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アンブロワーズ魔法学校編
18.モブ令嬢と2のヒロイン
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ヒロインは、いったい何を考えているのだろう。昨日のイベントは、結局ヒロイン不在のまま終わりを迎えた。
まぁ、ルノーのお陰と言えばいいのか。せいでと言った方がいいのか。特に大きな騒ぎにはならなかった。そのため、もはやイベントだったの? という状態だが。
しかし、負傷者もなく魔物にはお帰り願えたので、そこは褒められて然るべきだろう。ヒロインがいたら邪魔したと怒られるかもしれないが、いなかったから。
「私、接触してみようと思うの~」
「ヒロインにですか?」
「賭けですわね」
「勝ってみせるわ~」
「目が据わってる……」
「まぁ、気持ちは分かりますわ」
ヒロイン倶楽部は今日も今日とて三人集まり、作戦会議を繰り広げていた。放課後で人が疎らな廊下を隣り合って歩く。
「嫌な予感がするの。いや、でも~」
「歯切れが悪いですわね」
「もしかしたら、“あの”ルートに入ってるのかもしれなくて~。でもね。ゲームなら兎も角、現実で“あの”ルートに入る? 本気?」
「あのルート?」
「どのルートですの?」
「うう~ん……」
ロラが何とも言えない顔をする。もしかして、“一番ない”と省略していたルートのことだろうか。
そんな事を考えながら、角を曲がる。瞬間、シルヴィは誰かとぶつかった。相手もちょうど角を曲がろうとしていたらしい。
突然のことに、体勢を崩したシルヴィの体は後ろに傾く。尻餅を覚悟したのだが、その前にシルヴィの腕を相手が掴んだ。そして、そのまま流れるように腰を抱かれる。
「申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「こちら、こ、そ……??」
反射で閉じていた目を開けたシルヴィは、目の前に現れた顔に固まる。美しい薄い桃色の瞳と目が合った。
ポニーテールにされた、緩くウェーブする白金色の髪がさらっと揺れる。凛々しい目元が、いつか見た女王陛下と重なった。
「何処か痛めてはいませんか?」
「だ、大丈夫です」
「それは、よかった。立てますか?」
「はい。ありがとうございます」
「いえ、こちらの不注意ですから」
「そんな、あの、すみませんでした」
シルヴィがしっかりと立ち、ふらつきもないと確認してから、相手はシルヴィを支えていた手を離す。物凄く優しい手付きであった。
「見て! リル様だわ!」
「何ですって!?」
ぶつかった相手を見つけた女子生徒の集団が、俄に色めき立つ。聞こえてきた名前に聞き覚えがあったシルヴィは、ごくりと唾を呑んだ。思わず真っ正面から相手の顔を凝視する。
セイヒカ2のヒロイン。デフォルト名は、“リル”という。これは、もしかしなくても……。シルヴィは足を一歩後ろに退いた。
その時、一人の生徒が「リル様ーー!!」と黄色い声を出す。それに、ぶつかった相手は微笑みと共に軽く手を振った。
「ぎゃーーー!!」
「いやーーー!!」
「リル様ーーーー!!」
それを受けた女子生徒達が嬉しそうに、ハートを大量に飛ばす。それに、シルヴィは驚いて目を丸めた。
あぁ、なるほど。彼女がヒロインであるのならば、二人が言っていた意味がよく分かる。確かに、彼女は私達の“可愛い”ヒロインではなかった。
これは、どちらかと言うと……。女子高の王子様ポジションである。というか、ヒロインは平民として入学しているはず。だというのに、“リル様”呼びされているのだが……。
説明を求めるように、シルヴィはロラとジャスミーヌに視線を遣る。しかし、目が合うことはなかった。二人も半笑いで大盛り上がりしている女子生徒の集団を見ていたからである。
「今日も素晴らしい目の保養でございました」
「眼福とは正にこの事ですわ」
「では皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「素敵な一日を」
女子生徒の集団は満足すると、先程までの熱狂が嘘のように淑女らしく優雅に解散した。その様子をニコニコと見送った“リル様”は、シルヴィの方へと視線を戻す。
「これは、申し訳ありませんでした。騒がしかったですか?」
「いえ、大丈夫です」
「ふむ。これも何かの縁。お名前を伺っても?」
