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第一章 お弁当は友達の輪

その2

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 その日の夕方。
 新聞部で先輩にこってりとしぼられ、意気消沈した結貴はとぼとぼと家路についていた。
 夕日に背を向けて歩いているからか、道路に伸びる自分自身の、やけに細く長い影が存在感を強くしている。
 その長い影が結貴の絶望感を表している様な気がして、結貴はそれを眺めながら更に憂鬱な気分になっていた。
 川沿いの堤防に並ぶ通学路を真っ直ぐ進んで、橋を渡って反対側に住宅街がある。結貴の家もそこにあった。
 住宅街に入った頃には既に日も暮れて、家々に明かりが灯り始めている。
 そんな道すがら、こじゃれた提灯の暖かい光が結貴の目に入った。
 
 『お茶Cafe たぬき屋』
 
 優しい字体で提灯にはそう書かれている。
 (こんな喫茶店、近所にあったんだ……)
 その提灯にどことなく癒され、ふらふらと結貴はその店に吸い込まれていった。

 「いらっしゃいませー」
 
 店内は落ち着いた和の雰囲気一色だった。
 個性的な提灯があちらこちらにディスプレイされているのが特徴的だ。手のひらほどの小さい提灯や、中には人一人分程ある大きな提灯まであった。
 和テイストな店内は座敷席とテーブル席があり、その中央にカウンター席がある。
 テーブルやカウンター、イス、柱など、総じて全ての木材は焦げ茶色に統一されている。座布団なども端切れを合わせた手縫いの様な生地で作られ、田舎の雰囲気を醸し出していて、とてもアットホームであった。
 結貴は適当に窓際のテーブル席に腰を下ろすと、メニューを見た。

 **メニュー**

 ・お抹茶
 ・お抹茶(冷)
 ・ぜんざい
 ・抹茶パフェ(大福入り)
 ・お汁粉(餅入り)
 *煎茶あります(無料)

 どうやらこのお店は甘味処の様。あまりにも単純で少ないメニュー構成に、こんなんでやっていけているのかと思う。
 夕方の六時過ぎ……店内に客は少なく(当然と言えば当然だけど)、ちらほらと各テーブルで談笑しているのが見える。
 (うどんでも出てきそうな雰囲気……)
 結貴はそう思いながら、店員が差し出したお茶をすすると、
 
 「えっと、お汁粉をひと……」

 注文しようとして店員を見上げ、結貴はびっくりしてしまった。

 「あっ……!」

 その店員は、クラスメイトの高崎修だったのだ。
 修は結貴の反応に気付いたのか気付かなかったのか、あくまで普通に店員として対応している。
 (クラスメイトの、しかも真後ろの席のこんなかわいい子に気付かないとか……!)
 
 「あ、えっと、お汁粉ください!」
 
 結貴はぶっきらぼうに注文するとそっぽをむいて窓際に視線を移してしまった。
 
 「かしこまりました。少々お待ちください」
 
 修は別段変わった素振りも見せず、笑顔でそう言うとカウンターに戻って行った。
 
 「……」
 
 (……それにしても、高崎君は帰った後こんな所でアルバイトしてたんだ……)
 修に存在を否定された事に関する怒りはすぐに消え、ふと結貴は今日見送った修の後ろ姿を思い浮かべた。
 
 「お待たせしました」

 思ったより早く修はやって来て、結貴の目の前に柔らかい湯気の上がるお汁粉と、木で出来たスプーンと箸を置いた。
 手書きの伝票がテーブルの隅に裏返しで置かれている。
 結貴は修が去った後にその伝票を手にとって見た。そこには修の手書きで注文内容が書き込まれている。
 (ふ~ん……結構達筆なのね)
 ほんわかと優しい甘さのお汁粉。
 今日新聞部で先輩に叱られた事や、スクープネタが上手く見つからない事など、そんな事を結貴はいつの間にか忘れてお汁粉の美味しさに魅了されていた。

 「疲れていたのか……な」

 結貴はあっという間にお汁粉を平らげると席を立った。
 会計を済ませて立ち去ろうとしても、やっぱり修は結貴に特別興味を示す事もなく、明るい口調で他の客に接するのと同じ様に、ありがとうございました! と声をかけてきた。もう諦めていた結貴はなんだかどうでも良い気分だった。
 店を出ようとすると、すれ違いざまに背の高い初老の男性が入って行った。
 六十歳は超えているのだろうか。スーツをかっこよく着こなした紳士的な男性という印象を結貴は持ったが、すれ違いざまである事や自分と同じ客という立場であろうという思いもあって、特に結貴はそれ以上興味を持つ事はなかった。

 お汁粉のおかげですっかり気分のリフレッシュされた結貴は、今後の事を考えながら家路についていた。
 もちろん、新聞のネタをどうするかだ。
 それについてはあの店での修の姿を見て、粗方結貴の心の中で決まっていた。
 あのお店に入るまでは修の事はもうどうでもいいと思っていたけれど、修の意外な一面を見た結貴は、修がどんな生活をしていて、どんな人間なのか、強く興味を覚えたのだ。
 (よし……明日からまた追跡開始だね……!)

 学校では地味で目立たないただの高校一年生、高崎修。
 しかし彼には実は他にない何かがあるのかもしれない。
 結貴には何か感じる物があったのだ。
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