上 下
4 / 126
はじまり編

03.モブ令嬢と花畑

しおりを挟む
 モニクの言う通りだった。シルヴィは何とも言えない気持ちになりながら、辿り着いた花畑を見つめた。かなり自信があって道を指差したのだけれど。まぁ、いいか。
 今の季節は、秋。過ごしやすい気候がピクニックに最適だ。心地のよい風が吹いて、色とりどりの花を揺らす。
 優しい香りが鼻腔をくすぐり、風が花びらを拐っていく。細まったシルヴィの瞳が、キラキラと輝いた。

「きれい」

 ルノーはその声に、視線を花畑からシルヴィへと向ける。シルヴィの様子を見て、怪訝そうに眉根を寄せた。
 視線に気づいたように、シルヴィがルノーを見上げる。今度はシルヴィが、そんなルノーの顔を見て、えぇ……。と困惑した。

「なんでしょう」
「ただの花畑だろ?」
「そうだね?」
「何がそんなに……」
「うん?」

 変な所で言葉を切ったルノーに、シルヴィは不思議そうに首を傾げる。ルノーはじっとシルヴィを見つめていたかと思ったら、急に視線を花畑へと戻した。
 思案するように、瞳が微かに伏せられる。シルヴィは何も言わずに、ただルノーの横顔を眺めた。何故だろう。でもこれは、ルノーにとって何か大切な事だと思ったから。

「……ただの花畑だ」

 やがてルノーがぽつりと、どこか不満そうにそうこぼした。シルヴィは視線をルノーから花畑へと移す。確かに、ただの花畑だ。

「ふふっ、そうだね」

 ルノーの言葉を肯定した癖に、シルヴィの瞳には相変わらず花畑が何か特別な場所であるかのように映っている。そういう風に、ルノーには見えた。
 それが、ルノーには酷く不満だった。同じ景色を見ている筈なのに、シルヴィとルノーでは何が違うのか。理解出来ない。拗ねたようにルノーの口がへの字に曲がる。
 それに気づいて、シルヴィは困ったように笑った。何がそんなに気に入らなかったのやら、と。

「お菓子食べよ?」
「…………」
「いや?」
「別に……。いいよ」
「じゃあ、そうしよう」

 モニクは出来るメイドだ。主人の言葉を聞いて、ささっと準備を始める。木陰にシートを敷いて、お菓子の入ったバスケットをセッティングする。勿論、お茶の用意も抜かりなく。
 シートに座ったシルヴィは「ありがとう、モニク」とお礼を口にする。それをモニクは素直に受けとる。いつものこと。なのに、ルノーはその様子を興味深そうに観察しているようだった。

「ルノーくん! 我が家のコックが作ったお菓子はとってもおいしいのよ」
「ふーん」

 自慢気にシルヴィが笑みを浮かべる。

「どうぞ」とオススメのクッキーを差し出したシルヴィの手から、ルノーは素直にそれを受け取った。

「あっ! 毒見? 毒見とかいるのかな。私が食べるわ。任せて!」
「そこは出来ればメイドである私にお任せ頂きたいのですが」
「だって、変なもの入ってないと思うの」
「そうですね。既に屋敷で毒見は済ましてきましたから」
「えぇ……。知らなかった」
「念のためですよ」

 衝撃の事実にシルヴィが驚いている横で、ルノーがクッキーを迷いなく食べた。それにシルヴィは、普通に食べた!? とルノーを凝視した。色んな意味で大丈夫なのだろうか。

「おいしい?」
「うん」
「甘いの好き?」
「うん」
「いっぱい食べてね」
「いいの?」
「いいよ」
「そう」

 ルノーが嬉しそうに、頬を緩める。
 その見た目で甘いの好きなんだ。とシルヴィはちょっと失礼なことを考えつつ、いや、これがきっとギャップ萌えなんだな。とも思った。
 シルヴィもクッキーを口に頬張りつつ、幸せそうにマドレーヌをもぐもぐしているルノーを観察する。
 肩上で整えられた白金の髪。瞳は深い紺色で、切れ長の目元が無表情だと冷たい印象を抱かせる。しかし、二重で睫毛が長く顔の作りが果てしなく良いので、王子様みたいではあるのだが。