「え!?」
「ん?」
「…………」
「……ん?」
圧強めの笑顔に、シルヴィは視線を斜め下へと落とす。これは、逃げられそうにもない。
そして多分、彼女は知っているのだ。ロラとジャスミーヌの存在を。もしかして、ぶつかったのも態となのかもしれない。何それ、怖い。
「わ、わたくし、」
「はい」
もう、普通に諦めた。シルヴィは覚悟を決めて、堂々と目を合わせる。淑女らしく、スカートの裾を優美に摘まんだ。
「シルヴィ・アミファンスと申します」
相手は、次期女王陛下だ。彼女がこちらの事を知っているように、こちらとて彼女の事を知っている。そういう意味を多分に含んだ恭しい辞儀に、相手は少し困った顔をした。
「私はリルと申します。しがない平民には、勿体無い挨拶です。どうか顔を上げてください」
「リル、様?」
「それは……。う~ん、普通に過ごしていたつもりなんだけどな。いつの間にか、“前世”と同じ扱いになってしまって」
彼女は確信したようだ。シルヴィ達も同じなのだと。心底困ったように頬を掻きながら苦笑したリルに、シルヴィは悪い人ではなさそうだと判断する。
「それにしても……。いや、場所を変えよう。勿論! 付き合ってくださいますよね?」
「はい、喜んで。ロラ様は接触しようとしてましたしね」
「リル様の方から来るのは、まさかだったけど。ま~、結果オーライ?」
「どうでしょうね。まだ、味方であると決まった訳ではありませんわよ」
「手厳しいな。しかし、流石は公爵令嬢。そのくらいの警戒心は持つべきだからね」
「お褒め頂き、光栄ですわ」
ジャスミーヌが照れたように咳払いする。リルが凄いキラキラとして見えるのは、気のせいではなさそうだ。フレデリクやルノーとは違う煌めきに、シルヴィは何だかソワソワとした。
「取って置きの場所があるんだ。何故か人が来ない東屋なんだが」
「何故来ないのですか……」
「それは、後で分かるよ。ゲーム補正ってやつだな」
「ゲーム補正とは?」
「え~!? 気になる~! 私そういうの大好きなんだけど!!」
「ロラさん、はしたなくってよ」
「もはや今更~」
ゲームやり込み派のロラが、ワクワクと瞳を輝かせる。かく言うシルヴィもそんな言い方をされるとオタク心が擽られるというもので。
「行くか?」
悪戯っぽく笑ったリルに、「行きます!!」と迷いなくシルヴィとロラは同時に答えたのだった。それに、ジャスミーヌは呆れた顔をする。
「そこまで期待されると、ちょっとあれだな」
「大丈夫よ~。どんな些細な情報でも私はテンション上がる派~」
「私もです」
「わたくしは、情報によりますわ」
「ジャスミーヌ様はトリスタン様過激派なんで~」
「あぁ、なるほど。そういう楽しみ方だな」
「色々ですからね」
さらっと馴染んでいるリルをシルヴィは横目で見遣る。何というか、ゲームのイメージと全然違っているのだ。
ゲームでは、ずっと療養のために外と触れ合っていなかったために、箱入りで世間知らず。守ってあげたくなる可愛いヒロインだとロラが言っていた。
しかし、今のリルにそんな感じは一切しない。寧ろ、この漂う頼りになる感は何なのだろうか。逞しさみたいなものが滲み出ている気がする。
「そうだ。先に一つ言っておきたい」
「何ですか?」
「昨日はありがとう」
「昨日?」
「もしかしなくても、イベントのことかしら~?」
「そうですわ! 昨日はどうしていらっしゃらなかったのです?」
「はっきり言おう。忘れていた!!」
あまりにも堂々とした態度に、シルヴィは言葉の意味が上手く飲み込めずに一瞬ポカンとなった。それは、ロラやジャスミーヌも同じであったらしい。
「だから正直、とても。とっても! 助かりました。本当に」
「それは、よかった、です……?」
「忘れるなんて、そんなことある~?」
「寧ろ、全部覚えている方が凄いと思うんだが……。私はそんな細かくはちょっと、一人では無理があるというか」
申し訳なさそうにしながら、リルが苦笑する。それに、シルヴィの視線は自然とロラの方へと向いた。
「まぁ、はい。そうですよね。普通は無理だと思います。私も無理です」
「正直に言いますわ。わたくしもトリスタン様ルート以外は無理です」
「やだ~。私って、結構ヤバい奴?」
「とても凄いです」
「やり込み度が違うのですよね。自信をお持ちになって」
「あと、記憶力ですよね」
「ロラさんが頼りでしてよ」
「私、めちゃくちゃ頑張っちゃう~!」
