。どうか後ろへ。俺に貴女を守れる栄誉をくださいませんか」
「そ、そのような言い方」
「狡くて申し訳ない」
「~~~っっ!!」
茶目っ気たっぷりにウィンクしたマリユスに、ヴィオレットは眉尻を下げる。そんな場合ではないのは重々承知していた。
しかし、ヴィオレットは顔が熱くなるのをどうやっても止められなかったのだ。特別扱いされるというのはこれ程までにこそばゆい気持ちになるものなのか、と。
「そのウィンク、リルさんとよく似ているわ」
「え? あ~、そうですか? 移ったのかも」
無意識だったのか、指摘されてマリユスは照れたように頬を掻く。それに、何故かヴィオレットは酷く苛立った。
その苛立ちのままに、「ヴァラファ!!」と残り少なかった魔力を全て込めた風魔法を近寄ってきていた先程の魔物に向かって思いっきり放つ。
「よろしくてよ。わたくしを守る栄誉を与えましょう。貴方に……だけ、なんだから」
公爵令嬢らしく凛とした声は、最後の方モジモジと尻窄みに消えていった。それに、マリユスが目を真ん丸にする。次いで、嬉しそうに目尻を下げた。
「恐悦至極に存じます」
二人のやり取りを眺めていたルノーは、普通にいいなと思った。今度、シルヴィに強請ってみようか。しかし、シルヴィがルノーの欲している言葉をくれる確率は五分五分なのである。まぁ、どんな言葉が返ってきてもそれはそれで。
ルノーはシルヴィの事を考えて上の空になっていたが、魔物達は一定の距離を空けて近付いてはこなかった。仲間が魔法ではなく拳で吹っ飛んでいったのに、すっかり縮み上がってしまったらしい。
それでも一体の魔物が果敢に飛び掛かろうとした瞬間であった。それ程遠くもない場所から爆音が轟く。立ち上った爆煙がそれの凄まじさを物語っていた。
「きゃっ!?」
「失礼!!」
衝撃に地面が揺れる。敵襲だと判断したマリユスが、ヴィオレットを守るように片手で自身の方へと抱き寄せた。そのまま剣を構える。
しかし、トリスタンには心当たりがあった。この爆発の正体に。恐る恐ると視線をルノーに向けたトリスタンは、ルノーの愉快そうな笑みに確信する。
「あぁ、だから言ったのに」
冷や汗が止まらない。やはり、この人に喧嘩など売るべきではないのだ。トリスタンは他人事ではいられなかった。今の状況は、自分が辿った一つの未来かもしれないのだから。
二人以外は状況を判断しかねて、辺りを警戒しながら視線を巡らしている。魔物達は魔物達で凄まじい魔力に気圧されて今度こそ全ての者が沈黙してしまい。その場には妙な緊張感が漂った。
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