そっと、ポケットの中

琴葉

文字の大きさ
上 下
5 / 6

5

しおりを挟む

菅野に付き合う相手が出来てから、生徒会室で見かける大杉はいつも一人。
比良木が座る場所からは大杉の背中だけが見える。
その日、一緒に帰ってから2日ほど後のこと。
比良木が生徒会室に入ると、大杉だけがいた。
「こんにちは、比良木さん」
すぐにかけられた声に思わず顔が綻んだ。
「オーギー、早いね」
「まっすぐ来ましたからね。なんだか図書室より居心地よくて」
きっと、ちらちら向けられる視線のせいだろう、と比良木はくすりと笑う。
それに比べて生徒会室は特に用もなく集まるのは、比良木と宮坂とあと数人ぐらいで、静かではないけれど騒がしくもない。
それでも大杉は注目されているのだけれど、図書室よりは密やかで過ごしやすいだろう。
どこにいても注目を集めるなんて凄い。
「オーギー、図書室で有名人だもんな」
「それ、やめてくださいよ」
そう言って苦笑いしてまた本に視線を落とした。
その背中を見つめて比良木はしばらく考え込み、それから大杉にそっと近付いた。
静かに菅野の特等席のはずの場所に腰掛けてみる。
菅野がするように背中合わせに。
膝に両手を乗せてじっと待つ。
噂では許されない者が座ると、大杉の方が立ち上がって離れていくと言う。
しばらく膝の上に手を置いて、俯き加減で審判の時を待っていると、背中でくすくす笑い声がした。
「何してるんですか、比良木さん」
「…別に、何も…」
笑ってはいるが、立ち上がる気配はない。
今度は寄りかかってみる。
「重いですよ」
まだ笑う声。
立ち上がる気配はない。
嬉しくて、ついテンションが上がった声を出した。
「いいじゃん、ダメ?」
「別にいいですけど」
その返事が本当に嬉しくて、そのまま体重をかけた。
ほかほかと温もりが伝わってきて心地いい。
近付いた。
ほんのちょっとだけど。
比良木には大きな一歩。
足でもう一つ椅子を手繰り寄せて両足を乗せると、そのまま目を閉じてみる。
程よい暖かさが心にも染みてきて、ふわふわし始めた意識に眠気を覚え、そのまま夢の中へ。
ふわふわ浮かびながら、一人にひゃにひゃと笑う夢。
鼻を擽る大杉の匂い。
コロンでもつけてるのかな?
それとも柔軟剤の匂い?
シャンプーかな?
ハイテンションで問いかける比良木に、大杉はいつもの笑顔でにこにこしてるだけ。
それでも嬉しくて、ずっと話しかけてる。
「比良木さん?」
夢を見てるようで見ていないような曖昧なまどろみの中で、ふいに声をかけられた。
「…ん?…」
うっすらと目を開け、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
あれ?
夢だった?
「そろそろ帰りませんか?宮坂さんも帰っちゃいましたよ」
大杉のからかうような笑いを含んだ声がする。
「…ん?條ちゃん、来てたの?」
気がつけばいつの間に体制を変えたのか、大杉の背中に横向きに寄りかかっていて膝を抱えるように座っていた。
「ええ、帰られましたよ?」
「じゃあ、帰ろ?」
くすくす笑う声が背中を通して、耳に直接聞こえる。
ちょっとくぐもった声。
背中越しに聞く声は、本人が聞いている自分の声に近いと聞いたことがある。
喉から発せられる声と違って、本人が聞くのは自分の肉体を通した声。
録音した声が自分のものとは思えないのはそういう理由。
俺に聞こえてる声は、こんなに、低くないからな。
一人にんまりと笑った。
またちょっと近付けた気がして、ほくほくとした感情が湧き上がる。
「比良木さんが先に動いてくれないと、俺、動けませんよ?」
「あ、そっか」
慌てて背中から離れると、大杉が横を向き、比良木を覗き込んだ。
「あっという間に寝ましたね、びっくりしました」
「…んー、だってほかほかしてて」
比良木は目をこすりながら、寝起きのせいかむにゃむにゃ話す。
それを大杉が楽しそうに眺めた。
「帰ります?」
「うん」
のそのそと立ち上がった比良木を、大杉が追うように立ち上がり歩き出す。
生徒会室を出て並んで歩き始めしばらくしてから、比良木ははた、と足を止めた。
「どうしました?」
大杉も足を止めて、比良木を振り返る。
「帰るって言っても逆方向だったよな」
「だからバス停まで」
「え、いいの?」
「ダメ?」
「…ダメ、じゃないけど…」
「じゃあ、行きましょ?」
「うん」
また並んで歩き出す。
その間かわす些細な会話も嬉しくて、ついつい口元が緩んだ。
大杉も笑顔を見せてくれた。
やっと一つ、二人に接点が出来た。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。

彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。 だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。 どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

主人公は俺狙い?!

suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。 容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。 だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。 朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。 15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。 学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。 彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。 そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、 面倒事、それもBL(多分)とか無理!! そう考え近づかないようにしていた。 そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。 ハプニングだらけの学園生活! BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息 ※文章うるさいです ※背後注意

わざとおねしょする少年の話

こじらせた処女
BL
 甘え方が分からない少年が、おねしょすることで愛情を確認しようとする話。  

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

処理中です...