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9 友達
しおりを挟む彼女からの電話やメールには作らず地で応じるように心掛けた。
彼女の幻想通りの人物ではないことを知って欲しくて。
瑆さんがいるときにはどうしても、言葉少なく、素っ気なくなってしまったけれど。
まあ、それも俺の地ってことで。
何度目かの「友達とでかける」改め「三上さんと出かける」を繰り返した後、どこで見ているのか必ず帰宅と同時にやってくる瑆さんが、不機嫌そうにやってきた。
最近不機嫌そうにしていることが多くなった。
もちろん、俺の罪悪感フィルターがそう見せてるのかもしれない。
瑆さんは無言で部屋へ入ってきたかと思うと、まっすぐベッドへ向かい、ぽすん、と倒れこむように横になった。
そして枕をぎゅうっと抱きしめ、顔を埋めてしまう。
「…?…」
やっぱり何か様子がおかしい。
「瑆さん、何かあったんですか」
俺が声を掛けると、枕からちらりと片目だけを覗かせて、俺をじっと見つめると再び枕に顔を埋めた。
「どうしたんです?」
瑆さんが悩むとか拗ねるとか、不機嫌とか珍しい。
いつもへらっと、失礼極まりないが、そういう印象なのに。
もちろん周りに心配かけまいという瑆さんなりの気遣いだと思うけれど。
俺はそっと近付いて、ベッドに腰掛ける。
俺でよければ力になりたい。
瑆さんが何か悩んでいるのなら、俺が解決の糸口を見つけてあげられるかもしれないし。
そっと手を伸ばそうとすると、瑆さんから小さなくぐもった声が聞こえた。
「…今日、どこ行ってたの?」
え?俺の話?
行き場を失った手を慌てて引っ込めた。
「友達と買い物に行ってきました」
まあ、買ったのは三上さんだけど。
俺は付いて回っただけ。
しかし、女の子の買い物ってなんであんなに長いんだろうな。
買いもしないのに何件も回った気がする。
もちろん俺も興味が持てるものならそう苦痛でもなけれど、雑貨屋とかわけわかんないのばっかで。
まああまり周囲に女っ気がなさすぎて、新鮮ではあったし、目新しいものばかりで楽しめはしたけれど。
二度、三度と続けばどうだろうな。
今日を振り返りながら答えた俺を、瑆さんは枕に頭をくっつけたまま顔を向けた。
「最近、よく友達と出かけるんだね」
「え、ええまあ」
えっと、そのままの意味だよな?
なんの含みもない、よな?
「最近出来たばかりの友達なんで…」
「女の友達?」
「え…」
俺の言葉を遮って、瑆さんが問いかけてきた。
当然俺はどきりとして。
即座に返答できずにいると、さらに瑆さんの言葉が続く。
「僕の友達が見たんだって」
瑆さんの友達?
瑆さんから「友達」という言葉が出てくるのは、何年ぶりだろう。
高校に入ったあたりから聞いてない気がする。
あ、いや、例の下半身の友達のことも「友達」って言ってたか。
でも今は本当の意味での友達だよな。
「友達?」
「うん、大学の友達」
大学の友達で俺を知ってる?
