お隣のビッチさん

琴葉

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15 不公平

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俺とひかるさんたちとの間には実際には車も人通りもあって。
それなのに目前で繰り広げられているかのような錯覚。
男の指が瑆さんの小さな細い肩に食い込むように掴んでいる様とか、瑆さんのふっくらした頬にかかる男の生臭い息とか。
俺の目に望遠機能がついてるとは全く知らなかった。
それから男に肩を抱かれたまま瑆さんは脇の暗い道に入って行った。
それまで。
三上みかみさんと会ってた時も、瑆さんにおもちゃにされ始めた時も、ずっと俺の中に燻ってじわじわ広がっていた黒い霧のようなもやもやが、一気に膨張した。
それはもう体の外にまで出てるんじゃないか、って自分で思うほどに。
無意識に俺はスマホのメール画面を開き、過去最速で文字を打った。
『俺、もうすぐ帰りますけど、瑆さんはどうですか?』
送信ボタンを押すとともに、見えなくなってしまった二つの背中を睨む。
返事が来ない。
代わりに能天気な吉山の声が聞こえてきた。
「お待たせ~」
お目当のものを手に入れ、ほくほくと笑みを浮かべる吉山の背を押して歩き出す。
「え、お、おい」
もう一度、メール。
『あれ?瑆さん?まだ終わりませんか?』
送信ボタンを押しながら、画面を引っ掻く。
しばらく待ってみたが返事が来ない。
ぎりっと奥歯がなった。
「おい?津田?」
すれ違う人波をかわしながら、先を急ぐ。
横にいたはずの吉山の声が背中から聞こえた。
「おーい、津田ぁ」
握り込んだスマホはこれっぽっちも振動しない。
俺は片手で操作して、電話をかける。
耳に当て呼び出し音を聞いた。
一回、二回…。
あの脇道の先に何があるのかなんとなく分かる。
行かせるか!
三回、四回。
『良くん?』
「ああ、瑆さん。メールしたんですけど」
『あ、うん、ごめん。今見た。僕もすぐ帰るよ』
「そうですか。じゃあ後で」
『うん、後でね』
瑆さんの声に変わった様子はない。
まあこれくらい瑆さんならお手の物か。
「おいって!」
腕を引かれて振り返った先で、吉山が頬を膨らませていた。
「あ、ごめん。俺急いで帰るわ」
「いいけどさぁ」
吉山の返事も聞かず再び歩き出した俺を、追いかけてくる。
「なあなあ、今の電話誰?」
好奇心を含んだ声。
「家庭教師をしてくれてる隣の人」
とにかく急いで帰るんだ。
そして瑆さんが現れるまでメールも電話もしてやる。
「ふうん」
吉山の返事が聞こえる。
「じゃ、その人がお前の好きかもしれない人なんだな?」
思わず足を止めて吉山を振り向いた。
「え」
今、なんて言った?
「だってお前凄い顔してたし、今もすっごい怖い顔してるよ」
「………」
やっぱり黒いもやもやがついに外に出てしまったか。
え、さっきなんて言った?
あ、いや、それより急がなきゃ。
再び歩き出した俺に吉山が必死でついてくる。
「おい、どうしたんだよ?なあおい」
「なんでもない」
「すっげぇ急いでるみたいだけど?なんかあったんじゃねぇの?」
吉山が詮索好きだとは知らなかった。
と言うより、俺がそれだけ余裕なくしてるってことか。
ふと通りの向こう側を指差して吉山に聞いた。
「お前、あっち側の奥、何があるか知ってるか?」
俺はあんまりこの辺来ないから。
吉山はあの本屋を知っていたぐらいだから、この辺も範疇なんだろう。
「あっち?さあ?俺も行ったことない。飲み屋とかじゃね?」
「そっか」
つまり高校生である俺たちが入らないような物があっちにはあるわけだな。
ビルの合間、暗い隙間に微かに見える建物。
ラブホテルの群。

吉山とは多分駅で別れた。
覚えてない。
俺の頭の中は別のことでいっぱいだったから。
ずっと俺の中で燻ってた黒い霧はきっと怒りだ。
やっと自覚できた。
俺はてっきり瑆さんはもう下半身の友達とは絶縁したんだと思ってた。
だって俺とシてるんだから。
俺はいつでも瑆さんのしたいときに答えてきたんだ。
抵抗もしてないし、なすがまま。
溜まるとかありえないだろ。
俺も自分で抜く暇もないし。
…………。
………。
あれ?
そういえば瑆さんて、俺とシてる時、イってるっけ?
あれ?
そういえば俺、瑆さんの性器って見たことない。
あ、子供の時のちっちゃくてふにゃふにゃなのは見たことある。
天くん含めて風呂場で3人で弄って遊んだ記憶はある。
子供の頃は性器って印象ないからな。
大人になってからはない。
中学頃からお風呂は一緒に入ってないし。
セックスしてる時は。
見てるのはいつも顔と生足と手と指と。
あれ?
それだけ?
挿入するとき瑆さんはいつも上着を脱がない、な、そういえば。
俺から見えるのは瑆さんの表情と、上着の裾から微かに見える俺のが出入りする様。
それも入ってる場所が見えるわけではなくて。
………。
口や手でする時も勿論服を着てるし。
…いつも勃起してる?…
それすらわからない。
そういや、俺、瑆さんに触れたことない。
そういう意味で。
肌の感触も知らない。
瑆さんには散々弄られたし、お触りもされてるけど。
………。
いつも瑆さんが触れてきて、翻弄されて煽られて、快感で頭いっぱいになって、爆発したらすっきりして。
うわ、改めて考えると俺って最低だな。
一方的とはいえ。
いや一歩的すぎるだろ。
つまり、瑆さんは俺とのセックスに満足してないってこと?
いつも気持ちいい、って言ってるけど、あれはやっぱり嘘?
鵜呑みには出来ないとは思ってたけど。
完全にリップサービスだった?
いやいや、でも。
俺はもう完全に瑆さんじゃなきゃイけない身体にされてるし。
今更女の子と付き合うとか考えられない。
あ、まあ、考えられなくはないけど、瑆さんとこのまま続けてたらそれは出来ない。
かと言って瑆さんは「勝手に襲う」って言ってるし。
俺は女の子と付き合うのもスるのもダメで、自分は他の男と平気でシちゃうって、こんな理不尽ないだろ。
俺にするみたいに、あんなことや、こーんなことをしてやるわけ?あの男に。
俺は瑆さんが原因で彼女と別れた、なのに瑆さんは他のやつと寝てるって不公平だよな?
俺は瑆さんだけなのに。
一方的にイかされるだけってのもなんか今更ながら腹、立ってきたなあ。
我が家の目の前まで着いて、俺は自分の部屋を見上げた。
色々、ムカついてきた。
瑆さんとしない、って選択は俺にはない。
かと言って瑆さんに一方的に襲われるだけってのも、もう嫌だ。
そして瑆さんが欲求不満なんだか知らないが、下半身の友達と絶縁してないってのも気に入らない。
だから俺はここに下剋上を宣言する!

よし!
やるぞ、下克上!
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