「なに?」
「おいしそうに食べるなぁって」
「……普通だよ」

 そう言いつつ、ルノーはクッキーに手を伸ばした。口に広がる甘さに、満足そうなのが隠しきれていない。可愛いな。とシルヴィは頬を緩めた。

「また持ってくるね」

 何の気なしに、シルヴィはそう言っていた。それに、ルノーが「また……」とオウム返しに呟く。目をパチパチと瞬かせると、一つ頷いた。

「また。そうだね。うん。また会おう」
「ルノーくんは目立つから、次も花畑で遊ぶ?」
「そうだね。それがいいよ」

 どうやら、自分の存在は隠しておきたいらしい。なら、このことは両親にも誰にも秘密だ。モニクに視線を遣ると、心得ていると無言で頷いた。流石である。

「じゃあ、花畑で待ち合わせね」
「君はちゃんと辿り着けるの?」
「大丈夫!」
「お任せください」
「あぁ、なるほど」

 モニクと一緒ならば大丈夫だろうと、ルノーは納得する。

「そうだな……。三日、うん。三日後なら少し遊べるかな」
「わかった。三日後ね」
「今日と同じ時間だよ」
「任せて!」
「モニク、頼んだよ」
「はい。お任せください」
「ちょっと」

 何でだ。とシルヴィはむくれたが、ルノーはどこ吹く風でマドレーヌを食べ続ける。
 じとっと睨んでみたものの、シルヴィでは迫力に欠けるようで全く効かない。むぐぐ……と悔しい気持ちになったが、大人気ない気がして止めておいた。


******


 あれから時間は過ぎ、季節は冬になろうとしていた。
 シルヴィとルノーは、お互いの時間が合う日には必ず花畑で遊んでいる。今日もそうだ。
 器用に花冠を作っていくシルヴィの手元をルノーが興味深そうに、じっと見つめている。それに、シルヴィは微笑ましい気持ちになり頬を緩めた。

「出来たらあげるね」
「僕に?」
「うん。ルノーくんにあげる」
「僕には似合わないよ」
「そうかな? じゃあ、私とお揃いにしようよ」
「それなら、まぁ……」

 渋々と頷いたルノーに、シルヴィはふふっと笑う。しかし、不服そうに睨まれて眉尻を下げる羽目になった。

「あっ! そうだわ」
「なに?」
「大事なお知らせがあるの」

 危ない危ない。シルヴィは内心で忘れそうになった事実にちょっと焦った。

「暫く遊べない」
「……なぜ?」

 驚くくらい低い声を出したルノーに、シルヴィは目を瞬く。今度は違う意味で心臓がドキドキした。わお……。怖い。

「そ、そろそろシーズンでしょ? 王都にいくの」
「あぁ、そう言えばそろそろだね」

 ルノーが忌々しそうに眉をひそめる。
 隠す気があるのか、ないのか。やはり、ルノーは貴族のご令息らしい。

「シルヴィは何かに参加するの?」
「しないよ。まだ良いって両親が」
「妥当な判断だね。君みたいな危なっかしい子、社交の場に出したくない」
「マナーのお勉強がんばってるもん」
「マナーの問題ではないよ」
「えぇー……」

 じゃあ、何の問題だ。シルヴィは思わず眉間に皺を寄せる。モニクが視界の端でルノーに同意するように、深く頷いているのも不服であった。失礼な、と。
 もう知らない。シルヴィは黙々と花冠を完成させる作業に集中することにした。

「そう。もう冬なんだね」
「…………」
「誕生日だ」
「……え? 誰の?」
「僕の」

 まさかの情報に、シルヴィは思わず反応してしまった。ルノーは冬産まれだったらしい。では、ルノーのお祝いは出来ないのか。残念だ。

「いくつになるの?」
「六歳だったかな」
「私の一つ上だ。でも、直ぐに追い付くよ。私の誕生日は春だから」

 そうか。同い年かと思っていたけど、一つ年上だったとは。シルヴィは花冠を作る手を止めずに、そんなことを考える。
 妙な沈黙が広がった。それに、ん? とシルヴィは顔を上げる。ルノーの機嫌が最悪になっていた。ムスッと顔をしかめるルノーに、シルヴィはきょとんと目を瞬く。

