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しおりを挟む菅野に付き合う相手が出来てから、生徒会室で見かける大杉はいつも一人。
比良木が座る場所からは大杉の背中だけが見える。
その日、一緒に帰ってから2日ほど後のこと。
比良木が生徒会室に入ると、大杉だけがいた。
「こんにちは、比良木さん」
すぐにかけられた声に思わず顔が綻んだ。
「オーギー、早いね」
「まっすぐ来ましたからね。なんだか図書室より居心地よくて」
きっと、ちらちら向けられる視線のせいだろう、と比良木はくすりと笑う。
それに比べて生徒会室は特に用もなく集まるのは、比良木と宮坂とあと数人ぐらいで、静かではないけれど騒がしくもない。
それでも大杉は注目されているのだけれど、図書室よりは密やかで過ごしやすいだろう。
どこにいても注目を集めるなんて凄い。
「オーギー、図書室で有名人だもんな」
「それ、やめてくださいよ」
そう言って苦笑いしてまた本に視線を落とした。
その背中を見つめて比良木はしばらく考え込み、それから大杉にそっと近付いた。
静かに菅野の特等席のはずの場所に腰掛けてみる。
菅野がするように背中合わせに。
膝に両手を乗せてじっと待つ。
噂では許されない者が座ると、大杉の方が立ち上がって離れていくと言う。
しばらく膝の上に手を置いて、俯き加減で審判の時を待っていると、背中でくすくす笑い声がした。
「何してるんですか、比良木さん」
「…別に、何も…」
笑ってはいるが、立ち上がる気配はない。
今度は寄りかかってみる。
「重いですよ」
まだ笑う声。
立ち上がる気配はない。
嬉しくて、ついテンションが上がった声を出した。
「いいじゃん、ダメ?」
「別にいいですけど」
その返事が本当に嬉しくて、そのまま体重をかけた。
ほかほかと温もりが伝わってきて心地いい。
近付いた。
ほんのちょっとだけど。
比良木には大きな一歩。
足でもう一つ椅子を手繰り寄せて両足を乗せると、そのまま目を閉じてみる。
程よい暖かさが心にも染みてきて、ふわふわし始めた意識に眠気を覚え、そのまま夢の中へ。
ふわふわ浮かびながら、一人にひゃにひゃと笑う夢。
鼻を擽る大杉の匂い。
コロンでもつけてるのかな?
それとも柔軟剤の匂い?
シャンプーかな?
ハイテンションで問いかける比良木に、大杉はいつもの笑顔でにこにこしてるだけ。
それでも嬉しくて、ずっと話しかけてる。
「比良木さん?」
夢を見てるようで見ていないような曖昧なまどろみの中で、ふいに声をかけられた。
「…ん?…」
うっすらと目を開け、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
あれ?
夢だった?
「そろそろ帰りませんか?宮坂さんも帰っちゃいましたよ」
大杉のからかうような笑いを含んだ声がする。
「…ん?條ちゃん、来てたの?」
気がつけばいつの間に体制を変えたのか、大杉の背中に横向きに寄りかかっていて膝を抱えるように座っていた。
「ええ、帰られましたよ?」
「じゃあ、帰ろ?」
くすくす笑う声が背中を通して、耳に直接聞こえる。
ちょっとくぐもった声。
背中越しに聞く声は、本人が聞いている自分の声に近いと聞いたことがある。
喉から発せられる声と違って、本人が聞くのは自分の肉体を通した声。
録音した声が自分のものとは思えないのはそういう理由。
俺に聞こえてる声は、こんなに、低くないからな。
一人にんまりと笑った。
またちょっと近付けた気がして、ほくほくとした感情が湧き上がる。
「比良木さんが先に動いてくれないと、俺、動けませんよ?」
「あ、そっか」
慌てて背中から離れると、大杉が横を向き、比良木を覗き込んだ。
「あっという間に寝ましたね、びっくりしました」
「…んー、だってほかほかしてて」
比良木は目をこすりながら、寝起きのせいかむにゃむにゃ話す。
それを大杉が楽しそうに眺めた。
「帰ります?」
「うん」
のそのそと立ち上がった比良木を、大杉が追うように立ち上がり歩き出す。
生徒会室を出て並んで歩き始めしばらくしてから、比良木ははた、と足を止めた。
「どうしました?」
大杉も足を止めて、比良木を振り返る。
「帰るって言っても逆方向だったよな」
「だからバス停まで」
「え、いいの?」
「ダメ?」
「…ダメ、じゃないけど…」
「じゃあ、行きましょ?」
「うん」
また並んで歩き出す。
その間かわす些細な会話も嬉しくて、ついつい口元が緩んだ。
大杉も笑顔を見せてくれた。
やっと一つ、二人に接点が出来た。
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