それって、高校か中学で俺を知ってるってことだよな。
でも瑆さんの学年で同じ大学に行った人って一人しか心当たりない。
一度、一度だけ、わざわざ三年の校舎から俺に瑆さんの居所を聞きに来た人だ。
確か…。
「坂平、さん?」
「そう。覚えてた?」
そりゃあ、あんな珍しいこと、一度しか起きてない。
瑆さんほどではないけれど小柄で、かなり大人しそうな人だった。
三年なのに一年の教室でビクビクしてたっけ。
瑆さんと同じ大学で専攻も同じだから話がしたい、でもどこにも居ないって聞きに来たんだ。
俺なら知ってるかも、と言われたらしい。
瑆さんは高校で、多分、噂のせいで孤立してたみたいだった。
だから昼休みは裏庭の人気のないところで本を読んだり、勉強をしてた。
俺は何度かその場所に呼び出されて行ったから、知ってる。
でも瑆さんが隠れてるのなら、俺が出入りすることで居場所がバレると思って、呼び出されない限り近付かないようにしてた。
俺や天くんが噂で嫌な思いをしたのだから、張本人はもっと辛かったんじゃないだろうか。
嘘か本当かは知らない噂だけれど。
嘘でもほんとでも、辛い噂だったんじゃないだろうか。
だから本当なら安易に教えたりしない。
けれど坂平さんはあんなに怯えながらも、一年の教室まで来て、俺と対面した時も顔色は悪く、汗を掻いてた。三年だから瑆さんの噂は知ってるだろうに。必死の形相で。そこまでしても瑆さんに大学受験のことで話がしたい、というのだから、教えないわけにはいかない。
悪い人ではないことは一目瞭然だし。
瑆さんにいつまでも孤立して欲しくない、というのもあったし。
そうか、その後も交流があったのか。
全然話題に出てこないから、あれっきりだと思ってた。
「その坂平さんが、何を見たんです?」
「良くんが仲良く女の子と腕を組んで歩いてたって」
腕、組んでたっけ?
袖を掴まれたり、服の裾を掴まれたり、したことはあるけれど。
腕?
あ、いや、そこじゃないな、問題は。
「友達、ですよ」
まだ、やっと、友達と呼べるとこまで来た感じだ。
「ふうん。付き合うの?」
「え、いや、あの」
本当にまだそんな状態じゃない。
でも瑆さんに女の子、彼女候補と会ってたことがバレて、動揺した。
今までの罪悪感がどっと押しかけてくる。
違う、とも言えないし、そう、とも言えない。
なんて返事をしたら…。
ここは観念した方がいいか?
「と、友達の紹介で、あの、付き合ってみないか、とは言われたんですけど、その、お互いよく知らないし、ま、まだ友達の段階で」
「付き合うの?」
しどろもどろながら必死で説明しようとしてる俺の言葉を瑆さんが遮った。
真剣な瞳で瞬き一つせずに見つめられ、俺も見つめ返した。
「まだわかりません。でもその予定で会ってはいます」
じっと俺を見つめていた瑆さんはぷいっとまた枕に顔を埋めた。
「そう」
「…はい…」
とうとう瑆さんに話してしまった。
話さずに通せると思っていた自分が不思議だ。
瑆さんに一方的に抜かれている関係ではあるけれど、このまま瑆さんとの関係を維持したまま、三上さんでなくても彼女を持って交際を始めて…。
なんて考えていたのか?
俺には出来そうもないのに。
どちらかしか選べない。
そういう、男だ、俺は。
そもそも瑆さんに一方的に遊ばれてるとか言いながら、その関係を崩したくないってなんだ?
まるで、まるで俺が望んでるみたいじゃないか…。
沈黙が流れる中、瑆さんがもそもそと起き上がって、その場で胡座をかいた。
顔は俯いたままで見えないけれど。
てか。
見れなくて、俺も顔を逸らしてしまった。
「良くんは女の人のヤラシイ写真で抜いちゃうんだもんね。女の子がいいよね」
ますます機嫌が悪そうな声。
?
何が言いたいんだろう?
普通、男なら女の子が性対象で…。
あ、瑆さんは違うからか。
え、と。
なんて答えれば…。
人それぞれでいいと思います?
違うか。
俺は瑆さんでも抜けます?
もっと違うな。
「…でも、僕は…」
瑆さんが言い淀む。
続きを待つ俺に、瑆さんは急に掴みかかってきた。
「え?」
肩を掴んで押し倒され、そのまま瑆さんが腰に跨ってくる。
「え?」
抵抗する間も無く、いつかと同じ体勢にされ、俺は瑆さんを見上げた。
瑆さんから不機嫌そうな顔が消え、なんだか挑発的な笑みを浮かべている。
な、何が…。
「僕は良くんを女の子に取られちゃうのやだから」
え?
どうゆう…。
「良くんの童貞、僕が貰っちゃうね」
え?
えええっ!?
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