褒められて嬉しそうにロラがガッツポーズを作る。そんなロラに拍手を贈るシルヴィを見て、リルは目を瞬いた。
しかし、三人の会話から事細かにイベントを覚えているのは、ロラ一人だと分かったらしい。「凄いな」と驚いたように溢したのだった。
まぁ、ルノーのお陰と言えばいいのか。せいでと言った方がいいのか。特に大きな騒ぎにはならなかった。そのため、もはやイベントだったの? という状態だが。
しかし、負傷者もなく魔物にはお帰り願えたので、そこは褒められて然るべきだろう。ヒロインがいたら邪魔したと怒られるかもしれないが、いなかったから。
「私、接触してみようと思うの~」
「ヒロインにですか?」
「賭けですわね」
「勝ってみせるわ~」
「目が据わってる……」
「まぁ、気持ちは分かりますわ」
ヒロイン倶楽部は今日も今日とて三人集まり、作戦会議を繰り広げていた。放課後で人が疎らな廊下を隣り合って歩く。
「嫌な予感がするの。いや、でも~」
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「もしかしたら、“あの”ルートに入ってるのかもしれなくて~。でもね。ゲームなら兎も角、現実で“あの”ルートに入る? 本気?」
「あのルート?」
「どのルートですの?」
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「申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「こちら、こ、そ……??」
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ポニーテールにされた、緩くウェーブする白金色の髪がさらっと揺れる。凛々しい目元が、いつか見た女王陛下と重なった。
「何処か痛めてはいませんか?」
「だ、大丈夫です」
「それは、よかった。立てますか?」
「はい。ありがとうございます」
「いえ、こちらの不注意ですから」
「そんな、あの、すみませんでした」
シルヴィがしっかりと立ち、ふらつきもないと確認してから、相手はシルヴィを支えていた手を離す。物凄く優しい手付きであった。
「見て! リル様だわ!」
「何ですって!?」
ぶつかった相手を見つけた女子生徒の集団が、俄に色めき立つ。聞こえてきた名前に聞き覚えがあったシルヴィは、ごくりと唾を呑んだ。思わず真っ正面から相手の顔を凝視する。
セイヒカ2のヒロイン。デフォルト名は、“リル”という。これは、もしかしなくても……。シルヴィは足を一歩後ろに退いた。
その時、一人の生徒が「リル様ーー!!」と黄色い声を出す。それに、ぶつかった相手は微笑みと共に軽く手を振った。
「ぎゃーーー!!」
「いやーーー!!」
「リル様ーーーー!!」
それを受けた女子生徒達が嬉しそうに、ハートを大量に飛ばす。それに、シルヴィは驚いて目を丸めた。
あぁ、なるほど。彼女がヒロインであるのならば、二人が言っていた意味がよく分かる。確かに、彼女は私達の“可愛い”ヒロインではなかった。
これは、どちらかと言うと……。女子高の王子様ポジションである。というか、ヒロインは平民として入学しているはず。だというのに、“リル様”呼びされているのだが……。
説明を求めるように、シルヴィはロラとジャスミーヌに視線を遣る。しかし、目が合うことはなかった。二人も半笑いで大盛り上がりしている女子生徒の集団を見ていたからである。
「今日も素晴らしい目の保養でございました」
「眼福とは正にこの事ですわ」
「では皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「素敵な一日を」
女子生徒の集団は満足すると、先程までの熱狂が嘘のように淑女らしく優雅に解散した。その様子をニコニコと見送った“リル様”は、シルヴィの方へと視線を戻す。
「これは、申し訳ありませんでした。騒がしかったですか?」
「いえ、大丈夫です」
「ふむ。これも何かの縁。お名前を伺っても?」
「え!?」
「ん?」
「…………」
「……ん?」
圧強めの笑顔に、シルヴィは視線を斜め下へと落とす。これは、逃げられそうにもない。
そして多分、彼女は知っているのだ。ロラとジャスミーヌの存在を。もしかして、ぶつかったのも態となのかもしれない。何それ、怖い。
「わ、わたくし、」
「はい」
