上 下
4 / 301

火遊び

しおりを挟む
  いくつかの記憶。

「だめじゃないサ、煙草なんて」
「比率が美しくないからね、とても不格好、うん、ごめんね」

  煙草をけした。
  椅子の背もたれに首を預ければ、背板ごしに彼女が立っているのがわかる。肉体が触れていることぐらいは、目を閉じていてもわかる。

「そういうことじゃない。形は問題ない、いつもの大好きなあんたよ」

顔面に近いところに、なにかの熱源がある。

「あんたは赤ちゃんみたいに、すぐに匂いがうつるから」

  そうか、昔はそういえばそうだったろうか?
  記憶の中の会話に、今の自分の体臭に思考を向ければ、まったく信憑性を感じられないよ。

  けれど、彼女にとっては、それが事実なのだ。

「あたしのにおいがすることが、あんたの価値のひとつだから」

  そうか、君はそういう人だった。

「タバコのにおいなんて、誰か男の影響みたいで許せないわ」

  君の影響以外の何者でもない移り香はよくて、いもしない男の存在感は許せない。君はとっても人間らしくて、大好きだ。実害がない限り愛していられる。
  嫉妬よ意思よそれもまた美しく輝きえるもの。

「ぼくのこと好き?」
「当たり前でしょ!」
「ぼくの声は好き?」
「当たり前でしょ!ふざけてるの?」
「ぼくの温度は好き?」
「好きよ?だからどうしたの?」
「べつに?たんなるコーキシンです。それもね」

  消した煙草を指差して、目を開ける。
  ねえ、だったらなんで、匂いは移り香じゃなきゃだめなんだろうね。と言うと、たぶんこの美しい人は似つかわしくない表情をする、から、言えない。ぼくは、私は、彼女の望む彼女に似合った者でいなくてはならない。

  理由は忘れた。

  たぶん、なにかしらの欲望の対価だったんだろう。

  年を取ると感傷的になるという人もいれば、老いは面倒なことを忘れるための切符であるとか、人は言う。なるほど。

  黒っぽいピース、甘いはずのそれが記憶のなで苦いなら、たぶん私は歯軋りに近いなにかをしたのだと思う。
  束縛に苛立ったのではなくて、たぶんもっと好戦的な理由で。たとえば、椅子の背もたれが邪魔だったとか、彼女の肌の感触だとか。

  それももう、記憶の彼方。  

  女同士でシアワセサガシは、なんだかんだであれなのだ。それ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

眠れない夜の雲をくぐって

ほしのことば
恋愛
♡完結まで毎日投稿♡ 女子高生のアカネと29歳社会人のウミは、とある喫茶店のバイトと常連客。 一目惚れをしてウミに思いを寄せるアカネはある日、ウミと高校生活を共にするという不思議な夢をみる。 最初はただの幸せな夢だと思っていたアカネだが、段々とそれが現実とリンクしているのではないだろうかと疑うようになる。 アカネが高校を卒業するタイミングで2人は、やっと夢で繋がっていたことを確かめ合う。夢で繋がっていた時間は、現実では初めて話す2人の距離をすぐに縮めてくれた。 現実で繋がってから2人が紡いで行く時間と思い。お互いの幸せを願い合う2人が選ぶ、切ない『ハッピーエンド』とは。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...