「どうしたの?」
「別に」

 どこをどう見ても“別に”の顔ではない。
 シルヴィは、相変わらず気難しい子だな。と苦笑しながら最後の花を編んで花冠を完成させた。
 それを、ルノーの頭にふわっと乗せる。

「お誕生日おめでとう」

 花が綻ぶように笑んだシルヴィに、ルノーが目を真ん丸に見開いた。

「なに、を……?」
「当日お祝いできないから。早すぎるかしら?」

 首を傾げたシルヴィを見て、ルノーが照れたようにムスッと眉根を寄せる。耳が赤く色づいて見えた。
 ふいっと顔を背けたルノーが「……ありがとう」なんて、消え入りそうな声で言う。
 シルヴィは少し驚いた顔をすると、次いで嬉しそうに笑った。
 お揃いにすると言ったので、シルヴィは自分の分も花冠を作ろうと視線を下に向ける。しかし、ルノーに「シルヴィ」と呼ばれて、すぐに顔を上げることになった。

「ん?」
「あげる」

 するっと髪に花を一輪、ルノーはシルヴィにつける。ポカンとするシルヴィをまじまじと見つめ、「物足りないな」と呟いた。
 2つくくりのリボンを使って、上手いことルノーはシルヴィの髪を花で飾りつけていく。満足したのか、一つ頷いた。

「誕生日おめでとう」

 ルノーの瞳が、ゆるりと優しく細まる。呼応するように、口元もやんわりと弧を描いた。
 シルヴィは目を瞬くと、状況を理解して胸が温かくなるのを感じる。とても嬉しい。それが伝わるように、「ありがとう」シルヴィは紅潮する頬をそのままに、ふにゃっと笑った。
 シルヴィの瞳にキラキラとした喜色が滲む。瞳からあふれそうだとルノーは馬鹿なことを考えて、しかしそれは何だか勿体ないなと思ってしまった。

「きれい。そう。これが、綺麗」
「ふふっ、うん。お花、綺麗ね」

 ふやふやと笑うシルヴィにルノーは、「そうだね」なんて、どこか困ったようにフッと笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

お兄様が攻略対象者で妹のモブ令嬢のはずですが、攻略対象者が近づいてきて溺愛がとまりません。

MAYY
恋愛
転生先が大好きだったゲームの世界だと喜んだが、ヒロインでも悪役令嬢でもなく…………モブだった。攻略対象のお兄様を近くで拝めるだけで幸せ!!と浸っていたのに攻略対象者が近づいてきます!! あなた達にはヒロインがいるでしょう!? 私は生でイベントが見たいんです!! 何故近寄ってくるんですか!! 平凡に過ごしたいモブ令嬢の話です。 ゆるふわ設定です。 途中出てくるラブラブな話は、文章力が乏しいですが『R18指定』で書いていきたいと思いますので温かく見守っていただけると嬉しいです。 第一章 ヒロイン編は80話で完結です。 第二章 ダルニア編は現在執筆中です。 上記のラブラブ話も織り混ぜながらゆっくりアップしていきます。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

聞こえません、見えません、だから私をほっといてください。

gacchi
恋愛
聞こえないはずの魔術の音を聞き、見えないはずの魔術を見てしまう伯爵令嬢のレイフィア。 ある時、他の貴族の婚約解消の場に居合わせてしまったら…赤い糸でぐるぐる巻きにされてる人たちを見てしまいます。 何も聞いてません。見てません。だから、ほっといてもらえませんか?? 第14回恋愛小説大賞読者賞ありがとうございました。 本編が書籍化しました。本編はレンタルになりましたが、ジョージア編は引き続き無料で読めます。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...