もう、普通に諦めた。シルヴィは覚悟を決めて、堂々と目を合わせる。淑女らしく、スカートの裾を優美に摘まんだ。
「シルヴィ・アミファンスと申します」
相手は、次期女王陛下だ。彼女がこちらの事を知っているように、こちらとて彼女の事を知っている。そういう意味を多分に含んだ恭しい辞儀に、相手は少し困った顔をした。
「私はリルと申します。しがない平民には、勿体無い挨拶です。どうか顔を上げてください」
「リル、様?」
「それは……。う~ん、普通に過ごしていたつもりなんだけどな。いつの間にか、“前世”と同じ扱いになってしまって」
彼女は確信したようだ。シルヴィ達も同じなのだと。心底困ったように頬を掻きながら苦笑したリルに、シルヴィは悪い人ではなさそうだと判断する。
「それにしても……。いや、場所を変えよう。勿論! 付き合ってくださいますよね?」
「はい、喜んで。ロラ様は接触しようとしてましたしね」
「リル様の方から来るのは、まさかだったけど。ま~、結果オーライ?」
「どうでしょうね。まだ、味方であると決まった訳ではありませんわよ」
「手厳しいな。しかし、流石は公爵令嬢。そのくらいの警戒心は持つべきだからね」
「お褒め頂き、光栄ですわ」
ジャスミーヌが照れたように咳払いする。リルが凄いキラキラとして見えるのは、気のせいではなさそうだ。フレデリクやルノーとは違う煌めきに、シルヴィは何だかソワソワとした。
「取って置きの場所があるんだ。何故か人が来ない東屋なんだが」
「何故来ないのですか……」
「それは、後で分かるよ。ゲーム補正ってやつだな」
「ゲーム補正とは?」
「え~!? 気になる~! 私そういうの大好きなんだけど!!」
「ロラさん、はしたなくってよ」
「もはや今更~」
ゲームやり込み派のロラが、ワクワクと瞳を輝かせる。かく言うシルヴィもそんな言い方をされるとオタク心が擽られるというもので。
「行くか?」
悪戯っぽく笑ったリルに、「行きます!!」と迷いなくシルヴィとロラは同時に答えたのだった。それに、ジャスミーヌは呆れた顔をする。
「そこまで期待されると、ちょっとあれだな」
「大丈夫よ~。どんな些細な情報でも私はテンション上がる派~」
「私もです」
「わたくしは、情報によりますわ」
「ジャスミーヌ様はトリスタン様過激派なんで~」
「あぁ、なるほど。そういう楽しみ方だな」
「色々ですからね」
さらっと馴染んでいるリルをシルヴィは横目で見遣る。何というか、ゲームのイメージと全然違っているのだ。
ゲームでは、ずっと療養のために外と触れ合っていなかったために、箱入りで世間知らず。守ってあげたくなる可愛いヒロインだとロラが言っていた。
しかし、今のリルにそんな感じは一切しない。寧ろ、この漂う頼りになる感は何なのだろうか。逞しさみたいなものが滲み出ている気がする。
「そうだ。先に一つ言っておきたい」
「何ですか?」
「昨日はありがとう」
「昨日?」
「もしかしなくても、イベントのことかしら~?」
「そうですわ! 昨日はどうしていらっしゃらなかったのです?」
「はっきり言おう。忘れていた!!」
あまりにも堂々とした態度に、シルヴィは言葉の意味が上手く飲み込めずに一瞬ポカンとなった。それは、ロラやジャスミーヌも同じであったらしい。
「だから正直、とても。とっても! 助かりました。本当に」
「それは、よかった、です……?」
「忘れるなんて、そんなことある~?」
「寧ろ、全部覚えている方が凄いと思うんだが……。私はそんな細かくはちょっと、一人では無理があるというか」
申し訳なさそうにしながら、リルが苦笑する。それに、シルヴィの視線は自然とロラの方へと向いた。
「まぁ、はい。そうですよね。普通は無理だと思います。私も無理です」
「正直に言いますわ。わたくしもトリスタン様ルート以外は無理です」
「やだ~。私って、結構ヤバい奴?」
「とても凄いです」
「やり込み度が違うのですよね。自信をお持ちになって」
「あと、記憶力ですよね」
「ロラさんが頼りでしてよ」
「私、めちゃくちゃ頑張っちゃう~!」
褒められて嬉しそうにロラがガッツポーズを作る。そんなロラに拍手を贈るシルヴィを見て、リルは目を瞬いた。
しかし、三人の会話から事細かにイベントを覚えているのは、ロラ一人だと分かったらしい。「凄いな」と驚いたように溢したのだった。
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