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【はじまりの章】

(白地)白蝶の湖、なぜか変換できない。

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川のなか?

これは水か?

それにしては苦しくもなく、抵抗感もない。

途切れる意識、いや、しっかりと覚えている。

なにかの流れだ、流れのなかにボクはいた、ボクは流れていた、

ちがう、もっと、

ボクが流れていた、流れ出していた、粒子、粒子…


    目覚めると、三途の川にしては端がみえている水の風景にいた。昔の二時間サスペンスドラマに出てきそうな、湖だった。ボクはサスペンスの帝王を探してみたのだけれど、帝王はたぶん崖のうえにいて、こういうシーンは同時進行の犯人だとか脇役が乗り込むだとかで流されるのだ。さておき、ボクは立っていたわけだ。風景の中に当たり前のように立っていたので、これは完全に迷子ということになる。学校帰りに白樺の森的な名も知らぬ木々の森に囲まれた湖に立ち尽くす…迷子にしてはハイレベルすぎる。いや、さすがに、おかしい。

「…つまり夢か」

そういえば、カッパが言っていた。ゲームのキャラクターを操る以上に、自由に動ける夢の話だ。夢というのはどうしても台本や制約があり、現実よりも不自由なものだけれど…

「ってことは?」

頬をつねるだとか、服を脱ぎ捨てるだとかは定番で、だけど台本が意地悪ならさも自由そうに服を脱いで湖にとびこんだとたん逃れられない悪夢が始まるのはわかっている。だいたいそんなもんだ。夢なら、せめて、このロケーションを静かに楽しめばいい。たぶん、お金がかからず時間の制限もないということが、この夢の自由だ。

    我ながら、なんと小市民なことか。

    その、小市民が、何度も転生しないといけない生涯年収を積み上げても得られるかわからない贅沢な風景は、受験ノイローゼのボクを満たした。名前はわからない、何らかの薬効があればハーブと呼ばれるであろう可憐な野草の香り。水面はそよかぜにこまやかに波打ち、鼻腔をくすぐる…

グルルルルルル

そう、この鼻腔をくすぐる…

いやいや、

生臭い。

鼻腔をくすぐる、この悪臭はなんだ。

「阿蘇草千里かよ」

絵のように美しい緑の草原に降り立つと、一面の馬糞…ぐらいのこの臭いは、降り立っても美しいこの風景には似合わない。臭いはどこから?と、突然暗くなった風景の中なか見渡す。おかしい。向こうは明るい。ボクだけ暗い…背後から白い蝶が一羽二羽と、追い抜くようにどこかへ飛んでいく。美しいけれど、それは間違いなく異様だ。その異様さの正体が、ぽたりと脳天に生暖かな水滴を落とした。

   局地的な雨か。

    いや、雨の降りだす前のにおいは、あんなに生臭くない。こんなに、まるで女子トイレの前を通るような臭さ、それから放置された動物の遺骸のような、夏に帰宅後出しっぱなしてしまってた買い物袋のなかのナマモノみたいな…くさい…

グルルルルルル

     そうだよ、なんだよグルルルルルルってさっきから。ボクは振り返らなくてはならないのか、振り返ってはならないのか、分からなかった。ただ背後にいるソレはボクに判断する自由を与えず、肩をつかんできた。周りの風景が揺らいだきがしたが、それはストレスのせいだ…

「…え……?」

    毛のない猪なのか人間なのかわからない、ずんぐりとした肉の塊。錯覚なのか地面にたって学校の屋上を触ることができそうな、巨人…人なのかわからないフォルムを巨人と呼ぶのははばかられたが、オークだとかオーガだとか言葉を探したけれど知らない生き物の名前を呼ぶことができなかった。大きさの違う剥き出しに近い眼球はギョロリとし、生臭さの正体はこのイキモノの表皮のいたるところにあるシワから滲み出ている膿のせいだとわかった。魚のエラのような隙間なのだろうなと思ったのだけれど、ボクはなぜいまこんなにも悠長に観察しているのか。

    怖いのだ。

    怖くて怖くて仕方がない、体が動かないし、喉のなかに髪の毛が絡み付いたような違和感と渇きは悲鳴をあげることを許可してくれない。怖いのだ、怖いのだ、手足は震えるどころか痺れて痛みを訴えはじめ、もし相手に掴まれていなかったらその場に崩れ落ちていた。がくがくいう膝には生温かなものが滲んで流れ、目をつぶりたい現実を前にぼくの目は見開かれている。

「……」

    なんだよこれ。ボクの夢じゃないのか、ボクの自由じゃないのかよ!!!ふざけるな!

「逃げなさい!何してるの!」

    この場の生臭さに似合わない、澄んだ声だった。まっすぐにボクに届いたそれは、一迅の光のように、いや光そのものとして巨人にめり込むのが見えた。女の子だった。すべて真っ白の、おぞましい肉にめりこんでもなおわかる美しさ、美し……

「逃げ…あれ?」

    ボクは自分の部屋にいた。
    
    夢から覚めたのだろう、ただ意識の片隅に彼女がボクを確認しようとした視線だけが残っていた。
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