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第六章 メルローダの秘策

その1

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 《前回のあらすじ》
 高崎修は料理が得意な高校二年生の男の子。新聞部員の小山結貴に出会ってから静かな彼の日常が一変した。
 結貴の記事が巻き起こす嵐はたくさんの美味しい食べ物や個性的な出会いを生んでいたのだ。
 前回修は体育祭で活躍した。同時に結貴との距離もぐっと縮まったのだった。果たして結貴の恋の行方は……?



 なんの必然性もなく結貴は校内の植物園にいた。そして彼女の隣には修がいる。
 修はいつもの優しそうな微笑みを浮かべて結貴を見ていた。心臓が高鳴る結貴。
 結貴は顔を真っ赤にしながら修をまっすぐに見て勢いよく言った。

 「あのね修君、私……お母さんの勧めでアメリカの大学に行くことになったの。もしかしたら卒業後もずっとアメリカに……。だからその、自分の気持ちをちゃんと……」
 「おめでとう!!」
 
 結貴が言い終わらないうちに修の言葉が被さる。
 
 「え……?」
 
 結貴が目を点にしていると、修は笑顔で言葉を続けた。
 
 「お母さんの勧めってことは本格的なジャーナリストの勉強ってことだよね! すごいよ! これで夢までまっしぐらだね、応援してる! 行ってらっしゃい!!」
 「あらおめでとう~。よかったじゃないの。憧れのお母さんと暮らしながら勉強できるなんて最高じゃない。修と一緒に陰ながら応援してるわ! そのうち結婚式の招待状送るわね!!」
 いつの間にかメルローダが楽しそうに修と腕を組んでいる。

 「え? ちょ、ちょっと!」
 「じゃあ僕これからちょっとアルバイトだから……小山さんまたね!」
 「じゃあね~!」

 修とメルローダの姿が遠ざかっていく。

 「ちょっと待って! 待ってよ~!!」
 

 「そんな~……ハッ……」
 
 結貴は涙を流しながら目を覚ました。
 横を見ると目覚まし時計がけたたましくベルを鳴らして起きる時刻を知らせている。
 
 「ゆ……夢、か……」
 
 ふと気づくと、体中汗だくである。目覚ましのベルを止めた結貴はのっそりと起き上って大きなため息をついた。
 
 「あんな夢……心臓に悪いわ……」
 
 こんな夢を見てしまったのは、昨夜の母親からの電話が強烈に印象に残っていたからだ。
 両親共にアメリカ滞在がしばらく続いているので、結貴を心配した母親が家政婦を雇おうか、という話をする為に電話をしてきたのだ。
 最近料理に興味を示している結貴は心配いらない、と言ったのだが、積もる話が終わるはずもなく、じゃあ、いい大学があるからこっちにこないか、という話に発展し、よく考えてみる、と結貴が返事をして電話を切ったのだ。
 まだ進学のことまで具体的に考えたことはなかった……でも避けては通れないし、夢がある自分には大事な話だ。
 そしてしばらく布団の中で考えているうちに眠ってしまい、あの夢を見てしまったのだ。
 最悪の夢である。

 「それにしても……夢とは言え修君てば何もあんなにあっさりと応援しなくてもいいじゃない! ちょっとは引き止めようとしてよね!」

 頭をもしゃもしゃと掻きながら階段を下りようとすると、炊き立てのご飯のいい匂いが漂ってきた。その匂いを嗅いで、結貴は途端に上機嫌になってドタドタと階段を下りる。
 実は、昨日の夜に初めてご飯を炊く準備をしてみたのだ。
 以前修にホットケーキのポイントを教わってから、毎日のようにホットケーキを食べていた結貴。最初は練習の為、そして今度は修に食べてもらう為に甘くないパンケーキを作り、最近までは朝食が毎日ホットケーキという始末だった。
 修が彼女に教えたホットケーキを膨らませるコツは、少し煙が出るくらいしっかりフライパンを温めてから生地を流し込むこと、それだけだった。とはいえ結貴は生地を雑に扱ってしまうなど、初心者がしがちなミスばかりしていたので修からアドバイスを受けたからと言ってすぐに出来るようになった訳ではないのだが。
 そういう訳で今の結貴は和食に飢えていた。
 いつも朝食はパンと決まっていた結貴だったが、ご飯の匂いで目を覚ます朝を体験してみたいという妙な欲求が起こり、二、三日前から準備をしていたのだ。スーパーで少量のお米を買い、炊き方や水の量を丹念に調べ……起きる時間帯に炊けるように炊飯器をセットする。
 更に今日はご飯のお供である味噌汁にも挑戦しようと企んでいた。その為に、いつもぎりぎりまで寝ている結貴が今日は早起きしていたのだ。朝寝坊の結貴がこの為に早起きをするというのは、今までの彼女からするとちょっとあり得ないことである。興味というのは行動の原動力である。
 秘密の悪だくみをしているような気分になりながら、にやにやしてわずかに湯気を出している炊飯器の蓋を開けた。
 途端に炊き立てのご飯の香りが結貴の顔をふわっと覆う。
 その香りは優しくて新鮮な甘い香りだった。そしてそんなご飯の香りは激しく結貴の胃を刺激する。結貴は深呼吸するように胸いっぱい炊き立てご飯の香りを吸い込んで満喫すると、しゃもじでご飯を混ぜ、味噌汁に取り掛かった。
 具は豆腐とわかめ。小鍋にお湯を沸かし、そこに切った豆腐と手軽なカットわかめをパラリと入れて火が通ったらチューブ入りの味噌を入れてかき混ぜると出来上がりだ。
 そして昨日の夜、学校の帰りに寄ったスーパーで、今朝の朝食のことを想像しながら選び抜いて買ってきた結貴の理想のおかずは……。

 「できた!」

 食卓に並んだのは、納豆がたっぷりと乗った炊き立てご飯と豆腐とわかめの味噌汁だ。
 パジャマと寝癖のついた頭のまま、結貴は納豆たっぷりのご飯をかきこむ。

 「ん~~~~うまい!」

 思わず叫んだ。そして叫んでから、修に見せようと思って写真を撮る予定だったのを忘れていたことに気付いた。
 がっかりしたところで追い打ちのように結貴はあることに気付く。

 「ん……このお味噌汁、ちょっと味が薄い……?」

 しかし味噌は表示に書いてある通りの量を入れたはずだ。これ以上入れたら塩辛くなってしまうのは結貴でもわかる。
 一体何がおかしいのか……。結貴は首をかしげるばかりだった。

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